57『君って個性的だよね、は別に褒めてないことがほとんど』

「――それでは、実際の当日の流れについて私からご説明させていただきます」


 あの神無月かんなづきさんの衝撃の連絡から数日が経ち、今日。

 オンライブの本社では、オンライブフェス当日一緒にステージに上がるというメンバー…即ち一期生、二期生の先輩方四人と、結局神無月さんの話を断ることなど到底できなかったオレ…よいあかりが会議室に集まっていた。


「事前に共有させていただいた資料ではありますが、改めて印刷した物をお手元にご用意いたしております。つきましては――」


 今、前に出て説明をしてくれている女性は、いつも大変お世話になっているオレのマネージャーさん、泉水いずみ雪乃ゆきのさんだ。少し疲れたように見える目元はなんだか百々ちゃに似ていて親近感が湧くのだが、実のところ怒られまくっている印象が強すぎて(オレの自業自得なのはよーく分かってるけど!)ちょっとだけ苦手だったりする。それでもこの超絶アウェーな場所では唯一しっかりと話したことがある人なので、顔を見た時は少し安心したりもした。

 …そう。問題なのはオレの周りに座っている人達なんだよな…。


「二日間あるイベント日程のうち、初日のメインパーソナリティーは春乃はるのさくらさんと永遠とわ遥歌はるかさん。お二人にお願いします」

「はい、頑張ります!」

「合点承知」


 まずオレから見て左隣。そこにはオレの初めての推しである二人…桜ちゃんと永遠さんが座っている。永遠さんとは歌祭りの時にステージで少しだけ、対面で会って話したけれど…うぅ…やっぱり顔が良すぎる…儚げな雰囲気も相まって触れたら壊れてしまいそうな気すらしてくる。けどその「I♡桜」ってプリントされた謎Tシャツは…?


「あかりも着る?」

「う゛ぇっ!?」


 そう言ってどこからともなく謎Tシャツを取り出す永遠さん。断る間もなくはい、と手渡されてしまった。


「オーバーサイズなのであかりも着れる…はず。一部分がキツいという説はある」

「は、はぁ…」

「…お二人とも、よろしいですか?」


 泉水さんにじろりと視線を向けられ永遠さん共々サッと前を向く。…この動き、さては永遠さんも怒られ慣れてるな?? 再びお話を聞くモードに入りつつ渡されたTシャツをよく見てみると、プリントされている文字が永遠さんが着ているものとは違うことに気付いた。これは…「I♡遥歌」…!?

 永遠さんへバッと視線を向けてみれば、表情に乏しいながら「むふー」みたいな、満足げな表情をしている…気がする。特別賞といって歌祭りの時に貰った彼女のボイス入り目覚まし時計といい、こういうグッズを作るのが好きなんだろうか。


 ちなみに目覚まし時計はしっかりとアクリルケースの中に保管して飾っている。壊れちゃったら嫌だし。一応一度使ってみたけど、推しの声で起きるというのはすごい体験だった。ただ目覚まし時計なのに「私も一緒に寝る」とか「お隣、お邪魔します」とか果ては「遥歌の隣、空いてますよ」、とか…起こそうとしてないボイスが多かったけど…まぁオレの場合、推しと一緒に寝るとか緊張して無理なので逆に即起きることができたが。

 …しかしあの目覚まし時計、特別賞で誰に渡すか決まってない物のはずなのに、収録ボイスがあかり呼びだったのはどういうことだったんだろう…?


「今回集まっていただいたこの五人のメンバーでのトークショーを始め、お二人には初日全てのイベントで司会進行役をお任せすることになります。3Dライブも実施予定ですので負担も大きいかと思いますが、何卒よろしくお願い申し上げます」

「結局、アタシ達はまだ3Dモデル貰えないんだな」

「そのようですね…少し残念ですけれど」


 さて話は戻ってオレの右隣。こちらには二期生のミラ・エインズワース先輩こと、ミラ様と天空あまぞら竜乃りゅうの先輩の二人が。ミラ様はおしとやかなお姉さんの雰囲気を話し方や見た目、振る舞いからひしひしと感じられる。始まる前にお菓子もくれたし絶対良い人! 一方、天空先輩の方は…何というか、正直言うと少し怖い…かもしれない。だってちょくちょくこっち睨んでくるんだもん!

 と、そんなことを考えているとまたちょうど天空先輩がこっちを睨ん…見てきた。しかも今回は目がバッチリ合ってしまった。ひええ…。


「…おい」


 そ、そんなにオレの何が気に入らないんだよぉ…何も悪いことや迷惑になることなんてしてない…それどころかまだ接点だってないじゃん…。


「おいって」

「ひゃっ、ひゃい…!」


 いきなり話しかけられてビビッて変な声が出てしまった。一応頑張って声を抑えたつもりだったが、それなりに大きい声だったからか泉水さんに睨まれてしまう。前門のなんちゃらと後門のなんちゃら…。

 シメられる前に、せめてオレが悪い陰キャでないことをなんとか伝えようと頭をフル回転させる。しかしオレの頭フル回転なんて当然大した性能は出ず…結局、先に口を開いたのは天空先輩の方だった。


「ちょくちょく俯いてたけど、もしかして体調悪い? 大丈夫か?」

「あっはいごめんなさいぃ……えっ??」

「ん…?」


 お互い予想外の反応だったからからか、二人して顔を見つめ合い疑問符を浮かべる。ここでも先に状況を理解して話し出したのは天空先輩だった。


「……あぁ、そういうことか…。ごめん、たぶん怖がらせちゃったんだよな?」

「ふふ、白兎はくとちゃんと初めて会った時みたいですね?」


 横で話を聞いていたらしいミラ様が言う。確かに因幡いなば先輩は怖がるだろうなぁ…それこそオレと同じかそれ以上に怯えたんじゃないだろうか…。って、そうじゃなくて!


「あっ、す、すみません…そ、その…怖がってしまって…!」


 途切れ途切れになりながらもなんとかその言葉を出力する。どうやら天空先輩はただ純粋にオレの体調を心配して声をかけてくれたらしい。たぶん、睨んでいるように見えたのもオレの体調を気にしてくれてたのだろう。


「いや大丈夫大丈夫。慣れてるから。ほんと気にしないで…。それで、体調大丈夫なのか?」

「あっ、は、はい…」

「そっか。なんかあったらすぐ言えよ? 怖かったらアタシじゃなくてミラにでもいいから。あ、今更だけどアタシ二期生の天空竜乃な」

「同じく二期生のミラ・エインズワースです♡」

「さ、三期生の宵、あかりです…」

「おう、よろしくあかり」


 ニコリと笑いながらそう言って、天空さんとミラ様は話を聞く体勢に戻ったようだった。…思えば幽世かくりよ先輩の時も勝手にこっちがシメられる…! とか怯えてたっけ…。うぅ本当に申し訳ない…。


「トークショーは時間の指定と、大まかな流れのみ用意し、あとはその場でのアドリブが基本になります。…台本を用意しても、それを守る方の方が少ないだろうという判断からですが…」

「まぁ。信頼されているようで嬉しいですね、竜乃ちゃん?」

「アタシに振るなよ…」

「敏腕司会の腕の見せ所」

「ハルもどっちかって言うともし台本があったら守らないタイプじゃないかな…」


 ステージに上がると神無月さんに聞かされた時は、もしや歌って踊らされるのかと心底ビビってお腹を痛めたものだったが、実際にはそんなこともなく、先輩方と一緒にトークをするだけらしい。…いや、それでも十分ぶっ壊れ難易度だな??

 しかもそれとは別に、みんな何かしらステージに上がってのイベントもあるようだ。まだ詳しくは見ていないが、まぁいくらステージに上がるとは言え生身じゃないし、これはいつもの配信とそう変わらない…だろう、たぶん。なんとかそれらを乗り切って、二日目にある桜ちゃんと永遠さんの3Dライブを生で観なければ…!


「あかり」

「へっ!? は、はい…」


 そんな推しの3Dライブへ思いを馳せていると、またしても推し当人…永遠さんから話しかけられてしまった。…一度目よりかはまともに返事ができたが、相変わらず慣れないものは慣れない。またしても変な声を出してしまった。


「二日目、楽しみにしてるね」

「えっ、は、はい…?」


 楽しみにしてるね…? オレは二日目は出番なしのフリーな日のはずだし「楽しみにしててね」の聞き間違いか…?

 今一度聞き返すコミュ力がオレにあるはずもなく、再び学校で授業を受ける時のように、マネージャーさんの話に耳を傾ける。そしてその話が終わる頃には、そんな疑問はすっかりと綺麗さっぱり忘れてしまっていた。







「いらっしゃいませー」


 が歌の練習とボイストレーニングを始めて、結構な時間が経った。このカラオケ屋さんはとてもいい。店員さんにアプリの会員証を見せれば、「いつものお部屋とお時間で大丈夫ですか?」と言われるので、後は頷けば済むのだ。初めの頃は毎度時間を伝えて、飲み物のコップの話を聞かれてその度に緊張していたものだけど、随分楽になったと思う。


 さて、今日もいつもの通り会員証を見せれば…


「あー、えっと、お一人様でお間違いなかったでしょうか?」


 見せれば…あれ??


「あ、う、えっと…はい」


 お、落ち着け、大丈夫、大丈夫…!


「はーい、承知いたしました。会員証はお持ちでしょうか?」


 よし、来た!


「は、はい」


 今度こそ、今度こそ頷けば後は…!


「ありがとうございますー。ではお部屋の方どうなさいますかー?」


 ………り、リセットされてる…?

 い、いや、よく考えれば店員さんが別の人だったりすれば対応も変わるだろうけど! でもなんで今日に限って! 大した事じゃない、大した事じゃないけど、油断してたせいで混乱もひとしおだ。…えっと…いつも選んでる部屋ってどれだっけ、時間は…。なんか店員さんが早くしろよみたいな目で見てきている気がする。うう…今日のところは一旦退却してまた明日にした方が…。


 そんなことを考え始めた、その時だった。


「部屋は203、時間は3時間。ドリンクはホットの方で」

「…あっはい」


 横から突然やって来た美少女さんが淀みなくそう答えたのだった。呆気にとられた私と店員さんだったが、すぐに店員さんの方が私の方へ視線を向けてきたので即座に頷く。

 ようやくいつも通りマイクとコップが渡されて一安心…だけど…。


「え、えっと…」

「いきなりそーりー。私もよく同じ時間にここを利用してて、たまに見かけてたから」


 ぐっばい、と言って謎の美少女さんは他の号室へと消えていった。

 よ、よく分からないけど…とりあえず歌おう。


 ……それにしても。


(どこかで聞いたことのある声だったような…?)


 しかしそんな疑問は、いつもの部屋に入りマイクをONにする頃には忘れてしまっていたのだった。

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