58『怖い人が怖いのには大抵理由がある』

「あかりちゃん! 先輩達に何かされなかった!? いきなり身体を触られたりとか!!」

「ええ…」


 先輩達との打ち合わせを辛くも乗り切り、その後いつものごとく迷子になっていたところを百々ももちゃに救われようやく訪れることができた休憩室。

 三期生のみんなが待っているというその部屋に入ると開口一番、慌てた様子のほのかちゃんからそんなを言葉をかけられた。


「どういう心配ですかそれ」

「先輩方に失礼じゃないか」

「どっちかって言えば一番そういうことしそうなのは自分の方じゃない?」

「仄はたまに自分を棚に上げることがある」


 案の定、三期生みんなから総ツッコミを受けている仄ちゃんに「だ、大丈夫…」と前に約束したように敬語を極力使わないよう答え、ソファーに座る。ひえっ…なんか次はめちゃめちゃ感動してる…。


「み、見た…!? いや聞いた!? あかりちゃん私に敬語とかなしで普通に話してくれるようになったんだよ!?」

「それは羨ましいしすごい事だと思うが…」

「この人のことは置いといて…お疲れ様、あかり。先輩達の中に一人は大変じゃなかった?」


 ゆいなちゃんが手慣れた様子で仄ちゃんをあしらいながらオレに言う。二人のこういう気軽さというか、遠慮のなさは見てて楽しい。Vtuberとしての二人の絡みとはまた違った間違いない美味しさだ。


「えと…あ、天空あまぞら先輩とミラ様…先輩が、いろいろ気を遣ってくれたので…」

「まぁ不安そうにしてるよいさんを見たら放っておける人はそういないですよね!」

「まおーちゃんもわりと放っておけない見た目してると思うよ」

「もしかして今私のことロリって言いました??」


 みんな揃うとやはり賑やかなもので、会話が止まることなくどんどん進んでいく。以前なら間違いなく気後れしていただろうが、不思議と今は居心地良く感じられた。まぁ相変わらず自分からはなかなか会話に入れないけど!


「そういえば百々とまおー様二日目司会やるんだっけ? おめでとう!」

「ありがとうございます! でも総合司会じゃないですよ、企画の時にちょっと幽世かくりよ先輩と因幡いなば先輩に代わってもらうだけで」

「ありがとう。まおー様はともかく私もとは思わなかった」

「一人はさすがに怖かったのでめっっちゃ感謝してます」


 二人は二日目にクイズ企画で司会をやるらしい。確か来場者の人達からもヒントを貰うことができて、それらを活用しながら参加者、つまりライバーさん達がクイズに答えていくという企画だったはずだ。打ち合わせで渡された資料を見ていた時「うわこれ見てぇ~」と思ってイベントのページを隅から隅まで眺めたのでよーく覚えている。

 てか夏祭りのリレー配信で百々ちゃとまおー様コラボしてたの見た時も思ったけど、この二人ってかなり相性良いと思うんだよね。オレと一緒じゃない時の百々ちゃって無表情でボケること多いから、表情豊かでツッコミ気質なまおー様との組み合わせはとても映えるのだ。ありがとう「ももまお」…。ありがとう運営さん…。


「あかりは初日の開会式が終わって一発目の企画なんだな」

「え゛っ」

「運営さんよく分かってる!!」

「どうどう」

「それと夕方近くにある先輩達とのトーク企画だね」


 ん??? 後半はともかく、初めの方でなんかとんでもないことが聞こえたような気がしたんですが????

 聞き返そうと声を出そうとした瞬間、休憩室のドアがノックされた。ドア近くに座っていた秋風あきかぜさんが「どうぞ」と返事をすると、部屋へ入ってきたのはオレのマネージャーさん…泉水いずみさんだった。


「こちらにいらっしゃいましたか」


 お疲れ様です、三期生の皆さん。と泉水さんが続ける。みんながお疲れ様です、と返すのに合わせてオレも――それとなーく気配を消して隣に座る百々ちゃの影に隠れつつ――小声でお疲れ様を言った。


「…まだ何も言っていませんが、隠れようとしているということは何か怒られる心当たりがあるということですか?」


 …が、しかしその努力は初めから無駄だったようだ。泉水さんのちょっと疲れ気味な鋭い瞳はバッチリとオレをロックオンしている。綺麗な人のそういった表情は妙な凄みあってとても怖い。…てか今のはとっさに、半ば脊髄反射的に隠れただけだったけど…これもしかして本当に怒られるやつか!?


「あかり」

「うっ、は、はい…」


 百々ちゃにも早々に見放されてしまい泉水さんの前に差し出される。ちなみに仄ちゃんはなぜかゆいなちゃんに取り押さえられていた。

 …たぶん悪魔に捧げられる生贄とかの気分はこんな感じなんだろうなぁと思いながら、泉水さんに連れられて隣の空いていた部屋へと移動する。ふー、という小さなため息の音。そして続くのはもちろん小言…


「宵あかりさん」

「はい…」

「チャットでも既にお話させていただきましたが…先日の記念ボイスの件、誠に申し訳ございませんでした」

「うぅ…はいスミマセンスミマセン…えっ??」


 …ではなかった。


「それと…その直後の対応ですが、とても機転の利いた対応であったと思います。こちらのミスを逸早くカバーしていただき、本当にありがとうございました」

「え、と…ど、どういたしまして…?」


 僅かに、ほんの僅かにだが…泉水さんが微笑んでいる…ように見えた。彼女のそんな表情は初めて見たかもしれない。

 …どうやら今回は本当に怒られなさそうだ。確かにあの時はどこからどう見てもめっっちゃオレ頑張ってたもんな! ぐっじょぶあの時のオレ! いやーよかったよかった…。


「――ですが」


 ――なんてことはなかった。まさに感情のジェットコースターである。僅かに見えた気がした微笑みはオレの見間違いとばかりに消え去り、声も心なしか先ほどよりも低い。即ち…怒る時の声と雰囲気だ。


「その後の配信で起こした件については、再度厳重注意をしなくてはなりません。獣王ししおう百々さんが保護者の方に素早く連絡してくださったおかげで前回のような最悪の事態は回避することができましたが、だからと言ってそれでよいというわけではありません」

「は、はい…」

「これはあなたの身を守るための注意でもあります。くれぐれもお忘れになりませんよう、お願いいたします」

「はい…本当に申し訳ありませんでした…」


 あの時のオレのバカ! と過去のオレを罵倒しながらひたすらに謝る。うぅ…スミマセンスミマセン…。


「…一人のファンとしても、これからも宵あかりさんが活動を安全に楽しく続けていくことができますよう、何卒よろしくお願いいたします」

「えっ」


 ひ、一人のファンとして…? オレが毎度迷惑をかけまくってしまっているあのマネージャーさんが…?


「それでは、これで失礼いたします。お時間を要してしまい申し訳ございませんでした」

「い、いえ! こ、こちらこそ本当にすみませんでした…!」


 軽く会釈し、泉水さんは部屋を出ていく。

 休憩室へ戻り、再びみんなの会話に耳を傾けながらも、さっきの言葉がなかなか頭から離れなかった。



「こちらにいらっしゃいましたか。お疲れ様です、三期生の皆さん」


 ――私、泉水雪乃ゆきのにとって、Vtuberの、もっと言えば『宵あかり』のマネージャーという仕事は、文字通り天職であったと言う他ない。私は三期生の皆さんが来るまで一期生である永遠とわ遙歌はるかさんのマネージャーをしていた。彼女も表情に乏しいようで、その実表情豊かで可愛らしい人だったが、宵あかりさんはそれ以上だ。彼女の表情の豊かさは本当に凄まじい。本来は口を出すべきではないのでしょうけど、ついアバターの表情を作る際にも細かいことを神無月かんなづき副社長に要望として言ってしまったくらいには、彼女は表情豊かな人だったのだ。


 さて、その件の彼女は…いたいた。獣王百々さんの隣に、隠れるように身を縮こませながら座っている。小動物的可愛さにクラっときそうになったけれど何とか耐えて、彼女に目線を向けながら話しかける。私の様子から要件を察してか、三期生の皆さんはそっと逃げようとする彼女を私の前へと差し出してくれた。この絶望してる表情…うーん最高ね…。


 隣の部屋に移動して先日の、彼女のボイスについてあった諸々の事について話をする。いつものように、努めて表情は冷静に。でないとすぐ、緩んだ表情に…というか、お見せできない表情になってしまうもの。


「――その後の配信で起こした件については、再度厳重注意をしなくてはなりません」


 怒られた時のシュン…とした表情も最高of最高ね。こんな表情を見れられるのはおそらく世界で私くらいでしょう。三期生の皆さんは彼女を叱るようなことはほとんどないでしょうし、神無月副社長も同様。つまりこの表情は私だけのものということ。また表情が緩みそうだわ、なんとか保たないと…平常心、平常心…! …仕事が関係なかったらすぐにでも抱きしめて「ああ゛あ゛っーーー!!!!」って叫んでるのに…!!!


「一人のファンとしても、これからも宵あかりさんが活動を安全に楽しく続けていくことができますよう、何卒よろしくお願いいたします」


 決まった…! あくまでも世間的イメージであるクールで厳しいマネージャー像を崩さず、そして僅かに私の本心を滲ませる…ふふ…我ながら完璧だわ…! あっ、その表情!! すごい良い!! そうよね、意外よね! 呆気に取られた表情なんて今後見れるかどうか分からない超レアだわ…写真撮りたい…。


 こうして、宵あかりさん…星宮ほしみやひかるさんとの会話を終え、部屋を出た。写真は撮れなくても、心に刻み込むことはできるもの…今日の表情は絶対に忘れないわ…。

 仕事はきっちりと果たしつつ、舞台裏の彼女を堪能する。やっぱり間違いなく天職ね…。彼女が今後どんな表情を見せてくれるのか、いや魅せてくれるのか、楽しみで仕方ない。


「泉水さんなんか良いことありました?」

「いえ別に」


 オフィスへ戻った後、同僚からかけられた言葉に短く返しつつ表情を引き締め直す。今日も今日とて、私は夢のような職場にいた。

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