第14話 知った顔と再会
「――蓋っ、閉めて逃げるわよ、早く!!」
金属の蓋で穴を塞ぎ、足で土を被せてなんとか隠す。
じっくりと見られたらばれるだろうが、あのモノクレードルはマユサたちに釘付けだ……、地下の入口は視界に入っていないだろう……——そう思いたい。
証拠に、モノクレードルは蓋ではなく逃げるマユサたちを追いかけた。
軽快なステップでとんとんたん、と地面を跳んで進む。
当然、走るよりも断然早く、逃げる二人の前へ先回りしてきた……、——どしんっっ、と灰色の土煙が舞い……、相手の姿が一瞬だが隠れた。
その隙に、リオンがマユサを突き飛ばす。
倒れたマユサとは逆方向へ走り出し――、
「リオン!?」
マユサの声は届いているはずだが、リオンは振り向かずに走り続ける。
説明もなにもない、まさかリオンが自分を置いて逃げるなんて……っ。
だが、いざとなれば囮にしていいと言ったのは自分だ……、
本当に実行したリオンを責めるつもりはなく、
「……違う、そうじゃない!!」
土煙が晴れた時、音に反応したモノクレードルはリオンの背中を目で追っていた。
リオンはマユサを囮にして逃げたわけじゃない。——逆だ。
自身を囮にし、マユサに逃げろと言っているのだ。
蓋は近くだ、リオンが時間を稼いでいる内に、戻って安全地帯へ逃げろと言っているわけだ。
説明をしなかったのは、単純に時間がなかったのもあるが……、マユサの抵抗を省略するため――。
そんなことできないよ、なんて問答をしていると、二人で全滅すると分かっていたからだ。
だからなにも言わずに行動で示した。
この状況になってしまえば、マユサは地下世界へ戻るしかなくなる。
……リオンを助けるためにモノクレードルに立ち向かう? 勝てない戦いに挑むのか?
二人で全滅することこそ、リオンが最も避けたかったことだろう?
「…………ッ」
立ち向かうことを考えた自分もいた。だが、鋭い牙、鋭利な爪を持った大きな獣の体のモノクレードルを前にして、恐怖が思考を支配した。
痛いのは嫌だ、恐怖を受け止めたくない……っ。
だったらここは、優しくて温かい地下世界へ戻ることが、最善である。
そこに――もうリオンがいないとしても。
「…………」
生まれた時からたぶん一緒だった。
物心ついた時には既に隣にいて、姉弟同然で生活してきた。
いつも一緒で、リオンはマユサのことを想って、なんでもかんでも世話を焼いてくれた。
それくらい自分でできるってことも、過保護なくらいに丁寧に……。
ずっと、守ってくれていた。
今だって。
守るために自分を犠牲にして……。
この世界に必要なのはリオンかマユサか……――そんなの、リオンに決まっている。
こんなところで家族を見捨てて無様に生きようともがく男に、この先なにができる!?
「リオンが守りたかった男が、女の子一人を見捨てて……たった一人、安全地帯へこそこそと逃げる男で、いいの……?」
いいわけがなかった。
だから答えなんて出ていた。
たとえ、リオンの望みだったとしても。
ここで逃げ延びたマユサという男を、自分は一生、許さないだろう。
……踵を返す。
リオンを追って走り出したマユサは三歩目で躓き、顔面から地面に転がった。
幸い、多量の土が積もっているので硬いアスファルトではない……、
小さな砂の切り傷はできたが、骨を打ったわけではなかった。
「――ッ、い、ったい、なにに躓いて……」
背後を見ればなにもない。だが、躓いた場所だけ、不自然に沈んでおり、引き返して覗いてみれば――、まるで棺のような形の七色の箱があった。
亀裂? ひび? ……が入っており、少しつつけば崩れてしまいそうなくらいに脆い箱だった。隙間から中を少しだけ確認できる……、見えるのは、人……女の子?
死んでいるわけじゃない。
死んでいるにしては、瑞々しい肌だった。
この世界では充分に確保できない食物を食べて、
健康的な体を維持してそのままの状態の少女――。
まるで。
長年、保存されていたかのような状態だった。
「なんだ、これ…………?」
興味本位で七色の箱に触れようとした時、遠くからリオンの高い悲鳴が聞こえた。
伸ばした手を引っ込め、この箱は後回しだ……、
声を辿って、リオンを追いかける。
灰色の地面を蹴って走ったマユサの視界の中にあったのは、モノクレードルの片手で体を抑えつけられ、地面に頬を当てているリオンの姿だった。
「――リオンッッ」
「マ、ユサ……? バカッッ…………!」
首だけを横へ向け、マユサを認識した長い耳のモノクレードル。
頬を膨らませた獣が、体を反った後に口に含んでいた液体を吐き出した。
マユサの体にかかったのは、黄色い液体だ……、
モノクレードルのお腹の中に溜まっている、インク……。
言い換えれば、魔力だ。
しかしマユサにとっては薬にはならない。
高熱を持ったそれはマユサの皮膚を溶かして……、彼にとっては毒にしかならなかった。
「うぁ、ぎぃ、ぁああああああああああああああっっ!?!?」
表面の皮膚が溶けて剥がれ、下の未完成だった皮膚が表に出てくる。
まだ完全な皮膚となっていないそれは、外気の刺激にまだ耐えられない。
突き刺すような痛みがマユサを襲った。
痛みにごろごろと地面を転がれば逆効果だ。
痛みを緩和させようとすればするほど、未完成な皮膚は地面の粗い砂の刺激を受け止め切れない。痛みが痛みを生み出す悪循環――。
上半身の痛みに堪えながら、涙目でなんとか立ち上がるマユサ。
地面にリオンを押し付けている間は、モノクレードルは満足に移動できないはず……、
だからと言って、マユサになにができるわけでもないのだが……。
(考えろ、僕になにができる!? 囮になるんじゃないっ、リオンと一緒に地下世界へ帰るために、この生物に勝つんじゃなく、逃げるためには、なにを――ッッ)
そこでマユサが思い浮かべたのは、ついさっき見つけた、七色の、脆く見えたあの箱だ。
中に女の子がいた……、――いやダメだ、と否定する。
あの箱の中にいた女の子にどうにかしてもらおうと考えている自分がいる。
箱から出した女の子に、急にこの化物をどうにかしてくださいと頼むのか? ……あの子にどうにかできる、なんて確証があるわけじゃない。
それ以前に、見知らぬ女の子に頼むことではないはずだ。
他人に頼らない、囮にならない……、
なら、自分にできることは、なんだ?
「……満足に動けない、なら……」
リオンを抑えつけている今がチャンスだ。
甘い枷だが、それでもはめられている敵の背後を取ることは不可能じゃない。
マユサを優先し、リオンが解放されるなら、それも目的の一つだ。
抑えつけられたままよりは断然良い。
片方が必ずこの獣に捕まるなら、動ける側は絶対にリオンの方が良い。
駆け出したマユサがモノクレードルの背後に回って背中にしがみついた。
白い体毛を掴んで上り、特徴的な耳を握る。
そこが弱点だったのか、『ギィァッ!』と悲鳴……? を上げるモノクレードル。
ぶんぶん、と首を左右に振っても、マユサは必死にしがみついて振り落とされないように堪える。だが、勢いが増すとマユサの手が耳から離れ、放物線を描いて宙を飛ぶ。
「――あだっ!?」
受け身も取れずに落下したが、しかしマユサは柔らかい感触を後頭部に感じた。
その後、背後から、ぎゅっと抱きしめられ……、優しさに包まれ、安心感を得る。
……偶然だった。
いや、『彼女』の想いがマユサを引き寄せたのかもしれない――。
実際は、マユサを願ったわけではないにしろ……、それでも仕方ないことだろう。
マユサ……、
彼の顔と姿は、彼女が知る弟・『ユサ』と瓜二つだったのだから。
彼が着地した場所は七色の箱があった場所だ。
脆くなっていた壁を突き破って、中で眠っていた少女の胸に飛び込んだマユサ……。
ぎゅっと抱きしめられて戸惑う彼は、恐る恐る、彼女に声をかける。
「あの……」
「ユサっ、良かったよーっっ、生きてたんだね!!」
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