37『【#オンライブ夏祭り】オレこれマジで歌うの??【オンライブ歌祭り/宵あかり視点】part2』
『――――♪』
【おおお】
【歌えてる!?!】
【いけるぞ宵!】
【こいつクッソ上手くなってない…?】
だ、大丈夫、歌える…!
一度声が出てしまえばこっちのもの、この歌は妙にしっくり来るというか…歌い慣れた感覚がする歌なのだ。
声質と合っているからなのか、はたまた別の理由なのか。詳しくは分からないが、この歌ならば迷わずに歌える。風呂オケでボイトレがてらいろいろな歌を歌っているうちに発見した歌の一つだった。
【こいつほんとに宵か??】
【シンプルに歌が上手すぎる】
【これが綺麗な宵か…】
【公式チャンネルのコメントすげぇことになってんな】
しかしまぁ、自分でも驚くくらい堂々と歌えている気がする。それも
『…あっ』
今更ながら…本当に今更ながら自分がどれだけ恥ずかしいことをしてるかに気づいてしまった。普段、百々ちゃと話しているときだってここまでじっと目を合わせたりなんてしない。というかできない。やっぱオレ、冷静になれてたようでその実まっったく冷静になんてなれていなかったらしい。ヤバい、マジで恥ずかしい。てか顔が熱すぎる。
いや、違う、そんなこと考えてる場合じゃない。今オレ歌ってて…そうだ、次、次の歌詞…
(…あぁ…)
これ、今からやらかすやつだ。
時間がゆっくりに感じられて、これがもしや走馬灯というやつなのかと考えながら、そう直感したその時だった。
『あかりちゃん!! あかりちゃんの生歌…! えっ上手すぎません? 待って待って、というか顔が良すぎませんか?? あかりちゃんのキリッとしたお顔…!』
『ちょっと
音楽に合わせてうっすら聞こえてきたのは、仄ちゃんのそんな声。…さっきまでみんなを見ていた時のオレもあんな感じだったのだろうか、もしやここで歌うよりよっぽど恥ずかしいことしてたのでは…? 相変わらず推されるのには慣れないオレだけど、推しに対して全力で良い所を伝えたいという気持ちはよーく分かる。
…仄ちゃんってちょっとオレと似てるのかな、となんだか笑顔が浮かぶ。それと同時に、なんだか吹っ切れた感じがした。
『ッ――――♪』
さすがにちょっと歌い出し遅れちゃったけど大丈夫、歌えないよりかずっとマシだ。ていうかここまで何度もやらかして来たんだし! なんかあっても気にしない! 感情の赴くままに、自分が歌いたいように歌う。推し達の歌に恥じないよう全力で!
(こちとらTSして美少女になった挙げ句よく分からんうちにここまで来ちまったんだからな、
――せっかくVtuberに…推し達と同じ位置に来られたのだから!
マイクを強く握りしめ、前を向き…自分を曝け出す。今の
◇
『あかりちゃん、ありがとうございました! すっごく良かったよっ!!』
『あっ、ありがとうございます…』
オレの番が終わり、
『我が娘…いや息子よ…』
『……えっ??』
…などと現実逃避気味に考えていると、永遠さんが急にそんなことを言ってきた。
神秘的な雰囲気と容姿から出たその発言に疑問符を無限に浮かべていると、永遠さんが「はい」と言ってオープニングトークの時に見せていた目覚まし時計を手渡してくる。え、なぜに??
『あ、あの……?』
『あげる』
『えっ、これ確か優勝賞品? なんじゃ…?』
『よく見て』
その言葉に従って目覚まし時計をよく見てみる。表面…裏面…あっ!?
『非売品、目覚まし時計…永遠
『そう。優勝賞品のとは別。それは桜の声じゃなくて私の声が入ってる。言わば特別賞』
『と、特別賞…』
その言葉に固まっていると「すごく成長した」と永遠さんに耳打ちされて今度こそステージから帰された。
半ば呆然としながら席に戻れば、オレがなんとか歌う決意を固められた恩人でもある百々ちゃに、途中助けてくれた仄ちゃん、そして他の三期生のみんなが出迎えてくれる。
『お帰り、あかり』
『お帰りなさいあかりちゃん!』
百々ちゃと仄ちゃんのそんな言葉で、ようやく歌い切って帰ってくることができたのだと頭が現実に追いついたのだった。
◇
その後も当然、歌祭りは続く。オレを最後に三期生の出番が終わったので、ここからは先輩達の番だ。
まさか生きてここまで来れると思っていなかったので感動もひとしお…ひとしおで合ってるっけ? と言える。
先輩達の歌はどれも最高だったけど、中でもオレが大興奮したのはやはりこの二人…桜ちゃんと永遠さんだろう。やたら馬鹿でかいステージだなぁとは思っていたが、どうやらそれは3Dモデルのお披露目のためだったらしい。
……えっっ!?!?!? 3Dモデルと生の動き、両方見ちゃっていいんですか!??!?!
『とても馴染む…でもなんか胸が削られてる気がする』
『それは元から…えっハル気にしてたの??』
『あんまり気にしてなかったけど、さっき実際に大きいのを間近に見ちゃったから…』
『ああー…』
オンライブって地味にこれまで3Dモデルなかったんだよなぁ。他の企業とかだと人気ライバーの人とかすぐ3Dモデル貰ったりするのに。とか不満を持っていたけど画面の中で動いているモデルを見ていたらそんなものはどこかへ吹っ飛んでしまった。だってモデルの出来がよすぎるんだもん。お金と技術が結集されていることが一目で分かる。ありがとう最先端科学……! …なんだか視線を感じた気がするが気のせいか…? まぁいいや、そんなことよりよっぽど大事なことが今目の前にある!
『じゃあハル、準備オッケー?』
『おーけー桜。永遠遥歌、気合十分』
『フィナーレはこの曲っ、Hello Alone』
◇
「あかりちゃん、
しーっと、話しかけてきた同期の一人である
「疲れて寝ちゃったみたい」
「昨日から寝てないって言ってたもんね」
彼女が目を覚ましてしまわないよう、小声で話をする。といっても周りは撤収作業をしていたり話している人も多くいる中で、ここまで穏やかな寝顔をしているのでそう簡単には起きないとは思うけれど。
ゆっくりと、よくそうしているように彼女の髪を梳くように撫でる。いつだって彼女は全力で頑張っているけれど、今日は特に頑張っていた。そのうえ、私達や先輩方の歌であれだけはしゃいでいたのだから眠ってしまうのも仕方ない。
「……やっぱ凹むな…」
「え?」
「今日の歌も、今も、あかりちゃんが見てるのはずっと獣王さんだったでしょ?」
私が知る限り、いつも明るく笑顔な暁さんがほんの一瞬だけ見せた、そういう表情。確かにあかりは…ひかるは私によく懐いてくれている、と思う。でも、彼女がここまで懐いてくれた理由が僅かなタッチの差に過ぎないことを私はよく知っている。それに今日、あかりは私だけではなく暁さんのことだってしっかりと見ていた。…目を逸らした先にいたのは、暁さんだったのだから。彼女が思っているほど、私の存在はあかりにとって大きくはない。同じだけの時間を過ごしたなら、あかりは暁さんにも同じ姿を見せてくれるだろうと思う。
だからこそ、どう返したものか迷った。そのままを伝えるべきなのは分かっている。あかりの世界が広がることは良いことだ。けれどそうしたら…。
少し間が空いて、ようやく私が言葉を紡ごうとした時、出口近くにいた
「帰ろうよ、明日出掛けんでしょ?」
「ごめんごめん。今行く! それじゃ、私はこれでっ!」
ちゃんと送ってあげてね! と、さっきまで滲ませていた感情が嘘だったかのように明るく、暁さんは言う。私も彼女と同じく先程までの話なんてなかったかのように、お疲れ様、とだけ言って見送った。
暁さんの言う通り、今はあかりを家へ送り届けることを優先しよう。
「起きて、あかり」
「ん、うぅ…」
起きないだろうな、と思いながらも、一応彼女に声をかける。案の定、かなり深く眠っているらしく、まるで起きる気配はない。早々に起こすことは諦めて、彼女を抱き上げる。私が多少身体を鍛えていることを考えても、彼女の身体は本当に軽く感じた。
スタッフさんや、まだ残っていたライバーの人達から「ああ…」というような視線を送られながら、お疲れ様でしたと言ってスタジオと本社を後にする。車に着いて、後部座席に彼女を座らせシートベルトを付けていると、LINEの通知音が鳴った。
────────────────────────
au 4G 22:31 ➤100%▌
< 暁仄
ここから未読メッセージ
負けないから
あとできたらあかりちゃんの寝顔を送ってもらえたりー…?
+ ⊡ ◰ Aa θ
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「……ふふ」
心の中でごめんね、と謝りながら後部座席で眠る彼女の寝顔を撮る。そして、暁さんにメッセージを返した。
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au 4G 22:34 ➤98%▌
< 暁仄
負けないから
あとできたらあかりちゃんの寝顔を送ってもらえたりー…?
負けないって言うなら
自分で寝顔を撮れるくらいになって
+ ⊡ ◰ Aa θ
────────────────────────
ぽこんぽこんと鳴り続ける通知をオフにして、車のエンジンをかけた。きっと私が考えるまでもなく、あかりの世界はこれからもっと広がっていくのだろう。
(…それでも、今だけは――)
ゆっくりと、安全運転で車は走り出す。彼女の、少なくとも今は私だけの寝顔が消えてしまわないように。
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