You'll never walk alone ⑦
『いくら相手がこっちを撃とうとしたって、自分の息子といっていいくらいの子どもを撃てるか?』
(『子ども兵の戦争』より)
――十四年前
「
山脈の森林地帯を
質問に対して、最初は『自分が行う活動以外の全て』と答えようとした。それが青児の、ないしは連邦首都、オリエンタルシティでの生活を表していた。
欲しいものがあれば出歩かずとも仮想デスクトップから注文し、書籍でも洋服でも調味料でも数時間後には、遅くても二日後には配送ボックスに届いている。外食が面倒くさくなった時はお店の料理を宅配で頼み、脚が悪ければ配送サービスで国土交通省に登録されたドローンが配送してくれるし、大きめの家具ならばヒューマノイドを乗せたトラックが自宅に出向いて組み立てまで行ってくれる。家事すら面倒くさくなったときは、家事代行ヒューマノイドに依頼、或いは機体ごと購入すれば、料理や家事の心配を最低でも十年はしなくてよくなる。
おかげで、青児たちはやるべきこと、やらなくてもよいことをはっきり区別し、限られた時間を有効活用できる。
けれど、そんなありきたりな回答を聞きたくて、カンパニュラはこの一年半世界中を旅してきたわけでもあるまい。青児はカンパニュラに引き取られてから、オリエンタルシティで一年過ごし、一年半その外側を旅してきた。
カンパニュラが見せたのは、産業の水流だった。
世界最大手ファッションブランドの下請け工場。
今やテーブルに運ばれる魚の五十パーセント以上は養殖となった漁業の、世界最大の養殖場。
プランテーション。
化学工場。
農場。
牧場。
漁船。
食品加工工場。
物流センター。
小売店。鉱山。
油田。
コンビナート。
発電所。
部品加工工場等々。
ありとあらゆるモノが市場に出されるまでの流れを、ベルトコンベアのように追った。
そこで働いているのは、機械と、大人、若い労働者、中には青児と歳が離れていない少年少女もいた。
オリエンタルシティで暮らしていては見えないもの、或いはそっと隠されているものをカンパニュラは見せた。
青児たちがドローンの配送サービスで生姜焼き定食を受けとっている裏では、トラクターで田起こしから始まり、家畜を育て、加工工場に出荷し、料理店で盛り付けられる。その間、配送サービスを運営する企業が個人情報と照らし合わせ、プログラムされたドローンが支店から何千何万と飛び立っていく。
青児たちが貨幣と対価にして受けとっているサービス、青児たちが本来はやるはずだったことは、どこで、どのようにして行われているのか、青児たちの代わりにやっているのは一体誰なのか。
そう考えてみると、これは問いですらない。単なる確認だ。
「生存にまつわる歴史、ですかね」
山脈を駆け抜ける季節風が機体を僅かに揺らし、すみません、とヘリを操縦する社員が謝った。カンパニュラは教師が褒めるときように、にっこりと笑っていた。
「我々は、特にきみたち
一人では生きてはいけない、という当たり前の論理は、本来生存が困難な環境下で他人と協力し、仕事を分業化することで各々の負担を減らすことで生存確率を少しずつ高めていった。
人類種を筆頭にリンネウスは進化先を道具に依存することによって、早い時間で環境適応を可能にした結果、類を見ないスピードで世界人口五十億にまで達しかけている。
「では重ねて問おう。嘱託とは、基本的には何に対して行われるだろうか」
「自分ができないこと、面倒くさいことです。この場合は3Kや3Dと答えるのが正解でしょうか」
きつい、汚い、危険の頭文字をとった3Kと、
「そうだな。では、我々が向かう先は、一体どこだろうか?」
コックピットからは、麓の至るところで黒煙が上がっているのが見える。上空からは焼けた森林といくつかの建物だった残骸が点在し、タタタタン、タタタタンと小気味よい音と爆発音が、プロペラ音に混じる。
これから見るものを想像するだけで気が重たくなり、青児は後ろに体を預けて天井を仰いだ。
GT社の駐屯基地まで自家用飛行機で移動し、そこから軍用ヘリに乗り込んだ。青児とカンパニュラの後ろには、護衛の社員と機銃が控えている。
こんなの、外す方が可笑しいじゃないか、と彼女の茶目っ気めいた問いにだけは正直笑えた。
先に述べた条件全てを満たし、青児の住む世間から最も隠された職場――。
「嘱託の最先端――、つまり戦場です」
クリアリング済みの平地に降りる際、連絡とは異なり数人の民兵が潜んでいたそうだ。というのも、軍用ヘリからの機銃掃射が彼らを鴨撃ちにして、護衛のGT社社員と青児たちが降りる前にはぼろぼろの死体に変わり大地と
社員たちはそれらの頭部を念入りに破壊した後、術式で焼いた。
降り立った後、軍用ヘリは再び上空を飛行して青児たちを標的から護ってくれるようだ。もっとも、既にカンパニュラの回りには社員が囲んでいるので、それほど脅威は感じなかった。
死者の匂いを嗅いだのは、これが二度目だった。さっそく昼に食べたレーションを全て吐き出した。
「平気か?」
カンパニュラは真っ白なハンカチを青児に渡す。しかし、その丁寧さとは反対に、彼女は青児を
「大丈夫です。ついて行けます」
戦場の匂いと今までの慣れた生活臭はまるで違った。
硝煙の匂い。
植物園の匂い。
森林が焼ける匂い。
四季本社の人から漂う香水の匂い。
家屋とその中身が燃える匂い。
芳香剤の匂い。
タイヤが燃える匂い。
消臭された車内に残る僅かな人の匂い。
化学繊維が燃える匂い。
柔軟剤の匂い。
血の匂い。
病院の消毒された匂い。
肉が燃える匂い。
好物のクラムチャウダーの匂い。
髪の毛が燃える匂い。
シャンプーの匂い。
社員たちが火にかけた死体は、青児と変わらない体躯の兵士だった。そして、青児以上に華奢だった。頭を失ったそれは突撃銃を握り締めたままで、きっと目の前の女性を世界一の企業のCEOであり、敵の親玉であるカンパニュラとは知らないまま死んだのだろう。
真っ赤な赤から、炎と黒煙に包まれて黒く炭化する。
カンパニュラからもらったハンカチで鼻を塞ぐ。
「姉さん、来るのが早過ぎます。まだ状況は終わっていないんですよ」
社員と同じ環境迷彩の制服を着たフローラたちが背景からずれるように現れ、戦場の最前線に現われた異物に呆れた視線を向ける。
「まあいいじゃないか。どうせ護ってくれるのだろ?」
「私の気も知らないで姉さんは」
数十台の群体ドローンによる機銃掃射を皮切りに、フローラの周りに控えていた四足歩行の自律型ロボットが敵の最後の砦に突入する。
完全自律兵器システム。
リンネウスの意志が介在することなく標的を選択し攻撃できる、戦争における戦闘の自動化。
無人兵器自体は青児の生前から陸海空問わず実戦配備されていた。
無人陸軍車両の爆弾処理、境界監視。
対潜水艦・対機雷無人水上艦、無人水中航行体。
対テロ戦での標的殺害用無人航空機等々。
それらと目の前で敵を蹂躙するロボットのシステム的な違いは、端的に言うと標的を破壊・或いは殺害する過程に、リンネウスの意志や監督があるか否かだ。
主な無人兵器には、
完全とはいえない自律兵器の場合、リンネウスはループの中心でターゲットの交戦を意志決定する役割を担い、或いはループの上で必要とあらば干渉できるよう監督していた。
しかし、完全自律兵器の場合、リンネウスはループの外に置かれ、誰の意志を必要とすることなく標的を攻撃する。
そうなると、二十四時間周回させるための操縦士、監督者、センサーを区別する情報アナリスト等多数の人間を必要とせず、また人件費もかからない。加えて、完全自律兵器が出回ってからは電子戦・電波妨害がこれまで以上に激化しているため、監督者たちと無人兵器の通信網が途絶する場合が多々見受けられ、ネットワークの短所を補うためにも、完全自律兵器は尚更重宝された。
その他の長所として、通信網の途絶・妨害の対策、電波が妨げられる水中での作戦遂行能力、判断速度、従来より小さく、軽く、俊敏で、高耐久を実現したものなど様々だ。
ともあれ一番は死人がでないことだろう。それは、こうした完全自律型ロボット対人類種の武装組織とで、嫌というほど痛感させられた。
フローラと同じくらいの体躯のロボットは、廃校舎のような二階建ての建物に窓と玄関から侵入する。
青児よりも高い声を上げる少年兵たちの叫び声、彼らの握る突撃銃の銃声、銃弾が展開された魔術――〈
これが状況が完了するまでひたすら繰り返される。
「指揮官と思わしき人物が乗った車両は現在追跡部隊が追っていますが、偽装車両も混じっていますのでここに残っている可能性も僅かながらあります。私たちはその確認をするので、姉さんたちは……どうせ着いてくるならせめてすぐ後ろにいてください」
「はいはい」
フローラとはまだ数回しか会ったことはないが、今日の彼女からは感情が読めずモノクロ写真のようだった。赤いのに、赤くない。青いのに、青く見えない。それは周囲の社員にも共通していた。彼らは銃弾に体を打ち抜かれても、痛いと言うのだろうか。
敵の砦に堂々と正面から侵入した青児たちに待ち受けていたのは、別世界の光景だった。
階段にはバラバラになった手足。
胴体がズタズタにされて内臓が飛散した兵士。
壁にもたれかかった頭部のない兵士。
銃声と叫び声と断末魔がそこら中から響き、天井や床には血と内臓と薬莢がばらまかれていた。
フローラたちは、監視ドローンから送られてくる情報と照らし合わせながら周囲の警戒を続け、カンパニュラは悠々とその後ろを歩く。
地面に飛散したものを避けながら歩く青児の肩に、生暖かい感触が乗っかった。驚いて手で払うと、地面に転がったのは、青児のものではない誰かの腸だった。腹の中に収まっていた長い長い腸が体から大ジャンプをして、天井に付着した後ゆっくり落ちてきたのだ。防弾ベストの下に着ていた白いYシャツに、赤黒い血痕が残った。
誰かの死に対して直接触れたことが、麻痺してきた感覚を腹の奥から引っ張り出した。胃からの逆流が、思考を塞ぐ。もう出すものは何もないので、青児の気管はひたすらむせ返り背中をびくんと跳ねさせていた。
それでもカンパニュラたちに置いていかれないように、シャツの真ん中を拳で叩きながら必死で着いていった。どこから狙われているかわからない戦場のど真ん中を、一人残されるのは嫌だった。
「完全自律システムを搭載したロボット。その構想自体はかなり昔から存在していたが、運用までにはかなりの期間を要した」
カンパニュラが歩きながら話すのは、無人兵器の歴史。
「まあ、技術的な問題もそうだが、面倒なのは法律的・倫理的な問題だったんだ」
完全自律兵器自体が合法か。合法だったとして、使用方法は合法か否か。データや情報収集等から目標を正確に選定できなければ、国際法に抵触するリスクもあった。また、システムが暴走した場合、複雑な自律的システムであればあるほど予測が難しく、リスク管理が困難であるシステムの
しかし、フローラの前にいるロボット兵器を見ると、順調に敵を補足し、銃弾を浴びせ、頭を吹き飛ばす。兵器の性能としては、全く問題ない。
「国や学者によっても法規制推進派や慎重派がいて、法規制案について何十回と話し合ってやっとまとまりそうって時に、そんな議論を吹っ飛ばす覇権戦争が起きたんだ」
覇権戦争。
大規模な術式を行使する際に用いられる精霊結晶が埋蔵された、鉱山一帯を巡る戦争。アマテラス連邦の衛星国と耳長種で構成されたクロリス王国の衛星国同士の争いは、連邦・王国の代理戦争になるどころか、同時期に精霊結晶を巡り他の地点でも
「その戦争で、完成した完全自律兵器を連邦側に売ったんですね」
カンパニュラは肯定も否定もせず、ただ話を続けた。
「第四研の所長がプロジェクトのリーダーなんだよ。連邦にはGT社も協力したんだけど、最終的には無人兵器が戦力としては大きかったよねえ。あ、彼もきみの大学進学を喜んでいたよ。早く研究室に来てほしいって」
「そうですか」
開戦から半年後、衛星国の国境線で拮抗しながらも多数の死者を出した連邦側にとって、完成した自律兵器は戦線を押し戻す要因になった。
「覇権戦争の前までは、『機械に殺されたくない、生死を決定するのはリンネウスによってでなければならない』と主張する者が結構多かったんだ。笑えるよ。銃を構えた兵士を前にしても、爆撃が真上に降ってきても同じことが言えるのかな。戦争は負ければ全て失う。地位も、名誉も、財産も、故郷も、友人も、家族も、自分の命も、尊厳すら
いざ完全自律兵器システムが実戦で使われてしまうと、先進国では機械の代わりに兵士が死ぬことをよしとしなかった。正確にはあの戦争を機に、死者に対してより敏感になり、
完全自律兵器の導入から更に三年後、泥沼の戦争の裏側で何百回と重ねられた休戦交渉の末に休戦協定が結ばれ、覇権戦争は事実上終わった。
しかし、完全自律兵器の戦場は終わらなかった。
覇権戦争以降、主要国家の疲弊、資金提供・出兵への国民の反対により、主要国家は支配能力を失った。
ほぼ完全に主要国家の目から逃れた国々は、己の経済的、資源的、宗教的、その他のあらゆる理由で、これまでは支配の目によって起きなかった紛争や内戦を始めた。
また、世界情勢が大きく変わり周辺国家の情勢が悪化したことで、クーデターが起きやすくなり、非合法アクターの勢力も以前よりずっと力を増した。
四季グループはというとあるときは連邦の依頼で、またあるときは他国の依頼で完全自律兵器や社員を売り込み、死の商人として暗躍した。
青児の目の前にいるのは、覇権戦争から改良された後継機だ。
一階の教員室と思われる部屋に入った。二、三人分の机を並べて作業するために造られたはずの部屋は、ドアを開けた左側に一人分の机と左端にアルミ製のロッカーが置かれ、残りの空間を精液の匂いが埋めた。つまりここは、指揮官の作業部屋でもあり、少女兵と性交する部屋でもあった。
フローラの部下たちは最初に木造の床を撃ち、隠れている者がいないか入念に調べる。
そこまでやるんだなあと、戦場の痕跡がないことに安堵してドアを閉めた。
と、同時に、ロッカーが蹴破られる音と、人類種の少女の怒号が室内に響き渡った。
青児が見たのは、青児よりも年下の少女が死を覚悟した形相、彼女の手に握られた突撃銃のマズルフラッシュ。そして青児の前に展開された1マガジン分の銃弾を弾く〈
少女は最低でも一人は殺せると思ったのだろう。不幸だったのは、PMC側に耳長種がいたことだ。それも、飛びっきり腕の立つ術士が。
「ああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
決死の覚悟とは裏腹に、想定とは異なる現実を見せつけられ、そしてこれから起きることを想像して、少女は発狂した。
パチンッ。
少女を敵として捉えたフローラが指を鳴らす。
「あああああああああっっっっ――!!!」
小気味よい音とともに、少女の頭が青児の目の前で破裂した。
飛散した頭蓋骨を〈
青児の意識が現実を認識する前に、全てが終わっていた。
「やはり潜んでいましたか。まだまだ機械の爪が甘い所は報告しなければいけませんね。おや?大丈夫ですか青児、立てますか」
腰を抜かした青児に、フローラはしゃがんで声をかけた。彼女の表情は大量の返り血を浴びたこと以外いたって普通で、それが青児の目にはとてつもなく恐ろしく映った。
どうして人を殺して、そんなにも平淡でいられるのか。
どうして青児と同じように感情が動かないのか。
一切の躊躇なく敵を殺せてしまうフローラたちを、青児は機械だと思った。
敵を殺すための機械。合理的に動き、戦闘を遂行する
フローラは何も間違ってなどいない。彼女が素早く〈物理障壁〉を展開してくれなければ、青児はここにくるまで見てきた少年兵たちと同じ末路を辿っていた。
ただ、これまで見てきたどの嘱託先よりも異質なだけだ。フローラは青児の身体的な安全を確認すると、通信機器に手を当てる。
「――よし。こちらは作戦を続けます」
「どうだ?」
フローラも、床に転がったモノには興味を示さず、作戦の詳細をフローラに問う。
「逃走していた指揮官を捉えました。共にこちらへ戻ってくるそうです」
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
内側から臓物が震えた。
カンパニュラたちの声が遠くに聞こえる。視界がぐらりと揺れ、青児は目元を抑えながら少女だった血だまりに倒れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます