2章
第8話 初めて食事【私side】
昨日の君の瞳を何度も何度も思い出してしまう。
「――よかったら、これからよろしくお願いします」
君のこの世界の全てを取り巻くようなあの瞳。私もあのときはただただ寂しかったし泣きたかった。そのときは私もよく考えずに言葉を選んでいたと思う。私が君を支えてあげようみたいな言い方だったかもしれない「――じゃあ、一緒に暮らさない?」っていう言葉。
でも、別に私はすごくなんかないし、君に必要な存在になれるかはわからない。君には私なんかいらなかったかもしれないけど、もうそう決めたなら私は君とどこまでも頑張りたい。そういう道を私が創ったんだから。世――。
そろそろ夕飯の準備しなきゃなと思い、野菜を保存しているレンシレンジの横にあるかごから玉ねぎを取り(常温のほうがいいと言われているので私の家では常温で置いてある)、慣れた感じでみじん切りにスライスする。
料理は小さい頃からやっているから得意な方。だけど、同級生の男子に私の作った料理を食べられるの、少し恥ずかしいな……。いや、違うか、家族なのか。もう、世と私は。じゃあ、双子って感じかな? 同じ年齢だし共に成長していくから。
玉ねぎをだいたい切り終えたとき、インターフォンが鳴る。世か。私は一旦作業を止めてインターフォン越しに「入っていいよ」と言う。
鍵は開いていたのでそのまま世は入ってくる。少しはにかんだ様子だった。
「ただいま」
「あ、うん」
ここはこう言うべきかなと思い、私は「ただいま」と言う。
「あとで部屋とか案内するから、とりあえずそこのソファーに座って」
私は世にそう言った後、キッチンに戻った。
「ごめんね、僕だけ楽しんできちゃって……」
世がいかにも申し訳なさそうな口調でそう言う。
「いいよ、家事担当は私だから」
そうなのだ私は家事担当。自分の役割だから、世が申し訳なく思う必要はない。
私は玉ねぎのみじん切りが終わると、それをフライパンで炒めていく。一瞬で玉ねぎの匂いがこの空間を包み込む。
「なにか手伝おうか」
手を洗い終わった世が私にそう聞いてくる。
「じゃあ、サラダ作るから、冷蔵庫の中にあるキュウリを切ってもらってもいい?」
あまり最初から刺激的なものはあれかなと思い、比較的簡単なものをお願いした。でも、少しずつ料理もできるようになってほしい。
「うん、わかった」
世はキュウリを取るために冷蔵庫の前に行った。
「あの、開けていい?」
「えっ?」
世がどういう意図で言ったのかわからず、思わずそう言ってしまう。
「いや、人のうちの冷蔵庫開ける経験ないから」
たしかそうだなにと私は思う。人のうちの冷蔵庫、開けるの勇気いる人はいるしな。私だって世の家の冷蔵庫開けるの初めは勇気いると思うし。でも――
「――自分の家だと思ってお互い過ごしていこう」
そうやって過ごすまでまだまだ時間がかかるかもしれないけど、いつか自分の家みたいにしていきたい。
「じゃあ、失礼します」
まるで校長室に入るかのような感じで言った後、世はゆっくり冷蔵庫の扉を開く。いや、まて! たしか冷蔵庫の中には期限切れのケチャップが! 見つかったらだめな人じゃんとか思われないかな。思春期の私なんです!
「あれ、これ、期限切れてるよ」
世に見つかってしまった。なんか、自然とそのケチャップが導いたかのように。なんで置いたままにしてたんだろう。私のバカ!
「ごめん、世のハンバーグは新しいケチャップ使うから安心して!」
「別にそんなのいいよ。お客様じゃないんだから」
「……うん」
世は別に私をダメだとかそんな風には1ミリも思っていないみたいだった。逆に家族じゃんということを世に突きつけられた感じ。やっぱ君は、優しいのか。
この後私はハンバーグを、世はサラダを中心に作り、夕飯の準備ができた。ハンバーグはいい感じに美味しさを引き立てる焼き目がついた。世のサラダは大きさが少しバラバラだったけど、そんなのは気にしない、気にしない。
できた料理を運び、世と向かい合わせになるように座る。
「いただきます」
「いただきます」
しっかりと心の底から言葉に乗せるようにいただきますを言う。世と食べる初めての食事だ。この一瞬も私にとっては忘れられないものになってしまうのだろう。
「美味しい!」
「よかった」
世は私のハンバーグを一口食べた後、そう感想を言った。いつもよりはうまくできたかもしれない。
「あちっ!」
世が少し欲張りハンバーグを大きめに切ってそれを口の中に運んだから世の舌が熱さに反応してしまったみたいだ。
「そんな、急がなくても……」
「そうだね」
でも、なんかそうやって私の料理を喜んでくれるのは急に空が晴れたように嬉しい。
「これからのことなんだけど、家事は私が大体はやっておくから世はバイト、お願いね!」
私はハンバーグを食べながら昨日少し話して決めたことを確認する。
「うん」
「でも、少しは私もバイトしないとだよね……」
世1人に家計という大きなものを背をわせるのはよくないしそれだけじゃ持たないかもしれないから私も探さなきゃいけないなと思う(それに少しバイトをやってみたいし)。
「じゃあ、平日は僕がバイトして、土日は三織がバイトするっていうのは?」
世が一旦ハンバーグを食べるのを止めてそう提案してきた。たしかにそれがいいかもしれない。
「たしかにそれがいいね。そういえば、世、部活は?」
「どれにしようか最後迷ってたときにあれが起きちゃったから、結局入ってないんだ。三織は?」
「私は一応早めに出したから入ってるけど、土日は特にない部活だし、活動日も多くないから大丈夫」
そうか、世はあれがあったから――。あれは青春も奪ってしまったのか。なにかの事故、事件というのは見えるもの見えないものも奪ってしまうのか。
「っていうかバイトって親の許可が必要なんじゃない?」
「たしかに……」
急に大きな石がドスンと目の前に落ちてきた感じになる。その問題があったか。そういう細かいところまでは考えてなかった。色々と誤魔化すことはできそうだけど、バレた時に困るしな……。
「しょうがない、それはおじいちゃんに……。歳はもうかなりいってるけど……」
父方のおじいちゃんはまだ生きてるけど、もう100歳近い。
「僕もそんな感じでなんとかしておく」
私は小さな問題を解決した後、世の作ったサラダを頂く。切っただけ、洗っただけのサラダだけど世の努力がにじみ出でる気がする。でも、初心者にしては割といい感じだと思う。
「でもまだ不思議なんだよな、15歳で同級生と暮らすって……」
「たしかにね。そのうち慣れてくると思うけど、私と暮らすの飽きたら、月ちゃんのとこ行く? 月ちゃんも料理できるし」
私は少しおかしな(そして意地悪な?)質問をしてみた。
「いや、それってバラしてるってことじゃない?」
「まあね」
けっこう真面目な回答がきて少し驚いている。でも、こんなこと言ったけど、いつか人に言わなきゃいけないのかな。言わなきゃいけないときが来るのかな。
世はハンバーグをいつの間にか食べ終わっていた。さっき食後の洗い物は世がやることを決めたので、世に洗い物を任せた。案外洗い物は早く終わっていた。
世が洗い物を終えると、世が持ってきた手土産だという信玄餅を食べることにした。
「久しぶりだな、信玄餅」
信玄餅なんていつぶりだろう。たしかどこかのサービスエリアで買ったのが最後だった気がする。
「これ、美味しいよね」
「ちょっとプチ贅沢って感じ」
私は毛布のように優しく包まれている袋を開いて、信玄餅が入っている容器の蓋を玉手箱を開けるみたいに(玉手箱なんか開けたことないけど)パカッと開ける。信玄餅も食べ物はいくつかあるけど、私は袋に全部出して、蜜を少しずつかけていく派。
「いただきます」
「どうぞ」
中に入っていた楊枝みたいなもので信玄餅を食べる。やっぱこの味! いい感じの甘さ。きなこと蜜が1つの世界を作っているそんな感じ。
「そういえばの話だけど、別に彼女とか作ってもいいからね」
「いやー別に僕にそんなのはできないよ……」
「言ってみただけ。本当の話だけど」
私といることで世の一度しかない青春が小さくなるとか、奪われるとかそれだけは避けたい。世がやりたいように、生きてほしい。
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