第12話 世界の色が変わる

「……え?」


 自覚がないようだが……、

 ユイカは分かりやすく好かれるタイプであるのは分かるが、実はリオもそうなのだ。


 カリスマ性があり、面倒見が良い……。飄々とした立ち振る舞いを見せ、自身のルーツを明かさない彼女のミステリアスなキャラクターは、しかし、

 あくまでも表舞台へ立つ時だけの要素でしかない。


 天才ぶっていても、地道な努力の積み重ねで強さを手に入れたことを、隠しているようでもみんなは見ているのだ。


 リオは天才ではない……努力家だ。


 そしてそんな彼女のことが、魔法使いはみな、大好きである。



「……な、なん、で……っっ!?」


『リオさんに、託します――』


 やがて、魔法使いたちが魔力を手離した。


 意志を宿した魔力の手が、それぞれが向かうべき場所へ向かっていく。


 リオか、ユイカか――。




「――ユサ!! 勝手なことしてお姉ちゃんを心配させないでよ!!」


「こんな状況なんだよ。

 僕が動かないと伝えられないことがあったんだから、仕方ないでしょ」


「それでも! 無理をしないでまずは人に頼ってっ!」



 校舎が傾いたことで転倒した車椅子。

 ユサは腕の力だけで移動し、なんとかマイクに声を届かせていた。


 元々、ここにいた魔法使いの少女は、グレイモアの襲撃で外へ避難してしまった……、あの子が薄情だ、とは思わない。

 魔力を求めて動いているのであれば、魔法使いの傍にいればユサも巻き込まれていただろう。


 ユサが今も無事なのは、魔法使いから離れた場所にいたから、とも言える。


「姉ちゃんも、アナウンス、聞いてたでしょ……?」

「聞いてたけど……よくわかんないよ」


「嘘だろ……? 丁寧に説明したつもりだったんだけど……」

「分からないし、分かりたくもない」


 だって。


「――私に、ユサを置いて、遠くへいけって言ってるんでしょ!?」


 遠く……、距離ではなく時間だが……まあ同じことだろう。


 これきり、ユサとユイカは二度と会えなくなる。

 それは、死別するのとなにが違うのか……。


 だがユサは言える――違うと。


 ここで全滅するのと、希望が未来へ届いた状況は、同じじゃない。


 たとえユサ自身が見届けられなくとも、きっと未来ではこんな絶望ではなく、さらに未来を期待できる平和な世界になっているはずだ――。


「ユサが一緒じゃないなら、私も」


「――姉ちゃんっ」


 とん、と、肩を押された。


 ユサは腕の力だけで体を動かし、跳んだのだ。

 そして伸ばした手で、姉を突き飛ばす――。

 ユイカが今いた場所に、鋭利な指先を伸ばしたグレイモアがいた。


 ユイカの背後から彼女の背中を貫こうと迫っていたのだろう。


 ぎりぎり、ユサが気づいたおかげで回避できた致命傷だったが……、しかし、押し出されたユイカを押したユサは、ユイカが今いた位置に残ることになり……、



「――ユサッッ!!」


 グレイモアの鋭利な指先が、ユサの胸を貫いた。


「が、ふ……っ」



 彼の両足が浮く。無感情なグレイモアが腕を引き抜く、というよりは、ユサを地面に叩きつけるように振り抜く。


 ずる、とグレイモアの腕から滑って抜け落ちたユサが、だらんと地面を転がった。


 グレイモアが、視線を横へ移動させた。


 魔力を狙って手を伸ばしたら、横から邪魔が入った、のだろう。人間味がない彼らは苛立ちを見せない……、それゆえに、他者の感情にも一切の怯えを見せない。


 横へ移動した魔力を再度、求めて手を伸ばした瞬間、


 グレイモアの体が、校舎の壁を破壊して遥か空の彼方へ飛んでいった……。



 青い握り拳。


 重ねていたユイカの魔法の拳が、光弾を握り締め、グレイモアを殴ったのだ。

 激情と共に、光弾を含んだ拳の威力が跳ね上がった――。


「――ユサッ! 大丈夫!? ねえ返事してよユサぁっっ!!」


 倒れるユサを抱えるユイカが呼びかけるが……、鍛えてもいないただの人間であるユサにとって、胸を貫かれることは致命傷だ。

 即死しなかっただけ、まだ運が良い方だろう。


 震えるユサの腕が伸び、姉の涙を指で拭う……。


 こういう時、不自由なのが腕ではなく足で良かったと思った。


「姉、ちゃん……」

「ユサっ! 待ってて、すぐにでも血を止め――」


「ううん……もう、迎えだ」


 ユサから見える、ユイカの背後に立っていたのは――――リオだ。


「…………、大したものね」


「リオさん。……姉ちゃんを、頼みます」


「ええ。あなたの最後のお願いなら、アタシは聞くべき義務がある」


 リオと共に放送室へ入ったきたのは、多種類の色の魔法の手だった。


 指で地を這うように歩いてくる手の数は、グレイモアには届かないものの、迫る数である。


 それだけの魔法使いが、リオとユイカへ託してくれたのだ。



 この時代の敗北を認め、


 未来の勝利へ委ねた。



「……私は残るよ……、ユサをこのまま置いていけるわけがないッッ!!」


「勇敢な弟くんの願いを無下にし、命懸けの作戦をふいにするつもり? ……まあ、あなたがそうしたいならそうすればいいけど。

 アタシはその子の意志を継いで未来へいくわ。自分だけが満足したいがために、なにも遂げられずに死ぬ人生がよければどうぞご勝手に」


 複数の魔法の手が、リオを包んでいく。

 重なっていく手の平の壁は、外界との繋がりを遮断し、それは時間さえも排除する。

 ――色の繭だった。


 ただし永久ではない。魔力がなくなれば自然と彼女を守る壁はなくなり、目を覚ますだろう……。それが十年後か、百年後かは分からないが……。


 その間は、リオはグレイモアに襲われることはない。


 この時代で目覚めたシャロンも、同じ方法で生き続けてきたのだろう……。


 今度は地上人の番だ。



 やられたらやり返す……だが、やり返された地上人は、過去、仕掛けた側なのだろうか。

 やり返されたここで止めるべき、かもしれない……。


 やったらやり返され、やられたからやり返すを繰り返せば、いつまで経っても終わらないだろう。どこかで誰かが、がまんしなければいけない……、頭では分かっているつもりだ。


 だが、つもりであって、それが正解であっても、内心で納得しているわけではないのだ。


 地上人として、ではなく、魔法使い・リオとして。


 ユサをこんな風に傷つけた地底人グレイモアを、許せるわけがなかった。



「きなさい、ユイカ。……ユサを傷つけられて、黙っていられるの?」


「……られるわけがない。でもっ、傍にいてあげたい……っ!」



 倒れるユサをぎゅっと抱きしめるユイカは、近づく魔法の手を拒み続ける。


 ユイカを支持する魔法の手は、迷ってきょろきょろと周囲を見回している……。


 リオが手で制止し、魔法の手がぴたりと止まった。


「ユサに任されたの。『姉ちゃんを頼む』って」


「…………」


「その子の望みなの。あなたの足で立ち上がらないなら、アタシがあんたの首根っこを掴んで引きずってでも連れていくわ」


「……どうして、そんなにもユサの肩を持つの……?」


「頑張った子が最後に報われないのは間違ってるでしょ? あの子は自分よりも姉を優先した。そんなあの子のためを思うなら、あなたはここで死ぬべきじゃない。

 弟が大事なら、その子の分まで生き続けなさい。弟を守れなかった自分を責め続けながら生きていくのがあなたの罰よ――。こんなところでどさくさに紛れて死なせてやるものかッ」


 リオの魔法の手が、ユイカからユサを剥ぎ取った。


 抵抗なく、するっとユサが剥ぎ取れたということは、ユイカの中で覚悟が決まったのだろう。


 集まった魔法の手が、ユイカを包み込み……、


「いつ目覚めるの?」


「さあ? 目覚めてからのお楽しみね」



 周囲がグレイモアで染められている。

 魔法使いを殲滅した彼らが、残っていたリオとユイカに引き寄せられたのだろう。逃げ道はないが……、重なった魔法の手に守られている二人は、グレイモアの脅威に晒されない。


 百年後か千年後か分からないが……、


 遥か未来まで、二人は封印される。




「……一歩、遅かったですか……」


「先にいっているわね、シャロン」


「リオさん……」


 グレイモアの間を歩き、シャロンがリオに近づいた。


 彼女の魔法の拳は、盾になっている魔法の手に弾かれる。


「リオさん、あなたの復活が分かっていれば、対策ができるというものですよ」


「ええ、そうね。

 それを踏破して進むのが、未来を託されたアタシたちの役目でしょう?」


「できると思いますか?」


「できるかできないかじゃないのよ。そういう話じゃない。

 ――やるの。アタシたちに選択肢なんて最初からないんだから」


 だから、迷わない。



「――未来で会いましょう、シャロン、アカネ」



 そして。


 数多の色に包まれた魔法使いの二人が、完全に世界から隔絶された。




「……リオさんが目覚めた時、そこにある世界を理解できるのか、期待していますね」


 シャロンが手を上げ、その動きに周囲のグレイモアが一斉に注目する。



「戻りましょう、人間に――地底人に。

 私たちがいるべき、地底の都市へ」



 地面が割れる。


 底が見えない暗闇に広がっていたのは……――――、







 それから。



 およそ、【百年】が、経った――――。

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