The Girl Falls Into Darkness, Once Again

 ――それは、決して忘れてはならない罪の記憶。


「……そっか、そう……だよね」

 絶望した表情で走り去る彼女。

「……っ!待って!違う!違うの……!!」

 すぐにハッと気づいて追いかけても、もう声は届かない。

 いくら走っても追いつくことはできず、結局、その日の内に彼女と再び出会えることはなかった。


「違う……のに……なんで、あんなこと……言っちゃったの……」

 興味のない相手から告白されることが多すぎて、告白をされると脊椎反射でひどい振り方をする癖が付いてしまっていた。

 どれだけ言い訳をしても、どれだけ後悔しても、一度やってしまったことはもう取り返しがつかない。

 ――明日は、しっかり謝らないと。そして、私の思いも、伝えないと……


 そして翌日、やっと会えた彼女は希望をすべて失ったような顔で、もう私のことなんて見てもくれなかった。

 ――ああ、もう駄目だ……

 その日から、私の世界は彩を失った。

 それ以来、彼女に話しかけることもできず、そして彼女から話しかけられることもなく、ただ時だけが過ぎていった……




The Girl Falls Into Darkness, Once Again




「あんなこと言われたら、戻るに戻れないわよ……」

 どうして私はあの時、彼女の家に向かったのか……

 ……いや、理由なんて、分かり切っている。彼女のことが、忘れられなかったから。諦めきれなかったから。

 "私"ではない私なら、彼女とやり直せるのではないかと、淡い期待を抱いたから。

 

 その目論見は、見事に上手く行った。

 まるであの時に戻ったようで、彼女との生活は、とても楽しかった。

 けれども、それはいつまでも続かなかった。

 そう、彼女たちの呼びかけで、"アタシ"の奥で眠っていた"私"が呼び起こされてしまったのだ。

 こんな状況でさえなければ、きっと私は、彼女たちに感謝していただろう。

 それでも、今回ばかりは、余計なことをしてくれたものだと思う。

 あんなことさえなければ、私はまだ"アタシ"でいられたはずなのに……

 だからと言って、彼女たちを責めるのはお門違いというもの。

 だって、もとを正せば、悪いのは全部私なんだから。


 それに、私を完全に正気へと引き戻したのは、別の理由なのだから。



 ――お願いだから、私を置いて行かないで……


 そう、あの日、彼女が最後にこぼしたあの言葉が、私を正気に引き戻し、そして私を縛った。

 もはや私には、"私"として彼女と向き合うことは許されないのだと…… 気づいてしまった。

 それでも私は、彼女との生活を失いたくなかった。彼女に拒絶されるのが、怖かった。

 だから、私は"アタシ"のフリを続けている。

 そして、"アタシ"という仮面を被って彼女と過ごすことで、私の心は傷ついていく。


 だけど、それでいい。

 これはきっと、やり直したいとは願っても、償おうことから逃げていた、ズルい私への罰なんだ……



――――



 "私"に戻ってから一週間。

 あの人からもらった、連絡用の携帯電話が震える。

 一週間ぶりの呼び出し。

 私は……うまく"アタシ"をやれるだろうか。

「今日も、行くんだね」

「ええ」

「大丈夫……?」

 あんなことの後だから、心配しているのだろう。

 きっとそこには、私が"私"に戻ってしまうのではないかという不安も混ざっているはずだ。


「もちろんよ。アンタのおかげでね」

 彼女のために、私は"アタシ"とあり続けることを決めた。

 もう、揺るがない。


「じゃあ、行ってくるわ」

「行ってらっしゃい。……気を付けてね」

 私はいつものように、窓から空へ飛び出した。


 外に出た私は、メールの内容を確認する。

『次の標的はショッピングモールだ。2000、立体駐車場の屋上に来い』

 いつも通りの、飾り気のない事務的な文章。


「……あれ?」

 だが今日は、それだけでなく、続きがあるようだった。

『P.S. 戻りたければ、いつでも好きに戻ると良い』

 どうやら、私が正気に戻っていることは、もう気付いていたみたい。

 それでも、戻るつもりはない。私は、"アタシ"のフリをしていなければならないから。

 


 集合場所の、モール駐車場の屋上へとたどり着いた。

 時間五分前……いつもならもうみんな集まっている頃なのに、今日は誰もいない。

 時計を見ても、時間を間違えたわけではないはず。

 ひとまず、時間までは待ってみよう。


 ……時間を待ちながら、人の営みで賑わうモールの様子を見下ろす。

 私は今から……あそこを襲撃する……

 "アタシ"にとっては、造作もないこと。でも、"私"には……

「……」

「酷い顔だぞ。それで戦いに出るつもりか?」

「っ!?」

 突然かけられた声に驚いて振り返ると、そこに立つのは背の高い、凛とした雰囲気をまとう女性の姿。


「首領……様……」

「少し、話をしないか?」

「でも、襲撃は……?」

「お前にだけ、早い時間を伝えておいた。お前と、話がしたくてな」

「……わかりました。なんの話……でしょう?」

「単刀直入に言おう。私の洗脳はもう解けているはずだ。もうお前には、我らに与する理由などない。何故ここにいる?」

「それは……あの子と、一緒にいるために……私は"アタシ"のままでいなければいけないから。"私"に戻ることは、許されないから。それが私への罰で……償いだから。だから私は……ここにいる」

「……詳しく、聞かせてもらおうか」


 私は、全てを打ち明けた。

 今は、かつての親友と恋人になる代わりに部屋に置かせてもらってること。私が、かつて告白してきた彼女に対し酷い振り方をしたこと。彼女が、正気に戻りかけた私を見て、この世の終わりみたいな表情をしていたこと。その顔を見て、私は"アタシ"であり続けると決めたこと。


「……成程。だが、お前にやれるのか?」

「それは……」

 きっと、この人には、全てお見通しなんだ。

「ううん、それでも……やらないと、いけないんです」

「……無理をするな。仕事ならほかにもある。お前はそっちに回ればいい」

「それじゃあ、ダメなんです。私が"アタシ"である姿を、あの子に見せてあげないと……」

「ダメだ。そんなことを続ければ、遅かれ早かれお前は潰れてしまう。ただでさえ、お前の行動は自らを追い詰めているのだ」

「なら、どうしたらっ!」

 彼女は、答えてはくれない。

 いったいどうすればいい。いったいどうすれば、私は"アタシ"で居続けられる……?

 私は必死に、考えをめぐらした。


 ――ああ、あるじゃない…… たった一つだけ……私が、"アタシ"であり続ける方法が。

 そして、私は、答えを見つけた。

 それは、逃げの一手。魔法少女としてはあるまじき、正義に悖る選択。それでも……

「……だったら」

「だったら?」

 ひとつ、大きく息を吸う。覚悟を決める。


「だったら、私をもう一度……闇に、染め上げてください……」

「ほう……良いのか? 自ら望んでしまえば、二度と元には戻れなくなるぞ?」

「はい。構いません。逃げてばっかりで……今も、逃げようとしてる……こんな弱い"私"になんて、もう二度と戻らなくていい……戻りたくなんて、ない……」

「……そうか。お前が心からそう望むと言うのであれば、我々は喜んでお前を再び迎え入れよう」

 彼女は静かに腕を伸ばし、私を誘う。

 飽くまで自分からは来ようとせず、どこまでも私の意思に任せる、優しく、それでいて残酷な誘い。

 私は吸い寄せられるように手を伸ばし、差し出された手を掴む。

「ふっ……いい子だ」

 瞬間、ぐいと腕を引かれ、そのまま私は彼女にしかと抱きしめられた。

 彼女から注がれる闇が私を優しく包み込み、私の全てを塗りつぶしていく。



 ――ああ、これでやっと、私はまた"アタシ"になれる。

 ――胸を張って、あの子の元に帰れる。



 ――バイバイ、"私"。

 ――最後まで、大嫌いだったよ。

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