第9話 リオvsアカネ

「おまえ……筆ペンはどうした」


「重ねた色をリセットされたら困るのよね?

 そう言われたら、してみたくなるのが人の心理ってものじゃない?」



 リオは筆ペンを口にくわえていた。

 そして戦いの最中に、手早く色を複数、重ねていた。


 事前に把握していた色を奪い、名前を繋げて……、最短だが別の色を挟んで――三つ。

 黄色、別の色、そして再び黄色へ戻ってきたリオは、自身の属性色である『黄色』の光弾を放出することができる。


 ヒットしたとしてもポイントに換算すれば少ないが、試合に勝つための一撃ではなく、アカネとシャロンが困ることを目的としているのだ……、これでいい。


 必要以上に重ねる必要はない……これが今の最善だ!



「強化された魔法の一撃は、周囲に衝撃波を放ち、相手の魔法を砕き壊す……。

 威力ではなく仕様に苦しめられるなんて、初めての経験じゃないかしら」


「チッ、だが、当たらなければ――」


「魔法は引き寄せられる性質を持つ。

 狙ってはずさない限り、避けようとしてはずれることはまずないんだけど?」


 くわえた筆ペンを振り、リオの魔法が放出される。


 アカネはそれを避けるためにリオから距離を取るが、引き寄せられる性質上、逃げることができない。


 当たれば終わりの状況だ――自身の魔法の手で防御をすることは意味がない。

 本末転倒の愚行である。


 ここまで追い詰められる前に片づけておくべきだった……、

 ここまでされた時点で、アカネの負けだった、ということだ。


「認めるしかねえか……ッ、――まだだ、まだ策はなくなっちゃいねえッ!!」


 魔法に魔法が当たるため、衝撃波が生まれてしまう。

 魔法使いは自然と、魔法で身を守ろうとする……、そういう反射が働いているのだ。


 意識しなくとも魔力が身を包んで守ろうとする。

 それは体温を調節するために汗が出るのと同じようなものだが――……もしも、体内から魔力を全て吐き出してしまった場合、魔法の直撃を受けても周囲へ衝撃波が伝わることはない。


 全ての衝撃を肉体が吸収する。

 もちろん、いくら最低レベルの積み重ねた魔法とは言え、腕の一、二本が折れる程度の怪我では済まないはずだ……。


 全身が麻痺し、二度と動かない体になることだってあり得る――、それでも。


 アカネはこの身を犠牲にする方を選んだ。


「一旦、全部を放棄する。

 ……けどこれで、シャロンの手を困らせることもないはずだ」


「アカネ……」


 リオは、膨らむ疑問に動揺する。


 アカネとシャロンの関係性や、二人の目的もそうだが、それよりも――、


 アカネがここまでするほどの、シャロンという魔法使いの、正体にだ。



 おとなしく、控えめで、人見知りをしておどおどと怯えている……、これまで見たシャロンとは思えない、アカネからの信仰の強さだ。


 畏怖にも似た忠誠心は、シャロンという魔法使いへの認識をあらためなければいけないと、リオの中で警鐘が鳴り響いている……。



「――そこまでしなくても大丈夫ですよ、アカネ。もう準備は整っていますから」



 リオの視界の外から現れたのは、シャロンであった。


 意識が引き寄せられるが、放った魔法はアカネを狙って突き進んでいる。魔法がリセットされてシャロンが困ることはないが、しかし、リセットした方が良いことは確かだ。


 アカネへ放った魔法はそのまま放置して――だが、


 リオの魔法を受け止めたのは、アカネの前に立つ、老木の生物だった。


「ッ、なんで、捕縛したそいつがここに……っ!」


「リオさんが知っている子ではありませんよ。地下に埋まっていた子の一人です」


 ……埋まっていた子の一人?


 まるで、他にもまだいるかのような口ぶりだ。


「いますよ。地下深くには、地上で暮らす人間と同じくらいの数が」


 魔法の直撃を受けた老木の生物の皮膚が、樹皮のようなものではなく、少しだけだが……、張りがある、人肌に見えてきた――。


「まさか、老木の生物は……」


「魔法のリセットはされていませんよね? でしたらアカネ、予定通りにお願いします」


「はいよ。……色を重ねるの、大変だったんだぞ? まあ、ユイカに邪魔されないように青いものを弾く過程で、都合良く重ねることができたけどさ……」


「運が良かった、ってことですか……やっと追い風になりましたね」


「――シャロンッ、アカネッッ!!」


 蚊帳の外にされていたリオが叫ぶ。


 ――なにをしようとしている。


 そしてその老木の生物は、一体なんだ!?!?




『――リオさんッッ!!』


 その時、会場に響き渡る声は、ユサのものだった。





「あ、あった……なんでこんなところに偏ってるのよ!?」


 ユイカがやっと見つけた青色は……、ある教室に集まっていた。

 まるで校舎の中からかき集めたそれを全てここへ押し込んだような……。


 だから校内を駆け回っても、青の一つも見つけられなかったのだ。


 ユイカが忘れていた青色のノートは例外で見つけられたものの……、回収した人物が単純に見逃しただけ、だろう。

 だから探せばユイカが見落とした青色があるのかもしれないが……。


 それにしたって、この部屋の青色の数を考えれば、ユイカをはめようとしたことは明らかだ。

 リオか? シャロンか? ……アカネじゃないだろうし、シャロンがこんな陰湿な作戦を執るわけがない……、となると、リオだ。


 印象で決めつけたユイカが、宝の山となっている部屋の中の青色を繋げて、筆ペンを強化していく(――青色から青色を重ねることはできないため、毎回、間に別の色を挟む必要がある……、青色ばかりが集められているとは言え、一色で構成される道具の方が少ないだろう。青色の道具でも、一部は別の色、という場合もあるのだ。その時は、その道具の青ではなく別の色を対象にして奪うことも可能である……、ただし強化の幅は狭くなってしまうが)。


「――よし、今のところ繋げられるのはこれくらいかな……。

 組み方次第では全部を使うこともできるだろうけど、考えている時間もないし……――」


 その時、会場全体に響くアナウンスが流れ、


 ユイカも例外ではなく、彼の声を聞き届けた。



「……? ユサ……?」

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