第2話 後輩と連絡先

 「先輩、ちょっと待ってください」


 学校に到着し、互いに自分のクラスを確認して別れようとしたところを花乃に呼び止められた。


 「ん、どうした?」

 「先輩スマホ持ってますか?」


 何か言い忘れたことがあったのかと思ったが、その質問で何を言いたいか春人は理解した。


 「ああ、持ってるよ」

 「それなら、連絡先を交換してもいいですか?」

 「いいよ」


 春人は高校生になるまでケータイを持っておらず、かなり不便な思いをしたものだ。

 すぐに連絡を取れないので、あまり遊びに誘われなかったり、早めに予定を立ててもらうなど気を使わせてしまうことが多々あった。


 花乃もその中の一人だったのだろう。

 中学を卒業してからは春人との接点がなくなり、連絡を取ろうにもケータイを持っていなかったので寂しい思いをしたはずだ。


 「ありがとうございます」

 「俺こそ気が利かなくて悪かったな」


 春人がスマホを取り出すと、花乃も嬉しそうにピンク色のかわいらしいキャラの書かれたスマホを取り出した。

 メッセージアプリを起動して、お互いを登録すると嬉しそうに花乃は笑った。

 


 「試しに送ってみますね」


 登録できたのを確認するために、花乃からメッセージが送られてきたので返信をしようと画面を開くと『好きです』……と書かれており春人は思わず吹き出してしまった。


 「おい、冬島急に不意打ちをするんじゃない」

 

 春人が顔を赤くしてむせながら話すと、花乃はいたずらが成功した子供みたいに笑った。


 「油断した先輩が悪いんですよ。あと、名字じゃなくて名前で読んでほしいです」

 「名前?」

 「はい。女の子は好きな人には名前で読んでほしいものなんですよ。もちろん、私もその一人です」


 春人は女子の名前を読んだことがないので、恥ずかしかったが花乃に期待した目で見られたら断ることはできない。

 覚悟を決めて、名前を呼ぶ。


 「は、花乃」

 「はい! 春人先輩の可愛い後輩花乃です!」


 名前を呼ぶと元気よく返事をする様子を見て、犬のようだったので思わず笑みが溢れる。


 「もう、なんで笑うんですか?」


 少し起こったように頬を膨らませて講義してくる花乃を見て、さらに春人は笑ってしまう。


 「悪い、悪い。馬鹿にしてるわけじゃないんだ。ただ、ふゆ……花乃の表情が豊かで可愛かっただけだ」

 「可愛い……私可愛いですか?」

 「ああ、可愛いぞ」


 花乃は誰が見ても可愛いと思うだろう。

 告白もされたりしていると聞いたことがあったので、花乃はモテていると思っていたが、自覚はなかったようだ。


 「ふふっ、先輩に可愛いって言ってもらえて嬉しいです」

 

 満面の笑みで言われ、春人は少し照れてしまう。

 これまでただの後輩としか思っていなかったのだが、先程から好意をぶつけられて普段の調子でいることが難しかった。

 

 「それより、そろそろ教室に行かないとまずいんじゃないのか?」

 「先輩、照れ隠し下手くそですね」


 話のそらし方が露骨だったようで、花乃にはあっさりとバレてしまった。


 「まぁ、そんな先輩も可愛くて私は好きですよ。そうですね、流石に初日から遅刻はまずいですね。では先輩、また後で会いましょう」

 「ああ、また明日な」


 あるきながら度々振り返って来る花乃に笑って手を振り返して、春人も自分の教室に向かう。

 そして、自分の教室に入ると不思議な視線を感じた。


 「なんだ?」


 周囲を見渡すと、教室にいる人達、主に男子達が春人を恨めしそうに見てきていた。

 その中に知っている顔があったので、声をかける。


 「おい、火野。なんか見られてるんだけど、なにか知っているか?」

 「春人お前……いつの間に彼女ができたんだよ! しかもあんな可愛い子、あの子後輩だろ。いつの間に手を出したんだよ畜生、裏切り者が!」


 突如去年同じクラスだった、火野悟ひのさとるから怨嗟の言葉を投げかけられた。

 なんのことを言っているのやらと思ったが、可愛い子、後輩ときて花乃といたことが噂になっていると気づいた。


 「あーそのことか」

 「やっぱり真実なんだな。ギルティ! 裏切り者には罰を!」

 「ちょっと落ち着け。花乃は別にそういう関係じゃないって」


 どうにか落ち着かせようとするが、興奮した火野を抑えるのは困難だった。


 「おいおいおい、ただの後輩って割には名前で読んでんじゃねぇか。ただの後輩は名前で呼び合わないぞ」

 「いや、それは花乃に呼べって言われたから」

 「はい、嘘つき! 後輩からべた惚れじゃねぇか。末永く爆発してください」


 今の火野には何を言っても火に油を注ぐ行為のようなので、どうやって説得をしようかと考えていると、隣から助け舟がきた。


 「こーら、春人を困らせないの」

 「いてっ」


 火野の頭を軽く叩いたのは、火野と同じ去年同じクラスの君島沙也加きみしまさやかだった。


 「なんだ君島か。お前も同じクラスか」

 「そうよ。なんか文句ある?」

 「そんな文句など滅相もありません」


 火野は勉強など色々沙也加に見てもらっているので、頭が上がらないので、火野が暴走して時によく止める役回りになっている。

 君島がいなければ春人が一人で火野を抑えなければならないので、同じクラスでほっとしていた。


 「助かったよ。やっぱ君島がいないと、火野を止めるのはきつい」

 「私としては、面倒だから嫌なんだけどね。まあでも、せっかく同じクラスになったんだから、今年もよろしくね」

 「ああ、よろしく」


 彼女は去年の学級委員をやっていたこともあり、人を引っ張ることが得意なので同じクラスだと火野の暴走を止めること以外でも助かる事が多い。

 そのうえ、長い黒髪にシュッとしたスタイルで男子からの人気も高く、クラスの男子は内心嬉しさでテンションが高くなっているはずだろう。


 「そういえば春人あなた、噂になってるわよ」

 「君島も知ってたか。今朝のことなのに、噂が広まるのが早いな」


 そこまで目撃者が多くなかったはずと、記憶を遡って考えていると……


 「俺が広めたからな」


 火野が悪気なく話した。


 「お前かよ」


 こんなに噂が広まっていることが不思議だったが、春人のことを知っている火野が広めれば早く広まるだろう。

 悟はコミュニケーション能力が高く、クラス関係なく交友関係が広いので火野が話したことはあっという間に広まるので、誰も火野には秘密を話さないのだ。


 「それで、噂の子とはどういう関係なの?」

 「どういうも何も、ただの中学時代の後輩だよ。学校に来る途中にたまたま会って、話しただけだ」


 告白に関しては話さずに、理由を説明する。


 「そうなの。ならいつもの火野の勘違いなのね」

 「ああ、そういうことだ。だから火野、噂をちゃんと訂正しとけよ」

 「はーい」


 一旦はそれで収まったが、しばらく火野から疑いの視線を浴びるのだった。


 「終わったー。春人飯食いに行こうぜ」


 今日は春休み明け最初の授業なので、簡単なオリエンテーリングをして午前の間に終わり、火野から声をかけられる。


 「いいぞ」


 今日はこの後特に予定はないので頷いたとき、一件のメッセージが送られてきた。

 アプリを起動すると、差出人はどうやら花乃のようだった。


 「ん? どうした?」

 「悪い、ちょっとメッセージがきた」


 そのままメッセージを確認すると、『今日一緒にご飯食べに行きませんか?』と花乃から誘いが来ていた。

 たった今火野から誘われたが、春人の中ではどちらを優先するかはもう決まっていた。


 「すまん火野。ちょっと急用が入って飯いけなくなった」

 「えー、まぁいいや。また今度行くぞ」

 「悪いな。ありがとう」


 次は行くと約束をして火野と分かれた後、花乃にメッセージを送る。


 『俺は大丈夫だ。とりあえず、校門前で待ち合わせをしよう』

 『わかりました。すぐに行きますね』


 花乃からの返事を確認してすぐに春人も校門へ向かう。

 下駄箱で靴を履き替えて校門へついたときにはすでに花乃は到着していた。


 「悪い、待たせたか?」

 「いえ、私もいま来たところです。それより先輩」

 「なんだ?」


 何故か嬉しそうに花乃は近づいてきて、春人の耳元で囁いた。


 「なんだか、デートの待ち合わせみたいですね」

 「なっおまっ」


 突然言われて春人もデートみたいと思ってしまい、顔が真っ赤になる。


 「あはっ先輩顔真っ赤ですよ」

 「花乃が急に言うからだろ」


 先程までは後輩と昼食を食べに行くだけだと思っていたが、花乃に言われたことでデートを意識してしまう。

 一般的に言えば、年頃の男女が二人で学校帰りにお昼を食べに行くのは、デートと呼ぶだろう。

 今朝の件もあるので、ただお昼を食べて終わるとは思えなかった。


 「先輩、何固まってるんですか? 早く行きますよ」

 「ああ、今いくよ」


 考えてもしょうがないと切り替えた春人は、花乃を追いかけた。

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春は桜と可愛い後輩 健杜 @sougin

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