91『覆い隠すように、あるいは曝け出すように』

 ──12月25日、クリスマス当日。オレは永遠とわさんとの約束を果たすため、そして三期生みんなで行うクリスマスコラボのために、オンライブ本社を訪れていた。

 スタッフさんからたくさんお菓子の入った大きなクリスマスブーツを貰って、それから永遠さんに指定されたスタジオまで案内してもらった。スタッフさんにお礼を言って中に入ってみれば、そこには歌祭りの時に見たものとよく似た光景が広がっている。あの時と大きく違うのは、ステージに大きなディスプレイが三つ置かれていることと、用意されている席がステージ正面の大きなソファしかないことだろうか。

 ……えっ、これほんとにここであってる? なんかめちゃめちゃしっかりした設備してるし、スタッフさん達も大勢準備してるしで、オレのためだけに用意されたスタジオにはとてもじゃないけど見えないんだけど…?


「やぁ、お疲れ様」

「ひゃっ!?」


 周囲を見渡して一人訝しんでいると、いきなり耳元で囁かれる。つい驚いて体勢を崩してしまったが、すぐに柔らかい何かに抱き止められた。しかもいい匂いまでする。


「……お疲れ様です」


 と、柔らかさと匂いを堪能したのも束の間、頭の上から聞こえてきた声に盛大にビビりながらもゆっくりと顔を上げてみれば…そこにはオレのマネージャーである泉水いずみさんの顔が。そして正面、オレをこんな窮地に追い込んだ張本人である神無月かんなづきさんはと言えば、お腹を抱えて大笑いしていたのだった。



「いやぁ、面白い…じゃなくて、大変な目に遭ったね」


 どの口が、と思いながらも口には出さず、静かにそうですね、と返す。泉水さんはあの後すぐにどこかへ行ってしまった。周りのスタッフさん達みんながビビるようなオーラを纏って。うぅ…思い出すだけでも身震いがする…。あ、後でオレ怒られたりしないよね…?


「ごめんごめん。後で彼女には私の方からしっかり謝っておくから…まぁ必要ないと思うけど…それより見てよ、このステージ! あかりさんのためだけに用意したんだ」

「え、ほ、本当にこれ、お…わたしのために…?」

「そうだよ? 今年一年頑張ってくれたあかりさんへのクリスマスプレゼントってことで!」


 ま、マジでこれ、オレのための用意だったんだ…す、すごい…!


「ふふ、一応名目上は今日の夜あるイベント配信のリハーサルということになってるけど、気にしなくて大丈夫。あっ、彼女の方も準備ができたみたいだよ?」


 神無月さんに釣られてステージの方を見てみれば、ちょうど永遠さんがやって来たところだった。Vtuberの永遠遥歌はるかのコスプレで。……えっ? なんか推しが現実に出てきてるんだが?? 元々の素体の良さもあるんだろうけど、衣装も頭のおかしい(褒め言葉)出来に見える。というか、あの衣装どこかで見たような…?


「おっ、さすがあかりさん。うん、そうだよ。あれオンライブフェスの時に展示されてた衣装。サイズは少し直したけどね」


 せっかくの機会だし、と事も無げに言い放つ神無月さん。大事に保管されているものとばかり思っていたがこんなことに使っていいのかな…? しかしそんな考えはステージに上がった推しからの、無表情ウインクの破壊力によって一瞬にして吹き飛ぶことになった。

 またしても倒れそうになり、次は神無月さんに抱き止められる。そしてそのままステージ正面に用意されていたソファにそっと運ばれた。


「あとは二人でごゆっくり」

「ひゃっ、は、はい…」


 またしても耳元で囁いてから、本当に最小限のスタッフさん達を残して神無月さん達はスタジオから出て行ってしまった。


『始めるよ、あかり』


 ステージの大きな三つのディスプレイが点灯し、3Dの永遠さんの姿が映し出される。

 夢のような時間が、ひっそりと幕を開けた。







 ……本当に、ほんっっとうに、夢のような時間だった。永遠さんが今日歌ってくれた曲は、どれもオレが歌ったことのある曲で、単純に上手いというだけでなく、どこかオレを導いてくれているような…こう歌えば、こう表現すれば良いと教えてくれているような感じがした。

 とはいえ、後半は度重なるファンサ(ウインク、手を振ってくれる、名前を呼んでくれる等々)により限界を迎えてしまい、ついでに涙で視界も滲んでいたので記憶が曖昧ですらあるのだが…それでも一生モノの思い出になったことは言うまでもないだろう。


 今日のセトリを全て歌い終えた永遠さんはと言えば、今オレと並んでソファに座っている。全ての歌に全力を込めたからだろう、彼女の息はいまだに荒い。

 クリスマス配信まではまだ時間があったので、二人であの歌はどうだった、この歌はこうだったと話をする。永遠さんはオレと感性が似ている部分があるのか、歌に持つ印象みたいな、抽象的な話ですら一致することがあって驚いた。


「やっぱり私とあかりはよく似てる」


 一部分を除いて…と、永遠さんはオレの胸のあたりに視線を落としながら言っていた。

 そんなオレ達が唯一、真逆の印象を持ったのは、フェスの時にオレが歌った…というより歌わされた『例えこの夜が明けないとしても』という歌についてだった。


「暗闇に負けないくらいの強い光、もしその光がなかったとしても暗闇を見つめるという決意」

「押し潰されそうなほどの暗闇、目を背けたいけど、背けたら終わってしまうという恐怖」


 永遠さんはじっとオレの瞳を見つめてから、笑った。


「嫉妬してしまうくらい、良い変化だと思う」

「変化って…」


 フェスの時の歌と比べて、かな…? あの時は突然すぎてまだ言語化なんて到底できていなかったけど、今とそう変わらない印象を持っていた…と思う。

 オレのそんな様子を見てもう一度柔らかく微笑んで、永遠さんはどこか懐かしむように続けた。


「初めて聴いたのは、カラオケでだった」

「カラオケ…?」


 急に。


「覚えてなくてもおかしくない。あかりはあの時とても焦ってたみたいだったから」


 触れてはいけないものに。


「次に聴いたのは──」


 触れてしまったような。


「──三期生のオーディションの時」

(……ああ)


 ずっと、ずっと仕舞い込んでいたモノの蓋が、開いてしまった。

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