第8話 舞台下での攻防

 舞台となった校舎内を一通り見て回ったリオは、違和感を抱いた……が、はっきりと分かったわけではなかった。

 見落としがあった、というモヤモヤが拭えない……。


 リオは対戦相手の気配を感じたら、すぐに離れるようにしている。

 試合に出ているのは観光にきている他国の権力者を満足させるためであり、本当ならユサに任せた文献の解読をしたいところだったのだ。


 あの老木の生物の調査もあるし……、かと言って、じゃあ手早く試合を終わらせる、というわけにもいかない。

 八百長ではないが、多少の盛り上がりを作らなければ、学園祭の損失が生まれてしまう。それは避けなければならない。


(……ああ、やっぱり、二つある片方の違和感はこれね――)


 シャロンの姿が見えない。

 見えないだけでなく気配さえも。リオと同じく気配を感じた段階で離れている可能性もあるが、だとしても足跡は残るはずなのだ。


 人がそこにいたという残り香は、匂いだけでなく温度でも言える。一切の証拠を残していなくとも、そこに人がいたという感覚は、分かる人には分かってしまうものだ。


 そういうものは絶対に消せない。にもかかわらず、ユイカ、アカネの気配は分かるのに、シャロンの気配だけがまったく掴めない。


 それだけ徹底して隠れているとすれば、疑ったことを謝るつもりだが……、リオからすれば『そもそも舞台上にいない』ということを示しているとしか考えられなかった。


 リオには分からないが、会場にあるモニターには映っているのかもしれない……。

 その場合は映像を事前に加工している、とか?


 となれば、大会委員会もシャロンに協力しているのかもしれない……。


 なにが目的で? 怪し過ぎる……。


 最初からシャロンが怪しいと思っていたが、ただし、それは弱い理由だった。

 ユサを襲った老木の生物の体内にあった魔力が『緑色』だっただけだ。

 たまたまシャロンの属性色だったというだけで――。


 緑と言えばシャロンと名前が出てくるが、緑色を属性色としている魔法使いは他にもいる。

 だからそれだけの理由でシャロンを疑うのは違うのだが……、


 怪しい行動をこうも見せられると、

 シャロンがなにかを企んでいる、としか考えられなくなっていく。


 隠れてなにかをしているとしたら……。

 こうして熟考している時間がそのまま、シャロンに自由を与えてしまっている。


 なにをするのか知らないが、このまま進めてはいけないような気がする――直感である。



「舞台上にはいない、のよね……なら――」


 気になってはいたのだ……、校舎を舞台にするのは分かる。

 だが、大地を掘り起こしてまで、

 逆三角錐の形で地面に突き刺すこの大がかりな舞台を作ることに、意味があるのか?


 見映えは良いだろう……ド派手な演出だ。

 だが、また戻すことを考えると、

 たったこれだけのために動かす規模のものではない気がする。


 いくら大勢の魔法使いの労働力があるとは言えだ。


 提案者は誰だった? もちろんそのまま、シャロンが挙手して言ったわけではないが、数ある候補の中にそれとなく校舎を混ぜたのはシャロンだったのでは?


 選手に舞台は知らされないが、隠すことも難しい。そのため、候補地をいくつか開示することで絞れなくする……、対策を練られないようにする、という方針らしいが……。


 ユイカやアカネは向いていないが、リオやシャロンにとっては複数の舞台での対策を用意することは難しいことではない。


 だから校舎内での戦い方も、シミュレーション済みである。

 まあ、使うことはなさそうだけど。


 使うかどうかはともかく、舞台候補地をどう会場へ運び込むのか、という案を提出することはシャロンにだってできるはずだ。

 もしくはシャロンが言わずとも、世間話を大会委員会の生徒に意図的に聞かせる、など。


 大規模な発想だが、不可能ではないアイデアを得た大会委員会の少女は、嬉々として提案したのかもしれない……。


 それが結果的に採用されたのだとしたら……、シャロンの計画通り、とも言える。



 校舎の真下の大地の塊……、

 そこに――……そこで、シャロンは、なにをしている?


「舞台上にいなければ、舞台の下にいる、ってことかしら」


 見当違いだったとしても構わない。

 それならそれで、一つの可能性が潰れただけだ。


 間違ったところで後退したことにはならない。前進にしかならないのだ。


 躊躇う理由はなかった。




 地下へ向かうリオの足を止めたのは、魔法を使わない、アカネだった。


 容赦のない回し蹴り。

 彼女の踵がリオの眼前を通り抜ける。


 激しい動きに、片目を隠す前髪が揺れる。

 滅多に見えない片目は――、潰れていた。


「……見ちゃいけないものを見てしまった、のかしらね」


「別に。いじりたきゃいじればいいだろ。

 ここだけは治らなかったんだから、仕方ねえ」


「ハンディキャップをいじるわけないでしょ。

 ただ、勝負事であればそこを突かないのは逆に失礼よね」


 潰れた片目側からの攻撃は、アカネにとって死角になる。


 色を積み重ねていない魔法の手で攻撃してもヒットにはならず、ポイントにもならないが、スポーツが関係なければ、魔法が使えなくなったわけじゃない。


 使った分の魔力は減るが……、

 全体の二割程度なら、使い過ぎなければ余力は残せる。


「魔法を使わずにアタシをここで止めるってことは……そういうことなのよね?」


「仕様上、蓄えた魔法を相手にヒットさせちまうと、周囲にいるプレイヤー……、つまり全員分のストックがリセットされちまう……それは望むことじゃねえからな。

 あたしも強化はしているが、使うつもりはねえ。

 おまえをここで足止めするくらい、肉弾戦で充分だ」


 死角から迫る黄色い巨大な拳を、前進することで避けるアカネ。


 距離を詰められたリオは、もう一方の拳を盾として利用する。


 赤い拳がアカネの背中から、まるで翼のように広がる。


 重ねた魔法はぶつけなければ周囲のリセットには繋がらない。

 アカネは魔法で攻撃こそできないが、自身の体を浮かせる、弾くなど、本来の用途では変わりなく使えるのだ。


 魔法の手の指で、アカネの体が弾かれる。

 空中で回転したアカネは上に置いた魔法の手の平へ着地し、方向転換する。


 建物の天井ではなく手の平を利用したのは、角度が調節できるから――もあるが、多少の弾力が、アカネの力を増幅させるのだ。


 盾を避けたアカネがリオの背後へ着地し、彼女の両手を取って地面に押し倒す。


「おまえは勘付くはずだと思ってたよ……。想定よりも早いだろうと高く買ったからこそ、マークしていたわけだが……、正解だったわけだ」


「シャロンとあなたは手を組んでいた、ってわけね……。よく一緒にいる二人だとは思っていたけど、まさか二人で企むほどに仲が良いとは思わなかったわね」


「仲が良い? どうだろうな……」


 否定するかと思いきや、アカネは訂正した。


「友達だとか、そんなレベルじゃねえよ。少なくともあたしからすればな」


 ふ、という声を聞き取ったアカネが気づく。


 リオの手に、魔法使いなら握っているはずの重要な『それ』がなかったのだ。

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