闇がもたらした二人への救済
蛇石葉月
The Girl Fallen To Darkness
――それは、決して忘れることのできない絶望の記憶
「え?ああ、ごめん。私そういうの、無理だから」
私の告白に対し、はっきりと告げられた、拒絶の言葉。
「……そっか、そう……だよね」
絶望が心を埋め尽くし、涙が溢れそうになった。
その場にいるのが、彼女の側にいるのが、辛くなってその場を逃げ出す。
彼女は何か言っているようだったが、もう私の耳に言葉は届かなかった。
そこからどうやって帰ったのか、今となってはまるで覚えていない。
翌日、気力を振り絞って何とか学校へは行った私だったが、彼女の顔を一目見るだけで昨日の言葉がフラッシュバックして、涙が零れそうになってしまった。
――ああ、もう駄目だ……
その日から、私の世界は光を失った。
それ以来、彼女から話しかけられることもなく、そして彼女に話しかけることもできず、ただ時だけが過ぎていった……
The Girl Fallen To Darkness
「ねえ、アンタ。アタシのこと、好きだったのよね。取引しましょう。アンタと恋人になってあげるから、アタシをしばらくここに置いてくれないかしら」
深夜、突如枕元に現れた彼女は悪魔のような装いで、悪魔のようにそう囁いた。
夢現、甘美な囁きに思わずうなずきそうになる刹那、過去の言葉がフラッシュバックして、急速に目が覚める。
「……っ、どの口がそんなことを――」
そうだ、かつて親友と呼んだこの女は、私の告白を意にも解さず、あまつさえあんなひどい振り方をしたのだ。
「……昔の私のことなんて言わないで。そんなの、どうでも良いじゃない。今はアタシが、アンタを必要としてるの」
「なっ……どうでも、って……」
……でも、何かがおかしい。目の前の彼女は、私の知る彼女とどうにも一致しない。
「……なにが、あったの?」
よく考えれば、そもそもこんな時間に、突然枕元に現れた時点で妙だ。
「……はぁ、そういえば、アンタってテレビとかあんまり見ないタイプだっけ。仕方ないし、そこから説明してあげるわ」
渋々、と言った様子で彼女はこれまでの経緯を説明し始めた。
曰く、彼女は最近まで魔法少女をやっていたのだが、敵対している相手に捕まって洗脳されてしまったらしい。
そうして昔の仲間と敵対しているのだが、その様子を中継され、家族に身バレした(魔法少女の時は魔法で顔がバレないようにしていたらしいが、洗脳されたことで魔法が解けてしまったのだとか)から家に帰れないらしい。
「……じゃあ、今の君は昔の君とは違う……ということ?」
「そういうこと」
もしかしたら、あんな取引を持ち掛けてきた今の彼女なら、私を拒絶しないのかもしれない。
「……なら……良いよ。その取引、乗ってあげる」
そして、私たちの奇妙な同居生活が始まった。
――――
それからは、いろいろなことがあった。
初めの頃はお互い距離感を測りかねていた部分があったけど、ひと月もする頃には、私たちは本当の恋人のようになれた。
一緒にご飯を食べたり、お風呂に入ったり…… 身体を重ねることだって、最近はするようになった。
たまには、デートもした。彼女はあまり人のいるところに出たがらないから、夜、彼女に抱えられて空を飛び、夜景を眺めるぐらいだけど、それでも、楽しかった。
ああ、そういえば、一度だけ昼にデートをしたこともあったっけ。確か、彼女が限定新作スイーツをどうしても食べたいって言い出して。
髪型を変えたり、伊達眼鏡をかけ、お互いしっかり変装して、腕組みして街を歩いて。
二人で食べたスイーツは、今までで最高においしかった。
……最後には結局、彼女の変装が解けちゃって、魔法少女にバレちゃったりしたけど。
だけどそんなのも、いい思い出だ。
――いつまでも、こんな時間が続けばいいのに……
――――
私たちが同居してしばらく経った頃、事件が起こった。
その日も、彼女は悪を為すため、闇夜へ飛び立っていた。
私はいつものように、テレビをつけて待つ。
自分が悪を匿っているということを目に焼き付けるために始めた日課だが、今ではもうそれにも慣れてしまって、ただ側にいないときも彼女の姿を見ていたいだけになっている。
邪悪な笑顔で悪事に勤しむ彼女の姿に、家族や知り合いは、何を思うのだろう。
しばらくすると、彼女たちが起こした騒ぎが局に伝わったようで、ドローンカメラによる中継が始まった。
いつものように破壊をもたらす彼女の姿が映し出される。
だがその日、魔法少女が現れてからは、いつもと様子が変わった。
いつもは彼女に圧倒されている魔法少女たちが、今回は巧みな連携で、彼女と対等に……いや、対等以上に渡り合っている。
きっと、彼女を取り戻すため、血の滲むような努力をしたのだろう。
彼女は次第に追い詰められていき、やがてリーダーと思しき少女の渾身の一撃を受け、地面へと叩きつけられた。
魔法少女たちは地に堕ちた彼女へと近寄り、口々に呼びかける。
「戻ってきて!」「思い出して!本当のあなたは、そんなことができる人じゃない!」「優しかった先輩に……戻ってください……!」
少女たちの呼びかけに、彼女は立ち上がりながら苛立たしげに頭を押さえた。
「ぐっ……うぅ……煩い!」
彼女は振り払うようにステッキを振るい、少女たちにめがけて闇の奔流を放つ。
呼びかけに集中していた少女たちはそれをまともに喰らって吹き飛ばされ、更にその余波でカメラが故障したようで、中継はそこで途切れた。
その日の深夜、彼女はまるで逃げるように必死で窓から部屋に飛び込んで来ると、そのまま頭を押さえて倒れ込んだ。
「ああっ、あああぁぁぁっ!! アタシは……わたし、は……」
床をのたうち、彼女は苦しそうに呻く。
「教えて……アタシは……どうすればいいの……?本当の私は……どっちなの……?」
彼女は目から涙を溢れさせ、答えを求めて私に縋り付いてくる。
「大丈夫……アイツらは、君の心を惑わそうとしているだけだよ……」
しがみつくように抱きついて、何とか彼女が正気に戻らないように説得する。
彼女が正気に戻ってしまえば、きっと彼女はまた、私を拒むだろう……あの時のように。
そんなのは、嫌だ。
「だから……君は今の君のままでいればいいの……」
闇に染まっていようが、たとえ打算から来るものだろうが、今の彼女は、私を求め、受け入れてくれた。
元になんて、戻らなくて良い。
「お願いだから、私を置いて行かないで……」
不意に、彼女の呻き声が止まる。
何事か、と離れて顔を見ると、彼女は驚いたような、それでいて悲しそうな、そんな表情を浮かべていた。
だが、私の視線に気づくや否や、すぐにいつもの調子に戻って笑顔を見せる。
「ふっ……バカね。今更、私がアンタを置いて行くわけないでしょう。そういう契約だもの」
さっきまでとは逆に、今度は私が彼女に抱きしめられた。
「もう……大丈夫なの?」
「ええ、お陰様でね。アンタも、たまには役に立つじゃない。褒めてあげるわ」
「ああ……良かった……」
きっと私は、許されないことをした。
それは、本来の彼女にとっても、そして、誰にとっても。
私は彼女本来の人生と、世界を守る少女を犠牲にして、自分の安息と、幸せを取ったのだ。
私の闇は、まだ晴れていない。
ああ、でも……考えてみれば、私と彼女。過程は違えど闇に堕ちた者同士、実にお似合いじゃないか。
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