2-3 奇跡少女の衣装
魔法少女になった彼女は、その力を試そうと思ったが、まず武器のようなものが全くない。召喚する方法があるのかと思ったが、映像の中の魔法少女も武器は持っていなかった気がする。魔法を使って戦っていたのだ。映像の少女は火の魔法で何かと戦っていたようだが、魔法自体は変身しなくとも使えるのだ。
(変身のキーワードがミラクルガールだったし、魔法以上の奇跡的な力を持っているとか。何か条件があるとか?)
彼女は魔法少女のようなキラキラした衣装を着ながら、考え込む。しかし、何の情報もないまま、考え込んでも意味がないと思い、考えるのを止めた。取り合えず、変身したことで、魔法の使い方が上手くなっていたり、魔法が強化されていたりするかもしれない。彼女は先ほどと同じように魔法を使うことにした。水の球を作り出して、それを前に飛ばす。そこまでは先ほどと同じだったが、着弾した瞬間に爆発した。さすがにクレーターが出来るほどではないが、爆発音に驚いたほどだ。風の魔法も同じように使ってみたが、切断するという効果の為、標的がないと変化がわからなかった。
そんな時、水の球が爆発した音に寄せられたのか、四足歩行の大きな狼のような生物が彼女の目の前に現れた。その狼は体毛は灰色で、瞳は黄色。高さは彼女を立てに二人並べても足りないくらいだ。足は筋肉質で、四本の足には凶悪そうな爪が付いている。その爪で攻撃されれば、彼女の胴はズタボロでは済まないだろう。少し開いている口からは鋭い歯が上下についているのがわかった。
元の世界でそんな凶悪な獣に出会う可能性はほとんどないだろう。動物園にでも行けば、窓や格子ごしに見ることは出来るだろうが、何も自分を守る物がない状況で対峙するという可能性は自らそういう場所にでも行かなければ、全くないだろう。魔法少女に変身したとは言え、その精神力の強化はない。彼女の心はそのままだ。彼女はその凶悪な獣を見ると足がすくんで、今までの楽しい気持ちはどこにもない。自分が殺される未来しか見えず、その恐怖で体のどこも、脳みそすら動かない。思考停止し、動かない人間などはどんな格好でもただの得物だ。獣は牙の隙間から、生暖かい息を吐きだして、少しずつ近づいてきている。彼女の行動に集中して自身に攻撃されないか警戒しているのだ。しかし、様子を見ていても目の前の得物は全く動かない。獣は相手が何もしてこないと確信したかのように、素早く彼女に近づき始めた。彼女の中の心は恐怖に縛られていた。しかし、恐怖に縛られながらも、自分が死ぬを嫌がってもいた。そして、それは彼女の体を勝手に動かしていた。生き残るための防衛本能と言えるかもしれない。もしここが元の世界であればその程度の反応でこの窮地を脱することは出来なかったかもしれない。しかし、既にこの世界では魔法が使えることを確認している彼女の頭は魔法を使う準備をしていた。自身の記憶の中、ファンタジーものに出てくる、よく最強レベルと言われるような魔法だ。
「エクスプロ―ジョン……」
彼女の口が魔法の名前を呟いた。それは勝手に魔法の詠唱になり、彼女の中にある物語で出てくるようなエクスプロージョンのイメージがそのまま現実に反映される。近づいてくる獣の目の前、そこには何もないはずなのに、相手はそこから一歩も動けなくなる。それは目の前の何かに引っ張られる力に抵抗しているからだった。しかし、その力に勝てるわけもなく、獣はその何かに引っ張られ続ける。引っ張る力が一瞬だけ無くなり、獣は抵抗を止め、サクラに襲い掛かろうと体を低くした。その瞬間、獣の目の前は真っ白になった。いや、それだけではない。開けていた目は熱波にやられ失明していただろう。灰色の体毛が熱で焼かれる。獣の耳は既に聞こえなくなっていたが、辺りには大きな爆発音が響いていた。サクラの目の前で、巨大な爆発が起きたのだ。彼女の元にもその余波が来て、顔を守るように腕を出す。それでもしばらくはごうごうと吹く風はやまなかった。目の前で巨大な爆発を受けた獣は生きていられるはずもない。熱波が止むと、そこには何もなかった。穏やかだった草原は焼け野原と言うだけでなく、大きなクレーターがあった。獣は爆発で吹っ飛んでいったのか全て蒸発したのか、屍は既にそこにはなかった。目の前の惨状に、彼女は目を丸くして驚くばかりだった。
「……おお」
結局、口から漏れたのは感嘆の声。自分がやったとは考えたくない程の惨状だ。彼女はすぐにその場から離れることにした。この世界の人間がどれだけの魔法が使えるかはわからないが、地形を変えるほどの魔法をぶっ放す人を正常な人と判断してくれるはずがない。元の世界なら、ネットでばら撒かれて、犯罪者予備軍とか言われて、一生後ろ指さされて生きることになるかもしれない。いや、それは言い過ぎかもしれないが、とにかく、彼女はこの世界の人に出会ってもいないのに、警戒されて牢屋などに入れられるのは勘弁してほしいと願いながら、爆発させた場所から走って逃げる。魔法少女の衣装のままであることを忘れて。
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