第10話
「…………」
何から話せば良いか分からない。それは玲愛も同じなようで、両者の間を沈黙が満たしていた。
やがて、先に口火を切ったのは、玲愛の方だった。
「わたしね、彩日が好きだって言ってくれて嬉しかったよ。応えられるのなら応えたいと思った。でも、それはきっと彩日が求めるものじゃないんだ」
玲愛は手元に視線を落としたまま、秘めた想いを吐露するように呟いていく。
「わたしは、彩日を好きになれる自信がない……だって、これまで誰かを好きになったことなんて、ないから。好きになれないことで彩日を傷つけてしまうのが怖い」
それを聞いて、玲愛は自分が考えていたことなど問題にしていなかったことが分かる。彼女はあくまでこちらのことを考えた上での判断だったのだ。勝手に分かった気になったら駄目だな、と改めて実感させられる。
確かに、“好き”だと思ってもらえないことは、辛い。たとえ表面的には合わせてくれていても、自然とそれは感じてしまうだろう。その時、自分がどんな風に思うか。想像もしたくない。
そう考えると、玲愛の判断の意味が理解できた。
「ありがとう、心配してくれて」
「ううん、わたしが臆病なだけだから……」
「それでも、玲愛は私の為にそうしようとしてくれたんでしょ? なら、そう想ってもらえることが嬉しいんだ」
「彩日……」
玲愛は自らの判断の理由を明かしてくれた。それを話そうと思ったのは、その心が揺らいでいるからだと思う。迷っているのだ。臆病だというのであれば、勇気が得られれば彼女は自分の想いを受け入れてくれるのかもしれない。
なら、強引に彼女の手を引けば良いのだろうか。この選択が正しい、と自分が欲する側に。
いや、それは違う。玲愛は適当な言葉で惑わされるような人間ではない。結局、どこまでいっても選ぶのは彼女なのだ。
だったら、自分に出来ることは小賢しい言葉などではないように思う。ただ真っすぐ、ぶつかる。それだけのこと。
「私も、玲愛に聞いて欲しいことがあるんだ」
遥に言われて、色々と考えた。心の中に残るモヤモヤの正体。今ならハッキリと分かる。
「まだ、私がどれだけ玲愛のことが好きなのか、伝えられてない」
……そう、それこそがやり残したことだ。
あの時は衝動的に“好き”と言葉にしただけだった。けれど、それは他の誰かが口にする“好き”と何も違わない。
自分だけの“好き”を伝えたい。知ってもらいたい、玲愛の為だけの“好き”を。
「そっか」
玲愛は柔らかく微笑んだ。その上で、彼女は言う。
「わたしにあなたの──好きを教えて」
それは初めて話した日にも聞いた言葉。けれど、今はあの時とは違った意味合いを帯びていた。
彩日は胸の裡で溢れんばかりの想いを一つずつ言葉にしていく。
「私は、玲愛のカッコ良さと可愛さを兼ね合わせたみたいな整った顔立ちが好き。モデルみたいに手足が長くて
彩日はそこで一度息を吐いた。こうして、玲愛の好きなところをいくら並べ立てても、到底語り切った気はしないことが良く分かる。
「多分、私の玲愛への好きはこれからもどんどん増えていくし、変わっていくと思う。もっともっと玲愛のことを考えて、考え抜いて、その度に新しい好きを見つけていくんだ。そう在りたいと思ってる。玲愛が私にそう思わせてくれる。それはきっと、誰でもない、この世にたった一人しかない、代わりなんてどこにもいない、そんな玲愛のことが私は大好きだから」
彩日はふと思う。自分にとっての“好き”は“意志”なのかもしれない、と。
欲しいと思った、衝動を感じた、だから、手を伸ばす。伸ばし続ける。
“好き”を理性的に捉えようとしていたのも、そういう営みだったように思う。何となく感じた“好き”では満足できない。もっと知りたい、もっと欲しい、と。
それゆえ、こう告げるのだ。
「私は欲しい。玲愛が欲しい。だから……
「っ……」
玲愛は自分の顔が火照っているのを感じた。
こんなにも情熱的な“好き”を伝えられて、求められて、そうならない方が稀有だろう。
彩日はその名前に相応しい存在だな、と改めて思う。彼女はそうは思っていなさそうだが。
迸る情熱で人々を照らし、活力を与える存在。それは、自分のように硬直し切った在り方も変えてくれたのかもしれない。
今更ながらに納得する。初めて会ったあの日、どうして彼女に特別な何かを感じたのか。
世の人々は自分の“好き”を疑っていない。自明なものとして扱っている。
玲愛にはそれが理解できない。疎外されている気分になる。自分が異質な存在に思えてしまう。
けれど、彩日は違ったのだ。彼女は自分の感じる“好き”を疑っており、不明瞭なそれを明瞭にして、その先にある本当の“好き”を欲していた。
その態度が、嬉しかった。あなたは独りじゃないよ、と言ってもらえたような気がした。
“好き”を持たないって空虚だから。誰の眸にも映っていない。そこに映っているのは虚像だけ。そんな何者にもなれない自分が嫌だった。
たとえ根っこの部分に細やかな“好き”があると知っても、それは変わらない。
……なのに、彩日はこんなわたしを視てくれる。どこまでも視ようとしてくれるんだね。
本当はずっと前から彩日に惹かれていたのだと思う。心はいつだって彼女の方を向いていた。ただそちらに踏み出す勇気がなかっただけで。それは今も変わらない。
それでも、出来ることがあるように思う。自分にも願いがあることを知った今なら。
玲愛はふと思う。自分にとっての“好き”は“祈り”なのかもしれない、と。
彩日のようにひたむきな情熱で突き進んでいくことは出来ない。けれど、こうで在って欲しいと願うことは出来る。
彩日には誰より幸せになって欲しい。その為に必要なら、彼女のことを“好き”だと感じる自分になって欲しい。そんな一滴の願いが背中を押してくれる。これまでは決して選べなかった暗闇に身を投じることを許容する。
「わたしも……好き」
無機質で血の通わないと感じる言葉。実感も確信もない。これまでと何ら変わりない。
「彩日のことが好き」
でも、きっとこれから、何より大切な“好き”になっていく。そう願って、選んだから。
「手離さないでね、わたしのこと」
「玲愛っ!」
彩日は衝動的に玲愛の身体を抱き締めていた。こちらの方が背が低いので、彼女の首元に顔を埋めるような形となる。玲愛はこちらの背中に手を回して、引き離そうとはしない。
たった今彼女の口から聞いた言葉。それは彩日の想いが通じたことを意味していた。
「離さない、絶対に離さないから……!」
そう宣言して、思い切り抱き締めた。柔らかさと温もりで満たされる。感じる心臓の高鳴りは一つじゃなかった。
彩日が顔を上げると、すぐそこには玲愛の顔があった。真正面からこんなにも近くで見たのは初めてかもしれない。
透明感のある眸とぶつかり、思わず視線を下げると、そこには
──キス、したい。
いきなりするわけにもいかない。かといって、率直に口にするのは恥ずかしい。
葛藤していると、玲愛は黙って瞼を伏せた。言葉にしなくても、こちらの望みは確かに伝わっていた。身を委ねられている。
だから、自分の心が求めるままに、唇をそっと重ねた。
触れた部分に感じる仄かな熱。それは瞬く間に幸福感となって広がり、脳の奥底まで痺れさせた。
もっと欲しい。これでは足りない。
湧き上がる衝動に彩日は自然とより深い部分へと侵入していた。
「っ……!?」
玲愛は驚いた様子で身を震わせる。そこでようやく自分がしたことに気づき、すぐさま顔を離した。
「ご、ごめん、つい……嫌だった?」
「ううん、びっくりはしたけど……その、初めてだから」
玲愛は恥ずかしそうに呟いた。その表情は永久保存したいくらいに可愛かった。
そんな風に言われると、止まれなくなる。欲望の
とりあえず、もう一度唇を合わせた。今度は味わい尽くすような濃厚さで。
彩日はふと気づく。以前の自分が呪詛を送っていた、人気のない場所でいちゃつくカップルそのものとなっていることに。
しかし、まあいいか、とすぐに棄却した。今ならその気持ちが分かる、ということで許して欲しい。
玲愛への欲求は着々と高まっていき、それは自ずと先の行為へと至らせようとしていた。
だが、そこで思わぬ横槍が入る。突如、スマホらしき音が鳴り響いたのだ。
まるで誰かに見つかってしまったように、二人共が慌てて顔を離す。
「…………」
何となくお互いに見合って、沈黙。
その間も音は鳴り続けている。それは彩日の物が原因ではなかった。
「……ごめん、電話みたいだから」
玲愛は申し訳なさそうに言うと、ポケットからスマホを取り出して、画面に視線を落とす。
「
不思議そうな顔をするが、少しして血の気が引いていく様子が見て取れた。
「部活のこと、忘れてた」
そこでプツッと音が止んだ。なかなか出ないので諦めたのだろう。
玲愛はすぐに掛け直そうとするが、そこでピタリと手を止めた。こちらの顔を見て、逡巡している様子だった。
少しは冷静さを取り戻していた彩日にはその意味が理解できた。なので、言う。
「行って。私は大丈夫。ここで少し休んだら帰るよ」
「でも……」
「全部欲しいっていうのは、いつも一緒にいなきゃいけないってことじゃない。私はそうやって誰かの為に頑張る玲愛が好きだし、それを妨げることは望んじゃいないんだから。これまでのような感じでいいんだ。その上で一緒にいる時間も作ってくれると嬉しい」
先程までの行為を思えば、どの口が言うか、という感じではあるけど、それも紛れもない本心だった。
玲愛の時間を全て捧げろとかそういった願望はない。二つの線をピタリと重ね合わせるのではなく、たくさん交わるようなのが良い。ずっと一緒ではないが、深く結びついているような、そんな関係性。
「……わかった。また終わったら連絡するね」
「うん、楽しみに待ってる」
玲愛は手を振りながら屋上から出て行った。それを見届けた彩日は少し待ってから深く息を吐く。
その後、他に人がいないのをいいことに寒空の下でベンチにごろんと寝転がった。
そして。
「っ~~!」
顔を両手で押さえながら思い切り身悶えした。
口元がだらしなく緩んでしまって、とても抑えられない。
胸の裡はこれまでに体感したことのない圧倒的な歓喜と至福で満たされていた。
……幸せ過ぎて死にそう!
今も先程までの余韻が残っている。それは高鳴る鼓動を落ち着かせてくれない。
横槍が入ったのは幸いだったかもしれない。
すっかり暴走してしまっていた。あのままではどこまでも止まれなくなっていた可能性がある。
普通にキスするのさえ今が初めてなのに、その進め方は一足飛びどころじゃない。
しかも、学校でするなんて、流石にまずい。バレれば退学ものだ。気を付けないと。
ただ改めて実感したのは、自分が玲愛に対して抱く“好き”にはそういう欲求も含まれている、ということだった。
それはつまり、いずれはそういう行為に至るかもしれないということで。
思わずその情景を想像してしまい、鼓動が一層跳ねるのを感じた。
鼻血が出そう。心臓が止まりそう。こんな状態でとても帰宅することは出来ない。
その後もしばらくの間、彩日の昂揚が収まることはなかった。
翌日、登校すると玲愛は既に教室に来ていた。
彼女はこちらを視認すると、最高に愛らしい笑顔を向けてくれる。
「おはよう、彩日」
「う、うん、おはよ、玲愛」
彩日は昨日のことを思い出してしまい、落ち着かない気持ちで無意識的に唇を押さえた。
すると、玲愛はスッと傍に寄ってきて囁く。
「……それはまた後で二人の時に、ね」
「っ……!?」
何だか秘密のサインでキスをせがんだみたいになってしまった。
一晩経ってせっかく静まっていた心臓が再び激しいビートを刻み始める。
もしこれで昼休みに二人で屋上へと行けば、きっと我慢できない。何なら今すぐにでも行きたいくらいだ。
けれど、彩日は湧き出る欲望を必死に押さえ込もうとする。
玲愛はこちらが望めば何でも受け入れてくれるように思う。
だからこそ、まずい。歯止めが効かなくなってしまいそうだし、何かの拍子に彼女を傷つけてしまうかもしれない。そんなことがあってはならない。その為にも自制する必要があるのだ。
「だ、駄目っ!」
急に大きな声を出したせいでクラスメイトの視線がこちらを向いた。玲愛も少しびっくりした様子だった。彩日は慌てて言い繕う。
「その、お昼は勉強を教えて欲しい、かな」
「それは別に構わないけど」
玲愛は不審そうにしていたが、何かを口にする前に
「彩日ちゃん、おはよう~。何だか顔が赤いように見えるけど、大丈夫?」
「そ、外が寒かったからかな」
「ああ、確かにまた一段と寒くなったよねぇ」
そんな風に話をしていると、やがては始業のチャイムが鳴り、授業が始まった。
彩日は教師の説明を聞いて手を動かしながらも考える。
焦っちゃ駄目だ。物事には順序やタイミングがある。少しずつ近づいていけば良い。一つずつ進めていくのだ。
まずは玲愛をデートに誘う。恋人になってから初めてのデート。期末テストがあるから、その後が良さそうだ。
そうなると、十二月に突入しており、自然とクリスマスが脳裏をよぎる。
それは恋人達が熱い夜を過ごすことを想起させ、思わず手に力が入ってバキッとシャーペンの芯が折れた。
……脳内真っピンクか、私は!?
今の顔を誰かに見られるわけにはいかず、両手で覆い隠した。小休止してる感じを装う。
想いを伝えてから一月も経たないうちにそれはやっぱり早すぎる。
ただ、玲愛とクリスマスを一緒に過ごしたいという思いはある。確か平日なので、放課後に一緒にご飯を食べに行って、時間があればお茶でもして、解散。よし、テストが終わったら提案してみよう。
彩日は考えが纏まったお陰でようやく落ち着くことが出来た。
無事、期末テストが終わった。
今回も玲愛に勉強を見てもらったお陰で、平均程度は取れていそうだった。以前と比べれば格段の進歩だ。
そうして、テスト後の休日、彩日は玲愛、
前から誘われていたテストの打ち上げだ。その話を聞いた時は自分に参加する資格があるのかと悩んだが、玲愛と想いを通じ合わせた後には迷わず参加を伝えることが出来た。
「テスト終わったぜーーッ!!」
カラオケの個室に入るや否や、遥は解放感に満ち満ちた表情でマイクを持って叫んだ。
それは酷いハウリングを引き起こし、彩日達は顔をしかめながら反射的に両耳を手で塞ぐ。
「いきなりでかい声出すな!」
八重が片耳を押さえた状態で遥の後頭部を叩いた。
「叫びたい衝動が抑えきれんかったぜ……」
遥は一切悪びれた様子なく、そう述べる。
そのまま勢い良くソファに腰かけると、まるで風船の空気が抜けたようにふにゃふにゃと脱力した。
「ふぃぃ、今のうちにたっぷりリフレッシュしておかないとね~」
「もうすぐ予備校が始まるもんね」
応答した玲愛の言葉に彩日は首を傾げる。
「予備校?」
「あれ、あやぴーには言ってなかったっけ」
遥はキョトンとした顔でこちらを見る。
「……勉強、するの?」
彩日が信じられない気持ちで問いかけると、遥は失礼な視線をものともせずに笑い飛ばした。
「勉強は勉強でも絵の勉強。聞いたことない? 美大とか芸大の予備校」
それを聞いて納得する。
高校も絵の推薦で入ってきた彼女が、芸術系の大学を志望するのは自然なことだろう。その為の予備校というわけだ。
「ま、あたしってば天才ちゃんだから、行かなくても受かるんだけど、一応ね」
遥は自信満々な口振りだが、その上で努力も惜しまないようだ。それは如何にも彼女らしかった。芸術の道で生きていくことにも躊躇いはないのだろう。その潔い姿は羨ましいと思う。
「玲愛は別に変わらずだよな」
「うん」
八重の問いかけに玲愛は頷く。
それは彩日も以前に聞いたことがあった。彼女が志望しているのは、日本で最も有名なあの大学の法学部だ。国家公務員試験の総合職を受ける上で一番向いていると判断したらしい。
遥同様、玲愛も明確に見定めている自分の未来があるのだ。
「まあ、まだわからないけどね」
玲愛がそう付け足すと、八重は少し驚いていた。
「へぇ、意外だな。中学の時からずっと言ってたのに。他に何か考えてることでもあるのか?」
「ううん、そういうわけじゃないんだけど……それは今のわたしじゃなくて、その時のわたしが決めることだな、って思うようになったの、最近ね」
そう言って、玲愛はチラリとこちらを見たが、その視線の意図は良く分からなかった。
すると、彼女はそのまま話を回してきた。
「彩日は進路について何か考えたりしてる?」
「いや……大学は行くと思うけど」
そう答えると、八重が追従した。
「私も似たようなもんだ。とりあえずそこそこの大学行って、経営なんかの勉強でもしながら音楽を続けられたらいいかな」
経営の勉強、というのは父親が社長を務める鋼白グループと無関係ではないだろう。
彩日からすれば十分に考えている方だ。彼女は玲愛には劣るものの、成績上位なので、きっと良い大学に行くだろう。就職先も自分で探すにせよ親のコネを使うにせよ特に困らなそうだ。
そう考えると、この中で自分だけが根無し草のようにふわふわしていると思えた。
あと三か月半で三年生だ。その頃には周りもすっかり受験ムードだろう。
ただ、彩日は進学するかどうかも厳密には決めていなかった。正直、何も考えていない。
以前はそれでも良かったのだ。どうなっても構わないと思っていたから。
けれど、今はそういうわけにもいかない。
ただ風に吹かれて流されているだけでは、掴んでいられなくなってしまうものがある。
彩日の眼前には今、これまで目を背けていた将来という名の現実が襲い掛かって来ていた。
「あー! せっかくカラオケに来て進路の話なんてなしなし! 歌お歌お!」
遥が機器を操作して、曲が流れ始める。そこからはもう普通にカラオケを満喫するだけだった。
カラオケの後は適当にぶらぶらとウインドウショッピングをして、日が暮れればファミレスで夕飯を食べながらだらだらと話をした。
解散して最寄りの駅に一人で降り立った彩日は、夜道を歩きながら今日という日の充実感に浸る。
けれど、そんな胸中の奥底では進路の話が棘のように刺さって抜けなくなっていた。
週明け、彩日は昼休みに玲愛を屋上に誘った。テスト期間は勉強していたので、久しぶりだ。
いつもの場所に座ると、早々に意を決して訊いてみる。
「玲愛、二十四日って空いてる?」
「んー、うん、大丈夫だよ」
玲愛は少し考える素振りを見せてから頷いた。
しかし、その日は何と言ってもクリスマスイブだ。彼女ほどの人気者なら既に誘いが来ていてもおかしくない。友達だけでなく、部活で予定していることも考えられる。
「本当に? 無理に空けたりしてない?」
「ほんとほんと。それならちゃんと言うって。ボランティア部にクリスマス会の出し物の依頼なんかもあるんだけど、大抵は二十四日や二十五日よりもその前後の日にやることが多いからさ」
そういうものか、と納得する。内心は緊張しながらも、なるべく軽い調子で言う。
「それじゃその日の夜、一緒にご飯食べに行かない?」
「いいよ、もちろん」
玲愛は快活に答えた。断られなかったことに安堵する。
「学校あるけど、どうする? 一回帰ってから集合する? それともそのまま行く?」
「……一回帰ってから待ち合わせよう」
放課後にそのまま制服デート、というのも良いと思うが、遅くなるかもしれないので、今回は私服の方が良さそうだ。そちらはまたの機会にしよう。
「りょーかい。どんなお店に行こっか。どこも混みそうだし予約しておいた方がいいかも」
「私が良さそうなお店探しとく」
「そう? それじゃあ、お願いします。困ったらいつでも連絡してね」
「うん、分かった」
無事に約束が取り付けられたことで、フッと気が緩む。
そう言えば、こうして二人きりになるのもいつ以来だろうか。
自制する為にも、あれからは意図的に避けていたようにも思う。
その甲斐あってか、今はそれなりに落ち着いた気持ちでいることが出来ていた。
「映画、観よっか」
彩日がスマホを取り出して言うと、玲愛は朗らかに笑んだ。
「おっ、久しぶりだね。今日はどんな作品かな」
隣同士で密着しながらスマホで映画の鑑賞を開始する。以前なら玲愛から押し寄せてくる感覚に身を固くしていたが、今はそれに心地良さを感じることが出来た。
約束はまだ二週間ほど先の話だ。本当ならもっとデートしたい気持ちもある。
けれど、玲愛は毎日を忙しく過ごしているのだから、あまり独占するわけにはいかない。
こんな風に一緒に過ごせているだけでも幸せだ。何も問題なんてない。
……本当に?
玲愛は先のことを考えている。明確な未来を見据えている。
なのに、自分は何も考えていなくて、漠然とした未来しか思い描いていなくて。
そんな人間が彼女とこれからも一緒にいられるのだろうか。いても良いのだろうか。
不安。それは彩日の胸の裡で確かに膨らみ続けていた。
己を苛む痛みから目を背けるように、映画へと意識を集中させた。
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