「先輩が!」じゅうさん!
「よーつばちゃんっ」
「っわ!」
10分後、着替えた優也は四宮たちと合流した。軽く肩にポンと手を置けば、四宮はいつもより過剰に反応する。
「もう、びっくりしました」
「ごめんごめん」
こんなに分かりやすい四宮は、畑で抱きしめた時以来かもしれない。
優也は『こんなことで素を見たかったわけじゃないのにな』、とつまらなく思った。
「あれ、霧子ちゃん、そろそろシフトの時間じゃない? 午後からだったよね」
「……大丈夫よ。アタシよ?」
「いってらっしゃい」
「ちょっと、アタシを置いていくの」
「シフト融通してもらったんでしょ? いってらっしゃい」
「……むう」
霧子はむくれながら、何度も何度も振り返って、「いいの?」「本当に?」「アタシよ?」とチンタラ教室に向かって行った。
優也と四宮はそれを苦笑いで見送り、さて2人になったので少しの沈黙が降りた。
「ねえ、よつばちゃん。俺と一緒に文化祭回らない?」
「え? それは、願ってもないことですけど……」
「けど?」
「他の、お友達とかと回らなくていいんですか?」
「なんで? 俺はよつばちゃんとがいいのに」
コテ、と首を傾げる優也に、四宮はギュンッッッ!!! と心臓を縮めた。
く、くそう。わざとやってるって分かってるのに。あざとい人だ、本当に!
「じゃあ、ご一緒させていただきます」
「うん、ありがと!」
優也は本当に嬉しそうに笑う。
四宮はそれを信じることはできないが、やっぱり嬉しいから、騙されていてもいいかな、と思ってしまうのだ。優也はそれだけ魅力的だった。
「てか、メイド服じゃ無いんだね」
優也は残念さを隠してそう言う。
四宮は文化祭のクラスTシャツに体操服のズボン、という色気のない格好をしていた。髪だけは、メイドの時と同じシニヨンのままだ。
「はい、私午後は全部空いてますし、動きづらいので」
「えー、見たかったなあ、よつばちゃんのメイド姿」
「恥ずかしいですよ」
「いーや、絶対似合うね」
「何を根拠に……」
声色は呆れていたが、四宮はくすくすと笑った。
だって優也があまりにも大真面目に言うものだから、おかしいと同時に嬉しくもなった。
「優也ぁー」
至福の時間に割って入る声に、優也は舌打ちを堪えた。
「あれ、四宮ちゃんもいるじゃん。文化祭どう? 楽しんでる?」
「キャプテンさん。はい、おかげさまで」
キャプテンだ。彼は蛍光色で『ヒステリック魂』と書かれたバカみたいなクラスTシャツを着こなして、両手には買い物袋を4つも引っ提げていた。彼の担任はヒステリックである。
「邪魔すんなよ」
「おー優也。ちょうどいいや、運ぶの手伝えよ」
「はあー? 見てわかんねえの? デート中なんですけどぉ?」
ピシリと固まった四宮に気づかなかったことを、優也は今後の人生で何度も後悔するハメになる。
キャプテンはそんな四宮の様子をバッチリ目撃していたので、フム、と考えて四宮に話しかけることにした。
「四宮ちゃん、ごめんだけどちょーっと手伝ってくんない? もう腕パンパンでさ……クレープ奢るし、ねっ?」
「えっ、ええと……」
四宮はどうしよう、という顔をして、チラ、と優也を見る。
手伝ってあげたいけど、優也先輩は嫌みたいだし、どうしようかしら。
そんな顔で、不安そうに優也を見上げた。
「……トッピング全乗せな」
「おー、サンキュ」
「お前マジで覚えとけよ」
上目遣いにそんな顔をされては優也が折れるしかない。ここで断ろうものならこの後のデートが気まずいものになってしまう。というか器の小さい男に見られるのも嫌だ。
キャプテンの作戦勝ちであった。
優也は買い物袋を2つ引ったくって、四宮に「行こっか」と笑いかける。これに四宮は慌てて、「私も持ちます」とまた困った顔で言った。
「いいよいいよ、重いし」
「でも、私だけ手ぶらというのも」
「うーん……あ。ちょっと待ってて」
「?」
優也は袋をキャプテンに押し付けたかと思えば、ズンズンと屋台の方に歩いて行って、何かを買って帰ってくる。
「はいこれ。食べてもいいよ」
「リンゴ飴……?」
四宮は本気で意味がわからないわ、という顔をした。促されるままリンゴ飴を両手で持つが、優也の意図が一切分からない。
「あの?」
「可愛いから持ってて」
「…………」
四宮は目を少しばかり見開いて汗をかき、押し黙ってギギギ…と俯いた。
照れているのだ。分かりにくい。
「優也、引いてんじゃん」
「照れてんだよ。かっわいいな」
優也にはお見通しだったが。もちろん、
(り、リンゴ飴のことよ、思いあがっちゃいけない。リンゴ飴が、可愛い。私じゃないわ)
と考えていることもお見通しなので。
「声かけられないように、俺のそば離れないでね。今日外部の人もいるし、よつばちゃん可愛いから」
残酷なくらいズバッと言った。
四宮は上手い反応ができず、壊れた人形のように、ガクガク首を縦に振る。目はキョロキョロと忙しなく泳ぎ、変な汗をかいた。体がガチガチに緊張しているので、不自然に肩が上がっている。
何とも可愛くない照れ方。顔をひとつも赤くせず、身に余る幸福に恐怖さえ感じている。優也はそれを可愛い可愛いとニコニコ見守ったが、キャプテンは若干引いていた。
◇
数分後、無事キャプテンのクラスのブースに着いた四宮たちは、バックヤードでクレープをご馳走になっていた。高校生が出す店のものにしてはボリュームがあり、聞くところによるとクラスの中にクレープ屋が実家の生徒がいて、協力してもらったんだとか。
「美味しい」
「ねー。よつばちゃんのいちごだったっけ?」
「はい。優也先輩はチョコバナナでしたっけ」
「そそ、定番。一口食べる?」
「え」
「あーん」
「セクハラだぞ」
「いでっ」
キャプテンが缶ジュースを優也の頭にゴンッと乗せる。「何すんだよ!」と文句を垂れる優也を尻目に、「コイツがごめんねー」と四宮に爽やかに謝った。
「い、いえ」
「嫌なことあったら『優也先輩なんか嫌いですっ!』って言ってやればいいよ。1週間は寝込むから」
「流石にそれは、どうでしょう」
「マジマジ。あ、紅茶とコーヒーとオレンジあるけどどれがいい?」
「じゃあ、紅茶で。ありがとうございます」
「どーいたしまして。優也はオレンジな。お前コーヒー飲めねえし」
「飲めるけど!?」
本当に飲めるのに飲めないことにされている優也は(見た目がミルクティーの妖精みたいなので)必死に四宮に向けて「飲めるから。俺朝コーヒー派だから」と弁明していた。
その後ろでキャプテンはスティックシュガーを5本開け、コーヒーにザーッと全て入れてしまった。
「うわ、お前その飲み方やめろよ。てかそれアイスだろ。溶けんの?」
「いけるいける。マドラー持ってきたし。やっぱコーヒーは甘くねえとな」
「将来絶対糖尿病まっしぐらだわ」
「あ、てかゴミ箱ねえや」
「私捨ててきますよ。ちょうどリンゴ飴も食べ終わったので」
「じゃあ一緒に行こっか」
優也が慌てて立ちあがろうとしたのを四宮は制した。そして手にクレープを握らせ。
「持っててください。可愛いので」
と言って、ポカンとする優也とキャプテンを置いて、さっさと行ってしまった。
「……やるなあ、四宮ちゃん」
「え、生意気……可愛い……」
◇
「……ふふ」
四宮は優也の顔を思い出して笑った。
まさかそんなことをされるとは思っていなかった、と大きく顔に書いてあるのだ。優也にそんなことをする女の子なんていなかったのだろう。
四宮はちょっと意地が悪い優越感に浸っていた。
(だってそれしかないもの)
どこまで行っても、優也と四宮は対等じゃない。優也が圧倒的に強くて、四宮に甘いだけ。甘いから驚いて固まったりするし、ある程度生意気な態度をとっても許されている。
だからそんな、雲の上の彼に、何か特別な思いを抱くなど、虚しいだけだ。
万が一、億が一、兆が一、優也と気持ちが通じ合ったとしても、四宮の方が潰れてしまうだろう。優也と関わるには実力も、容姿も、頭脳も、そして自信も、四宮は何もかも足りていない。
学生で終わる縁。
四宮はそう認識していた。
(でも、楽しいな)
だけど、今だけは。
「───そんなの、ダメよ」
「え?」
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