16 『【オフコラボ】歌枠ってマジ??【宵あかり/獣王百々】』
…マイクを片手に、右をチラリ。
瞬時に帰ってくるイケメン美女スマイル&オマケのおててフリフリ。とっさに目を背けるオレ。
……眩しいっ! 眩しすぎるっっ!!
オレは今、これから行われるコラボ配信のためにオンライブの本社にあるスタジオの一室を訪れている。
社内はやたらと広くて今回も無事迷ったが、これはさしたる問題ではない。結局自力では辿り着けず、勇気を振り絞ってその辺を歩いていた人に聞き――聞いたけどやっぱりよく分からなかったので案内してもらったが――なんとかこのスタジオまでは来られたわけだし!
で、問題はここからなのだ。
スタジオに入ってみたらさっき駅でオレを助けてくれたあのイケメン美人さんがいた。
思考停止するオレとは裏腹に、入ってきたオレを見つけるとすぐにこちらへ駆け寄ってきた美人さん。
「駅の子…あかりだったんだ」
「あ、はい」
「私が
「あ、はい」
…とまぁ、こんな具合だったわけである。
はあぁああぁ!??!? いやそうはならんやろ!!?? なっとる!! やろ!! がい!!!
いつにも増して心の中は大嵐だ。穴があったら入りたいってこういう事なんだなぁとマジで思う。なんならもう物言わぬ穴になりたい。…今のちょっとエッッじゃない?
(てかナンパされたあげく助けられてその相手と即再会とか恥ずかしすぎるだろぉ……)
控えめに言ってなかなかに…いやもう普通に死にたいやつじゃん。美少女として生きる! などと言っておきながらアレだが、まだまだオレには男のプライドというものがバッチリと残っていたようだ。
…傍から見たらどう見えてたんだろうなぁ?? 半泣きの美少女が喋れないくらい怯えて男について行こうとしてたように見えてたんだろうなぁ!!
「…ふふ」
そんな精神ダメージと戦っているオレへ、獣王さんは先程から小さい子でも見るような暖かい目を向けてきている。…なぜこれがそういう目線か分かるかって? 迷子になっていたオレをここまで連れて来てくれた人も同じ目をしていたからだ。
(…………死にたい……)
帰りたい、から無事グレードアップを遂げた負の気持ちを抱えながら、コラボは始まったのだった。
◇
【オフコラボ】歌枠ってマジ??【宵あかり/獣王百々】
12,101 人が視聴中・0分前にライブ配信開始
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宵 あかり
チャンネル登録者数 65,489人
◇
『―――――――― ―――――』
『――――― ――――――』
【のっけからやん!!!】
【うおおおおお!!!!!】
【もう声がつよい】
【歌まで上手いのか…】
【この百獣の王万能すぎる】
『――――― ―――――― ―――――――――――――』
『――――― ―――――――』
【ありがてぇ…】
【宵生きてる??】
【これ生で聴くとか生死が危ぶまれる】
【オープニングから本気すぎるだろ…】
『ん。というわけで、今日はコラボ。オンライブ三期生、獣王百々と……あかり?』
【宵??】
【おい】
【まさか…】
宵あかり✓ 【歌上手いし顔いいしもうこんあの推すしかないじゃん…】
【口で言え】
【普通にいるじゃねーか!】
【開幕から草】
【誤字るな】
【限界迎えてコメントで喋りだすのすき】
【お前も今配信してるということを忘れるな】
『やっぱりリスナーの人と仲良いね、あかり』
『えっ、その…あ、ありがとうございます…あっ、オンライブ三期生、TSバーチャルユーチューバーの
【「あっ」じゃないが??】
【オマケみたいに自己紹介するな】
【TSVtuber!?!??!】
【まだTS驚愕兄貴いるのか…】
『ん、オープニングトークを飛ばして歌っちゃったけど、あかりもみんなも喜んでくれたみたいでよかった』
『あ、その…今日は獣王さんの歌が聞けて、えっと、めちゃめちゃ嬉しかったです! ありがとうございました!』
【なに勝手に終わろうとしてんだ宵】
【一瞬百々ちゃキョトン顔になってて草】
あっ、ダメですか。ですよね、知ってました…。
『ふふ、やっぱりあかりは面白いね』
『ど、どうも…?』
【おもしれー女…】
【おもしれー男…】
【どっちだよ】
『ん、それじゃあ次はあかりが——『マシュマロ!! ま、まずはマシュマロ読みましょう!!』
この流れから歌えるか!! 配信始まる直前に「歌っていい?」って聞かれたから何も考えず「あ、はい」って答えちゃったけど、よくよく考えたらハードル爆上がりじゃん!
もうできることなら歌いたくない。それができないなら歌うのを少しでいいから遅らせたい。それに普段ならゴミの寄せ集めみたいになっているマシュマロだが、コラボなら気を遣って多少マシになってるハズだ!
いけ、マシュマロ!
────────────────────────
あかりちゃん、百々ちゃこんばんは!
性癖を暴露し合うと仲良くなれるそうなので是非ディープなやつを披露してください!
P.S.ちなみに私は汗かいてちょっとしたあとの女の子の匂いが好物です!!!
マシュマロ
────────────────────────
❏〟
────────────────────────
『コラボなんだから気を遣え!!!』
【お前が気を遣え定期】
【ヤバいのは検閲しておけとあれほど…】
【ここで止めれただけえらい】
【止められてないんですがそれは】
『性癖…は、よく分からないけど、あかりはすごくいい匂いがする』
『ひゃっ!?』
【今の声宵???エッじゃない???】
【TSっ娘の出していい声じゃないよ】
【もしかして…嗅がれたってコト!?】
【そォだよ】
【お互いのマイクに声が入る距離】
【このようにライオンは嗅覚にも優れている】
『と、とにかく! こういうのは他のライバーさんがいるときは答えないからな! 次だ、次っ』
────────────────────────
オフコラボだそうですがお互いの印象は?
マシュマロ
────────────────────────
❏〟
────────────────────────
『え、と…獣王さんどうですか…?』
『ん。あかりはすっごく可愛い。それに大きいし、良い匂い』
【キマシ】
【超好印象じゃん】
【匂いは重要だからね】
【いい匂いもする】
【大きいのは解釈一致】
【背かもしれないだろ!!】
『けど、ちょっと無防備すぎると思う。今日、来るときに駅でナ——』
『性癖は調教モノとか機械で一方的にとか、あっ、あと止めてもやめてくれないやつとかが大好きです!!!』
【うるせえ!!!!】
【ええ…】
【こ れ が 宵 あ か り だ】
【急な性癖の開示!!本気だね】
【ダ メ ー ジ デ ィ ー ラ ー】
【That's insane!】
【あのさぁ…】
『特に止めてもやめてくれないやつ!! なんて調べたら出てくるかよく分からないからたまにしか見つけらんないけどめっちゃすき!! 以上!』
【以上じゃないだろお馬鹿!!!】
【なんか受け身じゃない??】
【誰かこいつの口を塞げ】
【深夜にやれ】
【正直俺もそういう系すき】
【宵あかり初見だけどヤバいね…】
あ、危ないところだった。危うくナンパされて助けてもらったという事実が何万という視聴者に向かって解き放たれてしまうところだった…!
やや訝しむコメントもまだあるが、これでほぼ上書きできただろう。オレのプライドは無事守られた!
『よ、よし! マシュマロはこれくらいにしておいてやるか! し、獣王さんも、いいですか…?』
『ん、そうだね。また後にして、歌おう』
次歌う? と獣王さんがマイクを差し出してくるが、後で大丈夫です! とすかさず回避する。…後に回せば回すほど辛くなるって? そんなことはよーく分かっている。なのでもういっそのこと後に回しまくって時間切れを狙うつもりだ。
マイク代わりに、スタッフさんが用意してくれたであろう賑やかし用のタンバリン…タンバリンで合ってるよね、これ? …を装備する。
と、その瞬間、獣王と目がばっちり合った。まずい、イケメン美女スマイルが来る…回避しなくては! しかし、獣王さんの顔に浮かんだ表情は
『あかり、歌わないの?』
(あっ、ヤバい気がする)
ここ最近、メキメキと成長を続けている嫌な予感センサーが反応しているのが分かる。なんだ、どう来るんだ!?
【言われてるぞ宵】
【正直下手でも解釈一致だから気にせず歌っていけ】
『き、気にするわい! てか何だよ解釈一致って!! 何で歌う前から下手くそ扱いされてんだ!』
【イメージがね…】
【声はいいけど…みたいな感じになりそう】
【そもそも歌入れられる??】
【機械の使い方わかるか?】
『私もあかりの歌聞きたい』
『うっ、いや…その獣王さんと比べたら…』
『比べる必要なんてないよ。大丈夫だから』
『あう…』
それでも渋るオレに、獣王さんは仕方ない、と呟く。よかった、許された…!
さっきの顔も気のせいか。そりゃそうだよな、獣王さんがあんな子供っぽい表情をするはずが――
『今日あかりは駅でナン…』
『歌います!!!! オレの歌を聴けぇ!!!!』
【戦争なんてくだらねぇ!】
【草】
【駅でなに???】
【百々ちゃと宵って今日一緒に来たの??】
【時代はももよい】
【酒かな?】
『歌うから聴けって言ってんだろオタクども!!』
【(オタクは)お前じゃい!】
【今日も宵っとしてきたな…】
【このきったねぇ叫び声すき】
【曲は?】
『う…決めてなかった。え、と…』
『ライオン、歌える?』
『えっ? あっ、はい…歌えるかは分からないですけど…何回も聴いてます』
有名な曲だし、歌ったことはないけど好きな曲の一つでもある。こっちの世界に来て変わってなくてよかった、と安堵したものの一つだ。で、それを聞いてきたってことは、まさか…。
「さっきは意地悪してごめん。歌が苦手なら、私が手伝う」
マイクに入らないよう、耳元で囁くように獣王さんが言う。少し変な声が出て、またコメントを沸かせてしまった。
『じゃ、じゃあ…ライオンで…』
『ん』
【デュエットか】
【百々ちゃと一緒なら安心!】
【推しとデュエット】
【超時空要塞繋がりかな?】
【ライオン繋がりでしょ】
【宵がんばえー!】
もう一度「大丈夫」と言うと、獣王さんが曲を入れてくれた。別に自分でもできたし! と声には出さなかったものの表情には出ていたらしく、困った顔で頭を撫でられてしまった。
『―――――― ――――――――』
『―――――――――― ――――――』
歌が始まる。先発パートは獣王さんだ。上手い。そしてすぐにオレのパートが来る。
さっきのやりとりで解れたのか、緊張して声が出ない…ということもなく、自分でも意外なくらい、しっかりと声が出せた。
『―――――――― ――――』
『――――――』
獣王さんがこっちを見て、微笑む。
『―― ―――― ――――――』
『―― ―――― ――――――』
【おおおおお!!】
【宵が歌えてる…】
【妙な感動があるな…】
『――――――――』
『――――― ―――――――』
『― ――――』
『― ――――』
【ブラボー!】
【88888888888888】
【宵…成長したな】
【なんか涙出てきた】
【後方彼氏面と親湧いてて草】
マイクを持ったまま、後ろのソファに倒れこむように座る。
……終わった? え、オレ普通に歌えてた??
『てかなんなら上手くなかった??』
【調子にのるな】
【普通】
【そこそこまあまあ】
…途中から声に出てたらしい。ただコメントは思ったよりも厳しかった。
おかしいな、自己評価ではかなり良かった方だったと思ったのに。
【あかりちゃん上手いね】
【このデュエットが俺を狂わせる…】
【あかりくんも普通に上手いと思う】
【百々ちゃが楽しそう何より】
一方で獣王さんのチャット欄では案外普通に…というか結構褒められていた。…ははーん、なるほど。
『すまんなオタクども、
【は??】
【なんだこいつ…】
【この宵ガキがよ…】
『お前らたまにはちゃんと人を褒めるようにした方がいいぞ?? 獣王さんの方の配信だとオレめちゃめちゃ褒められてたからな!』
そう、これはアレだ。オレのチャット欄特有の褒めたら負けみたいなやつ!
それなら仕方ないな、素直に言えない捻くれたオタクがオレのリスナーには多いからな。
『まぁ、今回は許してや…』
【上手かった、めちゃめちゃ頑張ったな宵】
【ガチで推せるから一生V続けろ】
【正直上手いしすきだよ】
【顔良くて歌上手いとか天才か??】
【まだまだ伸びる】
【早くスパチャ投げさせろ】
『る…』
な、なんか急にチャット欄がやさしいせかいになってるんだが!??!
『ん、あかり、顔真っ赤』
【かわいい】
【かわいいかよ】
【褒められ慣れてないのもすき】
【相変わらず団結力が高すぎる】
オレが「あーうー」と照れている間にも勢いは止まらず、誉め殺しが続く。
『あーあーあー!!! 分かった! もうよーく分かったから!! 褒めるのやめ! 終わり!』
『ん、とっても良かったと思う。あかりと一緒に歌うの、気持ちよかった』
『し、獣王さんまで…うう…』
結局、獣王さんが「次の曲もデュエットにしよう」と言い出すまで、この小っ恥ずかしいチャット欄は続いた。
…ちなみにだが、最終的なオレの歌声は「まぁまぁ」という評価で落ち着いたらしい。
さっきの曲を気持ちよく歌えたのも獣王さんがオレに合わせてくれていたからなのだからそりゃあそう感もあるけども! けどオレってこんなに歌上手かったっけ…と思う程度には良い声が出ていた気がしたんだけどなぁ…。
◇
「いらっしゃいませー」
ようやく、お店を見つけることができて店内へと入ることができた。例えスマホで地図を見ようが、
一名様でお間違いないですか? 時間はどうされますか? お部屋こちらからお選びください。グラスはコールド用とホット用、どちらにしますか? 等々、次々に浴びせられる質問になんとか答え、選んだ部屋に辿り着く。…疲れた。もう十分頑張った気がする。一人でカラオケに来るなんて人生で初めてだ。前に来た時はママが一緒だったし、店員さんとのやりとりも全部やってくれた。
(時間はフリータイムにしたからたっぷりある…)
ドリンクも来る途中に取ってきた。部屋と正反対の位置にあったからまたしてもちょっと迷ったけど。何にしてもこれで歌の練習ができる。
「よ、よし! あ、あ、あー『あー』
マイクのスイッチをオンにして、見よう見まねの発声練習。それからタブレットとちょっと格闘して、何とか手間どりながらも歌を入れた。
(続くか分からないけど…できる限り頑張ろうっ)
人に聴かせても後悔しないくらいの出来になるようには、しよう。
――私の人生初めての努力は、まだ始まったばかりだ。
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