第2話 スターズ集合 その2

「……あの、お取込み中すみません……ユイカさん……委員会のお仕事が……」


「はあ!?」

「ひうっ!? ごめんなさいごめんなさいっ!」


「おいおまえ! 親切に教えてやったシャロンを怖がらせてんじゃねえよ!」



 ユイカの背後には、背が高く、ほど良くついた筋肉が健康的な――その肉体を制服の上から想像させる少女……と、

 猫背になりながら、彼女の後ろに隠れるおどおどした少女がいた。


 正反対の二人……だが、だからこそ相性が良いのだろう。

 持ちつ持たれつとは、このことだ。


「シャロンとアカネ……狙ったの? 『スターズ』、勢揃いだけど」


「あたしとシャロンは二人で一つだ。

 おまえらがくっついていれば自然と勢揃いになるって分かるだろ」


 黒に黄色を重ねた制服のアカネ。

 紫に金色を重ねた制服のシャロンである。


 今更だが、スターズはそれぞれの属性色が既にばれているのだ……、知ってしまえば制服に使われている色が属性に合っていないと、それはそれで違和感がある。


「…………あの、僕、先にお祭り、見て回ってるから」


『スターズ』でありながら、美少女でもある四人に囲まれた一般人のユサは、ぴりっとする場の空気に居づらくなり、車輪を手で回す。


 注目されているし、場違いであることも否めない。

 ユサが逃げるように離脱しようとしたところ、ユイカに、がしっとハンドルを掴まれた。


「ちょ、」


「私、この子の案内をするから、委員会には出られませんので。

 というか、あとで目玉の試合に出るんだし、普通の生徒の十倍は働いているようなものでしょ? 通常業務くらい免除してよ」


「お時間は、取らせません……ただの、全体の流れの確認というだけなので……はい。

 緊急事態のアナウンスや、言葉数を少なくした暗号だったりの最終確認も――」


「いるの、それ。他国が攻めてくるって?

 魔法が盛んなこの国が襲撃されて、押され続けることなんてないと思うけど」


「いいからこいって。シャロンが言ってんだからやっておいた方がいいんだよ。

 お前の弟も十四歳か十五歳くらいだろ? 一人で回って迷子になって泣き喚く歳でもねえだろうし、怪我人とは言え、慣れたもんだろ。

 姉がちょっと目を離したところで問題なんて起きたりしねえよ。

 監視の目は死角がないほどにあるんだ、困ってたら近くにいる魔法使いが飛んできて対処してくれる……、安心しろ、バカ姉」


「違うの! 私がユサと一緒にいたいだけなんだか――」

「はいはーい、おとなしくお仕事をしましょーねー」


 と、ユイカの目が黒い布で覆われた。


「え、なに!? 真っ暗なんだけど怖!?」

「はーい、シャロン、あとはこの子の手を引いて連れていってあげて」


「あ、はい。ありがとうございます、リオさん……」


「同級生なんだから『さん』はいらないけど……、

 まあ、シャロンがそうした方が楽だって言うなら止めないわ」


「おまえに止められても変える義務はこっちにはないぞ」

「はいはい。その暴れ馬も一緒に連れていってね、シャロン」


 頷くシャロンがアカネを傍らに置き、ユイカの手を取る。

 手を引かれ、連れていかれる姉を冷めた目で見送る弟……。


「姉ちゃんって、アホなのかな」

「家だと違うの?」


「まあ……親がいないから……姉ちゃんが母親みたいなものだし、ちゃんとしてるよ、家では……。というか、僕の前では」


 ちゃんとしている、とは言ったが、姉の同級生を見てしまうと、弟を前にしている時の姉の振る舞いが、『ちゃんとしている』とは言えなくなってきたかもしれないが……。


 リオの立ち振る舞いが、ユサが思う『お姉ちゃん』像だったりする。


「…………」


「なあに、じっと見て。案内しないわよ? お祭り、自分で回るんじゃないの?

 お願いするならそれ、押してあげてもいいけど……。好きなところを好きなタイミングで回りたいんじゃない? それともお互いに気を遣って、せっかくのお祭りに水を差す?」


「一人で回るのでいいです。リオさんもどうぞお好きに」


「ん。そのつもりで――じゃあまた後でね。試合、応援してくれたら、客席に向かってユサくんにだけ、サービスシーンを見せてあげるかもしれないわよ?」


「いらないからちゃんと試合をしてくれ」


 むすっと頬を膨らませたリオが魔法を使い飛行する。上を見上げれば、魔法使いが飛び交っている……、スカートだから中身が見放題、と思うが、そこはやはりそれぞれの魔法で大事な部分を見られないように覆っているのだ。


 覗いてみれば真っ暗、ではなく……、

 恐らくだが、それぞれ個々の魔力の色で大事なところが覆われている……。


 弱点を隠すために魔法使いとしての情報をダダ洩れにしているのは如何なものか……。


「それもフェイク、ってこともあるのか」


 ようするに、見せパンツ、みたいなものだった。



 車輪を回して屋台を見て回るが、人が多くてやはり満足には動けない。

 直線を進むことしかできず、折り返すことなど当然できないし、止まることもできない。


 事前に構えていれば曲がることはできるが、咄嗟に反応して曲がることはできなかった。


 人の流れが早く、数秒でも止まってしまえば背後の人の膝が当たってしまう……、

 どうしてこんな場所にわざわざいるのだろう、と苦行に感じてきたユサは、広めの道幅の脇道を見つけ、そこへ避難した。


 壁に寄せて最低限のスペースを開け、ふう、と一息つく。


「人混みに酔った……」


 車椅子で移動することが多いユサからすれば、人混みに入る機会がまずない。当然、両足が動いていた頃はお祭りに足を運ぶことも多かったが……、近年ではまったくいかなくなった。


 今日のこの学園祭が二年ぶりだろう……、去年の学園祭は気持ちが落ち込んでいていく気になれなかったし、外に出ることも嫌だった時期だ。


 病室のカーテンを閉めて、薄暗い部屋で塞ぎ込む毎日だったが……、姉のユイカのおかげで、今では自宅の部屋から外を眺めるくらいには気持ちも持ち直している。


『ユサに見せたいものがあるんだっ……だからお願いっ、学園祭にきてくれる?』


 今日、姉と合流してからも、その『見せたい』ものは明かされていなかった。


 姉のことだから、大体の予想はつくというものだが……。


「目の前で見た感じ、みんな実力者っぽかったからな――」


 スターズ、と呼ばれてくくられている時点で、実力者なのはそうなのだが。


 赤髪のアカネは言わずもがな、怪しげな雰囲気のリオは恐らく頭が回るだろう……、おどおどしていた銀髪のシャロンは控えめな性格だが、その分、魔法学の成績は良さそうに見える。


 彼女たちに比べると姉のユイカは一段劣る印象だった。


 勝負は体力、知識よりも、咄嗟の判断力と知恵が事前の実力を覆すことがあるが、やはり弟の目から見ても、姉が一番早く脱落しそうな気もする……。


 だが、良し悪しはともかく、

 なにかを起こしてくれそうなのは姉であるとも言えた。


「う……、せめて屋台でなにか買えば良かったな……」


 朝食は軽めだった。


 普段、動かないので食べる量も減ってきているが、今日は人に押してもらうよりも自分で車輪を回す方が多かった。

 そのため、エネルギーを多く使ったのだろう……(もしも魔法を使えれば、ユサも魔法で車椅子を動かせばいいのでは? と思ったが、どっちにしろ魔法を使うには気力と体力を消費する。手で回すのと似たようなものだろう。数少ない運動の機会を自分で奪うこともない)――、

 そろそろ昼食に近づいている、普段よりも早めに空腹を感じてもおかしなことではない。


 また人混みに戻るのは嫌だったが、道の端にある屋台であれば立ち止まっても邪魔にはならないだろう。……まあ、どこにいても少なからずは邪魔になるのだ、となればもう割り切って、堂々と邪魔になる位置で止まってしまう、という吹っ切れ方をしてもいいのかもしれない。


 ……トラブルに巻き込まれても嫌なのでしないが。……思っただけだった。


 もしかしたら姉が戻ってきた時に、屋台の料理をいくつかピックアップしてくれているかもしれないので、軽めに、片手で食べられるようなものにしようと車輪に手を伸ばし――、


 たところで、道の先、薄暗い空間の先に倒れている人を発見した。

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