第8話
左右の壁面に等間隔で絵画が掛けられている。油彩、水彩、日本画。風景画、人物画、抽象画。リアルな絵、漫画っぽい絵、アニメチックな絵。多種多様な作品が並んでおり、各々の趣向が表されているようだった。
絵画だけではなく、彫刻やジオラマのような物も、部屋の各所にいくつか設置されている。そのどれもが目を惹く出来映えに感じられた。
けれど、そんな中でも、
他の人の物と比べても一回りも二回りも大きなサイズ。こちらの身長と同じくらいの高さがある。
全体としては幻想的な雰囲気の作品だ。ファンタジーの世界が切り取られたように、現実ではあり得ない光景がそこには広がっていた。
ユニークなキャラクターや建物が所狭しと描き込まれている。分かりやすく可愛いキャラクターもいれば、酷く不気味なキャラクターもいて、建物も瀟洒なデザインもあれば、歪なデザインもあって、その色合いも地味なものから極彩色なものまで、とにかく多様性に溢れている。
それらはともすればグロテスクにも見えた。人によっては忌避感を覚えるかもしれない。
けれど、だからこそ、ただの表面的に綺麗な絵とは一線を画している。社会的に良いとされるようなものに決して囚われない、自由な絵。
遥はそこにとことん自分の“好き”を描き出しているのだ。世の人々が美しいと思おうが醜いと思おうが関係ない。これがあたしにとって最高に可愛い世界だ、と宣言するように。
その凛然とした姿勢が羨ましい。空っぽな自分には決して出来ないことだから。
彼女と同じように揺らがずにいられたら。“好き”がなくても構わない。本心からそんな風に思えたら、どれだけ救われるだろう。
多分、そんな人生だってあるはずなのだ。けれど、この空虚な心は“好き”に焦がれてしまう。そういう風に出来てしまっている。
だから、満たされない気持ちだけが残される。満たす方法もなく、心の奥でジクジクと膿み続ける。
「凄い……」
隣で一緒に見ていた彩日は感嘆の息を漏らす。すっかり目を奪われているようだった。
「……そうだね、はるるんは凄いよ」
彩日の言葉に頷く。それは心の底から思うことだった。
彼女はこちらを一瞥したが、何かを言うことはなかった。
その後は各クラスの出し物や他の文化部の展示場を順番に巡っていった。
事前に生徒会が擦り合わせをしていることもあって、同じものは一つとしてない。カフェやお化け屋敷といったお馴染みのものから、脱出ゲームのような変わり種まで、どれも個性豊かな内容に仕上がっていた。
「次はあそこ、行こうか」
そう言って彩日が指差したのは、英国風カフェ。つまりは自分達のクラスだった。
「えっ……いや、それはやめとかない? 迷惑かもだし……」
「
彩日に手首を掴まれた。優しく握っているだけだが、どうやら逃がす気はないらしい。
「あ、彩日ちゃんと玲愛ちゃん、いらっしゃい~」
中に入ると、ふわりとした笑顔で茉莉花が出迎えてくれた。
二人席に案内され、クッションで柔らかな椅子に座ると、改めて店内を見回した。
店員の衣装は男子は執事服で女子はメイド服だ。どちらもヴィクトリア朝の物を参考にしたので、本格的な雰囲気となっている。
流石に同時期の食器や家具を取り揃えることは金銭的に不可能だったが、椅子にはクッションを付けて座り心地を良くしたり、壁には同時期の絵画をコピーした紙を額縁に入れて展示したり、部屋全体を当時のようなシックかつゴージャスな雰囲気の色合いに統一したり、と内装も様々に工夫していた。
「茉莉花、凄く楽しそうだ」
彩日は店内を駆け巡る彼女を見ながらそう言った。忙しそうではあるが、確かにその笑顔は無理して作っているようには見えなかった。
「わたしも色々手伝いはしたけど、アイディアとか資料集めはほとんど彼女のお陰なんだよ」
「そうなんだ。よっぽど好きなんだね、こういうの」
茉莉花がカフェ巡りが趣味なのは元より知っていたが、手伝っていく中で新しい一面を見たような気がした。最高の店にする為にはどんな努力も惜しまない。そんな気概が窺えた。
「お待たせしましたぁ」
やがて、茉莉花がアフタヌーンティーのセットを持ってきてくれた。その内容には自分も噛んでいるし、昨日は店員として運びもしたが、こうして客として見るとまた印象が違っていた。
店内の雰囲気と合わさって、まるで異世界に来たような感覚を味わう。非日常的な体験だ。それがこういった店の一つの魅力なのかもしれない。
「私達に客として体感して、素敵だと思って欲しいって言ってたよ」
「そう、なんだ……」
玲愛は胸が痛むのを感じる。
なぜなら、その茉莉花の気持ちに応えることは出来ないから。
自分に出来るのは社会的な価値観で良いと思うことだけだ。それ以外には何もない。
英国風カフェを出た頃には十三時が迫っており、二人で体育館に向かった。
そこではこれから有志達による午後のステージが行われる。
舞台の上で漫才、ダンス、合唱といったパフォーマンスが行われていく。盛り上がりとしては、ぼちぼちという感じだった。客席も完全には埋まっていない。
そんな中で、遂に八重達がステージの上に姿を見せた。
軽音楽部に所属する三人のバンドだ。ベースの
『皆さんこんにちはー!』
スタンドマイクを通して朝霞の軽やかな声が響き渡る。
『あたし達、Morning eight jumpって言います! 一緒に楽しんでいきましょー!』
翔子がスティックでリズムを取ると、演奏が始まった。
ポップな曲調に合わせて朝霞が伸びやかな歌声を披露する。
八重は要所でコーラスを入れながらも、それ以外の時はスタンドマイク前から離れて、全身を動かすようにして演奏していた。ベースの演奏がない部分では両手で観客を煽る。
それはギターボーカルの朝霞やドラムの翔子も同様だった。彼女達は求めているのだ、このライブへの観客の参加を。一緒に楽しもうぜ、というように。
そんなパフォーマンスは、次第に観客のボルテージを高めていく。これまでは座っていた人々も自然と立ち上がり、掻き鳴らされる音楽にノッていく。
八重は以前、バンドメンバーがとにかく楽しそうなライブが“好き”だと言っていた。
彼女達のパフォーマンスはまさにそんな理想を追い求める姿勢を表しているのだろう。
演奏の技術としてはやはりプロの演奏と比べると劣ってしまう。当たり前のことだ。
それでも、この場にいる皆はそんなこと気にも留めていない。八重達が生み出した熱気の渦にすっかり呑み込まれている。
それは玲愛自身も隣にいる彩日も同様だった。心が沸き立つ。リズムに乗って、声を上げたくなる。
自然とそうしてしまう力が彼女達のパフォーマンスには間違いなくあったのだ。
全部で三曲の演奏を終えて、八重達は舞台の脇へと捌けていった。
八重達のライブによって場は間違いなく最高潮の盛り上がりを見せており、次の演目が始まるまでの少しの間も人々は余韻に浸っているようだった。
「…………」
ただ、そこでふと冷静になってしまう自分がいる。あれだけ高揚した感覚も、今ではすっかり落ち着いてしまっていた。
“好き”だと感じていない。再び欲するような気持ちにはならない。
それと同時に、妬ましい気持ちが湧き出ていた。キラキラと輝かしくて、眩しいものへの。
そう感じてしまうことに自己嫌悪する。本当は、去年だって遥の絵や八重のライブを見に行こうと思えば行けたのだ。その時間だけ空けておくことくらい、難しくはない。でも、しなかった。こんな風に思ってしまうのが分かっていたから。
どうして、こうなのだろう。今日見たもののどれか一つでも素直に“好き”だと言うことが出来れば、きっと救われるのに。
実際には口に出したところで、無機質なものにしかならない。ただ誰かに合わせたような言葉に過ぎなくて、自分の“好き”だと感じさせてはくれない。
そんなだから、他人の放つ“好き”を見るのは辛い。それが身近な人間なら尚更だ。
眩しくて、目を閉じたくなる。なのに、彩日はそれを許してはくれなかった。
彼女の横顔を一瞥し、心の中で問いかける。
もうすぐ、文化祭は終わるよ? 本当に、わたしに“好き”を教えてくれるの?
疑念の言葉。この瞬間まではその兆候すら感じられないのだから。
けれど、口には出さない。今は、今だけは彩日に従おう。
罪人に下される裁判長の判決を待つような気分で、次の演目が始まった舞台上へと視線を戻した。
放送が文化祭の終わりを告げていた。
少しすれば、後夜祭が始まる。片付けは後日行うことになっている。
そんな中、玲愛は彩日に連れられて、屋上へとやって来ていた。
夕焼けが町並みを真っ赤に照らしている。黄昏だ。じきに日が落ちて、闇夜で満たされる。
二人でいつものベンチに腰を下ろした。随分と久しぶりに感じる。
「楽しかった?」
「……うん。こんな風に楽しんだの初めて」
「私も。文化祭って面白いね。あれがやりたい、これがやりたい、って色々な人の想いが感じられて。どれも凄くキラキラしてた」
彩日はそれを良いこととして語っているようだった。けれど、自分にはそれが耐えられない。
やはり彼女には分からないのだ。“好き”を持たない人間の気持ちは。
そう思ったからこそ、彼女が続けた言葉に驚かされる。
「──でも、それが玲愛には眩しくて、辛いんだね」
それは突然心臓にナイフを刺し込まれたような気分だった。
思わず彼女の顔を見ると、その眸は確信を宿していると感じられた。
「私、いっぱい考えたよ、玲愛のこと。自分に何が出来るかを考えるだけじゃ駄目で、もっと玲愛の気持ちに寄り添って考えて、その上で玲愛には見えていないものを見つけ出さなきゃならないと思ったから。それで、きっとこれなら喜んでくれるだろうって思ったんだ」
そう言うと、彩日は背負っていたリュックから何かを取り出し、手渡してきた。
それは、ラッピングと包装が施された正方形の物だった。片手で持てる程度のサイズだが、結構な厚さと重みがある。
「玲愛にプレゼント。開けてみて」
「う、うん」
彩日に促され、困惑しながらも包装を外していく。
「これは、アルバム……?」
表紙には大きな星型のマークが象られていた。それが一体、何を表しているのか。変わらず彩日の意図がさっぱり読めない。
何の気なしに中を開いてみると、白紙のままではなかった。各ページに文章の書き綴られた紙が貼り付けられている。
手紙だ。
初めのページには文頭に八重の名前が書き記された分が、次のページには遥の名前が書き記された分があった。どうやら彼女達からの手紙のようだ。
「これって……」
玲愛はその意味を問いかけようとするが、彩日は首を軽く横に振って、こちらの意図とは異なる返答をした。
「今、全部読んで欲しいんだ。私はいくらでも待つから」
「……分かった」
どうやらこれも彼女の計画の一部らしい。時間的に最後の仕上げなのかもしれない。
これがどのようにして“好き”の獲得に繋がるのか。まるで想像できないが、従うと決めたのだから、言われた通りにする。
初めのページの手紙から順に読んでいく。
八重の字はお手本のように綺麗だ。彼女も家で厳しく指導されてきたのだろう。
内容は中学時代のことについてが書き記されていた。八重の律儀で義理深い部分が良く表れている。
遥の字は全体的に独特だ。どれも原型は保っているが、彼女好みにデザインされている。空いたスペースにはコミカルなキャラクターが描かれていた。
内容はテストの度に勉強を教えていることについてが書き記されていた。遥の清々しい唯我独尊さが表れていた。
その後には茉莉花に鈴達ボランティア部員の分が続いていた。茉莉花はこの文化祭について、鈴達はこれまでの活動についてだった。
そこまで読んでいけば、どれも自分への感謝が書き綴られていると判断できた。きっと、彩日がそういう風に頼んだのだろう。
他にも、普段ボランティア部へと依頼してくれる近くの商店街や幼稚園の人達も書いてくれていた。中には子供からの手紙もあった。単純な言葉ではあったけれど、だからこそ純粋な感情がこもっているように思えた。
感謝の言葉ならいつだって貰っている。だけど、その手紙群には今まで口にはされてこなかった、書き手の様々な想いが書き綴られているように思えた。どれも彼らの言動からは感じ取れていないことばかりだ。
それは手紙という形式が可能としているのかもしれない。文字にすることで改めて考えたり、思ったりすることがあるのだろう。
優しい言葉、温かな言葉、純真な言葉、綺麗な言葉。
そこには色々な想いが感じられた。こんな風に想ってもらえているんだ、と実感することが出来た。
けれど、その感覚は“好き”には届かない。新たな情報を得られたという程度の物に過ぎない。
最後のページへと至るまでに五十ページあったようだ。つまりは五十人分の手紙を読んだということ。
そうして、最後に待つのは、彩日の手紙だった。
ここに彼女の導き出した答えがあるのだろうか。期待と不安が綯い交ぜになったような気持ちで読んでいく。
『玲愛へ
ここまでに皆からの感謝の手紙を読んできたと思う。
玲愛への感謝の気持ちを手紙に書いて欲しい、それを集めてプレゼントしたい、ってお願いしたんだ。
皆、快く引き受けてくれたよ。面倒だとか、下らないだとか、そんな風に思われないかって心配だったけど、それは杞憂だった。
玲愛はたくさんの人に好かれてるんだなって、何だか私が嬉しくなった。
手紙は私も全部読ませてもらった。玲愛に宛てられたものだから良くないとは思ったんだけど、どうしても必要だったから。自分の考えが正しいかどうか、知る為に。
私は皆が書いてくれた手紙の内容には共通点があると思う。
皆さ、玲愛の気持ちが嬉しいって言ってるんだ。助けたいって、力になりたいって、そう思ってくれることに感謝してるんだ。
だって、そんな風に誰かの為に全力で頑張れる人って、この世の中には全然いないんだから。
玲愛は“好き”がないから、自分はそうしなければいけないんだって言うかもしれない。
でも、それは違うと思う。
少なくとも、私だったら何一つやる気が出なくて、毎日を怠惰で漫然と過ごしてしまうに違いないよ。そんな風にはとても頑張れない。
だから、玲愛は特別なんだ。凄いんだよ。私はそれを知って欲しい。
そして、そこにきっと、答えがあるんだ。
ねぇ、玲愛。思い出してみて。
どうして、今みたいに頑張るようになったのか。その義務感や使命感の始まりは何だったのか。
その原点にはきっと、今の玲愛を動かす情熱が、こうしたいっていう想いが、あなただけの“好き”があったはずだから。
もしかしたら私の考えは間違っているのかもしれない。勘違いしているだけなのかもしれない。
それでも、この手紙が玲愛の幸いへと通じているように、心から祈ってる。
彩日の言葉が身体の裡側から染み込んでいくような感覚を得た。
それは直接“言う”のではなく、“読む”という営みを介したからなのかもしれない。
彼女の伝えるように、自らの記憶の糸を手繰り寄せてみる。
薄ぼんやりと立ち上がっていくのは、物心ついた頃の記憶。
父はいつも怖い顔をしていて、口数も少なかった。実直で不器用な人なのだ。
母の躾は厳しくて、怒られてばかりだった。初めての子育てで肩に力が入っていたのだろう。
でも、そんな二人も自分が何かを上手く出来た時は喜んでくれた。
……そう、喜んでくれた。それが、嬉しかったんだ。
だから、もっとそうしたいと思った。何かを志向することを知った。
その瞬間、確かに宿ったのだ。誰かに喜んで欲しい、という“好き”が。
それは年を経るにつれ、社会的価値によって覆い隠されるようになっていった。そうでなければならないと思い込むようになっていった。
でも、その向こう側にあるものが消えたわけではない。そこには今も残り続けている。輝き続けている。
気がつくと、辺りは日が暮れており、夜空には星が瞬き始めていた。
いくら手を伸ばしても決して届くことがないと思っていた煌めき。
だけど、彩日は教えてくれた。アルバムの表紙に象られているように。
この手のひらの中にも、細やかだけれど、弱々しいけれど、確かに光を発している
「……っ」
自覚した途端、ふと一筋の涙が両頬を流れ落ちるのを感じた。
そこからは次々と溢れ出てきてしまい、止めることが出来ない。
けれど、それは決して悲しみによるものではなかった。もっと純粋な歓喜があった。
手紙に込められた、たくさんの人の想い。それは自分の“好き”を知った後では、全然違って感じられた。一つ一つがとても愛おしいものに思えた。
灰色にしか見えなかった世界が、鮮やかな彩りのある世界へと変貌したように。
彩日は玲愛の涙を見た瞬間、得も言えぬ感慨が胸を打つのを感じた。
他人はいつだって遠い存在だ。こちらとの間には絶望的なまでに深い溝がある。
その分かり合えなさは自分を過去に苦しめたものでもあった。
けれど、今──初めて誰かと通じ合えたような、必死に伸ばした手が何かを掠めたような、そんな気がした。
だから、彩日の流す涙は玲愛とはまた別の意味合いを持っていた。
「もう、どうして彩日が泣いてるの」
「わ、分からない……」
彼女は涙を拭いながら、可笑しそうに頬を綻ばせる。
「ありがとう、彩日。このプレゼント、わたしの宝物にする」
アルバムを胸元で抱くようにし、晴れやかな笑顔でそう言った。
きっと、玲愛はまだまだ“好き”について悩みながら生きていくのだろう。
それでも、自分の指し示したものが、彼女の歩く道を照らしてくれればいいな、と思う。
「後夜祭、そろそろ行かないとね」
玲愛は立ち上がり、軽やかな足取りで前へと歩いていった。
少し遅れて追いかけると、彼女は急に振り返って、口を開いた。
「……彩日はさ、どうしてわたしにここまでしてくれるの?」
「それは……」
急な問いかけはこちらに思考を促した。
玲愛が抱える問題を感じた時、力になりたいと思った。
自分が助けられたから? その恩返し?
違う。それもあるが、それだけではない。
ずっと玲愛の為に駆け抜けてきた。脇目も振らず、とにかく必死だった。
それは、そうすることが自明だったからだ。その道を選ぶことに迷いはなかった。
心が彼女を欲していたから。燃え滾るような強い想いがあったから。
脳裏をよぎるのは、色々な玲愛の姿。彼女との思い出ばかりが頭の中に残っていた。
それを思うと、胸が熱くなる。鼓動が速くなる。ドキドキする。
……ああ、そうか。そういうことなんだ。
ようやく自分の想いを自覚する。それはいつの間にか張り裂けそうな程に膨れ上がっていて、だからこそ、言わずにはいられなかった。
「好き、なんだ……玲愛のことが」
その瞬間、辺りから全ての音が消え去ったような気がした。
玲愛は僅かに身を震わせると、頭を下げた。それは妙にゆっくりに感じられた。
「……ごめんなさい。わたしは、彩日の気持ちを受け入れられない」
「っ……」
それは紛れもなく、こちらの言葉の意味を理解した上での拒絶だった。
彩日の心境はミキサーで掻き混ぜられたように滅茶苦茶になる。思考が纏まらない。ただただ、自分の愚行への後悔が募っていく。どうして言ってしまったのか、と。
「……あ、あはは、ごめん、そうだよね、変だよね、こんなの……わ、忘れて」
動揺によって口が思うように動いてくれない。自分が何を言っているのかも良く分からない。笑みを形作ろうとしていたことは感じられた。それは随分と歪なものになっていたと思う。
「ちょ、ちょっと用事、思い出したから、先に帰るね」
これ以上、涙を堪えていられる自信がなく、一目散にその場を走り去った。
校舎を出る頃には少し落ち着いていたが、それでも、胸の辺りを襲うズキンズキンとした痛みは一向に収まらない。むしろ増していく一方だ。
彩日は苦悶の表情を浮かべ身体を引きずるようにしながら、闇夜が包み込んだ道を彷徨い歩いて行った。
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