92『そして夜が訪れた』

 これは私の宝物だと言って、永遠とわさんは彼女が…本当の星宮ほしみやひかるがオーディションに送った歌を聴かせてくれた。永遠さん、それにさくらちゃんは三期生のオーディションの審査員もしていたらしい。この歌を聴いて、二人は彼女こそが三期生に相応しいと決めた。

 その歌は今のオレと比べれば決して上手いとは言えない出来だったけれど、そこには確かに、強い想いと多くの努力が感じられた。積み重ねた痕が、そこにはあった。


 オレはずっと、オレと彼女が「同じ」だと思っていた。努力なんて言葉とは無縁で、変えたいとは思うけど結局は思うだけ。でもそれは違ったらしい。彼女はオレなんかと違って努力して、頑張って、Vtuberになろうとしていた。


 よいあかりに、なろうとしていた。


 少し考えれば、きっとそれはすぐ分かることだったと思う。けれどオレは見て見ぬふりをして、ずっと奥に仕舞いっぱなしにしていた。


 今が、これまでのどんな時間よりも楽しかったから。

 今という大切な時間を、壊したくなかったから。


 だけどもうダメだ。


 永遠さんはオレがこれまで見たことのない、無邪気な笑顔でオレに、オレじゃない本当の星宮ひかるオレに向けて言う。


「あかりはずっと頑張ってきたんだね」


 違う。オレは何もしてない。ただ、彼女から奪っただけだ。その後だって、ただ周りに流されてきただけ。何一つ、自分から頑張ろうなんてしなかった。


「あかりの歌、私はすごく好き」


 違う。その歌はオレの歌じゃなくて、彼女の歌だ。彼女が積み重ねて、努力して、ようやく手に入れた力だ。オレはそれを自分の力だと勘違いして、さも当然かのように振りかざしていただけ。


「これからも、あかりを応援させてね」


 オレは、これからも…これからも、宵あかりを続けて本当にいいのかな。



 ぐるぐると、回っている。オレのこと。本当の星宮ひかるのこと。宵あかりのこと。これまでのこと。これからのこと。


「緊張してる?」

「う、うん…そう、かも…」

「あかりなら大丈夫。いつも通りにやればいい」


 そんな中でもオレは、いつも通りを装えていた。今までのVtuberとしての経験が、オレを演技上手にしていた。プロト宵を演じるように、いつもの自分を演じる。…いや、これも彼女が元々持っていた力なのかな。さすがに、ほのかちゃんから「もしかして、永遠遥歌はるかに何か言われた?」と言われた時は驚いてしまったけど、「推しのソロライブの余韻が残ってて…!」なんて、我ながら上手く誤魔化せたと思う。

 みんな本当にオレのことをよく見ていてくれて。だからこそ、百々ももちゃも、仄ちゃんも、秋風あきかぜさんも、ゆいなちゃんも、まおー様も、リスナーさん達も、宵あかりになってから出会った素敵な人達はみんな、オレが本当の星宮ひかるから奪ったものなんだと思うと、心が痛んだ。


 スタッフさんからもうすぐ配信が始まる旨を伝えられて、配信用の機材の前へと移動する。みんなが楽しみに待っているクリスマス配信を、オレ一人のせいで台無しにはできない。まださっきの話がぐるぐるしているけど、深く考えるのは一旦後に…。


(…また後回しにして、奥に押し込めば済むと思ってる…)


 あんな話を聞いてもなお、きちんと向かい合おうとしない自分が、目の前のことに夢中になって逃げようとする自分がいる。オレは結局、どうしようもないほどそういう人間らしかった。



【#クリスマスもオンライブ】三期生クリパ!!!【オンライブ】

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【クリスマス配信助かる…】

【やっぱり三期生は家族なんやなって】

【このままクリパから忘年会して年越し配信しろ】

【あけおめ配信も頼む】

【宵はサンタ信じてそう】

【サンタクロースをいつまで信じていたか、なんてのは他愛もない世間話にも云々】

【宵がサンタ来るまで見張る配信をする回】

【サンタはマジでいるんだよなぁ】

【サンタさんは良い子の所にしか来ないので残念だが宵の所には…】


『あかりちゃんは良い子です!!!』

『あかりはとっても良い子』

『あかりは良い子だろう』


【うわ出た】

【いつもの…と思ったら一人多いな!?】

【おせいそ…】

【こーよー…お前まで…!】

【こーよーからしたら都合は良い子だろうが…】

【父、母、ペットの図】


『ペット!? …いや、だが…』

『じゃあ私はお姉ちゃんで! 前にゆいなお姉ちゃんって呼んでもらったし! まおー様は妹ね! 末っ子!』

『そうじゃな、我は妹で末っ子…完全に見た目で決めてるじゃん! ウチこう見えてもリアルお姉ちゃんだからね!?』

『リアルって魔界でってこと??』

『普通に末っ子だと思ってた。それか一人っ子』

『まぁよく言われます…ってそうじゃなくて!』


【母:百々ちゃ、父:仄ちゃん、長女:ゆいゆい、次女:宵、三女:まおー様、ペット:こーよー】

【あまりにも濃い家族すぎる…】

【敬語になっちゃってるまおー様狂おしいほど好き】

【次女がポンすぎて末っ子がまともになったんだろうな…】

【こーよーはそれでいいのか】

【ちょっとペット扱いもいいかもってなってない??】

【お姉ちゃん呼びに悔しそうな仄ちゃんで草】

【宵もなんか言え】

【なんとも言えない表情してんな宵】

【さすがにまおー様末っ子は解釈違いだったか】


『ん、ん゛っ! あー、付き合っておったら身体がいくつあっても足りないのでな、話を進めさせてもらうぞ』

『よっ、司会進行のまおー様!』

『父でありお姉ちゃんはさすがに欲張りすぎ…? いえ、でも…』


【欲張りすぎどころの騒ぎじゃないだろ!】

【何言ってんだこの清楚枠…】

【どれだけ業の深い家族なんですかね…】

【司会進行の魔王(二つ名)】

【逆に強そう】

【たぶん強すぎて皮肉られてるやつ】


『では、まずはあかりのクリスマスソングからじゃ! お主の歌唱力でこやつらを黙らせてやってくれ、あかり!』


 まおー様の言葉に合わせて音楽が流れて、オレは歌い出す。


『』


 歌い、出す。


『』


 歌い、出そうとする。


『あかり…?』

『あかりちゃん?』


 BGMが流れる中で、二人のそんな言葉だけが、オレの耳に届いた。


(あれ……)


 歌うって、声を出すって。


 どうやるんだっけ。












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    オンライブ公式✓

    @ON_Live                …


 【宵あかりお休みのお知らせ】


 弊社所属の 「宵あかり」 の活動につきまして

 日頃応援していただいているファンの皆様へご案内です。

 宵あかり本人と今後の活動について協議を行い、

 当面の間は配信活動及びSNSを休止させていただく運びとなりました。


 本件のお問い合わせにつきましては、

 弊社所属タレントへの直接のお問い合わせはお控えください。

 ファンの皆様へはご心配おかけしてしまいますが、

 今後とも宵あかりの応援をよろしくお願いいたします。


午後10:28 · 20XX年12月25日·392.8万件の表示

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  o〇 1907     ↺ 1.6万     ♡ 5.4万      □ 1099    ↑

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