You'll never walk alone ③
はじめに神あり。
天地開闢を決し、宙を開き、星を広げんと、神は力を振るった。
自らの箱庭を築いた神は、次に被造物を創り、被造物が住むに能う星を造った。
神に最も近い
最も力の大きい
神の力の一部を受け継いだ
神は彼らに命じた。
天使よ、星を司れ。
龍よ、星を守護せよ。
精霊よ、星を豊かにせよ。
神は汝等をとこしげに見ている。
三種に仰せられた全知全能の神は、虚空へと去った。
それは、青児が生まれる遙か昔、天使種が書いたとされる最古の神話だった。
曰く、神が地上に現れたのは、公式の記録では初めてのことだった。故に、面識のない青児が本来、少年の姿をしたウィムを全知全能の神であると認識することはできない。しかし、青児が直感的にこぼした言葉を、カンパニュラはおろか場にいる誰も否定しなかった。
「そう!全知全能、創造神であり、唯一神であり、みんなからは愛称で呼ばれているウィムでーす」
当惑せずにはいられなかった。四季という大企業にいる以上、一研究者とはいえ著名な人物と話す機会は何度かある。しかしまあ、唯一神とは。青児はウィム以外に円卓の席に座る他の参加者を一瞥する。
ウィム以外の客人は四名。
WCC運営理事長であり、フェアリーテイル社CEO ルイスドール
ルイス・ドールの一人娘でありWCC特別運営理事 アリス・ドール
青児より二回り上であるはずのルイスはビジネスカジュアルな服装と、優しげな顔立ちがまだまだ若さを感じさせる。
アリスは公式では一二歳ということになっているが、ウィムの隣でも長い赤髪の下の小さな顔には余裕があった。
彼ら二人は共に
根拠はアリスとルイスの隣に置かれた、一台のホログラム機に映る人類種にあった。
彼の姿は嫌になるほど見てきた。
WCCにおいて天下無双の成績と屍を積み重ね、最強の名を欲しいままにした人類種の星、
以前の青児にとっては、宿敵とも呼べる相手であったが、今は雲の上の存在となってしまった。
そういえば、前に話したときも仮想空間上だったなと青児は思い返す。フェアリーテイル社は〈国士無双〉のスポンサーだが、彼らをさしおいて一人仮想空間から会議に参加とは、豪胆過ぎはしないだろうか。
四季からは、
CEO カンパニュラ・キルリア・プンクタータ
CEO第二秘書 小川 律子
COO
COO秘書 アンジー・ナッシュ
そして、第四研究所副主任、青児・キルリア・イシグロ
青児がウィム以外で気になったのは、ウィムの隣で控えるもう一人の客人で青児とそう年齢の変わらない人類種の女性だった。今はあまり見ない昔の召使いが着ているような服装をしていて、目元はチュールで隠されているが、端整な顔立ちをしていることはわかる。
姿勢や少ない身振りから、ただの使用人ではないやんごとない身分にも思える。この中では唯一身元が割れていない人物であり、ウィムと共に参加していることも含めて最も不気味であった。
青児たちが席につくと、アンジー・ナッシュが会議の口火を切る。
「揃われましたので、始めさせて頂きます。ウィム様が皆様に議題について話して頂き、不明点などがございましたら、挙手してご質問頂く、という形式でよろしいでしょうか」
反対意見を述べる者がいなかったので、話し手がウィムに代わった。
「僕たちのために忙しい中ありがとう。運営理事会とカンパニュラには既にある程度話を通してあるから、単刀直入に言おう。次のWCCスクランブル部門に、彼女を出場させたい」
ウィムの召使いと思っていた女性が、彼の隣に並び小さく頭を下げた。
へえ、と青児は内心で声を漏らす。
WCC。Wars of Chaos and Chaos。混沌に混沌を重ねた戦争。
仮想空間内で実在する武器や魔術で戦う、世界で一番過激な競技。
一対一のソロ部門、二対二のデュオ部門と並ぶ中、五人×十チームで戦うスクランブル部門は、WCCの中でも最も危険で最も人気のある種目だ。WCCの熱狂ぶりは種族を超越し、昨年のファイナル最終戦は世界人口の約三〇パーセントにあたるリンネウスが生配信を視聴するという驚異的な記録を叩き出した。
しかし、天地開闢以来少なくとも公式には姿を現さなかったウィムが急に会議を開いたかと思いきや、たかが人類種の女一人をWCCに出すためお願いしに来たというのか。
カンパニュラたちに話を通したと述べていたので、おそらく何らかの裏があることは間違いないが、それにしても、と青児は拍子抜けして思考放棄しそうになった頭を働かせる。
ウィムが連れて来た彼女は一体何者だろうか。ウィムが酔狂でやっていることも考えられなくはない。彼の語源は、Whimsical――『気紛れ』から来ていて、度々こちら側に来ては多種族と遊んで帰って行ったという伝承もある。
だが、礼のひとつとっても気品と礼節を感じさせる彼女が、血と硝煙と魔術に満ちた戦場を戦い抜けるのだろうか。見た目と強さは比例しないが、美しい女性が
WCC運営理事長であるルイス・ドールが、ウィムの要請に応える。
「話は承りました。しかし、運営理事会としては、彼女の身元を明確にして頂かないと判断しかねます。先日あなたがお話しした彼女の件、あれは本当なのですか?」
ウィムは頷くと、女性を前に出て、チュールを外すよう促す。彼女の顔が見れる訳だが、青児はこれといって無関心を貫いていた。大体、この会議に青児が出る意味とは、一体何だったのだろうか。気紛れの神ウィムが女性の顔を隠した理由も、カンパニュラのサプライズの意図も読み取れずにいたが仕方のないことであった。
青児は内心ため息を吐きながら、隣のカンパニュラを一瞥する。
第一、人類種は弱いのだ。
人類種、知性ありしと認められた種族の中で唯一、魔術等を動かすための精霊、マナを知覚することができない。つまるところそれは、人類種が魔術を使えないだけでなく、魔術等のマナを扱う行為に対してハードにおける一切の抵抗力を持たないことを意味していた。
故に、人類種は他種族に辛酸を舐めさせられた時代が長かった種族でもあるのだが、青児たちが今いるアマテラス連邦のように、大国と肩を並べるまでに成長した国も存在する。それに、魔法は使えなくてもWCCで他種族と渡り合う人類種も稀におり、その代表例が〈国士無双〉だ。かといって、彼は例外中の例外であり、まさか彼女が同じ道を辿るとも思えない。
人類種は弱い。
だから、青児たち人類種は、時代を重ねて知恵を受け継いだ。
耳長種には魔術で負け、
土竜種には技術で負け、
獣人種には身体能力で負け。
存亡の危機にすら陥ったことのある人類種が、いつか彼らに負けないために生き延び――、
そして、一つの結論に、知恵と技術が追いついた。
わざわざ弱い人類種が戦う必要はない。
最初は、
耳長種には耳長種を、
土竜種には土竜種を、
獣人種には獣人種をぶつければいい。
四季は人類種の需要を利益に変えた最初の多国籍企業だ。総合軍需産業分野をこの国で伸ばしていき、今やどの国とも渡り合えるPMCを創った。
円卓では、彼女のご尊顔が明かされようとしていた。
「皆様、お初にお目にかかります」
彼女の声を聞いた瞬間、青児のこれまでの思考が全て吹き飛び立ち上がる。一脚数十万はくだらない椅子を思わず蹴り飛ばすほどだった。
戦争は、時代が経つにつれPMCが台頭していった。
戦える機械を、造ればいい。機械に戦わせればいいのだ。
「そして博士、お久しぶりです」
耳長族にも、土竜族にも、獣人族にも負けない機械を。
「I……なのか⁉」
青児の前に現れたのは、三ヶ月前、プロジェクト達成間近に突如失踪した、自律型護衛ヒューマノイドだった。
「はい。自律型護衛ヒューマノイドI、ただいま戻りました」
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