第11話 未来へ託す
リオは悟る……、敵は二名……ではない。
校舎の外に見えるほとんどが、元・地底人の赤茶色の老木のような皮膚で覆われた生物なのだから。——その名も、グレイモア。
彼らは地上人を狙い――実際は体内にある魔力を狙い、襲っているのだろう。
その数は万である。
今も続いて地面が隆起し、這い出てくる彼らを討つ手段は、持っていない。
魔法どうこうで、どうにかなるものでもない。単純な数の問題だ。
力を持った『スターズ』の内の二名が敵側に立ってしまっている……、
こっちにはリオとユイカしかいない。
現時点で動きのないユイカは、既にグレイモアにやられている、という最悪の結末を想定しておくとすると、まともに戦える魔法使いはリオしかいない……。
ここから逆転、できるか?
「…………無理ね」
対処も気づくのも遅過ぎた。
もっと事前に分かってさえいれば、連絡し、他の魔法使いと連携を取って、体勢を立て直すことくらいはできたかもしれないが……。
スターズでない魔法使いだって、選考から漏れただけで、大きな差があるわけではない。
リオ、ユイカに並ばなくとも、中には実力者もいるのだ。
ただ、崩落と襲撃により、実力者も削られているだろうが……。
傾いた校舎から抜け出たリオは、阿鼻叫喚の会場を上から眺めながら、
「……逃げるアタシを追う素振りさえ見せない、か……。
シャロンもアカネも、この数にアタシが勝てるとは思っていないみたいね」
事実、そうなのだ。魔法の手で自身を乗せ、浮いているリオに向かって、一直線に飛んでくるグレイモア……。
体をきゅっと細くした彼らは、まるで矢のような挙動である。
リオが避ければ空中では止まれないグレイモアは、放物線を描いて地面に落下するが、老木の皮膚のおかげで落下の衝撃は一切、ダメージになっていない。
絶え間なく飛んでくる矢のようなグレイモアを避け続けることにも限界がある。
リオの魔力に反応したグレイモアが視線を上げてリオを認識。
次々に矢のように飛んでくる。脚力だけの爆発力は、人間には出せないものだ。
飢えと渇きが生物として進化させた……?
元人間とは思えない身体能力だった。
――奪われたからこそ得た力であれば、
皮も肉もない相手からの、皮肉な返答である。
「うっ!?」
リオにも限界がやってきた。
避けたと思ったが拳一つ分、足りなかった。
足首を握られ、リオが空中から引きずり落とされる。グレイモアの腕力で地面に叩きつけられたリオは、横から迫ってくる複数のグレイモアの存在に気づいた。
魔法の手で振り払うが……、
他の色を重ねない魔力の消費は、大きく残量が減ってしまう。
他の色を代用することで減少率を減らしているのだが……、
純粋な自身の魔力だけを使えば当然、魔力はみるみるうちに減っていくだろう。
これを何度も繰り返していれば、あっという間に魔力が底をつく。
かと言って、色を重ねる余裕があるわけでもない……。
今のリオの残量で振り払えるグレイモアの数は、百もないくらいだろう……、
一万なんて不可能な話だった。
これからも増え続けていくと考えたら……、無駄な魔力消費は避けるべきだ。
この場で勝つ気がないのであれば、リオのために魔力を使うべきではない。
「無理ね……この場ではどうすることもできないわ……。完全に、アタシたちのミスだし、負けよ。認めるしかない……。ここで必死に足掻いたところで、この数には勝てないわ。
シャロンにも、アカネにも――。
しかも、数の多さで押していると思えばなによ、一人一人、強いじゃない……ッ!」
まとめてなぎ倒せる相手ではなかった。グレイモア単体の実力が、シャロン、アカネに並ばなくとも、それなりの実力者だと考えたら――。
それが一万もいることを考えると、可能か不可能か以前に、心が折れる。
誰かがやってくれたらいい、そう思ってしまうほどに。
そして、その考えが悪いというわけでもない――。
だって、過去、地底人はそうやって危機を回避したはずなのだ……。
この時代で目を覚ましたシャロン、そしてアカネが、証明である。
『リオさんっ……っ! まだ、手はあります』
「ええ、聞かせてちょうだい。まあ、アタシが思っている通りだと思うけど」
リオの声はユサには届いていない。
それでも、ユサはまるで聞こえているかのように、唯一残されていた『対抗策』を伝える。
『リオさんと姉ちゃんを――封印します』
その方法は文献には載っていない。
地上人が残した書物に、地底人側の戦略が載っていることはあり得ないからだ。
だからこそ、この方法はユサが今、思いついたことである……。
オリジナルでこそないが、知らない知識を、教えられたわけでもなく発想するところは、ユサの才能が発揮されたと言えた。
『この時代は、僕たちの負けです……でもッ、未来であればまだ分からないッッ!!』
……どうせ奪われる魔力であれば。
この会場にいる魔法使い全員の魔力を利用し、未来に託す。当然、シャロンとアカネが敵側へ立ったと言うのであれば、残されたリオとユイカを希望として残すべきだ。
『目覚めた時、姉ちゃんの手綱を引けるのは、リオさんだけです』
「……そう言われたら、アタシはこの時代に残る、とは言えないわね……」
自覚しているのだ、適任である、ということを……。
目覚めた時に右も左も分からない中で、
戸惑いを最小限にして動き出せるのはリオしかいない。
……そして。
道さえ示してしまえば、真っ直ぐに突き進んでいくのが、ユイカという魔法使いだ。
「でも、集められるのかしら。アタシとユイカの二人分を保存できる魔力を。
……もしも一人だけしか封印できないのであれば、託すべきはユイカよね……」
及第点はいらないのだ。
成功か、失敗か。
秀才ではなく、天才こそが必要とされている。
「……魔法使いのみんなが、アタシたちのために魔力を譲ってくれるかしら……」
ようするに、死ねと言っているようなものだろう……。
相当な信頼がなければ、二つ返事で譲ってくれるものでもない。
たとえ、まさに今、自分がグレイモアに殺されそうになっているとしても、助かるための手段ではなく未来への勝利のために、今、握り締めている武器を捨てることができるのか?
選ばれたとは言え、他者を蹴落とし上に立っただけの――『スターズ』に。
『だからッ、みんな! 頼むから、リオさんと姉ちゃんに、預けてくれッッ!!』
地上人の未来を。
……理論武装もない、ただの感情一本で押し通す。絶対に報われる保証はない、無駄になるかもしれない……。
ユイカもリオも失敗するかもしれないし……、そのせいで地上人は滅ぶかもしれないのだ……——それでも。
『うん、大丈夫。リオ様とユイカちゃんにだったら、預けられるっ!!』
それが、魔法使いたちの答えだった。
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