You'll never walk alone ②

 街が動いている。

 滑らかに走る自動運転車の窓から、信号機やビルがゆっくりと視界から外れていく。かつてアクセルやブレーキがあったとされる運転席でゆったりと足を伸ばしながら、青児の体は職場へと運ばれた。

 目的地に到着しドア開けると、朝の肌寒いビル風が肌を刺し、慌てて上着を羽織る。


『三八〇円です』


 誰もいない自動運転車の音声案内が、料金を催促する。

 この請求を無視してその場から去ったらどうなるのだろうと、昔は考えたこともあった。無賃乗車をした客を自動運転車が追っかけ回す、なんてことはないらしいが、配車サービス会社からセキュリティ会社、そして警察へと通報され、犯罪者として認証の届かないところ逃げなければならないらしい。まだ運転が有人であった時代よりも、今の方が無賃乗車は難しくなったとか。久しぶりに乗った自動運転車を前に、ついそんなことを思い出してしまった。


 旧世代型の外部端末で料金を支払い歩道に足を踏み入れると、自動運転車は次の要請者の元へと向かった。

 摩天楼のように高い本社ビルを見上げると、いつか首を痛めそうだ。

 特徴的なのは、ビルの内外にに広がる植物だろう。自然と共存するコンセプトで建てられた建物は、青児からすると自然をここまでコントロールできていますよという傲慢さにも見えるが、らの場合、それが文化だと言われれば仕方がない。


『四季』。

 

 CEOであるカンパニュラ・キルリア・プンクタータが、このアマテラス連邦に本社を置く際、四季の豊かさに感動して社名にしたと言われている。七〇〇年前、海運業から始まり今では『世界の万屋』と称されるまでに成長した財閥系企業で、時価総額世界一位の企業の世界で最も自然と調和したオフィスビルの存在感を肌で感じていた。


 と、言っておけば耳障りはいいものの、単に休職明けで体が労働に拒否反応を起こしているだけですかっこつけてごめんなさい。


 三ヶ月ぶりの職場復帰、その最初の業務はまず労働に体を慣らすところからだった。

 だが――、


「やあ、青児。復職おめでとう。早速だけど、きみは今から私と一緒に会議だ」


 と、研究室のドアを通って開口一番、四季の長であるカンパニュラに腕を組まれ、慎ましい感触とともにエレベーターへと連れて行かれた。青児、カンパニュラ、そして秘書の律子りつこが乗り込み、最上階のボタンが押される。


 最悪、と内心嘆くももう遅い。やはり労働の拒否反応は正しかったのだ。


 エレベーターが始動すると、ガラス越しに首都のオリエンタルシティ中心部を一望できた。眼下には本社ビル裏側にある一三〇ヘクタールもの広大な植物園、その奥には大小無数のビルと、空中には貨物用ドローンが何百と飛んでいる。その光景を背後に、青児はカンパニュラに不満をつく。


「会議だなんて、いきなり過ぎですよ」


 車内で今日のスケジュールを確認したときは会議の文字はどこにもなかった、はずだ。


「それが急なんだ。申し訳ないのはわかるが、頑張ってくれ」

「だからって、端末にメッセージの一言でも入れておけば、わざわざカンパニュラさんたちが出向くことなんてなかったじゃないですか」


 そこまで言って、青児ははっと青ざめる。


「まさか今日の会議って、プロジェクトの責任追及ですか?」


 三ヶ月前、青児が参加していたプロジェクト『I』は、全く予想だにしない形で水泡に帰した。青児はプロジェクトの片翼を支える責任者であり、仕事に復帰した今日はその責任をいよいよ取らされるのかと恐怖する。


「それは無いよ。あの一件は誰もお咎め無しって私が言ったじゃないか。これ以上の保障がいるか?」


 いやーでもー、そんなこと言っておいて、裏ではこっそり消すなんてこと、あなたならしてもおかしくないじゃないですか。という顔で返した。


「とにかく、サプライズだよサプライズ」


 世界一多忙とされているカンパニュラが、なんてことないと言わんばかりに金色の髪を掻き上げながら答えた。


「ってことは、まさかしょうもな……いえ、ありがたいサプライズのために研究室のドアの前でずっと待ってたんですか?」


 CEOがドアの前でずっと待っている姿を想像すると、他の研究員たちがなんだかいたたまれなく思えてきた。


「まさか。端末からの認証で青児が今どこを通ったかはリアルタイムで把握できるから、本社ビル入り口の認証を通過した時点で、待ち構えていただけだよ」


 マンションの認証キー、配車サービス、各種監視カメラと監視ドローン、そして会社での認証キー。自宅マンションからここに来るまでの認証と監視は、個人の行動を赤裸々に暴く。その情報を扱うのも、四季の業種の一つではあるが――、


「さらっと特定個人のプライバシーを侵害しないでください」

「やだなあ。青児がまた事件に巻き込まれないか心配だっただけさ。親として当然ではないかね?」


 力なく呟く青児に対して、義母は楽しそうに笑う。

 カンパニュラは青児と血縁関係にはない家族だ。前の家族は、十六年前に人類種と龍種の諍いに巻き込まれた結果、遺体すら残さず塵となって宇宙か世界中のそこいら中にばらまかれた。


 カンパニュラは生き残った青児を発見したのみならず、自らが里親となって青児の支援をしてくれた。彼女や彼女の周囲の者には一生感謝をしてもしきれないが、それと個人情報の閲覧とはまた別の話だった。


「っていうか何の会議なんですか?何も準備してないですよ」


 傍聴しているだけなら困らないが、本当に意味もなくカンパニュラが会議に呼びつける訳もない。彼女は艶やかな紅色の唇の前に指を添え、無言の意思表示をする。


「まーたお得意のサプライズですか」

「魔術とサプライズは耳長種エルフの専売特許なんだ。日々の生活には刺激がないと、退屈で死んでしまうからね」


 さすが四〇〇〇年生きているだけあるな、と青児は表情に出さず感心する。耳長種は人類種ヒューマンと比べて寿命が非常に長い。現在、連邦に住む人類種は医療を十分に受けられる経済力のもとで一二〇歳までその平均寿命をのばしているが、耳長種の寿命は五〇〇〇年だ。


 創業当時から四季の意志決定者として居続けるカンパニュラは、数億人いる耳長種の中でも最も影響力のある一人とされている。しかし、実際の年齢に反して彼女の外見年齢は、二十代半ばの青児とほとんど変わらない。

 

 エレベーターがゆっくり静止してドアが開く。最上階は役員会議室と多目的会議室、二つの部屋しか存在しない。役員会議室は言わずもがな、多目的会議室は経営戦略上重要な取引先・提携先か、連邦内外の政府関係者との会議で稀に使われる、四季の心臓部だ。青児たちは多目的会議室に向かって瀟洒しょうしゃな赤いカーペットの上を歩いていく。


「会議なんて全部オンラインでやれば移動にも困らないんですけどね」

「現代的だな。オンラインでの会議が始まったのは、たしかきみが生まれる前だったか」

「さあ?」


「現在のような映像装置を伴ったオンライン会議ですと、最初の記録は公式では今から五〇年前、星暦四〇七五年十二月一日、シャーレー社の月例会議です。青児様の生年月日は星暦四一〇〇年四月三日ですので、二四年と一二四日ほど前になります」


 適当に返した青児の代わりに、律子が淀みなく答えた。

 

「そんな前なんですね」

「きみが生まれてから大人になるまでの間は、私にとってほんの少しだったがね」

「はいはい」

 

 律子が多目的会議室の扉を開ける。ここに入れるのは、一部の役員やその秘書か、時間設定つきで特別認証を与えられた者だけだ。青児は勿論後者だが、その手続きは秘書がやっているだろうと信じて認証キーに端末をかざした。


「一つ断言できるのは……、これから楽しくなるぞ」


 カンパニュラは青児に笑いかけると、すぐさま経営者の顔へと変わった。

 多目的会議室にはそうそうたる顔ぶれが揃っているに違いない。青児の予感は、間違いなく的中した。



 想像の遙か斜め上に。



「やあ、待ちくたびれたよ!」


 その人物はあどけなさが残る声を響かせ、円卓の形をしたテーブルの最も日当たりのよい席で青児達を待ち構えていた。


 青児のDNAが、初めて見るその人物の正体を確信させた。



「ウィム……、唯一神がなぜ」



 青児たちの会議相手は、この星と宇宙を創った、神様だった。

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