2 『自分の部屋に女子の制服が置いてあるのはドキドキする』
始業式を終えた次の日。
まだ相変わらず浮ついた雰囲気こそあるものの、今日からは普通に授業が始まっていくことになる。
と言っても、こういう初回の授業は大抵教師の話なんかで終わることがほとんどだ。
実質オリエンテーションみたいなものだからか全体的に雰囲気が緩く、隣同士で仲良くこしょこしょと喋っている生徒も少なくない。
オレはって? たまに窓の外を見たりする以外は前向いてちゃんと話聞いてますよ、オレってば真面目だから! …はぁ。
「で、授業の進め方なんですが──」
ま、何にしたって話さずにただ聞いてるだけでいいなら楽なもんだろう。
今日は金曜だから、これが終われば明日明後日と休みだしな。少し退屈だがチャイムが鳴るまでの我慢我慢!
「とまぁ、こういった内容で授業を進めていくことになると思います! えー、では私ばかり話してるのも皆さん退屈だと思うので、どうせなので自己紹介とかしてもらいましょうか!」
え゛。
「じゃあ名簿順にお願いしたいと思います。えーと、まずは…相田くんから」
まっ…マジで!?
この教師いきなり何言い出すんだっ!?
「俺から? あー、俺は相田勝貴。野球部入ってます。そうだな、趣味は──」
オレが固まっている間にも周りの自己紹介はどんどん進んでいく。クソ、現文教師の癖に体育教師みたいな見た目しやがって! やる事まで体育会系じゃねぇか!
こういうのは唐突にやるもんじゃなくて一週間くらい前から言ってくれないとダメだろ!?
匿名の相手ならいざ知らず相手は毎日顔を合わせることになるクラスメイトなんだぞ、そんなの慎重にならないはずがない!
そのうえ自己紹介は一対一ではなく一対多、つまりはみんなに見られるという覚悟も必要になってくる。
だから一週間前には言ってもらって、言う内容を最低でも五回は見直して、そして何日か精神を落ち着けてからじゃないと!
「次俺ね。橋本悠真って言います。趣味は友達とどっか遊びに行くことかなー。特技はギター。いやめちゃめちゃ上手いから、マジで」
やり始めたの最近だろー、とか嘘つけー、とか楽しげな野次が飛んでいる。それに笑いながらエアギターで答える橋本くん。強い。強すぎる。オレが同じようなことをしたって絶対こうはならない。コミュ力とそれに伴った人脈の為せる技だ。
「えー、じゃあ次、
えっ、この流れで次オレ?
こんな盛り上がった状態から??
む、無理…こんなの。しかしいつまでも喋らず座っているわけにもいかない。
とりあえず立つだけ立とうとして、
「ッ!?」
いきなり椅子に引き戻された。な、なんだ!? イジメか!?
盛大に焦りながら背後を見るが、後ろの席の人もオレと同様に驚いていた。そのまま目線を下に落とす。…どうやらスカートが椅子の溝に引っかかってしまっていたらしい。
「え、と…」
後ろの女子生徒に軽く頭を下げると、引っかかっていた部分を苦戦しながらもなんとか外して今度こそ立ち上がる。
案の定と言うべきか、周囲からは妙な注目を集めてしまっていた。
「星宮ひかる…です。えっと、趣味は読書で…特技は…特にない、です。その、よろしくお願いします…」
それでも勇気を振り絞り、詰まり詰まりになりながらもなんとか言い終える。
周囲から送られてくる、申し訳程度の小さく疎らな拍手に涙が出そうだ。
オレが席に座り、劣等感に押しつぶされている間にも自己紹介は淡々と続いていく。
世の中は実に不公平だ。コミュ力つよつよな人達の溢れんばかりのコミュ力を、ほんのちょっとだけでもオレのようなザコザココミュ障に分けてくれれば今よりか公平な社会になることだろう。
自分の底知れないコミュ障っぷりを再確認しながら、その後チャイムが鳴り出すまでずっと顔を下げて机を見つめていたオレだった。
◇
「ただいまー…」
まったくもって酷い目に遭った。まさかクラス替えをしたとはいえ、二年生にもなってまた自己紹介をさせられるとは。前の人がコミュ強だったせいで余計に惨めな思いをする羽目になったし!
てかさぁ、ああいう唐突に始まる自己紹介で淀みなくスラスラベラベラ喋れるやつってなんなの? もしかして普段から自己紹介の練習とかしてたりする??
あと趣味! なんでお前らどいつもこいつもそんな良さげな趣味ばっかなんだよぉ! オレなんて人様に言える趣味なんてないから読書って言っちまったぞ!? いかにもテンプレ陰の者じゃん!
「あー…なんか昨日より疲れた気がする…」
心の中で怒涛の文句を垂れながら素早く着替えを済ませると、そのままベッドに寝転がってスマホをいじり始める。
とりあえず惰性で続けているソシャゲのログボだけ回収したら、その後はTwitterを見たり、まとめサイトを見たりしながらご〜ろごろ。
オレにとって帰宅後のルーティンと言ってもいい程にお馴染みとなった、いつもの過ごし方というやつだ。文句のつけようのない最高の青春だな!
「へぇ、あのゲーム新作出るのか。と思ったらまたリメイク…? 最近多くない?」
読んでは他の記事へ飛んでを繰り返しつつ、間にTwitterを挟む。しばらくそんなことを続けていると、幾つ目かのまとめサイトでとあるタイトルが目に留まった。
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Vtuber事務所オンライブ、三期生募集開始!!
〇20XX年X月X日 □VTuber オンライブ
────────────────────────
Vtuberは今じゃオタクの必修科目になりつつあるからな、もちろんオレもよーく知っている。
だがオンライブという名前には聞き覚えがない。大手のまとめサイトでこんな大々的に記事にされるくらいだし、間違いなく有名なのだろうが…。
スマホで検索エンジンを開き、『オンライブ』と打って検索をかける。動画から公式サイト、果てはwikiまで出るわ出るわ。
パッと目を通したが、間違いなく向こうの世界にはなかったVtuber企業だ。
再びまとめサイトに舞い戻り、記事の中身を読み進めていく。どうやら三期生はこれまでの一期生、二期生よりも募集人数が多く、配信未経験者でも応募できるらしい。記事の最後は「遂に俺にもチャンスが巡ってきた!」という管理人の言葉で締めくくられていた。
…ふむ。
オレはスッと立ち上がると、部屋に備え付けられた鏡の前まで移動する。可愛い。千人に一人…いや、一万人に一人くらいの美少女がそこにはいた。
だが可愛いのは見た目だけではないのだ。
『あーあー』
そう。声まで可愛いのである。顔だけでなく声まで文句なしにかわいい。甘い感じというよりは、ちょっとクール系といった感じの声だ。
『〜♪』
耳に残っていた最近よく聞く曲なんかを歌ってみたりしてみる。我ながら悪くない。自分のポテンシャルの高さが恐ろしくなってしまいそうになる。
…これ、もしやイケるのでは?
不特定多数の人達に見られながら話すのは確かに怖い。だがVtuberなら直接面と向かって話すわけではないし、今のオレは女の子なわけだから自然と女性Vtuberの方々と仲良くなるチャンスも手に入るかもしれない。
それはつまり、コミュ障とボッチ、その二つから同時に脱却できるってことなわけで。
「………」
結論。遂にオレにもチャンスが巡ってきた!
そうと決まれば善は急げ。さっきのまとめサイトに貼ってあったリンクからオンライブの公式サイトに飛ぶ。
デカデカと表示される三期生募集の文字。応募要項を見てみれば、確かに配信未経験者歓迎! と書かれている。そしてさらに下へスクロールしていって…
「…えっ?」
見えてきたのは、灰色になった応募ボタンだった。
そしてその下にはこんなメッセージが。
────────────────────────
たくさんのご応募ありがとうございました。こちらは締切日となりましたので応募を締め切らせていただきます。選考までもう少々お待ちください。
────────────────────────
……終わってんじゃん、募集。
締切日を見てみれば、応募はつい数日前に締め切られていたらしい。まとめサイトに戻り記事を確認するが、記事が投稿された日付は実に一ヶ月以上も前だった。
「はぁあぁあ…なんだよもう…」
思わずそんな声が出てしまう。そりゃリンクから飛ぶのを繰り返していればこういうこともあるだろうけども。それにしたってなんというか…はぁ…。
オレのやる気を返してくれよ、などと誰に向かって言ってるのか分からない文句を呟きながら、しばらくだらーんと力なくベッドに身体を投げ出していたオレだったが、しばらくして冷静になってくると、むしろこれでよかったんじゃね? と思えてきた。
いくら素人歓迎とは言っても経験者がいたらさすがにそっちを採用するだろうし。それにもしもオレが選ばれたとして、視聴者を楽しませることができるかと言われたらそんな自信はない。というかオレのことだ、顔が見えないと言っても絶対緊張するに決まってる。
…うん。間違いなく応募しなくて正解だったわ。
公式サイトのトップページに戻ると、そこではオンライブに所属しているVtuberの一覧が表示されていた。
これも何かの縁だし、今日はオンライブの動画を見てみるとしよう。向こうでは出会えなかった推しを見つけられるかもしれない。
「
Vtuberは見るだけにしとくのが一番だよな、やっぱ。
そんな具合に華麗な変わり身を見せながら、明日が休日というアドバンテージをフルに使い、片っ端からオンライブに所属するVtuber達の動画を見ていったのだった。
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