春は桜と可愛い後輩

健杜

第1話 桜と後輩

 春は出会いの季節であり、入学式など様々なイベントが存在する。

 桜舞い散る道を、学生達は新たな生活に胸を膨らませながら思い思いに歩いていた。

 学校へ続くその道を風野春人かざのはるひとも、楽しみな気持ちを胸に抱きながら歩いていた。


 今日は春休み明け後初の登校日であり、高校二年生になる春人はクラス替えが楽しみであった。

 去年一年間は平和に何事もなく過ごし、今年も同じように過ごすつもりだ。


 「せんぱーーい!」


 そんなことを考えていると、春人の後方から聞いたことのある声が聞こえてきたので、振り返ろうとしたがその前に背中に衝撃が走った。


 「おふっ」


 何かにぶつかられ、思わず転びそうになるがなんとか堪え、背中に突撃してきた相手に文句を言う。


 「いきなり背中に突進するな冬島!」

 「すみません風野先輩。先輩の後ろ姿が見えたらつい、我慢ができなかったです」


 ピンク色の短い髪をなびかせながら、可愛く謝っているのは春人の中学時代の後輩、冬島花乃ふゆしまはなのだ。

 中学の時部活が一緒であり、その時に色々と世話を焼いた結果懐かれてしまい、ついには高校にまでついてきてしまったようだ。


 「というか、お前俺と同じ高校にしたのか。ここそれなりに頭のいいところだったはずだけど」

 「はい、風野先輩に会いたくて必死に勉強しました。だから、ご褒美をください!」


突然褒美を強請られても春人にあげられるものは今持ってはいないうえに、場所が少しばかり悪かった。

今二人がいる場所は通学路であり、周囲には当然学生たちがいる。

ただでさえ、花乃は目立つ容姿をしているので他の生徒の目を引く中、このような話をしていれば自然と目立ってしまうのだ。


「褒美は考えとくから、とにかく学校に行くぞ。ここは目立ってしょうがない」

「私は別に大丈夫ですよ」

「俺が大丈夫じゃないから」


 早く褒美が欲しいのかむくれる花乃を連れて、学校へ向かう。

 平穏な生活を送りたいという春人の願いは、数分で砕け散ったのだった。


 「先輩は部活入ってるんですか?」

 「いや、俺は帰宅部だ」

 「そうなんですね、先輩体動かすのが好きそうだったんで以外です」


 花乃の言う通り体を動かすことが好きなのだが、この高校の部活の雰囲気がなんとなく春人とは合わなかったのだ。

 何か劇的な理由がある訳ではなく、こんな他愛もない理由だ。

 

 「俺のことは置いといて、冬島は部活入るのか?」

 「うーん、先輩がいないなら、私も別にいいです」


 懐かれているのは分かっていたが、部活に入る基準にまでされているとは思っていなかったので、すこし注意をする。


 「高校生活の部活動は人生で大きな分岐点だから、俺を基準で決めるのはやめとけ。将来、入っておけばって後悔するかもしれないぞ」

 「わかりました。ちゃんと考えておきます」


 ちゃんと話せば聞いてくれるので、本質的に良い子なのだ。

 歩きながら花乃への褒美について考えるが、特に思いつかなかった。

 高校生の女子にあげるものが、恋愛経験値ゼロの春人にはわからなかったのだ。


 「なぁ、冬島」

 「なんですか先輩?」

 「ご褒美何が欲しい?」


 下手な物をあげるよりは、本人が欲しがっているものにしようと思い、直接聞くことにしたのだ。


 「冗談のつもりだったんですけど、本当にくれるんですか?」

 「ああ、お前がここに入るのにはかなりの努力をしたはずだからな。その努力にはご褒美をあげてもいいと思ってる」

 「先輩……さすがですね。女心、いや私心を分かっていますね」


 花乃は心底嬉しそうに笑いながら、少し考えた後に言った。


 「だったら、私を恋人にしてください!」

 「へっ?」


 突然の事に脳の処理が止まり、花乃の言っていることを理解できない。


 「えっと、もう一度言ってくれるか? 聞き間違えたかとしれないから」


 ゆっくりと動き出した頭で考え、念の為もう一度訊ねる。


 「いいですよ。何回だって言います。私を、恋人にして下さい!」


 今度は間違いなく聞こえた。

 聞き間違えのようのない、告白が春人の耳に入った。

 一瞬、からかわれているのかと思ったが、花乃の表情は真剣で、耳が少し赤くなっていた。

 そのことに気づき、春人も真面目に答えなければならないと、気を引き締めた。


 「冬島、まずはありがとう。俺に会うために苦手な勉強をしてまで学校に来てくれて。素直に嬉しかった」

 「先輩のためなら全然大変じゃなかったですよ」


 花が咲くような笑顔で話す可愛い後輩を、今から春人は振らなければならないことに、胸が痛んだ。


 「告白ありがとう。でもごめん。俺は冬島とは付き合えない」

 「そうですか、分かりました。でも私、諦めませんからね! 今はただの後輩って思っているかもしれませんけど、絶対に異性として意識させますからね!」


 花乃は強い女性だ。

 振られた直後なのに、諦めずに再アタックするという。

 その精神力は春人も素直に好ましく思っていた。


 「まぁ、程々に頼むな」

 「全力でいきますからね!」


 恋する女性は素敵魅力的に見えると言うが、春人の目にも花乃は魅力的に映った。

 桜の木の下で告白をされた春人は、この日から新しい日常を送ることになる。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る