「先輩が!」じゅういち!
「またいらしたんですか」
四宮の声には棘と呆れが乗っていた。
夏祭りからちょっと経ち、新学期。まだ暑さの残る中で、四宮は相変わらず畑仕事に勤しんでいた。夏が終われば次は秋。秋野菜の世話もしなければならないし、冬に向けての種まきもしなければ。コタツが持ってくる苗は、結構無茶振りなものが多いのだ。四宮は農家になるつもりなどないのに、次から次へと『これ植えろ』と持ってきて大変だ。
つまり、四宮は暇じゃないのだ。
「うん、またよつばちゃんに会いに来ちゃった」
「ぐう……」
優也は必ず、週に2回は畑に来る。そうでなくても毎日会うし、一体どこから時間を捻出しているのだろうか。
「部活の方はいいんですか」
「今日は休みでーす」
「そもそも、受験生でしょう」
「俺、推薦組だもんねー」
「じゃあ尚更ダメじゃないですか」
しかも9月受験である。
「でもやること無いし。受験勉強も終わったし、面接練習も問題ないし、あとは本番だけ」
「そうですよね、優也先輩はそうですよね……」
四宮は優子の顔を思い出した。テスト前、図書館で勉強していた四宮に、優子は勉強を教えてくれた。『先輩は大丈夫ですか?』と聞いたら、『テスト前ってやることなくない?』と返ってきたのだ。内容の履修が完璧だから、本当にやることがないのだろう。天才な上に努力もできる、この双子はそっくりだ。
「私には一生共感できない……」
「?」
優也はパラソルの下で首を傾げた。
優也はプラスチックのテーブルと机、青と白のパラソルの下にいる。これは四宮が用意したものだ。また倒れられたら敵わない、といつの間にか設置されていた。夏祭りの一件から、優也は四宮に警戒されているから、これは結構ビックリ。言外に『いつでも来ていい』と言われているようなものだ。
「来ないでと言っても来るでしょう」
「えー、よつばちゃんが本気で嫌だったら、俺来ないけど」
「そ、それは」
「顔も見せないよ。もう会わないって誓う。ほら、俺フェミニストだから」
四宮は思い切り『ウワ!』という顔をして葛藤した。
揶揄われている。
そうわかっているものの、気の利いた返しが思いつかなくて困った顔をした。優也はそれをニコニコ見ている。
「……いじわる」
「! ごめんごめん。よつばちゃんが可愛くって」
「知りません」
「嫌いになった?」
「……なってません」
調子が狂う。あの夏祭りの日から、四宮は優也の前で平静を保てなくなった。いつもなら、頬を膨らませて『もう、意地悪しないでください!』と冗談めかして怒れるのに。でも、なんだか優也には全て見透かされている気がして、上手い対応ができないのだ。
四宮はある意味マニュアル人間だ。マニュアルがあることは失敗しないし、ないものもその都度作って対応してきた。でも、優也のマニュアルとは? 傾向なんて掴めない、底の知れない人なのに。
四宮は戸惑っていた。
◇
「メイド喫茶……」
「おうオレがメイド長だ」
「なんでよ」
秋にある一大イベントと言えば、そう『文化祭』である。
四宮のクラスは多数決の結果、メイド喫茶を行うことになった。サンタは早くもメイド服で、厳しい顔をしてテーブルクロスを縫っている。
「裁縫も料理も給仕もできるもんね。なんで?」
「そりゃ、料理男子はモテるだろ? じゃあついでに裁縫もできた方がいいし、プラスしてマナーのある人間はモテる。完璧なマナーを身につけるには、給仕してくれる人の仕事も知っておいた方がスムーズだ。というわけで、オレはメイド長になった」
「相変わらず思考の飛躍がひどいね」
さて、四宮の分担は衣装係である。理由は『ミシンが使えるから』。単純でわかりやすい。テーブルクロスに刺繍を入れるサンタの傍ら、四宮はメイド服にリボンを縫い付けていた。
「メイドやればよかったのに」
「やりたい子いっぱいいるでしょ」
「え? でも優也先輩に見せられんじゃん」
「ンぐっ!」
「うお。大丈夫?」
四宮はケンケン噎せて、涙目のまま声も出せずに三田を睨みつけた。そして三田にもらった水を一気に煽り、やっと咳がおさまる。
「……急に何言うの」
ガラガラの掠れ声で言われた三田は、ちょっと困って、『だってさ』と言う。
「優也先輩、四宮のこと好きなんじゃないの?」
「滅多なこと言わないで。そんなのじゃないから」
「ええ? ホントに〜?」
「黙って。ちょっと揶揄われてるだけ、私なんかを相手にする理由が無いでしょう」
三田は絶句した。だって優也は、どう見ても本気で四宮を狙いに行ってる。でなければわざわざ毎日のように畑に行かないし、夏祭りにも誘わないし、七瀬に対して怒ったりしない。
まさかの事態が起こっていた。四宮は本気で、優也に相手にされるわけがないと思っているのだ。
「それ、本気?」
「? 本気だけど」
「……いや、オイ。優也先輩かわいそう」
「何がよ」
じっとりと睨めつけられてもなお、三田は優也に同情的だった。しかし、『でも』と思い、四宮に問いかけてみる。他に人もいないし好都合だろうと。
「四宮は、優也先輩のことどう思ってるの?」
「いい先輩だと思ってるけど」
「そうじゃねえよ、分かってんだろ」
「別に何もないわよ」
あ、これ機嫌悪いやつ。
敏感に察した三田は大人しく黙ってまち針を刺した。全く、どこまでも自己肯定感の無い女である。
◾️
「えーっ! よつばちゃんメイド服着ないの!?」
「なんで優也先輩は着るんですか!?」
放課後、いつものように畑にて、四宮と優也はお互い別の意味で驚いていた。
「てかなんで着てきてるんですか!?」
「え、可愛いでしょ?」
「可愛いです」
優也のクラスはコスプレ喫茶をやるらしい。奇しくも四宮のクラスとコンセプトがやや被っていた。
優也はメイド姿である。体型を隠すためか、スカート丈はくるぶしまであるロングスカートだった。大きめのパフスリーブの肩と、腕に吸い付くタイトな袖の対比でさらに華奢に見える。ご丁寧にウィッグまで被っていて、どこからどう見ても金髪碧眼超美人なメイドさんだった。ただし身長は180センチ近くある。
「最高ですね」
「よつばちゃんは本当に着ないの?」
「着ませんよ、そもそも裏方ですし。当日急に欠員が出るー、とかあっても他の子もいますし」
「えー、見たかったなー」
「恥ずかしくて着れませんよ。サンタは着るので、時間があればお越しください」
「え? え、なんでサンタくん着るの?」
「───って、話したばかりだったのに!」
「フラグ回収ってやつだな」
四宮は顔を赤くして三田を睨みつけた。羞恥と怒りによるものである。
そう、四宮はメイドさんになっていた。
遡ること2時間前───
「どうしよう、小川ちゃん来れないって!」
文化祭当日、最終確認をしていた教室にそんなニュースが飛び込んできた。
「うそ、じゃあメイド足りないじゃん!」
「代わりに誰かが着ないと───って言っても……」
小川ちゃんは小さい女子である。具体的に言うと身長150センチの、ふわふわしたリスみたいな癒し系女子だ。その子に合わせて作られたメイド服を着れる女子はいなかった。なんせこのクラスは運動部女子が多く、160センチ以上がほとんどというミラクルが起きているのである。
もちろんそれ以下の女子もいるが、流石に小川ちゃんのメイド服は入らない。今から直すにしても、布や着丈が足りないだろう。だってミニスカだし。
「メイド長、どうします!?」
メイド長、すなわち三田に視線が集まる。三田はグッと目を閉じて息を吸った後───教室から静かに出ようとしている四宮を捕まえた。
「四宮ァ!!」
「嫌!!」
羽交い締めにされた四宮は必死に抵抗するが、身長差もあって虚しくも三田には効いていない。そもそも三田は柔道とか合気道とかその他もろもろを齧っている。
「お前身長何センチだ!?」
「2メートル!」
「嘘つけ154だろ!!」
背の順で前から2番目、それが四宮である。
「嫌、嫌! サンタ、嫌!」
「よーし人員不足はこれで解決したな!! ほら四宮採寸だ!」
「嫌ー!」
哀れ、四宮は三田にヒョイっと担がれ、抵抗しながら家庭科室に連れて行かれた。
「……やっぱあの2人、付き合ってんのかな」
あらぬ誤解を受けつつ、四宮はメイドさんになったのだ。
「ねえ、短いでしょ!?」
「みんなこのくらいだろ? パニエとドロワーズ入れてっから動いても大丈夫だし」
「そういう問題じゃなくて……!」
四宮は必死にスカートの裾を引っ張りながら、裁縫道具を片付ける三田に不満をぶつけた。
ミニスカートのメイド服は裾が太ももまでしかない。見る分には最高に可愛くてバランスの取れた丈感だった。
しかし着るとなると話が違う。普段足を出さない四宮にはハードルが高いし、黒のニーソックスなんて着た事もない。こんなコスプレみたいな格好恥ずかしい! と四宮は羞恥で顔を真っ赤にしていた。
「ほら次はメイクだメイク。座って座って」
「う〜……! ねえ、ほんとに着なきゃだめ?」
「駄目に決まってんだろ」
四宮の顔をマッサージしながら三田はバッサリ切り捨てる。メイド長としての責任があるのだ。
「アイシャドウ何色にする? リップに合わせてもいいけど」
「……」
「四宮、往生際悪いぞ」
「……茶色」
「ブラウンなー」
四宮はもう観念して、なぜかメイクもできる三田に全て任せたのだった。
◇
「ねえ、これブラウンっていうかゴールド」
「終わり終わりー! 早く戻るぞー」
渡された手鏡を見ながら、四宮は訝しんだ。
メイクは可愛いのだ。普段の自分とかけ離れていて楽しい。キリッとした眉はいかにも仕事ができそうに見えるし、くるんとカールしたまつ毛も、ツヤッとしたチークも、じゅわっとグラデーションになっているリップも可愛かった。
でも、肝心のアイシャドウはブラウン……? と首を傾げたくなるような色をしていた。ラメがたくさんでキラキラ光っている。ベースはブラウンだ、でも……。
「これ金色じゃない?」
「……楽しくなっちゃった」
「……あっそ」
四宮は全て諦めた。
「えっ、四宮ちゃん可愛い!」
「ほんと、お人形さんみたい!」
「ドウモ……」
教室に戻った四宮は、ドアを開けた途端ワッと女子に囲まれた。
というのも、着飾った四宮は本当に人形のように可憐だった。元々華奢で小柄だから、フリルやリボンがよく映えるし、諦めで憂いを帯びた表情は幼さを打ち消している。四宮が全力で抵抗してローテールになったツインテールはツヤツヤとしていて、畑仕事で鍛えているため足も細い。素材としては完璧だった。
「え、四宮可愛くね?」
「おん」
「え、どうする?」
「四宮は無理だぞー」
「ウオっ! 三田!」
にわかに沸き立った男子たちに、ヌッと現れた三田が釘を刺す。
「優也先輩、四宮狙いだから」
「……え、マジ!?」
「マジマジ」
「ゼッテー無理じゃんそんなん! あっぶねー!」
「七瀬危なかったな!」
「え何!?」
「締められるとこだったな!」
「何!? オレ締められんの!?」
全ての責任は何もわかっていない七瀬に押し付けられた。
優也は憧れの先輩であると同時に、怖い先輩でもあるのだ。
「ともかく、これで準備はバッチリだな! 文化祭1日目、気合い入れていくぞー!」
『おー!!』
◾️
「おい、あの子可愛くね?」
「うわ、ほんとだ」
カツカツ、カツカツ。上品なヒールの音がする。そこから視線を上げると、スラリと長い足が、さらに上を見ると細くくびれた腰、ボリュームのある胸、華奢な肩。丁寧に巻かれたブラウンの髪は、風に吹かれるたび花の香りがする。
彼女は大きなサングラスをかけていて、顔の半分は見えない。しかし、その顔の小ささや、形の良い唇、綺麗な肌からは、美しさが隠しきれていない。
彼女は堂々とした足取りで校舎へと立ち入る。そしてある教室を見つけ、ニヤリと唇を吊り上げた。
「───やっと見つけたわ」
嬉しそうな声で彼女は言った。
ドロリとした声だった。
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