38『姉に間違えられる母親はロマン』

「――部屋に寝かせてきました。重ね重ね、うちの子が本当にお世話になりまして…」

「いえ、お気になさらないでください」


 申し訳なさそうに、けれどどこか楽しげに話す綺麗な黒髪の女性に、私は短く言葉を返す。…見れば見るほど、本当は母ではなく姉なのではないかと疑いたくなる若々しい容貌をした彼女こそが、私がここまで送り届けたあかり…星宮ほしみやひかるのお母様、星宮ひなたさんだった。


 時間が時間でもあるし、本当ならばひかるを送り届けたらすぐに帰るつもりだったのだけど、諸々こうなった事情や、それに付随して私が彼女の同僚であることを説明したところ、「ご迷惑をかけたようなので何かお礼を」という話になったのだ。

 私からしてみれば迷惑というほどのものでもなく、むしろ今日の彼女の頑張りから考えればこれくらいのことはしてあげて当然だとも思ったので一度は断ったのだが、その際に見せたお母様の表情が、シュンとしている時のひかるによく似ていてどうにもそれ以上断れず…こうしてお邪魔させて頂いているというわけだった。


「お腹が空いていましたら、是非!」


 そう言って出して頂いた料理は、品数もそうだが、それぞれの量もかなりある。お母様曰く「うちの子が寝ちゃったから余った分なのでお気になさらず」だそうだ。確かにひかるは以前、一緒にご飯を食べに行った時もその身体のどこに入るのだろうというくらいよく食べていたし、今日も配信の前にはライバーの先輩方から貰ったお菓子をパクついていた。それなのに本人はむしろ痩せているくらいなのだから不思議だ。あるいは身体の一部に集中しているのか。……どうやら私はいつになく緊張しているらしい。普段ならこうまで益体のないことをつらつらと考えたりなんてしない。

 一方のお母様と言えば、私が料理を食べている様子を見て柔らかく微笑んでいる。ひかる達と比べれば多少は年を取っている方だけれど、それでもやはり子供を作ってあそこまで育てた母親と比べると、私はまだまだ若輩者なのだろうと思う。


 さすがにこのまま黙って料理を頂いているわけにもいかないだろうと、何か会話を振ろうとようやく思い立ったところで、お母様の方が先に口を開いた。


「今日はケモ耳と尻尾は付けていらっしゃらないのですね」

「……えっ」

「えっ」



「そ、そうだったんですね…うちの子がお耳と尻尾が可愛いとよく話をしていて、てっきり普段からそういった格好をされているのかと…!」


 幸いにも誤解はすぐに解けた。どうやらひかるは私の配信の話と、一緒に出掛けたりした話を混ぜて話していたらしい。確かに彼女はテンションが上がるとそういうところがある。…本当にごめんなさい、と顔を赤くしながら謝るお母様に何と声をかけていいものか迷った。それはそれとして確かにこの人はひかるの母親なのだと心の底から納得した。


「その…お気になさらず…」


 なんとか絞り出した言葉も虚しくお母様は少しの間悶えていたが、なんとか再起動を果たしたらしく、先ほど私が料理を頂いていたときに見せていた柔らかい笑顔を――かなり無理矢理な気がするけど――取り戻したようだった。


「あっ、あの子がよく、深見ふかみさんの話をしてくれるんです!」


 深見は私の苗字だ。ひかるには下の名前である莉緒りおも併せて教えてあるし、外では一応、百々ももちゃではなくそう呼ぶようにと言ってある。恥ずかしいと言ってあまり…というかほとんど呼んでくれないのだけれど。


「今日はこんなことを話したとか、どこどこに行って疲れたけど楽しかったとか…」

「そう、なんですね」

「だから…本当にありがとうございます」


 深々とお母様が頭を下げた。慌てて顔を上げてくださいと言う。それでもすぐには上げてくれず、少し間があってようやくお母様は顔を上げてくれた。


「あの子は今まで全然他の人の話をしてくれたことがなかったんです。それが、今は毎日のように…楽しそうに話を聞かせてくれるんですよ?」


 それが本当に嬉しくて、と重ねてお礼を言いながらお母様は笑う。けれど、お礼を言いたいのはむしろ私の方だ。きっと、彼女と出会えていなかったなら、私は今みたく配信を楽しもうとは思えなかっただろうから。

 先程までの緊張が嘘のようにスッと、その言葉は私の口から出た。


「私の方こそ、ひかるさんのおかげで…今は、毎日が楽しいんです」


 彼女が心の底から私を凄いと言ってくれることが、あの一番星のようにぱあっと弾ける笑顔が、私を頼ってくれることが、信じてくれることが、今や私にとってVtuberをやる理由そのものになっている。


「だからこちらこそ…本当に、ありがとうございます」


 そう、言葉にして思う。あかりの世界は広がっていって、いつかは私を頼ってくれなくなるかもしれない。それは仕方ないことだと、だから今だけは…そうなってしまうことに私はまるで納得していなかったらしい。


「…あの子が懐く理由がよーく分かった気がします」


 これからも、どうかうちの子をよろしくお願い致します。お母様が微笑みながら、そう言った。その言葉に力強く「はい」と返事をする。

 これから先、よいあかりに、そして星宮ひかるに何があろうと…私が傍にいる。少なくとも、彼女がそう望んでくれる限りずっと。






 これはどういう状況だ…?


 起きたらなんかオンライブの本社から家に居た。まぁこれは分かる。たぶん…というか間違いなく百々ちゃが家まで送ってくれたんだろう。ベッドにいた理由も分かる。ママが運んでくれたんだろう。分からないのは…


(も、百々ちゃが家でご飯食べてる…!)


 そのうえめっちゃママと仲良し感出てる…! 百々ちゃに家まで迎えに来てもらったり、その逆に送ってもらったりするのは最近割とよくあることだけど、タイミングの問題で百々ちゃとママと遭遇することは今までなかった。なので二人は初対面のはずなのだが…既に友達以上の距離感を感じる。オレ友達いないから正直分からないけど!


 声をかけるべきかちょっと悩んだ結果、起きた理由であるトイレだけ済ませてとっとと部屋に戻ることにした。まだ眠いし。ワンチャン夢かもしれないし。それはそれとしてTwitterには呟いておくことにしよう。ひえっ…すごい通知来る…あとなんかLINEもうるさい…。


 寝るのに邪魔なので会社用のスマホの電源を切り、あと一応念のために自分用のも電源切っておいた。すっかり慣れたもんである。じゃおやすみ、ママ、百々ちゃ…。



────────────────────────

    宵あかり☆オンライブ三期生✓

    @ON_Akari_Yoi                …


なんか起きたら百々ちゃが家でご飯食べながらママと仲良さそうに話してたんだけど夢かもしれないからもっかい寝る


ほな

午後10:58 · 20XX年8月7日·4万件の表示


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   o〇        ↺        ♡       □      ↑

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返信をツイートしましょう。               返信

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    とろサーモン@☆彡民@xxxxxxx・3分     …

    返信先:@ON_Akari_Yoiさん


    ほなじゃないんだよなぁ


    o〇          ↺        ♡ 2      ↑

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    N-bird@xxxxxxx・3分            …

    返信先:@ON_Akari_Yoiさん


    何がほなだ起きろ宵


    o〇          ↺        ♡ 5      ↑

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    宵の太ቺቺがቺቻቺቻ@xxxxxxx・4分       …

    返信先:@ON_Akari_Yoiさん


    はよトレンド見ろ


    o〇          ↺        ♡ 12      ↑

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    /.:°+╰( ˘ω˘ )╯;。:*\@xxxxxxx・4分      …

    返信先:@ON_Akari_Yoiさん


    頼むから早く配信してそれ実況しろ


    o〇          ↺        ♡ 1      ↑

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    てんさん@xxxxxxx・4分            …

    返信先:@ON_Akari_Yoiさん


    宵ママに挨拶…ってコト!?


    o〇          ↺        ♡       ↑

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    暁仄☆オンライブ三期生✓@ON_HoNoKa_Akatuki・6分 …

    返信先:@ON_Akari_Yoiさん


    えっ?えっ??ええ???


    o〇 8         ↺ 599      ♡ 3881      ↑

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