第4話 四色の道
医務室に飛び込んできた姉が、潤んだ瞳で弟に抱き着いた。
車椅子に座っているので押し倒されることはなかったが、
ぎしぎしと車椅子が悲鳴を上げている……。
「ごめんね、ユサ……私が目を離したばかりに……っ」
「姉ちゃんのせいじゃないよ。……危険な場所だって、分かっていたわけじゃないけど……不用意に近づいたのは僕の危機感のなさが原因だから」
「ううん、危険な場所を、放置していた私たち魔法使いの落ち度よ」
学園祭をおこなうにあたり、国の中は隅々までチェックされているはずだ。
魔法使いの目が危険を事前に取り除いているはずだが……、
漏れがあったからこそ今の結果に繋がってしまっている。
確認した後に危険が生まれたなら、事前チェックの不備とも言い切れないが、巡回をすることで防げた事故とも言えた――これはまだ、考える限りマシなパターンである。
問題は事前チェックの時点で意図的に見逃していたとすれば――である。
危険を見逃し、放置していた魔法使いが学園にいることを意味しており……、
「被害を受けるのが、ユサで止まるわけじゃないのかもしれない……」
「姉ちゃん、もしかして探そうとしてる? ……友達を、疑うつもり?」
「だってっ! ユサを傷つけたんだよ!? 許せるわけがないッッ!!」
ユサの首にはくっきりと、青黒い痣が残っている。
老木の生物(?)に、握り締められたせいだ……。
魔力を奪うという目的があったからこそ、ユサは今も生きることができている……、相手の目的によってはそのまま首を絞められ……、窒息する前に首を折られていてもおかしくはなかった――それだけの力が、相手にはあったのだ。
「湿布、貼っておきましょうか? ……魔法で怪我も治せたら良かったのですけど……、大きな手を操るだけの性質上、医学の知識と技術がなければ難しいのです……」
ユイカが飛び込んでくる前。
怪我をしたユサを看病していたのは、同じくスターズのシャロンだった。
帽子から溢れ出るほどのボリュームがある銀髪を持ち、大きな縁なし丸メガネをかけている。……やはり、そんな彼女の隣に最後のスターズであるアカネがいることに違和感がある。
片目を覆った赤い前髪……、隠れた側とは反対の顔には派手な刺青が彫られている。
見た目でどうこう言うような学園ではないが、それにしたってアカネの見た目は威嚇に寄り過ぎている気もする……。
だからこそシャロンが隣にいて、怖い印象を緩和させていると言えば納得できるが――そうなるとシャロンが気の毒であった。
アカネの手綱を握らされている状態である……、秀才であるがゆえに、か?
「冷たっ!?!?」
「湿布を貼りますよ、と言って頷いたのは君ですけど……、それでも、ごめんなさい」
考えごとをしていたせいで注意が散漫になっていたようだ。
この場にいない人のことを考えていても仕方ない。
ユサはひりひりとする首を撫でてから、
「リオさんは、調査をすると言っていました……。姉ちゃんはいま知ったばかりで、シャロンさんは医療班、なんですか……? 僕が連れてこられた時にはもうこの部屋にいましたし」
「はい。怪我人のお相手は私がするつもりです……、医学に詳しいわけではないですが、湿布を貼る、傷口を消毒する、くらいはできますし……。
席をはずしているだけで、きちんとした医者の先生もいますから安心してください」
魔法は万能ではない。
だから最低限の医学を習得しておかないと、魔法使い同士の戦いで負った傷を治せずに亡くなる者も多い。
他国からは、魔法を使えばなんでもできる、と思われがちだが、イメージが先行し過ぎて、できることの範囲が、神の領域にまで手を伸ばしている。
天変地異はさすがに起こせない。
それができてしまえば魔法使いは既に人間兵器である。
魔法使いができることは肉弾戦の延長戦であり、アカネのような鍛えられた体を持つ魔法使いが多いのもそういう事情があったりする。
見た目に出ていなくとも、ユイカもシャロンも、運動神経は良いのだ。
「アカネ、さんは……?」
「君を襲った老木が他にもいないか、調べています。元々、巡回はあの人の担当ですから。今回は、ちょうど確認した後に老木が現れた、のかもしれませんね……。
責めないであげてください。一番、責任を感じているのはあの人ですから……。だからこそ今こうして、国中を駆け回って、見落としがないか、確認しているのですからね」
「責めないですよ。アカネさんが放置した、なんて考えもしません……。
だって、理由がないじゃないか」
「他人が理解できる理由だけで、人が動くわけではないですよ――弟くん」
距離が縮まったことで気を許したのか、シャロンの表情に変化が見えてくる。
最初のおどおどしていた彼女と比べたら、大人っぽさが分かるようになってきた。
「……なら、アカネのことを疑ってもいいって言っているのよね、シャロン」
「お好きなように」
ユイカとシャロンが、目こそ合わせないものの、バチバチと衝突している。
「四人もいるなら役割分担をするべきでしょう。リオさんは現れた老木の調査、アカネさんは巡回でもう一体、老木がいないかの再確認――、私は観客の安全を優先して動きます。
誰が犯人なのか、全員を疑うつもりで行動するのであれば、助かりますよ、ユイカさん」
「さらっと嫌われ役を押し付けられてる……」
「そうですか? 弟くん、お姉さんのこと、嫌いになりますか?」
と、シャロンがユサに聞いた。
「そんなわけない。誰にでもできる役目じゃないと思うし……、姉ちゃんがたとえみんなに嫌われても、僕は好きでい続ける……味方がいなくなるわけじゃないよ」
「ユサーっっ!!」
さっきとは違って優しく包まれるように抱きしめられた。
落ち着くのはやはり、昔からの習慣のおかげだろうか。
「ユサのことは、お姉ちゃんが守るからね!」
「はいはい……」
「一方通行かと思えば、両想いなんですね」
シャロンの呟きに、ユサが内心で返す――当たり前だ。
世界でただ一人の、家族なのだから。
問題が起きたとは言え、被害者はユサ一人だけだ。
原因である老木の生物(?)も出現した一体は捕縛済み……、
大勢の観覧客を、わざわざ危険を伝えてパニックにさせるのは悪手である。
なので事故は他言せず、
起こるであろうこれからの事故を未然に防ぐという手段に切り替えた。
学園祭のタイムスケジュールに変更はない……(多少の時間前後はあるが、事故がなくとも起きていたことだ)――つまりスターズの四人が一気に集合する試合の時間は、調査に大きな穴が空くことを意味していた――。
学園祭、目玉の試合である。
魔法を使ったスポーツ……『カラフル・スター』。
なにが起きてもこれだけはきちんとやり遂げないと、学園祭の損失が膨れ上がる。
他国からの観光客もいるのだ……中には権力者も。
不満を抱えて帰らせるわけにはいかない。
「出場選手から『見せないと降りる』と脅されたら、そりゃ貸すしかないわよね……。
王族しか閲覧できない文献……、うわ、汚いわね……でも、だからこそ信憑性はある」
リオは、薄暗い部屋に並ぶ、大きな本棚に置かれた背表紙に指を添え、眉をひそめる……、——読めない。昔の文字だからか……。
だが、今の文字の面影がある。
大昔の文字だが、知識をフルで回せば解読できない難易度ではない。
しかしタイトルならまだしも、内容まで解読しようとなると時間がかかり過ぎる……。
調査をしている間に遅らせた試合時間になってしまうだろう。
調査とは元々、時間をかけるものだが、いま求められているのは速度だ。
せめて学園祭が終わる前には謎を解かなくてはならない。
ユサを襲ったあの老木が他にもいて、どこかに潜んでいたとすれば、国はパニックだ。
あの老木の生物(?)……、弱体化していたからこそ楽に制圧できたが、本来の力を取り戻していたなら……、魔法使いでも対処は難しいはず……。
スターズも、それ以下の魔法使いも関係なく苦戦することは必至だ。
足下に積んだ本を見下ろしながら、リオは作戦を切り替える。
「ふう……、やっぱり、人手がいるわね」
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