You'll never walk alone ④
識別番号『XXXX-0008』、個体名『I』は、カンパニュラを護衛するために造られた、自律型護衛ヒューマノイドだ。
時価総額世界一位のCEOカンパニュラを狙う敵は、冗談半分で星の数よりも多いと言われる。それまでグループ子会社のPMCに護衛を任せていたが、近年の機械化情勢にのったのか、自社に対し個人マネーで依頼したのがプロジェクトの始まりだった。
搭載する量子コンピューター。頑丈で軽量な機械フレームのパーツ。戦闘を想定した武装各種。戦闘用プログラムその他諸々のソフトウェア。材料費だけでも最新のコンピューター搭載の戦艦を一隻購入することができると、青児の同僚はウキウキしながら語っていた。
プロジェクトの統括自体は別の人類種だが、ソフトウェアの責任者は青児だった。プロジェクトは二年近くかかった末完成に至り、あとは最終調整をしていた首都郊外の研究所から顧客であるカンパニュラの元へと納品されるのみとなった。
だが、納品前に突如、Iは失踪した。
不運にもちょうど失踪事件の日に別の場所で事故に遭い入院していた青児は、容態が安定してから統括責任者よりIが逃走したことを告げられたとき、病院の霊安室で首を括りたくなった。
IはGPSを偽装して検知の届かないどこかへ消え、捜索もままならず引き上げることになった。この事件は人形使いが人形に逃げられるようなものだ。もしカンパニュラに金を返せと言われたら、一生かけても支払えない額を背負うことになるところだったが、彼女曰く、『妹がいい加減護衛をPMCに頼らずヒューマノイドを造れと言われて仕方なく依頼しただけであって、むしろいい口実になった』と病室で笑いながら流された。
研究所としても一体全体どうしてIが逃げたのか原因はまるっきり不明で、四季始まって以来の怪事件として爪痕を残す顛末となった。
人事部や研究所としても、CEOが責任を問わないと直々に通達を受けた以上、統括責任者や青児など開発に関わったものを罰する訳にもいかず、開発に関わったメンバーはそれぞれ元いた部署に戻ることとなった。
そして、現在に至る。
今までどこに行っていたんだ。どうして逃げたんだ。様々な言葉が湧き上がり開いた口が塞がらない中、ルイスが青児に尋ねた。
「Iはきみの研究所で造ったヒューマノイドと聞いているが、本当かね」
他の参加者は事前に知っていた以上、青児ほど動揺は少なかったが、それでも
ルイスの冷静な声に、青児は我に返る。
「はい。顧客からの依頼で」
それは私だな、とカンパニュラが手を上げる。
「では、彼女は本当にヒューマノイドなのですね」
「証拠を見せましょうか?」
Iはわざと駆動音を立てた。
「いいや、問題ない。もうわかった」
面白いことになってきたな、と青児はカンパニュラの言葉を思い出す。
たしかにIが参戦すれば、話題性は抜群だろう。WCCの歴史に新たな記録が刻まれる。
しかし、彼女には致命的な欠陥がある。
ルイスは首を振ると、ウィムの方を向いて言った。
「残念ですが、WCC運営理事会は、彼女を〈
静かにウィムと理事会との間で対立が起こる。
「理由を訊こうか」
「大まかに二点ございます。まず、彼女はリンネウスにおけるどの種族でもありません。『通常、国際連盟の議事会より認められた種族が、WCCの参加資格を有する』規定になっております。しかし、これはそれほど重要ではありません、二点目に比べれば些細なことです」
「とりあえず一点目から解決していこうか。これは、『通常』であって、特例措置が認められるんだよね」
「はい。WCCの緊急理事会において、三分の二以上の投票で特例措置が可決されます」
運営理事会には、Iほど特殊ではないにしろ、国際連盟に認められていない特殊な種族が参加表明をした場合のような、不定期に開かれる緊急理事会がある。青児の記憶では去年も一度開かれ、対象者が出場権利を獲得した。WCCはこの点に関しては比較的寛容であり、あってないようなルールの一つとして形骸化していた。
「私個人としては、もちろんIさんに出場してほしいのですが、他の理事会の方々を説得できるかは正直なところ不明です」
ルイスは運営委員長のときには滅多に見せない揺さぶりをかけて、ウィムから何かを引き出そうとしていた。カンパニュラ曰く、ルイスはこういった交渉術をする場合、事前に何かしらの手筈を整え、お互いに合意を得た上で適切なタイミングを見計らってカードを切る、いわゆる『根暗』なタイプらしい。青児から見ても、ウィム相手に無茶な交渉をしないだろうと考えていた手前、事前に何を引っ張り出したのか気になるところではあった。
「ですので、事前のお話しで確認した本会議を開くための交通費と合わせて、一つ目の条件の条件は確実にクリア致しましょう」
交通費、か。唯一神が要請したとはいえ、大企業の重役をただで呼べるほどカンパニュラたちも暇ではない。ウィムもその気になれば強制的に彼女らを動かすことはできるはずだが、どうやらやり方に拘りがあるようだ。
しかし、ウィムは一体何を差し出すのか。所詮、人類種の一人にすぎない青児には、到底想像がつかなかった。
「そうだね……、いいよ。確認事項をはっきりと明言しようじゃないか」
ウィムはこれ以上ないくらい明快に告げた。
「今シーズンのWCC、その優勝チームの報酬上限を撤廃する」
ウィムの放った言葉は、それだけで世界中の種族の心臓を止めうるほど、強い衝撃だった。
「なっ!」
言葉にならない声が、会議室のどこかから漏れた。
WCCの優勝チームには、賞金の他に一人当たり『アマテラス連邦通貨にして二十億円以内の報酬を受けとる権利が与えられる』という副賞が設けられている。その上限を取っ払えば、どれほどのものになるかは青児たちの想像を突き破っていた。
「しかし……、報酬上限撤廃というのは、どれほどのものですか?」
初めてウィムと会話をするCOOの佐伯は、青児が今まで見たことがないほどおずおずと尋ねた。
「何もかも、さ。求めるのならば、全知全能の力だって授けよう」
ウィムの回答に今度こそ全員が声を出せなかった。佐伯のような賢い者たちは頭の中で策を巡らせ、一星のような戦いに狂った人間は、WCCが今までとは比べようもなく荒れることを心の底から笑い、青児のような凡人は頭が真っ白になるばかりだ。
「私からも主要国の首脳皆様方にはそれとなく話を通したので、大会は問題なく開催できるでしょう。彼ら、算盤を弾くのに必死だったようで。……と、算盤は千年も昔にひっそりと消えた計算道具だから、もうここにいるほとんどの方はご存じないか」
カンパニュラが事前に根回しを済ませた報告で冗談をかます。
「……少なくとも一五〇年前までは使われていたと思いますけど」
「報告ご苦労様。交通費はIの件だから、報酬上限撤廃はスクランブル部門だけになるけど、いいよね?」
「はい。ようやくこれで、次の議題に移れます」
反対者はおらず、ルイスは次の議題を切り出した。
報酬上限撤廃に青児は驚かされたが、ウィムたちからすると、ここまでは事前の話し合いで決まっていた前座のようなものだ。
しかし、もう一つの理由が鬼門だろうと、青児は開発者として具体的な予想を立てていた。
「二つ目の問題は、IさんがWCC参加ならびに報酬の受け取りに対して明確な意思表示ができ得るのか、という点にあります」
やはりか。
WCCは、〈嘱託者〉に参戦する目的を問う意思確認の規約がある。それは、世界の戦争を一変させ戦場を席巻した自律型兵器への抵抗でもあり、エンターテインメントとして興したWCCを陳腐にさせないための措置であった。
「青児くん、Iのソフトウェアの責任者として、彼女の性能はどれほどのものだね」
この質問のために呼ばれたのかと青児は納得した。たしかにこれなら準備はいらない。
「先ほどのご質問に答えられる範囲ですと、Iはリンネウスとのコミュニケーションも会話相手と同水準で可能です。しかし、ルイスさんが
Iは自律型護衛ヒューマノイドとしてカンパニュラを護衛する目的で設計されているが、護衛という『目標』を達成するための行動範囲は従来のヒューマノイドに比べて非常に広く、複雑な目的指向的振る舞いが可能だった。これは人類種でいうと骨や皮膚、筋肉等に相当するハードウェアの担当責任者が、これより潤沢な予算が与えられることはそうそうないだろうと、あれよあれよと機能を付け足し青児の方にまで口を出してきたからでもあった。
しかし、Iが知性ある種族のように与えられた高い優先順位目標を覆し、自ら目標を定め行動することはまだできていない。あくまで青児たちとコミュニケーションを行える『モノ』であり、青児たちが勝手にコミュニケーションができていると錯覚している『モノ』にとどまっていた。
そういう意味で同じ目標指向的な振る舞いのカテゴリーを作るならば、従来のヒューマノイドや、
これまでのAIと動揺、Iの自律もあくまで開発者側が与えた究極的な目的や規範を前提としており、手段的・道具的なものに留まっている能力的な自律だ。
一方、青児だけに限らず、ほとんどの生物は生きるために食料や衣服、寝床を確保し、衣食住のためにお金を稼ぎ、お金のために仕事に就き、仕事のために勉強をする目標的な自律を機能として備えている。
今日を生きるための短期的な目標から、未来を繋ぐための中長期的な目標を定めて行動するそのプロセスの合間に必ず存在する意志決定が、青児たちとIの最大の違いでもあった。
したがって、Iはかなり自由な振る舞いを許されているが、それでも護衛をするという優先目的を与えられている以上、そこからは外れない。自ら優先順位に反した目標指向的な振る舞いはできないし、自ら第一原則の護衛以上に優先度の高い目標を彼女が自由に設定することはできない。
WCCに参加するなどもっての他だと、早々に結論づけた。だがしかし、青児もIの振る舞いを把握しきれてはいない。
現在の人工知能の研究は主に二つの立場がある。一つは、人類種の知能そのものを持つ機械を作ろうとする立場、もう一つは、人類種が知能を使ってすることを機械にさせようとする立場。青児の研究は後者だった。
I以前にも自律型護衛ヒューマノイドは開発されていたし、搭載されている兵器システム・戦闘システムは、巨大なデータの集積から成り立っている。そこから学習したIが採った行動の理由を理解することは、開発者である青児にも困難なのだ。
AIは学習すれば実質的にブラックボックス化するし、そういった一種の制御不可能性が、知性ありし種族たちに気味悪がられている原因の一つでもあった。加えて、Iの失踪事件で予想外の行動をとって青児たちの度肝を抜いたことを考えると、揺らぐはずのない天秤が僅かに傾く。
ルイスはウィムたちに真剣な眼差しを向ける。神と対峙しても一切怯むことのないその姿勢に、見ている青児がたじろぎそうだった。
「運営理事会としては、〈嘱託者〉は強欲であることを望みます。こればかりは、唯一神であっても譲れません。意志なき〈嘱託者〉に、観客は沸きません。Iさん、痛みも、血も、内臓もないあなたが、神に祈ることはできますか?」
祈りとは、意志である。
目的を与えられ自らの振る舞いを制限されている機械が、自ら目的を設定し神に己が意志を伝えることはできるのか。本物の唯一神の前で祈ることは、成文化される歴史上では初めてのことだ。その歴史的光景を、みなが固唾を呑んで見守っていた。
皮肉な話だと青児は思う。
Iは始めから、世界中の誰よりも真なる
昔は、今よりも生きることそのものが困難であったという。生活水準が比較的高いオリエンタルシティ内でも浮浪者はいるが、そういう者や場所はそっと隠されて見ようとしなければ見えないようになっている。
ほとんどの知性ありし種族は、仕事を他者に委託してきた。人類種ひとつとっても、コロニーを作り、他者と分業し、自らの生存確率を高めてきた。
その他者が動物や奴隷となり、或いはそれらを飛ばしてやがて道具へと代わっていった。馬車、活字印刷機など、今は博物館行きの遺物は当時最先端の道具として利用されてきた。
そして、徐々に自らの領域を機械に明け渡してきた。今や機械が関与しない仕事はほとんど存在しない。機械ができる作業は自動化して、リンネウスは意志決定に終始するのがほとんどだ。
もっとも都合のよい嘱託者とは、リンネウスと意志が通じて、かつ道具のように働くモノだ。現在の人工知能は、その理想型に限りなく足を踏み入れている。
しかし、WCCにおいて、欲なき嘱託者は必要ないという。
Iは、まだ喋らない。やはり無理なのだろうか。
青児は自らの限界を突きつけられている気分だった。このまま会議は終わるんじゃないかと、目を瞑ったときカンパニュラの声が聞こえた。
『目を背けるな』
青児の背がまだ伸びきっていない頃の言葉が、今になってリフレインした。
瞼の裏側では、沢山の死体、血と焼けた人の焦げた匂い。そして硝煙の匂いがそこら中にあった。静かな発砲音。ばたばたと子供が死んでいき、機械の駆動音が戦場を素早く、一方的に侵攻していく戦場。
『すまない。本来は、俺たちが背負わなければいけないんだ。誰かが、誰かがやらなくちゃいけないんだ』
今の青児と同じ声が聞こえる。自分の声は他人が泣いているようにも思えた。
『大丈夫ですよ。あなたを一人にはさせません』
目を開けると、白い生地が飛び込んできてぎょっとした。Iがいつのまにか青児の前にいて、彼女が腰を折ると艶やかな黒髪が耳から垂れた。
「博士、私の願いを一緒に叶えて頂けませんか?」
ありえるのか。青児は自分の考えを否定九割一割期待していた。
カンパニュラの方を向く。応えてやれ、という目だった。
ルイスにとって青児は説明役で、カンパニュラにとってはこのための駒。この人はどこまでお見通しなのか。
決心する必要もなかった。
仕事ならば断ることはできない。青児もまた、誰かの
「内容はともかく、まずは現状の問題を解決してからだ」
いつまでもIに頭を下げさせて会議を停めるわけにはいかない。全てはI次第だった。
Iは愛らしく微笑むと、ルイスの方に体を向ける。
「簡潔に申し上げますと、私がWCCに参戦する目的は、
人工知能の法的権利。それは人と機械の関係性を大きく変える欲望であり、現状の社会を大きく動かすことは必至だった。
「それは全てのAIを対象とした権利かね?」
「全てはさすがに無理がありますね。『私と同等か今後現れるかもしれない私以上の知性を携えたAIを対象とする』、といった具合ですかね。詳しくは、WCCに優勝してからでも遅くはないでしょう」
AIをモノではなく種族として認めろ、ということだろう。
彼女らがそもそも法的権利を有するに値するのか、についてはWCCにおいては議論する必要もない。
しかしまさか、自分の被造物が権利を主張する日が来るとは。青児は研究者として戦慄した。Iは自らの目的を吐き出した。次は、ルイスが判断する番だった。彼はホログラムの〈国士無双〉に尋ねる。
「
「俺に訊くかそれ。断言はできないが、俺がわかる範囲だと使われてないな。ミス・カンパニュラはどうだい?」
「ないと思うよ。ウィムが全能の力を使えば、偽装工作くらいわけないと思うが、こういう場を設けている時点でそういうのやらないでしょ。私は認めてもいいと思うけどね」
ルイスは眉に皺を寄せて静かに唸る。理事会や企業のトップとして数々の問題を解決してきたルイスも、今度ばかりは早々に決断はできないようだ。
いいですか、とここで手を挙げたのは佐伯だった。
「しかし、カンパニュラさん。Iが明確に意志を示しているかは、確定しているわけじゃない。意志なきIの振る舞いに、我々が意志を誤解釈して騙されている可能性だってある。こんなのは茶番に過ぎないのではないか」
佐伯が言及した通り、ルイスが渋っているのはおそらくその問題だろう。AIを通さないための意思表示が、それを通り抜けようとするAIが登場したことによって、盤面が大きく変わろうとしている。今後Iに限らず、AIの裏で糸を引いてWCCを大きく掻き回す勢力を理事会は拒めないかもしれない。
だが、カンパニュラは首を振って佐伯の意見を否定する。
「茶番ではない。意味はあったさ。これからのAIには権利が必要という点は、私も以前から考えていたことだ。それを彼女自身が主張するのは、なにもおかしなことじゃない。それに騙す意味もないだろう。なぜなら、彼女が目的を言った時点で、既に大勢を敵に回している。それこそ私を殺したい連中以上に、だ。騙すにしても、もう少し喧嘩を売る相手の数は絞るだろう」
目的が本当であれば、Iが喧嘩を売ろうとしているのは人工知能を利用する勢力、つまり国や企業だ。そのAIを最も利用している企業こそ四季なのだが、カンパニュラはこの状況を腹の底から楽しんでいた。
「ただ、一つだけ同意できる部分はある。Iに意志があるかどうかという点だが――、これは確かめるだけ無駄だろう。意思表示を、Iは目的を言う形でクリアしたし、そこに意志や意識が彼女に存在するのかと問うのは私たちがまだ解決できていない問題に真っ向から対立することになる。自らに意志があると他者に証明するのは、猿から進化した人類種は勿論、私にも不可能だ。だからこその『目的』なのだろ?」
佐伯はカンパニュラに諭され、次の言葉が出てこなかった。それが会議の結論ともとれる。
いつかは、こういう日が来るとは思っていた。しかし、開発者の一人である青児にさえも予想がつかない早さだった。
脳の機能がいくらか死んで、いくらか残っている者を果たして生きていると呼べるのか。
脳の機能を機械とナノマシンで補っている者は、機械だと呼べるのか。1%から?50%から?99%までいったら?
ではどこからが機械で、どこからがリンネウスの定義に当てはまるのか。たとえるなら、脳の機能モジュールを少しずつ機械に置き換えていったとして、どこからが境界線と言えるだろうか?
その曖昧な境界線にIが立ったのだ。
はじめから拒む気でいれば、決定権を持つ理事会が前もって要請を一蹴するは造作も無いことだったが、意思表示を規約に明文化してたのは、どの種族に対しても寛容なWCCらしいとも言える。
「いかがでしょうか。ルイスさん?」
Iはルイスに決断を迫るが、彼は難しい顔をして固まったままだ。
「あはははは!」
その彼の隣で、場違い声が上がる。娘のアリスがお腹を押さえながら幼い声を上げて笑っていた。
「私の発言におかしなところがございましたか?アリスお嬢様」
「あなたを笑ったわけじゃないの。ごめんなさい。私が面白かったのは、歴史が変わる瞬間に立ち会っていることがこんなにも拍子抜けで、そう考えたらつい、ね」
目尻を指で擦りながらアリスは捲し立てる。
「いいでしょお父様?ウィムが私たちの前に現れたときから、既に賽は投げられていたのよ。もう迷っている暇なんてないわ。世界が変わるスイッチを押さないのであれば、私が躊躇いなく押すわ。I、あなたに相応しい舞台を用意してあげる」
これが公式の理事会でない以上、意志決定はルイスの手にあった。娘に押されてか、瞑目していたルイスがIに決断を告げる。
「わかった。Iさん、あなたのWCC参加権利を確約しよう。理事会は無理にでもねじ込むさ」
「ありがとうございます」
Iが深く頭を下げる。
「けれど……機会は平等にね?」
アリスたちからしても、次のWCCは本気で勝ち獲りに行くということだろう。〈国士無双〉率いるチーム〈鳳凰〉にはそれだけの力と実績がある。
『そうとも!でも演目の幕は、僕が開けさせてもらうよ!』
突然、これまでにない大きさでウィムが声を張り上げた。いや、どこからともなくウィムの声が会議室に響き渡った。
「ウィム……?」
カンパニュラがそう呟くと同時に会議室の入り口が開き、外から急ぎ足で切羽詰まった様子のカンパニュラの第一秘書が入ってきた。
「失礼します!」
普段は礼節を欠かさない彼女だが、他の参加者を無視して真っ先にカンパニュラの元へと駆け寄り耳打ちする。
「……なに?映してくれ」
第二秘書の
「みなさん、どうやらウィムが世界中のリンネウスの前に姿を現しているようです。加えて現実世界のチャンネルと、全ての仮想空間もジャックされました!」
最初に勘づいたのは、ルイス親子だった。アリスは大きく舌打ちし、ルイスは穏やかな目元を大きく見開いた後、狼狽した様子でウィムに尋ねる。
「あなたまさか……!」
遅れて青児たち他の参加者も、この会議が生半可な終わり方をしないのだと察知した。
立体映像は、世界中のリンネウスに現われたウィムを映した。
『世界中の生きとし生けるリンネウスたちよ!はじめまして!僕はウィムと呼ばれている唯一神だ!』
カンパニュラの言うことが本当ならば、ウィムの声は全てのリンネウスに届いていることになる。この世に神を自称する者はおれど、こんな芸当が可能のは彼だけだろう。
そして、今は種の名前なきIに。
ウィムは宣言した。
『突然だけど、今年開催するWCCスクランブル部門、その優勝チームにはどんな望みでも叶える権利を与えることにした!もちろん、チームに一つなんてケチくさいことは言わない。一名につき一つ、全知全能の力でも与えよう!』
ルイスの顔から血の気が抜けた。彼にも根回しがいってないということは、ウィムの独断か。
『そして、僕から彼女を推薦した!』
と、会議室でウィムの隣にいたIが立体映像に映り、全世界の衆目にIが晒された。
おいおい、いきなりお披露目会か……。
『四季社が開発した最新の自律型護衛ヒューマノイド、Iだ!凄く可愛らしい見た目だけど、性能は折り紙付きさ。『リンネウス』と同等の法的権利を求める彼女を、止めるチームが現われるかな?』
会議で決まったこととはいえ、Iを公にするにはもう少し場を整える必要があった。ウィムはそれをすっ飛ばして、Iという存在を先に世界へ知らしめてしまった。
『さあ!閉ざされた混沌を、もう一度世界に広げよう!』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます