我らの闘争ーWars of Chaos and Chaos.ー

Massu

You'll never walk alone ①

 神が願いを叶えてくれるとしたら、何を願うか。


『世界の皆様こんにちは!ついに〈Wars of Chaos and Chaos〉、通称、WCCスクランブル部門、予備戦ラウンド1グループHのお時間がやってまいりました!』

 

 それが陳腐なことだと全員が鼻で笑っても、神に願ったことのない者などいない。

 

 ある者は永遠に遊んで暮らせる富を。

 ある者は全能の力を。

 ある者は奪われた広大な土地を。

 ある者は復讐を。

 ある者は種族としての権利と責任を願った。


 たとえ叶わぬ願いだとしても、『ああ神様、どうかお願いします』と、祈りを捧げる行為自体が馬鹿げているわけではない。


『混沌に次ぐ混沌、戦争に次ぐ戦争!仮想空間内で行われる流血を、皆様待ちわびていたことでしょう。解説のクンハさんは今シーズンを解説者としての参加となりますが、いかがでしょうか?』

『今は〈嘱託者エージェント〉ではない分、純粋に楽しめる点ではよかったのですが、できるのであればもう一度参加したいと未練が残るほど今シーズンは魅力的ですね』

『そうですね。今シーズンは前例がないほど豪華な顔ぶれが揃い、過去最多の二六〇チームが参加しております。それ以上に!十日前の発表が世界を震撼させたことは、皆様の記憶に新しいことでしょう!』


 しかし、この世界には、神は現実に存在し――、


『今シーズンのスクランブル部門優勝チームには、なんと!唯一神ウィムによって、願いを叶える権利が与えられます!』


 願いを実際に叶えてくれる。


『世界で最も過激で最も熱狂的な仮想空間が、大会の盛り上がりを毎シーズン更新していくことは、皆様もご存じでしょう。しかし!この報酬がさらに多くの〈嘱託者〉を戦場に駆り立てたことは間違いありません!』

『公式では一度も姿を見せてこなかった唯一神が顔を出したことも、たしかに歴史的な出来事だったのですが、全世界の配信をジャックして行った『唯一神の宣言』はわたしも生涯忘れられません』

『ただその願いを叶えるためには、他の二五九チームとの戦争に勝たなければなりません』


 唯一神の前に跪づく者を選別する戦場がWCCであり、二年にもわたる長い長い戦いが繰り広げられ、今日、新たな歴史が刻まれる。


『そして今日、新たな歴史が刻まれることになるでしょう!WCCでは前代未聞!自律型護衛ヒューマノイドであるアイが、チーム〈アイ〉から参戦します!クンハさんはどのように見ていますか?』

『戦力として申し分ないことは、I以外の自律型兵器が現実世界の戦場で既に証明しています。しかし、個人的には彼女がどれほど術式を美しく組むのかが楽しみです』

『なるほど。耳長種エルフの術士として活躍していたクンハさんらしい意見ですね』

 

 人類種ヒューマン

 耳長種エルフ

 土竜種ドワーフ

 獣人種ビースターズ

 吸血種ヴァンプ

 龍種ドラゴニア

 精霊種エレメンタル

 

 知性ありし種族たち――通称リンネウスと呼ばれる彼らが蠱毒こどく坩堝るつぼに自律型護衛ヒューマノイドが投入される意味を、解説のシュンミも、耳長種のクンハですら理解していなかった。


『戦闘開始の準備が整ったとの連絡が入りましたので、ここでWCCの軽いルールをおさらいしましょう』


 仮想空間で実況する二人のアバターが映る画面から、広大なステージマップが映し出された。


『スクランブル部門の基本ルールは、一チーム最大五名の〈嘱託者〉で構成された十チームがステージに転送され、最後の一チームになるまで殺し合うバトルロイヤルとなっております。ちなみに、今ラウンドのキルキャップは二十キルですので、達成したチームが出た時点でラウンドが終了。その時点でのポイントが集計されます。ですので〈嘱託者〉たちは最後の一チームになるまで生き残るか、キルキャップを達成するかのいずれかを目指して戦って頂きます』


 四方約六キロのステージに、〈嘱託者〉たちが次々と転送される。街路に、草原に、砂浜に、森林に、転送の光が降り注ぐ。次にその光が〈嘱託者〉たちを覆うときは、仮想空間上の死体を転送する時だ。




『I、いけるか?』

『いつでも』


 チーム〈I〉の〈嘱託者〉――青児せいじはIの様子を確認しながら、己の無粋さにため息が出そうだった。オペレーターとして現実世界からサポートをするのが〈嘱託者〉としての青児の役割なのだが、いつもの癖で声をかけてしまった。


『博士、ご自身を嘆く必要はありません。気を遣って訊いてくれたのはとても嬉しいですよ』


 ほらこれだ。マイク越しに心情を読み取りやがったIに、実質一人で戦場を戦うことへの緊張など今さらあるまい。

 顔に力が入る者、身構える者、肩の力を抜く者、オペレーターとの通信を確かめる者、各々が戦場で戦う意志をたずさえてやってきた。それは機械である彼女も例外ではない。


『戦闘開始!』


 解説席ではシュンミの開戦コールが全世界に届けられ、一方でラウンド開始を告げるブザーが戦場に轟くとほぼ同時に――、



 全ての〈嘱託者〉を、Iはたった一振りで切断しにかかった。


 ラウンド終了のブザーが戦場と、シュンミたちのいる会場に鳴り響く。シュンミが視聴者からわずかに目線を逸らし、ミスではないかと運営からの情報を求めイヤホンに手を当てる。


『おおーっと?これは音響設定のミスでしょうか?確認致しますので、少々お待ちください』

 

 一方、


『……いえ、どうやら運営のミスではないようです』


 シュンミよりも事態にいち早く気づいたクンハが、冷静な解説に定評がある仕事ぶりに反し、興奮で喉を震わせる。シュンミや現場の運営スタッフはドローンから送られてくるステージの中継映像が、時間経過とともに様相を変えたのを目で捉え始めた。

 中央にそびえステージ立つ高層ビルはゆっくりと音を立てながら崩れ落ち、土煙が立ち上る。そしてシュンミたちが登場オーバーレイと思われた天にまで届く光は、その実、退場オーバーレイも大量に混じっていた。


『これは、既に死んでいる⁉一体誰が大量キルをしたのでしょうか!』

『Iですね』


 クンハは現状をつぶさに捉えながら、困惑するシュンミや視聴者に向けてすかさず説明する。


『Iの放った斬撃が、ステージの〈嘱託者〉たちの首を落としたのでしょう。これは……ラウンド1には登録が間に合わなかった、明星あけほし選手の〈ゼファーナイト〉とよく似ています』

『前回のWCCソロ部門三位の成績を残した〈嘱託者〉ですね。スクランブル部門でも五本の指に入ると目されている実力者と肩を並べる技術、非常に素晴らしい!』

 

 感心しながら、見落としてはならない事実にシュンミはようやく気づいた。


『ということは、このラウンドは既に……』

『はい。終了しています』


 大量のクラッカーとファンファーレが、遅れて中継画面に映る。傍目からだとシュンミを小馬鹿にしているようにも見えた。運営からの正式な連絡が入り、その事実に驚愕しながらもなんとかシュンミは実況としての仕事を続ける。


『――――え~視聴者の皆様、ならびに各チームの皆様、大変失礼致しました!あまりにも一瞬の出来事に私含め運営一同、迅速な対応が遅れましたことをお詫び申し上げます。そして!運営からの記録が、実況席の方に届きました。こちらです!』


 各チームのスコアが立ち並ぶ。他のチームのキルポイントが『0』、『0』、『0』と並ぶ中、『20』という数字が仮想空間と現実空間でこの戦いを見守る観衆の注目を掻っ攫った。


『ということで!WCCスクランブル部門予備選ラウンド1グループHは、チーム〈I〉がキルキャップ到達で終了!経過時間はなんと3.56秒!これは歴代最速記録です!』

『あまりにも早過ぎる決着に、視聴者も驚きより困惑の方が大きいようですね』

『そうですね。今一度、リプレイを観てみましょう』


 試合の様子がスローモーションで解析され、改めて本来の盛り上がりを見せる。そんな中、オペレーター室の青児は画面に映し出されている自チームの歴史的偉業から目を逸らし、天井に向けて安堵の息をついた。


 一チーム五人まで出場可能なスクランブル部門において、チーム〈I〉はラウンド1をたった二名の〈嘱託者〉で切り抜けなければならなかった。しかも、オペレーターである青児は直接戦闘には参加できないので、戦闘員はIのみだった。

 圧倒的な数的不利を覆し勝つ方法は限られている。少ない手札の中から開始直後の不意打ちを選択した青児たちだが、何万回ものシュミュレーションを重ねた中でも実況席や観客が熱狂するような結果は、本当に片手で数えられるくらいしかなかった。

 青児の背後から自動ドアが開くと、Iが控え室から戻ってきていた。


「ただいま戻りました、博士」


 一礼して頭を上げると、首元まである黒髪が揺れて眼鏡レンズが反射した。

 人類種の一般男性よりも頭一つ分低い背丈。若い女性向けのパリッとしたフォーマルな青いスーツに、スカートからは環境迷彩と人工皮膚に覆われた脚部が膝からスラリと伸びている。そして設計者曰く、ある意味一番情熱を注ぎこんだ顔の造りは均整がとれた美しさだが、青児が感心したのは彼女が人工物だとわからないほど精巧に作られていたことだ。

 筆舌し難い絶技で奇跡を手繰り寄せたIは、それを感じさせない穏やかな笑みを浮かべながら、青児の言葉を待っていた。


「ご苦労様。よくやったよ」

「博士もお疲れ様でした。次も頑張りましょう」


 次も、か。

 Iには頼もしさと同時に、異質な底知れなさをこれから何度も経験させられるだろう。


 熱狂が冷めない会場を後にしながら、青児は思い出す。

 世界が大きなうねりの中に飛び込んだ、十日前の出来事を。

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