無色の章/地上の王冠・モノクラウン

第13話 無色破滅の地上世界

「ね、ねえ待ってよ……っ、

 暗いし段差も高いしでなかなか、そんなに早く上れないから……っ」


「だーから、ついてこなくていいって言ったのに。地上に出て、アイツらが落とした『色の欠片』を探すだけなんだから。足手まといは大人しく部屋にこもっていなさいよ」


「……でも、一人じゃ危ないよ。のことを守る力が僕になくても、敵に見つかった時、リオンが逃げられるための囮になることはできるんだか、」


「意味ないでしょ、それ。怪我してほしくないから、部屋にいろって言っているのに、囮にしてあんたを傷つける? 論外よ。バカじゃないの?」


 幼馴染の厳しい言葉に足が止まる。

 二段も先にいっている彼女が、溜息と共に、わざわざ上がった段差を下りて戻り、


「あ……ごめん」


「ほら、照らしてる範囲は狭いけど、わたしの手くらい見えるでしょ? 掴んで」


「う、うん、ありがと……。ごめん、僕、頼りなくて……弱くて」


 少女の柔らかい手を掴むと、ぐっと引き寄せられる。

 胸あたりの高さの段差を上り、一段、地上に近づいた。


「今更でしょ。マユサが弱虫だってことは知ってるし……、それに、適材適所でしょ? を守ることがわたしにはできたから、わたしがしているだけなの。

 ほら、今みたいに手伝ってあげるから、早く上がるわよ。早く『色の欠片』を確保しておかないと、この首飾りですら光を失って、足下だって見えなくなっちゃうんだから」


 少女・リオンの顔は光に照らされているものの、少年・マユサには完全には見えていない。

 使い始めたばかりの頃は、周囲一帯を照らせる光を放っていたのだが、日常的に使っている内に、中身の魔力が減ってしまったのだ。


 地下世界での生活は基本、光が届かないので真っ暗だ。

 だから色を――、魔力を宿した欠片を利用し、明かりを確保する必要があった。


 そしてこの欠片は、地下にはない……。

 量産することはおろか、魔力を失った欠片に魔力を足すこともできない。


 欠片は魔力を失えば『無色』となり、色の欠片としての機能を失う。

 無色になれば地下世界に転がるただの歪な石ころでしかない。


 それがそこら中にごろごろと転がっているということは、欠片の消費量が多いことを意味している。地下世界に住んでいる人間は、多くはないが、少なくもないということか。


 マユサたち自身の体内にある魔力を欠片に移せたらよかったが……、過去の歴史の情報が一切ないこの閉鎖的な世界では、そのやり方を知ることは叶わなかった。


 できないわけがない、とは思うのだが……。


 知るにしても、危険を承知で進むしかないのだろう――。


 地上世界を。


 地上を支配する、『生物』の世界を。



「あった……蓋だ」


「だ、大丈夫なの!? 

 地上に『モノクラウン』や『モノクレードル』がいたら……」


「そんなこと、言われるまでもなく確認してから進むに決まってんでしょ。

 いいから、マユサはわたしの服を握ってて。絶対に離さないでよね!?」


 言ったリオンも緊張している……、蓋に添えた手が震えていた。

 だが、それを後ろのマユサには勘付かれないように、蓋をぐっと持ち上げる……。


 隙間から見えるのは、薄い景色だ。

 明るいわけじゃない、暗いわけでもない……。ただ、灰色に近い、薄い景色だ。


 着色された景色を、白に寄った灰色の薄い膜で覆ったような……、

 大地も空も、その膜に染まってしまっている。


 隙間から地上世界を覗き、近くになにもいないことを確認してから、リオンが持ち上げた蓋を横へずらした。

 ——からん、という金属音。

 穴のところだけ円筒になっているそこから、リオンとマユサが這い出てくる。


 景色がそうであるからと言って、二人の全身が灰色になるわけではなかった。

 なので遠くから見れば一発で異物であると分かるくらいに浮いてしまっている。


 そしてそれは、敵を探すリオンから見ても同じことだ。


 近くはないが、しかしそう遠くもない位置にいた……、まだ親でないだけマシか。

 ……それでも二人にとって脅威には変わらない……――『モノクレードル』。


 長い耳を後ろに垂らした、四足歩行の生物だ。

 お腹の部分に電球のようなガラスの球体があり、

 中には黄色の液体が入っている……、『インク』である。


 白い体に黄色のインクを持つモノクレードルが、くんくんと鼻を高く上げて、赤い目で周囲を見る。首がきょろきょろと回っていた。


 幸い、二人の存在にはまだ気づいていないらしい……、しかしそれも時間の問題か。



「マユサ」


 ぐいっと首根っこを掴まれ、引き倒される。近くに身を隠せるなにかがあるわけでもないので、地面を転がり体を低くすることで、できるだけ目立たないようにする……。


「ふ、蓋……、閉めないと……っ」


 もしも敵があの穴から中に入ってしまえば、部屋で待っている育ての姉に危険が迫ってしまう。マユサが腰を上げたが、——分かってるから、と、リオンがマユサを引き寄せた。


「動かない方がいいと思う……あの長い耳は、音でしょ……。

 足音に敏感に反応するならやり過ごせるかもしれない」


「……抱えてるあれって、インクでしょ……、あれを奪えたら――」


「奪えるなら最初からやってる。でも無理。ここから見ると小さく見えるけど、実際はわたしたちよりも大きい獣なんだから。口を開ければ鋭い牙がある……、噛みつかれたらそのまま食い千切られるまで離してくれないわよ」


 ぴょんぴょん、と跳ねる動きは小動物を思わせるが、確かに、近づいてくると大きくなっていく。着地する度、ずしんずしんと振動が伝わってくる……。


 地面に這っている二人には尚更、強く感じられた。


「……あの大きさなら、この穴、入れないんじゃ……」


「穴に手を突っ込んで広げられたら最悪でしょ。あと、あの獣よりも小さい生物なら入ってこれる。出入口がある、と場所を記憶されたら、時間差でここが暴かれる……、そうなると安全なんか信用できない」


 今までだって、厳密には絶対に安全ではなかったのだが……、それでも実際に入口が見つかった場面を見たわけではない。だから安全だと思い込めたのだ。


 ……ばれていたとしても、これまで安全に生活できていたのだ、襲わない理由があるのかもしれないが……、それがこれからもそうだとは限らない。


 入口が見つからないに越したことはない。


「反対側にいけばいいのに……っ、こっちに近づいてきてる……っ」

「リオンっ、し、閉めないと!」

「分かってるからっ!」


 ゆっくりと地面を這って、金属の蓋へ手を伸ばす。

 獣の生物、『モノクレードル』が軽快に跳ねながら、赤い目を周囲へ向け、段々と二人に近づいてきている。


 完全に見つかる前に、せめて蓋を閉めて土で隠す、それくらいのことはしなければ……っ。


 二人の育ての姉である『マナさん』を危険な目に遭わせたくない……ッ。


「…………っ」


 両足をつけて踏ん張った状況ではないため、重い金属を引っ張るのにかなりの力が必要だった。細いリオンの腕では難しい……、だから彼女の手の隣に、マユサも手を置く。



「僕も手伝う。これくらいなら僕でもでき――」


「待ってマユサ、力任せに引っ張ったら、音が、」



 遅かった。


 二人分の力で引っ張った蓋が動き、地面を擦る。


 つまり、ガガガッっ、という擦れる音が無音の中に響いて――、



 モノクレードルが止まった。


 赤い瞳が、這う二人を見る。

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