第3話 消えたファイル探し

「ジャックと豆の木」


「金太郎」


「う、浦島太郎…というか今日も図書館利用者少ないよな」


「うさぎとかめ。そうですね、多分明後日からテスト期間だからでしょうか?」


「め、め、メアリー・ポピンズ…そうか、明後日がテストか」


「『ず』ってことは『す』だから数学者の夏。」


俺、青葉和樹と、花野陽菜は、水曜の放課後担当の図書委員である。だが、週の真ん中のせいか、ほとんど俺たちの仕事はない。だからと言って職務放棄しながら物語しりとりをするのはどうかとは思うが…。


「つ、つ…鶴の恩返し」


なんとか花野に返す。俺にしては結構、物語しりとりが続いている。


「白雪姫」


なんとか考えて出した鶴の恩返しを速攻で白雪姫、と返されて思わず頭を抱える。


「め?め、めぇ…め…」


「青葉くん、羊みたいですよ?」


「うぅ…」


降参、と口を開きかけたその時…。

バタン‼︎


「図書室です、ドアを優しく開けてください!大きな音は出さないでください‼︎」


「すまん!でも、ちょっといいか、そこにファイルはなかったか⁉︎」


ドアから勢いよく入ってきたのは赤石先生だった。赤石先生ははぁはぁと息切れしながら俺たちにそう聞いてくる。


「ありませんけど…なにか入っているんですか?」


おっとりと花野がそう聞くと赤石先生は大きく頷く。


「あぁ、試しにプリントアウトした…いや、そんなことはどうでもいい!とにかく、見つけても中を見るなよ!あと、見つけたらすぐに教えてくれ!」


「はぁ…もともとどこに置いてあったんですか?」


それを聞かなければ見つけるも何もない。


「職員室に置いて置いたんだけどなぁ…。すまん、邪魔したな!もし見つけたら絶対教えてな!」


そう言って嵐のように赤石先生はさっていった。ボーッと赤石先生が出て行ったドアを見つめているとひらひらと俺の目の前で花野が手を振る。


「ほら、『め』ですよ?早くしりとりを再開してください」


「いや、待て待て!花野はさっきの赤石先生の、気にならないのか?」


もし、『め』から始まる物語を思いついていたら再開したかもしれないが、残念ながらまだ思いついていない。強引に俺は話を変える。


「気になりますけど、物語しりとりの方が大切です。あぁ、文芸部があれば、部内で強い人と物語しりとりができるんでしょうに」


それは、俺が弱いといいたいのか?


「というか、文芸部はないのか?」


「漫研はありますけど、文芸部はないんです…がっかりです!」


それなら、花野は演劇部に入ればよかったのに。物語に関わるのは一緒なんだし…いや、無理か。この前あったように演劇部には公演会がある。花野はもう少しゆるーい部活の方がむいてるのかもしれない。

まぁ、そんなことはどうでもいい。

俺は話がそれたことをいいことに物語しりとりから話を遠ざけるため、さらに話を脱線させていく。


「そういえばさっききた、赤石先生は国語の先生だったよな?」


「はい、そうですよ。そういえばファイル探してたみたいですけど…そこまで重要な書類が入ってるんでしょうか?」


確か、運動が得意な先生だったはずだ。あんなに息切れするほど校内を走って探していたということだろうか?というか、ファイルのあるはずのない図書室に来る時点で相当大切なものなのかもしれない。


「中見るなって念を押されたし、もしかしたらいかがわしいものが…例えば…」


「青葉くん」


ジトっと花野に睨まれて思わず口をつぐむ。この先は言うなということらしい…。


「ですが、その説は違うと思いますよ?赤石先生は職員室に置いていた、と言っていたじゃないですか。普通、そんなもの置きますか?職員室に」


「それに、試しにプリントアウトしたって言ってたしなぁ…」


職員室に置いててよくて、俺たちには見られてはいけないもの…。

うーん、と2人で考えていると久々の図書委員の仕事がやってきた。


「すみませーん、本を借りたいんですけど〜」


「はいはーい」


と投げやりにいうと花野に「態度が悪いですよ!」と咎められる。


「大丈夫だよ、こいつ知り合いだし。な?」


「そうそう、俺は草田大地。和樹のオトモダチ」


そう言ってパチリと花野にウインクを飛ばす。ウインクを飛ばされた花野はただ「はぁ」と気の抜けた声を出しただけで特に何も言わない。


「というかお前、なんでここにいるんだよ。図書室なんて普段来ないだろ?」


「まぁな!普段は職員室で先生たちと話してるし」


大地の恐ろしいところはこのコネ(コネクション)だ。個人的には学校内のほとんどと知り合いじゃないのかと思ってしまうほどだ。いや、実際にそうなのかもしれない。


「で、なんで今日は職員室じゃないんだよ」


「え?だってテスト期間中じゃん?問題が流出しないように、生徒は職員室への立ち入りが禁止されてるんだよ」


カチッと何かが頭の中ではまった気がした。それは花野も同じらしく、退屈そうに聞いていた顔を輝かせる。


「「テストだ(ですね)!!」」


「何?そんなにテストが楽しみなわけ?お前ら変わってんだな」


大地そっちのけで俺たちは議論を交わす。


「つまり、赤石先生がファイルに入れてたのは試しにプリントアウトしたテストだ!」


「だから私たちには絶対に中身を見るなと言ってたんですね!それにあんなに必死に探してたのは中身が見られたら大変だから!」


一気に興奮すると、頭は落ち着くものである。突然、冷静になった頭の中で俺は、一つ恐ろしい疑問が浮かんだ。


「なぁ、テスト問題なくしたことって他の先生は知ってんのか?」


「いえ、知らないんじゃないでしょうか?」


赤石先生は新人の先生だ。今回のミスで立場が悪くなることもあり得る。

いや、もしかしたら、他の先生方が新人の先生をいびるためにこんなことをした可能性も…。


「生徒が盗んだ可能性も出てきますね!」


「…それはないんじゃないか?そもそも、今日プリントアウトしたなんて知る暇はないだろうし、職員室に入り込むなんてリスキーすぎる」


たしかに…と花野は頷く。


「えっーと、さっきから話してること全くわからんのだけどこれ、俺が聞いてていい話?」


あ、そういや大地がいたんだった。花野も慌てたように大地をみる。


「あ、あの、その、今の話は…」


バタン‼︎

デジャヴ感満載の扉を開く音が聞こえ、またもや花野が怒鳴る。


「図書室です、ドアを優しく開けてください!大きな音は出さないでください‼︎」


キッと花野が睨むと赤石先生は首をすくめながら答える。


「すまん。だがここに大地がいると聞いてな。大地、お前コネ広いだろ?ファイルが落ちていたとか聞いてないか?」


どうやら、先生も大地のコネが広いことを知っているらしい。まぁ、確かに大地に聞いた方がファイルが見つかる確率は上がるだろう。


「どんなファイルっすか?」


「バレーをしてる人の絵が描かれてて…」


うーん…と少し考えたが大地はゆるゆると首をふる。


「知らないっすね」


「そう…か…」


俺は思わず口を挟む。


「テスト、まだ、見つからないんですか?」


すると隣の花野に背中を思いっきり叩かれた。

いてっ、なんだよ…。


「あぁ、そうなんだ…って青葉に言ったか?ファイルのなかにテストが入ってたこと」


あ…。

言わんこっちゃないと言うように花野はジトリとこちらをみる。


「まぁ、そんなことはどうでもいい。俺のファイル、見てないか?」


「盗まれた…とかじゃないんですか?」


おずおずと赤石先生に花野が聞く。すると、赤石先生は大笑いしはじめた。


「あはははっ、そんなわけないだろ?先生どおしも生徒たちとも仲は良好だ」


「でも、赤石先生があんまり他の先生と話してるところを見たことないんですけど」


ずかずかとそう言うと、「そんなことないぞ」と赤石先生は答える。


「あんまりみんなの前では話したことがなかったか。数学科の落合先生とは、よくクロスワードをしているし、実は職員室の隣の席の関先生とは、マイナーなんだが同じ漫画が好きでな、たまたま同じグッズを持ってるのを知ってからはすごく仲がいいんだぞ。それに、社会科の竹松先生とは、一緒に旅行に行く約束もしててな、今度、大阪まで行くつもりで…」


「も、もう、十分です!」


花野が急いで止めると、赤石先生は口を閉じる。


「はぁ…俺のファイルはどこにいったんだ…」


「まぁまぁ、先生、元気出しましょ」


大地が励ましている間に俺と花野は仮説を立てる。


「もし、盗まれていないとしたら何でなくなったんだ?」


花野はゴミ箱を見ながら呟く。


「ゴミだと思って捨てられた?でも、ファイルに入ってる書類を捨てることなんて…」


「そうだな…もしかしたら間違えて誰かが持って行ったとか…」


「いえ、それはないと思いますよ?先生、さっき『バレーをしてる人の絵が描かれてて』って言ってたじゃないですか。なかなかそんなファイルを持って人なんて…」


いや、待てよ。

なんで、赤石先生がバレーをしてる人の絵が描かれてるファイルを持ってるんだ?たしかに赤石先生は運動が得意だが、国語科で、部活はテニス部の顧問だったはず…。


「赤石先生、ファイルってどこで手に入れたんですか?」


「あぁ、漫画のグッズでな、ネットで買ったんだよ。まぁ、マイナーだから漫画の名前を言ってもわかんないと思うが」


マイナーな漫画…グッズ…。

っ!もしかしてっ!

隣の花野も気づいたのかハッと目を見開く。


「そのファイル、関先生も持ってませんでしたか⁉︎」


「関先生?持っていたが…まさかっ!」


「多分、先生のファイルは関先生が間違えて持っていってしまってるんじゃないでしょうか?青葉くんはどう思いますか?」


さっき関先生は職員室で隣の席だと言っていた。つまり、可能性は相当高い。


「あぁ、十中八九そうだろうな」


赤石先生は急いで図書館から飛び出す。

多分、関先生に確認しに行くんだろう。


「一件落着…だな」


「そうですね…」


俺たちがホッと息をついてると大地も図書館の出口に向かって歩き出す。


「じゃあ、俺はそろそろ帰るよ」


「あぁ、またな」


ヒラヒラと手を振ると大地は図書館を出て行った。


「そろそろ、俺らも帰る時間じゃないか?」


すでに図書室の利用時間は過ぎている。もうそろそろ図書室を閉めなければいけないだろう。


「まってください。まだ、やりたいことがあって…」


「ん?どうした?」


すると、花野は意地悪そうにニコッと微笑み告げる。


「物語しりとりの続きをやりません?『め』からですよ?」


「ゔっ…」


もしや、俺がわざと話を赤石先生のファイルの話にしたのがわかってるのだろうか?


「これからは思いつかないからって勝負をうやむやにしないでくださいね。はい、青葉くんの番ですよ?」


「…降参です」


満足そうに頷き図書館から出て行った花野の後ろ姿をみて俺は悟った。


まだ、花野には勝てそうにないな、と。



俺たちの暇な水曜日の放課後はこれからも続いていく。

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