30『狂わせた方と狂わされすぎた方』
『――ってわけで、今日はこれで終わるぞ。じゃなー』
¥500
【勝手に終わるな】
【身体に気を付けて毎秒配信しろ】
【チャンネル登録と高評価を忘れるな】
【Twitterもフォローして通知をオンにしろ】
¥5,000
【#宵絵でファンアートを描け】
【相変わらずコメントの方がしっかりしてて草】
「……ふぅ」
今日も今日とてなんとか配信を終えることができた。オンライブ夏祭りという避けては通れない爆弾が後々待っているものの、ここ最近は比較的楽しく平和に配信をすることができていると思う。
もちろん相変わらずマネージャーさんにはちょくちょく怒られてはいるが、謝罪配信なんていう不名誉な枠を特別に用意されることもないしな! …それが当たり前? それはそうかもしれないがオレは褒められて伸びるタイプなので存分に褒めてもらいたいし甘やかしてもらいたい!
そんなこんなで一仕事終えて配信予定の書かれたスケジュールを確認してみれば、次のオレの配信日は明後日となっていて明日は丸一日オフだった。
そのうえ夏休みに突入したので学校もないし、補習も奇跡的に回避することができたので完全に自由の身だ。
配信がないことによる時間の余裕と精神的余裕ができたオレがすることなど一つしかない。
「今日は誰見るかなー」
とりあえず見れてなかった配信のアーカイブからチェックしていくか。
そう思い、さっそく登録しているチャンネルを上から見ていこうとしたところで、メッセージの通知が来た。…現在、オレにメッセージを頻繁に送ってくるような人は三人しかいない。一人はマネージャーさん、もう一人が
「仄ちゃんからだっ!」
そう、なんと同期にしてオレの推しの一人でもある
初めてチャットしたのはデビュー前に一応送った(というかマネージャーさんから送れと言われた)テンプレ挨拶文だったが、本格的に話すようになったのはオレとゆいなちゃん、そして仄ちゃんでやったコラボ配信の後から。もちろん言うまでもなく仄ちゃんの方からだ。オレも送ろうかとは思ったんだけど踏ん切りがつかなくて…って話は置いておいて、そこから少しずつだが話すようになっていったのだった。
リアルで一度、偶然オンライブの本社で会った時は陽の者のオーラが強すぎて、そもそも住む世界が違うんだろうなぁ…などと思っていたが、話してみると妙にゲームとかアニメとかの話も合うし、勢い余ってバーっと推しの話をしてしまっても「じゃあ今度配信見てみるね!」と言って、実際見て感想までくれるし…百々ちゃもそうだけど、顔が良い人は内面にも余裕があって良い人達ばかりらしい。
「えーと、なになに…」
あまり待たせるのもよくないかな、とさっそく送られてきたメッセージを見る。…始めの頃は一つメッセージ送るのにも三十分くらい掛かってたからな。
ほら、こういうのって相手の顔見えないし、ちょっとした表情で意図しない印象を与えちゃうこととかあるじゃん? だから失礼のないようにめちゃめちゃ推敲してたらいつの間にかそんな時間になっちゃうんだよね。
そしてそんなオレにも優しくメッセージを返してくれる仄ちゃんはマジで天使だと思う。大抵のことはお願いされたらやっちゃうかもしれない。
しかしそんなことを考えていた次の瞬間、オレは再び始めの頃のような緊張感に襲われることになった。
◇
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宵あかり 20xx/07/29
個人勢の人なんですけどものすっっっごいおすすめです
暁仄 20xx/07/29
そうなんだ!私も見てみるね!
─────20xx年7月29日─────
暁仄 20xx/07/30
あかりちゃん配信お疲れさまー!
暁仄 20xx/07/30
あかりちゃん明日オフだよね?私もなんだー!
暁仄 20xx/07/30
よかったら通話でお話ししない??昨日言ってた個人勢の子の話もしたいし!
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│暁仄へメッセージを送信
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◇
「ふぁっ!?」
つ、通話…通話のお誘いだ…。
…実はこうやって仄ちゃんから通話の誘いを受けるのは初めてではなかったりする。しかし、その時はまだこうやって話し始めてから日が浅かったし、何よりオレの中で踏ん切りがつかなかったので断ったのだ。
確かその時は明日も配信があるから、みたいな理由で断った覚えがあるので、それならと配慮してくれた仄ちゃんはお互いに明日配信がない日を選んできてくれたということなのだろう。
気を遣わせてしまって正直死ぬほど申し訳ない。一回目にしてもオレがコミュ障拗らせて何とか通話を断る理由を探してテキトー言っただけなのに、それを忘れずに覚えていてくれたばかりか、もう一度誘ってくれるなんて。
だけど違うんです。悪いのは日じゃなくてオレなんです…!
もうかれこれ仄ちゃんのメッセージを見てから二十分くらいが経過しようとしている。いい加減何か返信をしなくちゃならないだろう。
と言ってもその何か、は通話を断るか受けるか、その二択しかないわけだが…。も、百々ちゃに相談して…い、いや、この間頼り過ぎないようにって決めたばっかりだしダメだ。
…うん。断ろう。断るしかない。彼女には悪いが今回も踏ん切りがつきそうにない。大抵のことはお願いされたらやっちゃうかもしれない、などど思っておいてアレだがその願いはオレの力を超えている。百々ちゃとはリアルで何度も会っていることもあって通話するのに抵抗はほぼないくらいだが、それ以外の人となるとまだちょっとアレだ。
某なんでも願いを叶えてくれる龍のようなことを考えながら断りの返信をしようとしたところで再び仄ちゃんからメッセージが来た。
◇
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暁仄 20xx/07/30
ごめん、困らせちゃったよね
暁仄 20xx/07/30
もし無理そうなら全然そう言ってくれて大丈夫!
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│暁仄へメッセージを送信
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◇
…一気に断るハードルが上がったくない?
優しい気遣いをされると余計断るのに勇気が必要になるんだよな。
誘ってもらえて嬉しいのも事実ではある。相手は三期生でもトップの可愛らしいボイスを誇るあの暁仄ちゃんなんだぞ。そんなの嬉しくないはずもない。
でもなー…絶対上手く話せなくて気を遣わせちゃうだろうしなー…。
うだうだと言い訳を脳内で連ねながら、送信欄に断りのメッセージと了承のメッセージを交互に打っては消して、打っては消してを繰り返す。
一度は断ろうと決意したくせに何を悩んでるんだって感じかもしれないが、そこは豆腐並みに柔らかい意志の持ち主であることに定評のあるオレである。二人っきりで通話って実質オレ専用の配信だよなぁ、などと思うと急に断るのも勿体ない気がしてきていたのだった。
(耳元で名前囁いて欲しいしあの声で目一杯甘やかして欲しい感ある…)
そしてそんな風に考え事をしながら半ばオートパイロット状態で打っては消してを繰り返していたからだろう。
「あ゛っ」
かくして…起こるべくして、悲劇は起こった。
◇
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暁仄 20xx/07/30
ごめん、困らせちゃったよね
暁仄 20xx/07/30
もし無理そうなら全然そう言ってくれて大丈夫!
宵あかり 20xx/07/30
耳元で名前囁いて欲しいしあの声で目一杯甘やかして欲しい
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│暁仄へメッセージを送信
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◇
「…………ん!?!?」
は? え? ん?
何このメッセージ??
オレこんなの書いてたつもりな…い、いや今はそんなこと考えてる場合じゃない!!
急いで何か、なんでもいいから言い訳を!!
……ここでメッセージを削除することを思い付いていれば、もしかしたら見られる前になんとか事態を収拾することができたいたのかもしれない。
しかし悲しいかな、咄嗟にそんな判断が下せるほどオレの頭は柔軟にはできていなかった。ついでに言えば冴えた言い訳も出てくるはずなかった。
結果。
◇
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宵あかり 20xx/07/30
耳元で名前囁いて欲しいしあの声で目一杯甘やかして欲しい
宵あかり 20xx/07/30
ちがうんです
宵あかり 20xx/07/30
ちょっとあの
宵あかり 20xx/07/30
今のは
暁仄 20xx/07/30
分かった
暁仄 20xx/07/30
頑張ってみる
暁仄 20xx/07/30
準備するからちょっとだけ待っててねあかりちゃん
────────────────────────
│暁仄へメッセージを送信
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◇
なぜか…なぜか仄ちゃんが頑張ってくれることになった。
準備ってなんだろ、あの声を出すのには何か準備がいるのかな……じゃなくて!
「結局誤解されたままじゃねぇか!!」
もう夜だというのに俺の慟哭が響き渡ることになった。
…それはそれとして、これマジで褒めてくれるの? オレ一人で仄ちゃんの声独占??
え、やば……。
◇
待って、これ……夢じゃないよね?
あかりちゃんから返ってきたメッセージの内容を見て、まず私が思ったのはそんなことだった。
あかりちゃんとメッセージを送り合う仲になれたはいいけれど…それ以降は何も進展もなく、あかりちゃんとの関係はあの
ああ、きっとあかりちゃんにまた気を遣わせちゃっただろうな、前の時もそうだったし…と送ってから冷静になって、推しに気を遣わせるとか私最低すぎる…ちゃんと謝らないと、なんて考えていた矢先に返ってきたのがあのメッセージだったのだから。
そして、そのメッセージが現実なのだとようやく受け止めて…今私はめちゃめちゃテンパっていた。
えっ??? 待って待って待って???????? 推しが私に甘えたいって言ってきたんだけど!?!?!?!?
そんなことある?? あったわ! いやでも待って、これ本当にそういうこと?? ちょっとどうしたらいいか誰かに聞きたいんだけど! 聞くわ!
気が付けば、さっそく私は友人に通話をかけていた。
「あ、あかりちゃんがいきなり甘やかしてほしいって言ってきたんだけど、私どうしたら…!?」
『は?? あのさ今私配信中で…』
『みなさんこんほのか!!ꐦ うちのゆいながお世話になっています!!ꐦ それで私はいったいどうすれば…!』
『お、落ち着いて、落ち着いて…ね? まずは何がどうなってそういうやり取りになったのかを聞かないとなんとも…いやごめん今のナシ口で言わなくてい…』
『あかりちゃんを通話に誘ったらあかりちゃんがいきなり甘やかしてほしいって…! あと耳元で名前囁いてって……!』
『あーあーあー!!! あーもう、うん! 言われた通り甘やかしてあげたらいいんじゃないかな!! あかりちゃん仄の声好きだって言ってたし!』
『…分かりました。やっぱりそうですよね。ありがとう、ゆいな。ついに練習していたアレの出番のようです』
話しているうちに私は大分冷静さを取り戻していた。あるいは、暁仄という落ち着いたキャラクターの声で話していたおかげかもしれない。彼女の言う通りだ。甘やかして、と言われたならば甘やかしてあげるべきだろう。うん頑張って! じゃあね!!! と言って通話が切れる。後でお礼しなきゃ。でもとりあえず今は…!
いつもの配信用のマイクの隣に置かれた、ASMR用のマイクへと目を向ける。
「…待っててね、あかりちゃん…!」
――私が全身全霊を持って、甘やかしてあげるからね!
◇
今回は…今回だけは一ミリたりともオレは悪くないと世界中に叫んでも許されるだろう。
仄ちゃんから通話に誘われ、なんとASMR用のマイクを使ってオレを甘やかしてくれた仄ちゃん。あんなポロッと言っただけのことをきちんと練習して、そのうえ初披露を配信じゃなくてオレとの通話に使ってくれるなんて! 仄ちゃん自身は拙い部分もあるかもしれないけど、なんて言っていたものの実際聴かせてもらった身としては「最高だった」としか言い表しようがない。
仄ちゃんが終始気を遣ってくれていたおかげで通話自体も気不味くならず、ともすればオレってもしかしてコミュ障ではないのでは…? なんて思ったくらいだが…まぁそんなことはさておいて…
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マネージャー 20xx/07/30
お疲れ様です。
マネージャー 20xx/07/30
夜分遅くに申し訳ございません。
マネージャー 20xx/07/30
少々ご確認いただきたいことがございます。
マネージャー 20xx/07/30
今、少しお時間頂けますでしょうか?
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│マネージャーへメッセージを送信
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…うんまぁ、大体の経緯はTwitterに流れてきたゆいなちゃんの配信の切り抜きで理解できた。そのうえで今回は叫べる。オレは悪くねぇ! と。
なのでもう「見てませんでした。何も知りませんでした」ということにして寝よう。明日は配信休みだし、一日空けば自然鎮火することだろう。おやすみ世界!
会社用のスマホと自分用のスマホの電源を切り、先程味わったばかりの仄ちゃんのASMRを脳内再生しながら眠りについたオレだった。
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