第10話 塗り替えられる/序章

「解読、できたの……?」


『聞こえている前提で話します。……あんたが叫べと言ったんだから聞いていなかった、なんて言わせませんからね。

 ――僕たちが見たあの老木のような生物は、人間です。過去、僕たち地上の人間に魔力、色、文化、言葉など……あらゆるものを奪われ、干からびた地底人ちていじんなんです!』



 過去の歴史が現在に伝わっていなかったのは、意図的に過去の地上人ちじょうびとが隠したから、と言えた。

 実際の動機までは分からないが、傍から見れば地上人が完全に悪役だ。多大な犠牲があって現在の世界が成り立っていると知れば、少なからずの反発があるはず……。


 たとえ全体の一割だけが不満を持ったとしても、

 反乱分子が生まれれば、安定した生活は脅かされることになる。


 せっかく外部の敵を排除しても、内部の敵の脅威が消えなければ同じことだ。

 今度はその内部の敵を排除すればいい、と言うかもしれないが……、

 露見した段階で、今度は隠蔽することができないだろう。


 過去とは違う。


 多種多様な人間が生活している以上、思想も千差万別なのだ。

 過去ほど一本に絞ることはできない……。


 未来のため、と過去の人間が隠した事実を掘り起こし、

 こうして大衆の前で明かすことで非難が生まれることを知った上で、ユサは事実を伝えた。


 リオだけ、とはいかずとも、伝える人間を絞ることができたはずだ……、

 だがユサは、大衆に伝えることを選択した。



 知るべきだと思ったから。


 犠牲があったことを、正義だとは思えなかったから……。


 ――彼が証明である。



 今の生活が犠牲の上で成り立っていることを良く思わない層の一人なのだから。



『地底人は干からびた肉体のまま地中に埋まっています……、彼らは、あらゆるものを奪われて生物でなくなったことで、死ぬこともなくなったんです。

 ……単純な話、奪われたものを再び与えれば、彼らは人間として再起することができる――』


 魔力。全ての源はそれだ。


 水に浸した物体が、水を吸収して膨らむような回復は時間が必要だが、大量の水を一回だけ乱暴に体にかけるだけでも、息を吹き返すことはできる。


 魔力はそういうものだ。

 そして、ユサが解読した内容を自身で噛み砕き、リオが思い至る。


 逆三角錐のような、校舎の台座となっている大地。その鋭利な先端が深々と大地に突き刺さっている。まるで、放出される向きを絞り、注ぐかのような形であり……、



「この声、ユイカの弟さんですか? ……過去の文献を解読するなんて、優秀ですね」

「シャロン、あなたは……」


「はい。過去の人間です。地底人……、、ですが」


 それが本当であれば、シャロンは長生きだ。長生きだけならともかく、この見た目の維持は、どういう理屈なのか……、魔法で説明できるのか?


 魔法とは、魔力で作られた手の平を操作できるくらいのことしか、できないはずなのに!


「奪われた人たちの想いを背負い、託されたんです……。たくさんの人の魔力が私を包んで、世界から切り離してくれた――。おかげで百年もの間、私は生きることができました。

 ……生きていた、というよりは眠っていた……封印されていたと言うべきですか?」


 冷凍保存に近いだろう。


 ……具体的な方法は、後で調査すればいい。


 過去の人間が、過去の姿そのままでこの世界にいることなど今は些事なことだ。

 気にはなるが、追及するべきはそれではない。


 分かってはいた。


 だが、聞かないわけにもいかない。

 シャロンは、なにを想い、なにをしようとして――、



「地上人への復讐であり」


「地底人が世界を塗り替える番ってことだな」



 地中深くに繋がる穴があった……、

 シャロンはずっと、魔法の手の平を使って掘り進めていたのだ。


 逆三角錐の先端へ繋がるそこは――、

 魔力が『ある方向』へ誘導させられる、狭い通路になっていく。


「今日の、このために……ずっと企んでいたってことなのね……っ」


「計画的な犯行、とまでは言いません。さすがにこそこそと動いていれば怪しまれるでしょうし、タイミングを窺っていただけでした。上手くいきそうなら流れに乗る、難しそうなら後回しにする……、事実、そうやって過ごしてきましたから。

 ……今回はいけそうだったんです。だからいつでも作戦中止ができる位置にいながら、計画を進めていましたね。いつになるかは分かりませんが、目的を達成することは確定していましたから。……遅かれ早かれ、こうなることは決まっていたんです。

 計画通り、ではありませんが、後々の予定を今に引っ張ってこられたのであれば――予定通り、と言うべきですね」


 シャロンの魔法の手が、リオの動きを制限する。


 シャロンの横では、アカネの魔法が穴の内部へ注がれようとしていた。


 注ぐ、というよりは、アカネの魔法の拳が穴の奥まで伸びて底を叩く、と言った形だったが。

 それにより、細くなった逆三角錐の先端から魔力が流れ、地中の奥深くへ勢い良く注入される。本来なら届くはずもない、深く埋められた地底人の元まで届くように……。


「一応、聞いておきますか。リオさん……、あなたは地底人の犠牲を当然だと言いますか?」


「……対立には、戦争には理由がある。一方的な搾取だった、とでも言うの? 自分たちはなにも悪くなかったって? ……そんなわけないでしょ。

 どっちも悪くて、どっちも正しかった。地上と地底で真剣勝負をした結果なら……敗者にかける言葉はこれしかないわ。

 犠牲結果は当然だった。そしてあなたたちを踏み台にして、アタシたちは上へいく」


「安心しました。これで容赦なく復讐ができますから」


「これで? 最初から手加減をするつもりなんてなかったでしょう? アタシが同情したらしたで、嘘だなんだと理由を付けて、そういう話へ持っていくつもりだった……、違う?

 悪人が相手の方が、攻撃するのが楽だから。でも安心しなさいよ、どいつもこいつも救いようがない、最低最悪の悪人なんだから」


「――アカネ、早く」



 シャロンの一声で、アカネの拳が振り下ろされた。


 穴の先へ落ちていく腕が底で止まり、勢いそのまま、魔力が地中へ注入される。


 根を張るように、赤い魔力が地中へ流れていき……やがて、動きがあった。



 校舎が傾いた。


 校舎を支える、舞台下にいる魔法使いたちに異常が起きたということだ。



 ずずず、と、校舎を支える大地の塊ごと傾いていき、

 観客席の一部を破壊しながら、校舎が崩壊していく。


 被害は甚大だ。


 悲鳴を上げて逃げ惑う観客や学園の生徒は、目の前の事故にパニックになっている。

 同時に、地面から飛び出してきた老木のような生物――干からびた地底人に襲われている。


 彼らは逃げることを優先した視野の狭い地上人を捕まえ、首元に噛みつき、中身の魔力を吸っているようで……。


 数は数百、では足りないだろう。


 数千……数万? それほどの老木が動き出した。



「我々を知る地上人は、地底人という呼称を使わなくなりました……、

 まるで人間ではない格下の生物であると宣言するように――」


 崩れた校舎の中で倒れるリオは、額から血を流しながら、無傷で立っているシャロンを見上げる……。想定していた事故であれば、対処もできるというわけか……っ。



「――、と」

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