21 『【コラボ枠】推しの間に挟まるな宵【宵あかり/柚月ゆいな/暁仄】part2』

『…ちゃん……あ…りちゃ…』

『んぅ…』

『かわっ…じゃ…くて……りちゃん』


 ――薄っすらと、優しく穏やかな声が聞こえてくる。


『起きてください、あかりちゃん』


 誰の声だろう? と、一瞬思ったけれど、寝ていて起こしに来る人なんて母親くらいしかいない。

 このまま寝ていたい。でも無視もできない。

 ふわふわとした意識の中で、なんとか返事をする。


『ん、うぅ…まま…もうちょっと…』


 きっと、これで放っておいてくれるだろう。そう思ったのに、静かになるどころか、さっきよりも騒がしくなってしまった。


 そのうえ、声が増えて――


 …………増えて・・・……??


『ま、ママ……!?!? き、聞きましたか!? あかりちゃんが私をママって…!!』

『ちょっとちょっと!? 今ふざけてる場合じゃないよ!?』

『ふざけてません。私があかりちゃんのママです』


【こ れ が 清 楚 枠 だ】

【草】

【私 が マ マ で す】

【やはりオンライブか…】

【ふざけてませんの声かっこよすぎる】

獣王百々✓【ママは私】

【百々ちゃ!?!?!配信中では!?!】


獣王ししおうさん……! やっぱり貴女が立ちはだかるんですね…!』

『もうほんとに収集つかなくなっちゃうからあかりちゃん起きてー!!』


 一瞬、全部見なかったことにして狸寝入りしようかとも思ったが、ゆいなちゃんの悲痛な叫びに敢え無く断念し…いつものごとく、己がやらかしたことを悟ったのだった。


『お、おはようございます……』

『あっ、起きた!?』

『おはようございます、あかりちゃん。ママですよ』

『えっま、ママ…??』


 えっ何? 何事?? ホラゲーやっててぶっ倒れて、起きたら推しがママで…えっ??


『あーあーあー!! あかりちゃん大丈夫そう? ほら、ホラゲーやってていきなりその、倒れちゃったでしょ?』

『あっ、その…えと、ご、ごめんなさい…』 

『ううん! 謝らなくても大丈夫! 大丈夫だから…』

『まずこの二人、どうにかして?』



 ………疲れた。人生で一番…ではないにせよ、たぶん三、四番目くらいには。

 きちんと謝罪! みたいな流れかと思ったのに、推し二人が自分こそがよいあかりのママだと主張している狂気の空間にぶち込まれたのだ。とりあえずなんとか二人を宥め、獣王さんには自分の配信にお帰り頂いたが…。


『はい、というわけでゲーム再開…は、さすがに難しそうかな…?』

『い、いえ! だ、大丈夫です!! も、もう一回だけやらせてくださいっ』


 このまま終わり、というのはさすがに二人に申し訳がない。…あと、これから一生ホラーが苦手とコメントでイジられるのも癪だし!

 幸いにもオレがノックアウトされていた時間は十分かそこら程度だったらしく、配信時間自体はまだまだ余裕がある。


『えっ、本当に大丈夫?』

『無理しなくていいんですよ、あかりちゃん』

『ほ、本当に大丈夫です!』

『うーむむ、分かった。じゃあ…もっと可愛くお願いしてみて?』

『はい! …はい??』


 はい???


『えっ、ゆいな??』

『いーからいーから!』


【!?】

【やったぜ】

【ゆいゆいのこういうとこほんとすき】

【宵の嘘だよな…みたいな表情エッッ】

【ゆいゆいのターン来たな】

【まずゆいゆいがツッコミしてたのがおかしかったから…】


 とんでもない速度でコメントが流れていく。やるしか…やるしかないのか…これだけの視聴者がいる前で羞恥プレイを…。

 コメントに急かされるまま声を出そうとしたその時、オレの頭に電流が走った。


(いや、待てよ…これはむしろチャンスなのでは??)


 ここで渾身の可愛い声をお見舞いすれば、さっきまでのやらかしは流れるのでは…?

 いや、そうだ。間違いない。だって既にチャット欄はホラーにビビり散らかして気絶した、みたいな話は一ミリたりともしてないし!


 深呼吸をする。…覚悟は決まった。見えているのは、可愛いで埋め尽くされた未来のチャット欄だけだ!!


 ――いざっ!


『ゆ、ゆいなお姉ちゃん、お、お願い…?』

『――ッ!?!?!?』


 覚悟の割に少し吃ってしまったが、これは成功か…? 遠くで悶える声がした気がしたので成功のはず…いや待て悶える?? このメンバーでオレ以外に悶えそうなやついる!? いねぇよなぁ!? じゃあやっぱ幻聴か…え、失敗…?


 とつらつらと圧縮された時の中で考えていた直後、チャット欄がまたしても高速で動き出したのだった。


【おかわわわわわわ】

【初めて宵が可愛くみえた】

【KAWAII YATTA-!!】

【どけ!!!私はお姉ちゃんだぞ!!!】

【お姉ちゃんは俺なんだが???】

【宵妹概念は絶対に流行らせろ】

【俺お姉ちゃんだったかもしれん…】

【『ゆいな』お姉ちゃんって言ってるだろ!】


 うん、可愛い! と言ってからゆいなちゃんが満足げな声で続ける。


『そこまで言われたらしょうがない、あかりちゃんの意志を尊重して…再チャレンジしてみよー!』

『あっ、ありがとうございます!』

『こ、こちらこそ、ごちそうさまです、あかりちゃん…』

『えっ??』

『はいよし再開!! あかりちゃんが操作で大丈夫? ダメそうだったら私代わるから、すぐ言ってね!』

『あっ、はい。分かりました』


 気を取り直して、再度意識をゲーム画面へ向ける。おどろおどろしい画面にさっそく意志を挫かれそうに――


 ならなかった。


(いや、まだタイトル画面だし!)


 安心はできない。もっとホラーな表現が出てきてからが本番だ。


 ゴン、ゴゴンッ!!!


 ほのかちゃんとゆいなちゃん、それにリスナーさん達が固唾をのんで見守る中、ゲーム画面はついに洋館の内部へ移行し…あの時と同じく轟音が鳴る。

 そして、音の鳴った右手扉へ入ると…オレがノックアウトされた、例のムービーに入った。


「ヴゥァァァ」


 仲間を喰う、ぐちゃぐちゃのゾンビ。それを見ても、ドキドキこそすれど、さっきみたく気が遠くなることはなかった。生理現象として、ちょっと軽く悲鳴は出たが、それだけだった。


『…………』


 すぐにでもトリガーを引きそうになる指をなんとか気持ちで抑えながら、やや引き付けて銃を撃つ。一発、二発…今回は当たり所が良かったのか、ゾンビはそのまま倒れ、今度こそ物言わぬ死体に戻ったのだった。


『倒した…。え、あかりちゃん大丈夫そう?』

『えっと、その…はい』


【ええ…】

【荒療治かな?】

【一回倒れたのが効きましたね…】

【相変わらず面白い身体してんねぇ!】


『じゃ、じゃあ続けよっか…?』

『辛くなったらいつでも言ってくださいね?』

『は、はい』


 困惑したようなゆいなちゃんの声と、気遣いに溢れた仄ちゃんの声に居た堪れない気持ちになりながらも、その後は普通にゲームを進めていったのだった。



「ヴゥァァァ」


「ッ…!」


 …耐える。


「オォォッ」


「ひっ…ぃ…」


 ……耐える。


パリンッ


 何かが割れる音。

 その後は、妙な音や声もなく、ただ静寂。


 …終わった? いや、そう思わせて、というやつに違いない。きっとそうだ。まだ何か来るはず…。


 そうやって目を瞑り、じっと耐える。それでも来ない。

 ああ、本当に終わったんだ。そう思い、目を開けた瞬間――


 ちょうど、画面いっぱいに、さっきまで自分を追い回していた化け物の顔が映っていた。


「………うっ……」


 ああ、今日何度目かの意識が遠のく感覚がした。



 


「……はぁ……」


 できるだけスプラッタ一色の画面を見ないようにしながら、起動していたゲームを消した。…どうやらにはとことんホラー耐性がないらしい。せめて特訓すれば、まったく怖くないとまでは行かなくとも気絶しないようにはできると思ったのだが…。


 うちのママも、あまりホラーは得意じゃない。それを考えれば私がこうなのも仕方ないこともかもしれない。しれないけど――


「このままじゃ…ホラゲー配信できないじゃん!」


 そう、そうなのだ。VTuberになるにあたって、ホラゲー配信は避けては通れない道だと私は思う。だって、配信中まっったく怖がらなくてもそれはそれで面白いし、めちゃめちゃにビビりまくるのもやっぱり面白い。つまりどっちに転がったって面白いのだ。そんなのやるしかない。

 だが私はと言えば…上記のどちらにも属さず、一定以上のキャパを超えたら「はい、気絶」だ。こんなの配信でやったら放送事故まっしぐらである。


「…………よし」


 やはり、気絶してしまうのだけは何とかしなくてはならない。


 …この後も、私の孤独な戦いは続いた。続いたが…人間は早々変わらないという、悟りを開くだけに終わったのだった。

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