第5話 姉と姉の友達
「それで姉ちゃん、見せたいものがあるって、結局なんだったの?」
「この試合、お姉ちゃんが優勝してみせるから」
驚きはしなかった。
ユサは、姉がなにを企んでいるのか、大体のところ予想がついていたのだから。
面子を見てしまった後だと無謀に思えてしまう……、第一印象からは想像できない力を秘めているだろうシャロン――。
強さをこれでもかと誇示し、自信に満ち溢れているアカネ。
そして何度か会話をしても底が見えないリオを相手に、身内だからこそ手の内の全てが分かっている姉――ユイカが、三人を倒して優勝するのは、はっきり言って難しいだろう。
きっと本人も自覚しているはずだ……、だからこそ宣言した、とも言えた。
「優勝したら、ユサの両足も動くようになるよ」
「……、何度も言われたよ、僕の足は、もう――」
「そんなわけないッ! 私はこうして立って歩いてる! 同じ血が流れているのにユサだけがそんな目に遭うわけがないんだからッ!
諦めちゃダメだよ、ユサ……お姉ちゃん、絶対に優勝するからっ、がんばるからっ、だからユサも、自分の足で立って歩くことを諦めないでッッ!!」
両肩を掴まれ、ぐっと引き寄せられる。
……見てくれる医者の全員が匙を投げた病気だった。
魔法でも治すことはできない……、
時間経過で急に治るはずもないだろう。手段がなければ病気は悪化していくばかりだ。
足どころかこのまま全身まで動かなくなれば……、どうせそうなるのだと思えば、いっそのこと死んでしまおうかと思ったこともあった。
一人で立って歩けない自分は、姉の重荷になってしまうのではないか、と……。姉を自分一人のためにずっと拘束してしまうのは申し訳ないと……――いや、自分が堪えられなかったのだ。
それが、最大の姉不幸だと分かっていながらも。
姉を天涯孤独にしてしまう方が、まだマシだと考えてしまっていたのだ――。
姉はそんなこと望んでいない。
生きて傍にいてくれることが前提だと言ってくれた。
……両足が動き、姉弟二人で暮らすことを夢見ている……。
ユイカだけの想いでは決して繋がらない結果のためにも――、
ユサ自身ができると信じなければ、できるものもできない。
無茶な目標のためにがんばる姉の隣で、先に自分が諦めることなんてできない。
いつも、だ。
姉の言葉には不思議な力がある。
彼女が言えばなんでもできてしまうと思えるのだから。
力の有る無しじゃなく、彼女が動けばなにかが起きる――そう思わせてくれる力がある。
言語化なんてできない、証明なんてできない……だけど。
シャロン、アカネ、リオにはないその魔法でもない力は、優勝に最も近いのではないか。
「……誰が諦めてるって?」
「ユサ……?」
嘘だ、諦めていた。
弱音を何度も吐いた、今更それを覆すことはできない、けど――。
これから戦いへ向かう『女の子』を前にして、守られるだけの男にはなりたくない。
「姉ちゃんの手を引くのが僕の役目だ。こんな椅子に座ってちゃあ、いつまで経ってもできないじゃないか……――自分の足が必要だ。
なのに諦めていたら、
僕はいつまで経っても姉ちゃんを引っ張ることができないじゃないかッ!!」
思わず立ち上がったユサだが、動かない両足では体重を支えられずに倒れてしまう。
咄嗟に手が出たユイカが弟を支え……、
「バカッ、まだ治ってもいないのに無茶なんかしてッ!」
「姉ちゃんだって、勝てる勝負でもないのに無茶をしようとしてる……。
でもさ、無茶をしなくちゃ勝ち取れないものもあるでしょ?」
「え、私、無茶な勝負を仕掛けてると思われてる……?」
違うの? とユサが首を傾げた。
「勝てるよ」
姉は言い切った。
「ユサの足が治るくらい確実に、私は優勝できる――。
負ける気なんて、まったくしないからっ!」
車椅子専用の観客席へ案内されたユサは、背後にいる女性に違和感を感じた。
会場関係者、と名乗ってはいたが、
背後から向けられるプレッシャーが、ついさっき感じたものだったからだ。
覚えがあるからこそすぐに分かった。
恐らくユサでなければ騙し切れていただろう……、これは魔法ではなく(魔法にこんな芸当ができるわけがない)、単純に彼女の技術力によるものだろう。
「あの……、舞台に上がらなくてもいいんですか……?」
「階段状になっている観客席からすれば、
この場合は舞台へ降りる、と言うべきではないかしら」
「どっちでもいいです。そういう思考が真っ先に出てくるのは、やっぱりリオさんですね……。
なにしてるんですか、早くいかないと不戦敗になりますよ」
「すぐにいくから大丈夫よ。その前に、あなたに――」
方向転換したリオが、ユサを連れて控室へ向かった。
選手しか入れない個人の部屋である……リオの部屋だ。
ここには他の選手はおろか、会場関係者も無断では入れない。
行動に文句を言っても止まらないだろう。移動を任せている以上(任せた覚えはないのだが)、文句を言っても進路は変わらないはず……。
だから聞くべきは、目の前に広がる大量の分厚い書物についてだ。
「…………これは、」
変装を解いたリオが、書物をぺらぺらとめくり、
「過去の文献ね。国の成り立ちや、歴史についてが載っている……昔の文字だから読みにくいところもあってさ……解読に時間がかかるの。
モニターがあるから試合状況は逐一分かるし、いいでしょう? あの『老木』に襲われたのはあなたよ。興味がないとは言わせない。
……試合中、調べておいて。できるところまででいいわ――試合後に進捗を教えてくれれば、後はアタシが解読するから」
「これ、貴重なものなんじゃ……、いいんですか、僕が読んでも」
「ダメだけど、いいのよ。言わなければバレないわ」
「じゃあマズイじゃないですかッ!」
機密情報を知って打ち首になれば、足が治るどころじゃない。
だけどリオは楽観的だった……いや、持ち出したことがばれて怒られる以上の事態を想定しているからこそ、とも言える――。
「アタシが解読したのはまだほんの最初のところだけ――百年以上前の、戦争のお話よ」
戦争。
この国が他国と戦争をした……そんな話は聞いたことがない。
もしかして……、意図的に隠されている? 隠蔽された歴史のことか……?
「不戦敗をしてでも優先するべきことかもしれないけど、気になることが試合にもあってね……だからここは二手に分かれて調査をしましょう。
アタシは試合を、あなたは文献を。
同時に調べれば進みも二倍の速度になる。あなたが近づかなければあんな化物が起き上がることがなかった……とは言わないけどね。
理由の一端は、あなたにある……、責任の一つくらいは取りなさい。これは歩けないあなたができる、最重要任務よ」
自分のせいだ、とは、薄っすらと感じていたことだった。
「…………分かりましたよ、調べてみます」
「ありがと。勉強はできる方? 解読にもしかしたら時間がかかって――」
「外で遊べない分、勉強は人よりも多くやってきました。だからと言って頭が良い、と言うわけではないですけど……、バカではないつもりです。解読、ですよね……、リオさんに渡すまでもなく、『答え』を見つけてしまってもいいんですよね?」
自信が宿った言葉に、リオが、くす、と笑った。
「……当然ね。答えが分かれば、放送室にでも飛び込んでマイクに向かって叫びなさい。試合を抜け出してでも駆け付けるわ」
そうして、リオが控室から出ていく。
去り際に、彼女も自信が溢れる声で言った。
「最速で勝負を決めるつもりだから。
あなたの『姉ちゃん』、その負け姿を見せてしまうことになるけど、ごめんなさいね」
「やってみろ。姉ちゃんは、強いぞ」
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