第6話 試合……開始!
客席数一万の会場には、溢れんばかりの人が集まっていた。
ここ、学びの国の住民だけでなく、
他国からの観光客を含めれば一万でも足らなかったのだろう……。
座席に座れなかった客は後方で立って見ている。遠いが、大小のモニターがあらゆる場所にあるので、試合状況が分からない、ということはない。
人の目が試合をおこなう舞台へ向けられている……。
普段、浴びることがない視線の数に、舞台へ立ったユイカがゾッと冷や汗を流した。
実力を認められた、選ばれたスターズとは言え、ここまでの人数の注目を浴びながら試合をしたことはまだない。
初めての経験だ……、そしてそれは、ユイカだけではない。
シャロンも、アカネも、リオも――同じ条件だ。
だがシャロンはともかく、アカネとリオは落ち着いた様子だった。
焦る内心を隠しているのかもしれないが、二人の性格的に、注目を浴びて怯える精神をしているとは思えない……。
絶対に勝つ、とユサと約束をした。
背水の陣で追い詰めたら、それが悪い方向へ作用してしまったかもしれない……、
緊張で喉がカラカラである。
最後に一口だけ水分補給を、と引き返そうとしたところで、アナウンスが流れた。
『――みなさまっ、多少の揺れが起きますが、危険はありません。
しかし万が一のことを考え、その場で身を縮めて、前を見ないでくださいっ!!』
という案内に従い、観客が顔を俯かせた。
指示をしている時点で『危険はない』、わけがないのだが――、
すると、雲が会場を覆ったように日陰ができる。
上を向いてみれば、数十人の魔法使いが『魔法の手』を使い、
魔法学院の校舎を地面ごと掘り出し、持ち運んでいた。
真下に尖る、岩の塊の上に校舎が建っている……。
事前に用意したそっくりの別物ではなく、
ユイカたちが日頃過ごしている、あの校舎、そのものだ――。
下に伸びた先端が、会場の地面に突き刺さる。
落下の衝撃は最小限……、
舞台の四隅にいたユイカたちは背後の壁に押し付けられたが、怪我はない。
校舎を支えていた魔法使いたちのおかげだ……。
これがただ落としただけであれば、岩の破片が飛び散り、観客席へ突き刺さっていただろう。
先端が刺さったが、完全に根本まで食い込んだわけではない……、
そのため、コマのように傾いてしまう。
そうならないためにも、周りで魔法使いたちが引き続き、魔法の手で支えていた。
深く刺してしまうと引き抜く時に大変なのだ。
「――ユイカ選手は正面入口からお入りください」
と、大会委員会の少女に言われ、自身の魔法の手で浮かんで(持ち上げられ)高所の正面入口へ。四隅にいた他の選手も、それぞれの入口から出発するようだ。
「内部にある色は、選手の属性色に偏った配置にはなっていません。事前チェックが入っていますので、校舎に選手本人が仕掛けた色なども排除されているはずです」
校舎が試合の舞台となることなど知らなかったのだ……、
タネを仕込む以前に、舞台を絞ることがまず難しい……。
いや、選手の中にはそういう小細工を手間と時間をかけてでもやりそうな一人がいるため、徹底したチェックをおこなっているのだろう……。
少なくとも、ユイカにそんな器用なことができるわけがなかった。
「ルールは予選と変わりありません。
自身の属性色から繋げていき、最低でも別の色を挟ん――」
「今更、ルール説明なんていらないよ。分かってるから。緊張してド忘れするような中途半端な覚悟で立っていないから――だって、ユサが見てるんだもの」
「……そうですか」
ガッカリした様子を見せたものの、大会委員会の少女は事務的な手順が省略されたことに不満はなかったようだ。他の三人からも同じことを言われたのか、ほぼ同じタイミングで委員会の少女たちが頷き合う。
「……アナウンス後、試合開始となります――それでは、ご武運を」
校舎が建つ舞台から降りる少女たち……。
これで舞台に立っているのはスターズの四人だけだ。
ユイカ、リオ、アカネ、シャロン――魔法使いたちが、筆ペンを握り締める。
日頃から生活空間として利用している校舎であれば、どこになにがあるのか把握している……、つまり色の所在が分かるのだ。
……内部がいじられていなければ、の話だが。
選手の小細工は排除した、と委員会は言ったが、
舞台を整えた委員会側が小細工を仕掛けていない、とは言っていない。
ただし、不公平を減らすための行動なのだろうが……。
普段から見ている校舎の情報で動くのは危険かもしれない……——のだが、それでもやはり一通りは内部を見ておかなければ、二ターン目以降の戦いに影響する。
最短、一ターンの一発勝負ではないのだ、捨て身でいけば大怪我をする。
相手がスターズなら尚更だ。
「……大丈夫、できる。だって、ユサが見てるんだから」
格好悪いところは見せられない。
弟を元気づけるためなら、お姉ちゃんはどんな困難にだって立ち向かえるのだ!
まずは自分の教室へ向かうことにした。
途中で他の三人と鉢合わせするかもしれないと警戒したが、意外とすんなり、教室へ入ることができた。
校舎と聞いてまず思い浮かぶ自身のテリトリーは、ひとまず外すべき、と誰もが考えたのかもしれないが、ユイカはそこをあえて正面突破したのだ。
最速でばったり鉢合わせたところで、筆ペンに色を重ねていない以上、攻撃手段もないし、仮にあったとしても威力は控えめだ……。
時間制限、前半/後半含めて『五十分』もある……。
小さなヒットポイントなど、途中にある大きなヒットポイントで簡単に逆転されるだろう。
旨味が少ない攻撃は自身の居場所と手の内を晒すだけだ……、するべきではない。
だから危険に見えても実は最も安全なルートであるとも言える。
そう――、
誰もがユイカのように考えていれば、の話だが。
「え?」
ユイカの視界を埋める赤い拳が、ユイカの体を後方へ吹き飛ばした。
衝撃がお腹から背中へ抜ける。
……いま、薄かったので見えなかったが、光弾があった……?
教室の壁に叩きつけられたユイカは、一瞬だが呼吸が止まり、すぐに「げほっ」と咳き込んだ。赤、色……――赤色の属性色を持つのは、アカネしかいないッ!
「最低、ポイントを、奪って……も……旨味になんか、なるわけが……ッ」
「かもな。だけど最速、最低得点でも攻撃するやつがいるって刷り込みが入ったなら、やる意味はあったわけだ――。
あり得ないって思ったからこそ、おまえはのん気に自分の色を探していたわけだろ?」
確かに、スロースターターが一般的なプレイヤー視点から考えていた。
誰もがある程度は色を重ねるはず――という先入観が、ユイカにだらだらと行動させていたらと考えると……、あり得ない、という認識が、隙を作ったと言える。
そして今度は、警戒するべき選択肢が増えたことによる視線のちらつきが隙になる。
意識させられた段階で、ユイカは簡単に払拭できない警戒を持たされた。
荷物が増えたと考えれば、余計な重さである。
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