我が家のメイドは部活に入りたがらない
体育館の檀上にて、サッカー部の先輩方がサッカーボールを蹴りながら、部長らしき人が丁寧に活動内容を説明していた。僕達新入生は、そんな先輩達の話に耳を傾けたり、無視して雑談していたり、思い思いな時間を送っていた。
この学校に入学し、早数週間。今日は、いつもの鬱屈とするばかりの授業とは一味違う、新入生に向けた部活動紹介の日となっていた。
進学校で知られる我が校だが、どうやら部活の数もそこらの学校に比べたらたくさんあるらしく、この会も午後いっぱいを使用する長時間な設定となっていた。
「健司、お前、もう入る部活決めてるの?」
部活動紹介を聞いて、ようやく半分の部活紹介が終わった頃に、後ろに座っていたカズに声をかけられた。
「いや、まったく」
「そっか。俺は卓球部に入る。良かったらどう?」
「運動部は、ちょっとね」
小さい頃から、僕はあまり運動が好きではなかった。
「そうか。まあ、ウチは文化系の部活も多いし、そっから選べばいい」
うん、と曖昧に頷きながら、どうして部活に入る前提なのだろうと思った。そもそも自由時間が欲しい僕からしたら、学校生活と同じく集団活動となる部活動もなるべく敬遠したいことだった。
カズは、再び部活動紹介の方に視線を戻した。
そんな彼に倣って、僕も部活動紹介の方に意識を戻した。
……ただ。
確かに、こうしてわざわざ長時間、先輩方に部活動紹介をしてもらって、自分の有限な時間もこれに費やして。それで、何の部活にも入らない、というのは勿体ない気もしてきていた。
僕が部活に入るとして、どんな部活に入るべきなのか。
入部するかは別として、少し考えてみることにした。運動部は勿論駄目。であれば、カズの言う通り文化系の部活だろう。
先ほどまでで紹介のあった文化系の部活は、写真部。文芸部。吹奏楽部。……合唱部。
なんだかどれも、申し訳ないがしっくりこなかった。
「こんにちは」
檀上にて、たった一人で立つ少女の姿を僕は捉えた。快活な挨拶に、僕の意識はそちらに向かった。
でも、頭の片隅でさっきの疑問も忘れてはいなかった。
他の文化系の部活。自分にピッタリの。自分の趣味に合う、部活。
「これから、天文部の部活動紹介を始めますっ」
快活な少女の声に、僕は絡まっていた糸が解けていくような爽快感を感じた。
天文部。
「それだ」
小さい頃から、星が好きだった。
人類が未だほぼ踏み入れられない宇宙という世界にロマンを感じて、見上げれば見上げる程に新発見のある空が、星が好きだった。
「僕、天文部に入るよ」
天文部、という部活は、まさしく僕の趣味にピッタリと合う理想的な部活だった。
カズは、笑顔で頑張れと言って僕を見送ってくれた。
紹介を聞く限り、天文部は今日からも体験入部を開始させるそうだ。
放課後、それであればと僕は天文部へと足を運んでみるつもりだった。
クラス内にて行った自己紹介の時とはまた違う緊張を感じていた。ただ、いつになくやる気を持って、僕は天文部の部室へと向かう気持ちを持っていた。
「健司さん」
そんな僕に、声をかける少女が一人。
淡々とした口調に顔を上げると、そこにいたのは栞子ちゃんだった。
同じクラスになってからというもの、栞子ちゃんとは周囲の目も気にせず、毎日一緒に登下校を繰り返していた。
効率重視、という栞子ちゃんの圧に負けた面が強いが、最近ではそれにも慣れ始めていた。
「そろそろ帰りましょう」
まるでそれが当然のように、栞子ちゃんは僕に言った。
そんな栞子ちゃんに、
「ごめん。今日、体験入部に行こうかと思って」
僕は、珍しくやる気の伴った姿を見せた。
ドスンッ
重めの音が床から響いた。見れば、栞子ちゃんが肩にかけていた鞄が床に滑り落ちていた。
「……え」
驚きの声を上げたのは、僕だった。
「……え」
そして少しして、栞子ちゃんも同じ声を上げた。
「健司さん。部活に入るのですか?」
その声は、いつも違いまったく淡々としていなかった。なんだか驚いているような、そんな感じ。
「いや、まだ入るかは……体験入部で決めるよ」
なんだか少しだけ照れくさくて、僕は頭を掻いて苦笑した。しかしそう苦笑している内に、一つ思ったことがあった。
「栞子ちゃんは、部活に入らないの?」
彼女のスペックならば、どの部活からも引く手あまたになりそうなものだが。
「……あたしは、入りません」
しかし、栞子ちゃんから返ってきた言葉は、予想外の言葉だった。
「え、どうし……て」
と、言いながら思ったことが一つあった。
それは、今日までの栞子ちゃんの態度を見て思ったこと。
彼女は今日まで、まるで所謂社畜、と呼ばれる長時間労働を義務付けられた人達に負けず劣らず、仕事一辺倒な考え方をした人だった。将来が少し不安になるが、そんなことはともかく。
「もしかして、仕事のせい……?」
高校生活での部活動の時間は、人によれば青春と感じることもあるくらいに尊いもの。
それを、栞子ちゃんから自分は奪ってしまったとなれば、結構ショックだった。
青ざめた僕の顔を見て、
「違います」
栞子ちゃんは、淡々と答えた。
「じゃあ、どうして……?」
「話す必要はありません」
再会して数週間。
こうなった時の栞子ちゃんが、頑なな態度になることは、もう僕はわかっていた。
「……そっか」
だから、僕は深く突っ込むことはしなかった。
「それでは、あたしは一足先に帰宅します。ゆっくりしてきてください」
「あ、うん」
足早に教室を去る栞子ちゃんを見届けて、僕は一人考えた。
栞子ちゃんは、どうして部活動に入りたがらないのか。
……さっきは、仕事のことは関係ないと言っていた。
でも、それは本当にそうなのだろうか。
正直、それ以外に栞子ちゃんが部活に勤しまない理由が見当たらなかった。
難しい顔をしていた僕だったが、しばらくしたら教室を後にした。今はとにかく、天文部に体験入部に行こうと思った。
栞子ちゃんの事情は気になるが、当人に体験入部に行くと言った手前、ここで直帰したら面倒なことになりそうだと思ったからだ。
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