第7話 過去を知る者

 ユイカの持ち点から一割が減った。


 これがマイナスになったところで脱落というわけではないが、得点数が高い選手が優勝であるのだから、単純にユイカは全員から一歩遅れたことになる。


 勝つためには奪われたポイントを奪い返す以上に、さらにポイントを足さなければならない。


 積み重ねた強い攻撃手段の一撃か、

 回数によってポイントを蓄えるか……。


 ――当然、前者であれば相手に先を越されないようにする必要があるし、後者であれば毎回、違う手で仕掛けなければならず、早々に策が尽きるはず……。


 相手は格下ではないのだ。


 同じスターズであり、実力者である。

 拮抗しているか、もしくはちょっと上の相手である……。

 そんな魔法使いに、同じ策の繰り返しでポイントが奪えるわけがない。


 なら、色を積み重ねて筆ペン/魔法を強化する?

 それをしている間に、相手の魔法使いも同じことをしているはずだ。


 せっかく強化した筆ペンも、誰かが攻撃を受ければ全てがリセットされてしまう。だからこそ、早く筆ペンを強化し、早いスパンで相手へヒットさせることが重要になってくる。


 ……と、言うのは簡単だが、実行するのは難しい。

 一対一ならまだしも、四人いるのだ。

 結託でもしなければ、一方的な優位は保てない。


 そして、そんな話を持ちかけた側が、あとで痛い目を見ることは歴史が証明している。


 一発逆転を狙うよりは、地道にコツコツと溜めて、タイミングを見るしかない……。


 それが『ユイカらしい』かと言えば、違うと答えるだろうが。



「退屈になりがちな初手で、会場が盛り上がったんだ、しばらくは耐久戦になるかもな」


「私を狙い撃ちしておいて、すぐには仕返しされないって思ってる?」


「できるもんならやってみろ。それが醍醐味だろうが」



 赤い手の平がアカネを包み込み、教室の窓ガラスを派手に割って、彼女の体が校舎の壁を伝って別の部屋へ。


 アカネを追いかけるよりは、筆ペンを強化した方がいいだろう……、

 そう考えたユイカは、自身の属性色である青色を探す。


「やっぱりあった。置きっぱなしにしたままだったのを思い出して良かった……」


 自分の机の中から取り出したのは、青い『ノート』である。

 言い換えられるとすれば、『筆記帳』、『備忘録』なんて言い方もあるだろうか。

 ひとまず、選択肢はこの三つだ。


 最後の文字を取り出せば、『と』『う』『く』……、筆ペンに吸収された青/魔法を強化するには、色を奪った物体の名から繋がる、別の物体の色を奪う必要がある。


 物体の色を奪い、その名前の最後の文字を繋げて別の物体から色を奪う――それを繰り返していき、再び自身の属性色へ繋げた段階で、初めてその魔力を、攻撃へ転じることができる。


 そこで魔法を発動するか、

 再び別の色へ繋げて強化を繰り返すかは、魔法使いに判断が委ねられる。


 積み重ねた色が多ければ多いほど魔法は強力になるが、時間もかかる。

 強化したはいいが、なかなか自分の属性色へ繋げられないということはあるあるなのだ。


 筆ペンの強化を待ってくれる相手じゃない。


 同時に、もたもたしていたら相手も同じく強化していくことを許してしまう。


 だから手早く色を重ねて放出する。

 そのためには、エリア内にある物体の色と名前の把握だ。


 そして物体の名前も一通りではない。

 視点を変えることも重要なのだ――。


 困った時にすぐに飛びつけるように、自身の属性色の場所くらいは把握しておこう……。

 ユイカの場合は青なので、プール、もしくは水場……か? 水でもいいだろう。


 だから『ふ』か『み』が最後の文字になるように色を繋いでいけば……――。


 視線を回すユイカは、しかし手が止まってしまう。

 ……ユイカは器用な方じゃない。一つのことへ、集中力を発揮すれば没入するものの、同時に別のことを考え出すとぐるぐると目が回ってしまう。

 選択肢が多過ぎるとユイカにとっては毒にしかならず……、この競技において選択肢の多さは優位なのだが、ユイカからすれば迷うだけの悪環境だ。


 だから、細かいことを考えるのはやめた。


 安全圏は一旦、考えない。

 目につく物体の名前が繋がるかどうかだけを考え、積み重ねていく。

 そして偶然、青色に当たれば放出すればいい……今までそうだったのだ。


 勝ち続けてきたやり方をここで変える必要はない。

 自分らしさが、最大の武器である。



 リオから渡された文献の解読は順調だった。

 特に詰まったりはせず、古いものから読み進めることができている……。


 もしも詰まれば、そこを飛ばせばいいだけなのだ……。

 情報が虫食い状態になってしまうが、前後が分かれば必然的に間も埋まっていくはずである。


 ちら、とモニターを見る。

 姉は出遅れたらしいが、これは矢を引いているようなものだろうと思っている。

 引いた分の爆発力で、状況を変えてしまうだろう。


 姉が躓いたからと言って、いちいち手を止めていたら、作業なんて進まない。


 大丈夫、目の前で勝つと約束してくれたのだ――、それを破る姉ではない。



「……これ、は……――」


 解読した文献に記されていたのは……、この国のことでありながら、しかし一度も、大人からも先生からも聞いたことがなかった事実である。


 隠している……? いや、大人たちは知らないのだろう……。

 歴史から消され、人々に伝えなかった不都合な事実。


 だけどこうして文献として残っているなら、保管していた王族は知っていた、のだろうか……。今とは違う文字構成を解読できているのか? およそ百年前の出来事だ。


 王族とは言え、知ろうとしなければ耳に入ってこないものではないか?


 ただ『文献が保管されている』、ということは知っていても、中身まで知っているわけではない可能性もある。


 知っていたとしたなら、リオに貸し出すわけがないし……、仮にしたとしても、こうしてユサに見せるような真似を許すわけがない。

 ユサが手に取った時点で監視の目がユサを襲うはずだ……、

 それくらい、中身は衝撃的な事実だった。


 ユサを襲った老木のような生物……、あれは生物で合っていたのだ。


 あんな姿でも生命体である。

 人間と変わらないような……いや、人間そのものである。



 あらゆるものを奪われ、干からびた老木のような人間は、

 成長を放棄した結果、眠り続けたことで自身の『時』を止めているのだ。


 外からかなり強い衝撃が加わらない以上、死ぬことはない……。

 眠り続けることで死ぬことはないが、だが、生きているとも言えない状態だった……。

 しかし動いている一体(一人?)を見つけてしまったのだ。他の個体とは違う……。


 眠り続ける老木の人間と違いがあるとすれば、体内に注入された魔力の有無だろうか。


 誰かが魔力を与えたことで、短時間だが動けるようになった……——のだとすれば。



「誰が、魔力を与えた……?」


 偶然でなければつまり、過去の歴史を、知っている人物になる。

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