3章 

第9話 三織の家【僕side】

 僕の切った野菜たちは不揃いで料理の才能はないんだなということが改めて証明されてしまったけど(僕が料理するのは学校の調理実習ぐらいだ)、三織の作ってくれたハンバーグは想像以上に美味しくて、心が春の森の中にいるように温かくなった。どうやらハンバーグは三織が一番得意な料理のようだ。初めての三織との食事はいつの間にか終わっていた。でも、これからこのような生活が始まるのか。三織と僕の新しい日常が――。


「じゃあ、世の部屋、案内するね」


 僕らは僕が買ってきた信玄餅を食べた後(信玄餅はやっぱ最高だった。でも、僕はきなこを少しこぼしてしまったけれど)、三織がこの家を案内してくれることになった。


「お父さんの部屋なんだけど、片付けてあるから」


 三織は僕を2階に連れていく。半分ほど上ったところで半円を描くようにカーブしていた。三織の家は2階まであるのか、僕の家はマンションだからな。少し羨ましい(母と住むのにはマンションでも十分な広さなのだけど)。


「ここね」


 三織が4つあったうちの1つの部屋に僕を案内すると、三織がその部屋のドアを開ける。


「失礼しまーす」


 さっき三織が言った通り部屋はきれいに片付いていた。6畳ほどの部屋にはふかふかそうなベッドと机、それに服が沢山入りそうなクローゼットが備え付けられていた。壁には山の写真が入っているカレンダーや(少し古めの)日本地図などが貼られている。今はこの部屋にものというものはないけど、ほんの少し前まではこの部屋に当たり前のように三織のお父さんのものがあったのだろう。そのような余韻を感じる。水溜りに、葉っぱからの水がこぼれてきたような。


「じゃあ、お風呂30分後ぐらいに沸かすから、それまで自由に過ごして」


「わかった」


 僕はとりあえずもってきたものをこの部屋――自分の部屋に置いた。しまい終わると、この部屋にあった木の模様がいい意味で目立つ焦げ茶色の机の隣りにある青色の椅子に座った。


 そういえば! と誰かに頭を叩かれて、とあることを思い出す。そういえば、平成の時代について調べる課題が出ていたんだ。僕はカバンの中からクロムブック(パソコンのようなものだ)を出して、それを机で開く。


 なんとなく2005年の出来事について調べていた。この年は愛知万博とかがあったのか……。今かすかに近くに電車が通った音がした。


 2005年の出来事について一通り調べたあと、ジャムボードという画面上で皆が付箋みたいなものを貼れて、共有できるアプリに2005年の出来事を書き足していく。もうすでにいくつかの出来事が書かれていた。


「あ、ちょうどお風呂沸いたけど、先に入る?」


 課題がなんとなく終わった後、お風呂の時間かなと思い、三織のいる1階に下りる。


「うん、じゃあ」

 

 三織はダイニングルームのテーブルで何かを書いていた。プリントみたいのが1枚とノートが1冊。


「ここは、こうとかどう?」


 三織はどうやら英語の課題をやっていたみたいで、今は英文を書いていた。プリントの今書いている隣の日本語部分に『おもいを伝える』と書かれていたので、近くにあったシャープペンシルでここの部分の英文を机にあった白紙の紙に書く。そしてどうかと提案した。


「そうやって書くんだ!」


 三織が「へーそうなんだ」という感じで感心するように言った後、


「世は英語得意なの?」


 と僕の方を見てそう聞く。


「まあ、教科の中では一番」


 母が小さい頃から英会話教室に通わせていたので、結構英語は得意な方だ。特にこういう文を書く系は僕の得意分野。日本語を英語にするのはパズルをはめ込んでいくみたいで僕にとっては楽しいのだ。


「そうなんだ」


「三織は?」


「んー、社会かな。英語は世にたくさん聞いちゃお」


「じゃあ僕は社会を三織に」


 お互い塾に行くことはできないだろうから(どっちも今は塾に行ってないみたいだけど)、こういうところでもお互いに支えていかなきゃいけないかもしれない。


「じゃあ、入ってくる」


「えっと、じゃあこっち」

 

 僕は三織に(大体わかってたけど)お風呂の所を案内され、脱衣所で服を脱ぎ、浴室に入る。


 入ると微かにラベンダー畑にいるような、ふんわりとした空気がした。お風呂が少し薄めの紫色――三織が入浴剤でも入れたんだろう。僕はまず髪を洗い、顔を洗う。そして持ってきたスポンジで体をゴシゴシと洗う。そして体が泡で包まれたら、シャワーで洗い流し、浴槽に入る。1日の疲れが流されていくよう。


「今日から始まった、新しい生活……」


 手でお湯をすくい、それを顔にパシャっとかけながら、思わずそう呟いてしまう。人生って本当に天気みたいに変わっちゃうことってあるんだな。昨日のことが本当に懐かしく思う。


「あったかいな……」


 しばらく僕は初めて入ったお風呂で体を芯まで――心の中まで温めた。


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