60『イベント会場はワクワクと異世界感で溢れている』
──ポロン、ポロンと、どこかで大きな音が鳴っている。
「………んぅ……」
うるさい。とてもうるさい。せっかくすごく良い気分だったのに。音から逃げるように布団に潜り込む。少しだけマシになった。気にならないわけではないけれど、これなら大丈夫そう。
「……すー…すー…」
それからどのくらい経っただろう。この吸い込まれていくような、落ちていくような感覚は本当に気持ちいい。その感覚に全てを委ねていると、何度も何度も、まるで諦めるということを知らないかのように鳴り続けていた音も静かになった。そして、その代わりに聞こえてきたのは誰かの声。
「──て」
誰の声だろう? 何度も聞いたことがある、けれどその声とは少しだけ違う声。
「──きて」
…そういえば前にもこんなことがあったような…?
「起きて、ひかるちゃん!」
「
「あうっ」
ゴッ、という鈍い音がしておでこに痛みが走る。眠気は一瞬にして吹っ飛んでしまった。そして目の前には同じくおでこにダメージを負ったのか、その場所を抑えながら蹲る仄ちゃんの姿が。…仄ちゃん!?!?
「いや、え、な、なんで仄ちゃんが…!?」
「いたた…お、おはようひかるちゃん」
あまりの出来事にフリーズしてしまう。ここはオレの部屋で…いやオレの部屋じゃない?? ホテルっぽいような…ああ、そういえば昨日は泊まりだったんだっけ。いやだとしてもなんでオレのベッドの上に仄ちゃんが…?
痛みから立ち直ったらしい仄ちゃんがオレの方をじっと見つめる。距離感が明らかにおかしい。いつもよりもずっと近くにいて、お互い顔を見合わせているのだ。…初めて会った時は、この溢れんばかりの陽キャオーラが少し…いや、正直かなり苦手だった。でも今はそこも含めて彼女のことが友達としてす…好きだし、話していて楽しいとそう思う。
一瞬のような、あるいはすごく長い時間が経ったような。オレを見つめていた仄ちゃんがすっと手をオレの顔に近づける。目を離せず、拒めない。そうしてその手が顔へと触れようとしたその瞬間だった。
「──ひかる、起きたなら早く顔を洗って着替えて」
「あっ、う、うん!」
「朝食も買ってきたから、時間はあんまりないけどしっかり食べること」
「あ、ありがと百々ちゃ…」
眠気はもはやどこへやら。これまでのどんな朝よりも目が冴えている。
結局、顔を洗って、服を着替えて、買ってきてもらった朝ごはんを食べても、まだ落ち着くことなく心臓はバクバクと鳴り続けていた。
◇
「──みんなおはよう! 今日からいよいよイベントが始まることになる。見に来てくれる人達を楽しませることはもちろんだけど、何より君達が楽しんでやれることが重要だよ。それを忘れないでやっていこう!」
「よかった、間に合ったんだな…三人ともおはよう」
「うん、おはよう」
「おはよー!」
「お、おはようございます…」
オレが寝坊しないか心配してくれていたらしい
「おはよ」
「おはようございますっ」
今日の、あるいは明日のイベントで絡むことになる先輩方と話していたらしいゆいなちゃん、まおー様もオレ達の姿を見て寄ってきてくれた。まおー様は元気いっぱいに見えるけれど、ゆいなちゃんは寝不足気味な顔をしているように見える。もしかしてオレと同じで夜更かししてたのかな…? オレのそんな考えを察したのか、ゆいなちゃんが口を開いた。
「こいつが何度も懲りずに部屋から脱走しようとしたからさ…」
「こいつ!?」
「えっ、も、もしかして二人は昨日、一緒の部屋で…?」
「まぁ仕方なく…」
す、すごい…なんと二人は昨日一緒の部屋で夜を過ごしたらしい。しかも部屋から逃げようとする仄ちゃんをゆいなちゃんが止めただと…!? これとんでもなく火力の高い情報じゃない?? ありがたい…。
オレが「ほのゆい」、いや今の情報から考えると「ゆいほの」に感動していると仄ちゃんが「違うよ、違うからね!」と言ってきたのでよく分からないけどとりあえず「うん」と?マークを浮かべつつも頷いておいた。それと同時に、やはり今朝の出来事は陽キャ特有の距離感の近さが生んだ、ちょっとしたトラブルだったのだと確信する。あるいは白昼夢…だっけ? 的なやつだ。間違いない。
「絶対ひかるちゃんに勘違いされちゃったじゃん!?」
「私はちゃんと事実を言ったでしょ…」
「ひかるちゃん相手なんだからもっとちゃんと分かりやすく伝えないと!
なんか急に刺された気がするけど気にしないでおくとしよう! 世の中気にしない方がいいことが山のようにあるからな。
「それじゃあステージイベントの流れを通して確認していくよ!」
再び神無月さんの声がマイクを通して響く。こうして朝早くイベント開場前の最終確認が始まった。
◇
…特段のトラブルもなくリハーサルも順調に進んで無事終わり、イベント開場まで残り一時間と少しを残すばかり。珍しく? と言うべきかオレも怒られることなく、何ならいつもの配信と同じように自然体でやれていたと褒められた。と言ってもこのリハーサルでは全体の流れと機材の確認が主で、触りくらいしかやらなかったし、来場者の人もまだいないので本番になるとまた雰囲気が全然違うとは思うが…うう…考えるだけでもお腹痛い…。
もう正○丸飲んだけどもう一回飲むべきか…でもちゃんと用法用量を守らないとだよね…などと準備の喧騒に耳を傾けながら考えていると、先程まで忙しく動き回っていたはずの神無月さんが目の前にいた。
「お疲れ様、
「あっ、お、お疲れ様です…」
珍しく神無月さんからも
「な、何かご用でしょうか…?」
「始まる前の会場を見に行こうか」
「え」
「今しか見れない、
後半の言葉は他のライバーさん達や手の空いているスタッフさん達に向けたものだろう。それを受けてちらほらと人が集まってきた。ほら、と言われて神無月さんに手を取られて歩き出す。気が付けばオレと神無月さんが大所帯の先頭にいる形になっていた。ひええ…。
「ふふ、ツアーガイドさんになった気分だ。さぁさぁみなさんしっかりついてきてください!」
「「「はーい!」」」
すっかり怯えてしまっているオレとは正反対に神無月さんはいたずらっ子のような笑顔を浮かべながらそんなことを言う。元気のいい返事まで聞こえてきた。ええ…?
「まずは今いるここ! ステージイベントが行われる透明大型スクリーンをはじめとする各種設備と客席を備えた会場だよ! 技術面での詳しい解説をしたいところだけど実はあんまり時間がない! というわけで私達の、そして見に来てくれる人達の夢を叶えられる、とってもすごい技術であるということだけ覚えておいてねー!」
「「「はーい!」」」
再び元気のいい返事。みんなノリが良すぎない?? そしてそれを聞いて満足げな神無月さん。まだ繋いだままの手を引かれて会場を進んでいく。
「さて、さっきの会場のお隣へとやって来ました! こちらは展示や物販が行われる会場です! さっきの会場もそうだったけど誰もいないイベント会場はとっても不思議な感じがするよね? ブースも物販も準備万端なのにまだ誰も並んでない! 始まったらいったいどれだけの人が並ぶことか…あ、はい星宮さんこれあげる!」
「えっ!? あ、ありがとうございます…!」
神無月さんから渡されたのは一期生四人のイメージカラーをした、3Dライブ用のロゴ入りペンライトセットだ。物販で売られている物の一つで、是非とも手に入れなければ…と思っていたアイテムの一つである。え、普通にすごい嬉しい…!
「さぁどんどん行くよー! お次は――」
◇
「というわけで、開場前限定ツアーでした! みんなお付き合いいただきありがとう!」
「「「こちらこそー!」」」
気が付けば開場までの時間も残り僅かとなり、みんなで回るツアーもお開きとなった。一人につき一つ用意された大型パネルに映し出されたライバーさん達のイラストや、実際に作られた衣装に、特設ブースの数々。そして行く先々でどこからともなく神無月さんが取り出して渡してくるフェス限定のグッズ達。あんなに緊張してお腹が痛かったはずなのに、今や期待感でいっぱいになっている。もしや神無月さんはこのためにあんなことを…?
「ふふふ…もしかしたら本当にツアーガイドに向いているかもしれないな…」
…いや、単純に本人がやりたかっただけかもしれない。でも緊張が解れたのは確かだ。これから出番の
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