17『帰るまでがコラボという話』

「帰ろうか」


 配信が終わり、やりきった感のままにぼーっと片付けを見守っていたオレへと、ふとそんな声がかけられた。

 声の主は獣王ししおうさんだ。一緒に歌ったおかげなのか、はたまたこの「やりきった感」のおかげだろうか。それほど緊張することなく声を出すことができた。


「はい。えと…それじゃあ失礼します」


 荷物らしい荷物も持ってきていないので気楽なものだ。けどまたあの暑い中歩かなきゃいけないのか、やだなぁ…などと思いながら立ち上がると。


「駅は同じだし、一緒に行こう」


 獣王さんがそんなことを言ってきたのだった。


「はい…はい?」


 昼間みたいなことがまた起きたら大変だから、と言うと突然の提案に固まっていたオレの手を引いて歩きだす獣王さん。

 意外と手大きいんだなぁ、いや、オレの手が小さいのかも…じゃなくて!!


「い、一緒に帰るんですか!?」

「…? うん」


 え、何言ってるの? とでも言わんばかりの表情である。それはこっちの台詞と表情なんだが??

 車で送ってもらう、とかなら後ろの座席に座れば直接顔を合わせずには済むし、最悪寝たふりでもしていれば時間が過ぎるが…今回は違う。


 相手は住む世界が違うような年上の美人。そんな人と一緒に帰るだなんて肩身が狭すぎてもはや息が出来るかも怪しい。

 …さっきまではなんとかコラボを乗り切ろうという気持ちでいっぱいいっぱいだったおかげで耐えられてたけど、改めて現実を直視するとよく同じ部屋で歌なんて歌えてたな…。


「え、えっとですね」


 なんとかしどろもどろになりながらも、「一人で大丈夫、全然帰れる!」「ナンパなんてそうされない」「顔が良すぎて恐れ多い!」「ていうか手離して!」みたいな内容を必死に伝えたのだが、獣王さんから一言。


「お願いだから送らせて」


 と、言われて無事黙ることになってしまった。なぜやや怒り気味だったのか分からないが、美人のそういう顔は妙な迫力があるよね。こわい。そしてやっぱり顔がいい。


 こうして観念したオレは獣王さんとともにスタジオを後にした。さすがに手は放してもらったが。子供じゃあるまいし! それに一度通ってきた道なのだから手なんて繋がなくたって迷子になったりはしない…はずだ。…たぶん。



 スタジオから一階のロビーまでは案外すんなりと戻ってくることができた。わざわざ行きの時スタッフさんに案内してもらったのが申し訳なかったくらいだ。…道中何度かあれこっちじゃなかったっけ? と自分で思った道が悉く反対方向だったのは内緒だ。

 何はともあれ、これで後は真っ直ぐ外へ出るだけである。渡されていた社員証でゲートを通るとエントランスホールへ。そして受付でいくつか説明を聞いたあと社員証を返却し、先にパッと返し終えていた獣王さんのところへ戻ると――


「配信お疲れさまでしたー! 歌まで上手なんてさすがです!」

「お疲れ様です」

「ありがとう。前も言ったけど、二人とも敬語は大丈夫」

「ほんと!? じゃあいつも通りで!」

「…私はこっちのが話しやすいので」


 …なにやら、人が増えていた。

 一人は明るめの茶髪に紫のインナーカラーを入れた、それこそVtuberのモデルがそのまま出てきたような人。

 もう一人は黒髪で、目が鋭くちょっと怖い印象を受ける人だ。二人とも歳は大学生くらいだろうか? 少なくとも俺より先輩なのは間違いなさそう。


 …そして、そして何より――


(顔! 揃いも揃って顔がいい!!)


 社員証を下げていることから見ても間違いなくこの会社の人だろう。というか、獣王さんと親し気に話しているあたり同じライバーの人かもしれない。

 そんなことを考えていると茶髪のお姉さんから補足されてしまったらしくバッチリ目が合ってしまった。とっさに近くにあった壁へと避難するオレ。…が、よくよく考えてみればここは開けた場所で、ちょうど隠れられる壁などあるはずもない。と、いうことは…。


「お帰り」

(ひえっ、やっちまった!?)


 壁だと思っていたのは獣王さんの背中だったらしい。

 咄嗟に離れようとしたが獣王さんはまったく気にしていないばかりか、なぜか頭を撫でてきたのでここぞとばかりに壁にさせてもらうことにする。黒髪のお姉さんはともかく、茶髪のお姉さんは陽の者のオーラが強すぎてちょっと近づけそうにない。…なんか茶髪のお姉さん悶えてないか? 大丈夫?


「二人はどうしてここに?」

「次回のコラボ配信のための打ち合わせで。正直、通話でまったく問題ないけど…」

「顔見て話す方が好きだから! それに断然そっちの方が話しやすいし」

「…って、言うもんで」


 配信の打ち合わせってことはやっぱりライバーの人達で間違いなさそうだ。…このライバーの美女、美少女率はなんなんだろう。今のところ三人中三人、いやオレも含めて四人中四人が美女美少女なんだけど。この会社もしかして顔採用だったりすんだろうか。だとするとオレが受かった理由も納得がいくな…。


 二人は結局、何分か話した後(オレは文字通り聞いていただけだが)オレ達も通ってきたゲートの方へと去って行った。


「他の同期の人達も頑張ってるね」

「はい…え、同期?」

「うん」


 そういえば言ってなかった、と獣王さんが続ける。 


「あの二人があかつきほのかさんと柚月ゆづきゆいなさん」


 う、嘘だろ! さっきまでオレ推しと話してたのか!?


(な、なるほど…確かに言われてみれば…!)


 現実の印象のせいでまるで結びつかなかったが、配信の時と違いはあるにしてもあの声は間違いなく仄ちゃんそのものだった。


 …というか。


(同期の人…それも推しがわざわざ挨拶してくれたのに、徹頭徹尾隠れたまま一言も喋らなかったオレ、相当ヤバいやつだと思われたのでは…?)


 いや、むしろ先輩じゃなかっただけまだマシか…? 何にせよ、もし、もしも次回こういう機会があったらちゃんと謝ろう…。

 いつの間にやら再び繋がれていた手を獣王さんに引かれながら、そんなことを思ったオレだった。



au 4G          18:21          ➤100%▌

 < 柚月ゆいな                  ≡ 

 


             配信終わる頃ぐらいにエントランスで 

 

ええー… 

 

           ここから未読メッセージ


意気地なし 

推しの前だとよわよわ女♡ 

 


                うっ 

                で、でも…アレは反則じゃない?? 

                見た?必死に背後に隠れて、でも頭撫でられたら

                ちょっと落ち着いた顔してて! 

                あんなの可愛すぎるでしょ…! 

                あの人いつの間にあんなに

                あの子と仲良くなったの!??? 

 

コラボしてる間にじゃない? 

ま、頑張って 

 

               …手伝って? 

 

  はい?? 

 


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