「先輩が!」じゅう!

弁護士サンタを呼んでくれ……」


 四宮はくしゃくしゃの顔で降参のポーズを取った。目の前には眩しい金髪の美形が2人。救護室のお姉さんは「修羅場ね……!」と目をキラキラさせていた。


【経緯】

 四宮の怪我の具合はなかなかのものだった。

 まず肩にはクッキリと手形のアザが残っていた。相当強く掴まれたのか、爪の跡が内出血になってヒリヒリと痛い。更に優也がめざとく見つけた手首も赤くなっており、アザにはならないものの見てて痛々しかった。

 しかし四宮はただ、ホッとしていた。霧子から借りた浴衣に血がつかなくて良かったと。そのあからさまな表情に美貌の2人は眉を顰めて、四宮を問い詰めているというわけだ。


「言い訳を。言い訳を聞いてほしいです」

「言ってみなさい」

「ああいう手合いはしばらく耐えてればスグいなくなるので、放っておいても大丈だいじょう

じゃないわよ。黙りなさい」

「ハイ」


 四宮の意見は通らないようだ。

 霧子は眉間に皺を寄せて、明らかに不機嫌だ。座っている四宮を見下ろす霧子は鬼のようで、ツノが生えてやしないかと思わず額や頭を見てしまう。しかし怒っている美人をずっと見つめる度胸もないので、四宮は気まずげに下を向いていた。


「四宮!!」


 救世主はいつも突然だ。


「サンタ!」


 息を切らして入ってきた友人に、四宮はパッと顔を上げて安心し切った声を出す。ああ、これで助かった。と。


「怪我したって、何があった? てか大丈夫なの?」

「怪我は大丈夫。ちょっと、吉川さんたちに絡まれちゃって」

「ああ……ドンマイ、あんま気にすんなよ」

「うん。ありがと」


 そんな会話をするが、三田が来たからと言って助かったわけではないので。


「サンタくんも事情知ってるの? そのヨシカワってやつのこと、教えてくれない?」


 魔王の貫禄の優也に逃げ道を潰されてしまった。



 ◾️



 四宮と三田は、知っての通り中学の同級生だ。しかしこれだけでは2人の関係は説明できない。それは中学に入学して1ヶ月が経った頃であった。


『なんかオレたち、浮いてない?』

『確かに……!』


 周りから何故か浮いている。

 友達ができないどころか話しかけられないし、話しかけてもすぐに会話を切り上げられる。

 これは何故か。四宮と三田は真剣に話し合った。


『と言っても、サンタはわかりやすいよね』

『ミタな。わかりやすいって、何がだよ』

『だってきみ、休み時間の15分でトランプタワーチャレンジしたり、アリの行列の観察してレポート提出したり、掃除の時もエプロン・三角巾・マスク・ゴム手袋装備のガチ勢だし、そりゃ浮くわよ』

『どうして!?』


 三田は本当に驚いた顔で叫んだ。何も疑問ではないのに。これで三田が浮いている理由は、ひとまず解明された。しかし問題は。


『四宮はなんで浮いてるんだろ』

『サンタと友達だからかな』

『責任転嫁すんな。真面目に考えろよ』

『大真面目だが?』


 四宮と三田は腕を組んでウンウン考える。そして考えた末、ひとつの結論にたどり着いた。


『お前、イジメられてね?』

『そ、そんな……!?』

『いやだって、吉川だっけ、その辺のグループに目付けられてね。心当たりある?』

『……………………あ、3年で1番カッコいいって言われてる先輩と接点あるわ』

『それか?』


 3年の人気がある先輩と四宮は接点があった。と言っても、先輩お気に入りのキーホルダーを拾っただけだが。しかし片思いの相手からもらった大事なものだったらしく、四宮は大袈裟なくらいに感謝されて、ときどき挨拶したり、廊下で世間話する程度の仲になった。


『それだけだけど』

『いや〜……オトメゴコロって複雑だよな』

『どういうこと?』

『つまり、吉川たちはその先輩が好きで、先輩と1番仲良いお前に嫉妬してんの』

『嫉妬』

『お前その辺鈍いもんな』


 鈍くなんかないわよ。

 四宮は眉を顰めて怒ったが、三田はウーンと頭をかいた。四宮は良いヤツだと思うが、女子のそういう機微に疎い。別に悪いことしてるわけじゃないし、空気が読めないわけでもない。むしろ、体調の悪い三田をひと目見て『保健室行くよ』と間髪入れずに言うくらいには察しはいい方だ。

 でも中学に上がって、周りがどんどんませて行く中で、四宮はちょっぴり波に乗り遅れた。

 それだけだ。本当にそれだけ。


『とりあえず、その先輩と距離取ったほうがいいの? よくわかんない、仲良いってほどじゃないのに』

『ン〜……、まあ、ただのやっかみだし、気にしないでいいんじゃね? 吉川たちも、おとなしくしてりゃ飽きるだろ』

『フウン。まあ、サンタが言うなら』


 まあ結果から言うと、その選択はミスだったわけだが。


 ◇


「───とまあ、そんな感じで。サンタは元々避けられてたし、私は察しが悪かったもので、相手を更に怒らせてしまいまして。もう過ぎた話ではありますけど」


 絶句。霧子の表情を表すなら、これが最適な言葉だろう。

 霧子は理解できなかった。気に食わないヤツをイジメるのは、まあ、わかりたくはないけど、そういうヤツがいるってことは知ってる。

 でも、高校生にもなって、わざわざ他校に行った四宮のことをしつこくイジメるのは訳がわからなかった。そこまでしてすることじゃない。


「じゃあ。じゃあ、アンタら、3年間どうしてたのよ」

「え? ああ、なんかずっと同じクラスだったから、1人ではなかったな。オレら問題児だったのかも」

「それはサンタだけでしょ」

「いやお前も『なんで先輩に直接渡さないの?』ってラブレター渡すの拒否って悪化させてただろ」

「う……それは、その時は伝書鳩みたいで嫌だなって思ったから。今はもうそんなことしないもん」

「もんって」

「サンタも言うでしょ!?」


 ギャーギャー騒ぐ2人を視界に収め、霧子はあまりに陰湿なイジメにふらついた。

 どこまでも真っ直ぐ生きてきて、まさかイジメられる対象にすらならない霧子には衝撃が強過ぎたのだ。


「アタシ、外の空気吸ってくる……」

「えっ、霧子ちゃん?」


 霧子はふらふら出て行った。四宮は思わず追いかけようとしたが、途中で「あ、1人になりたいんだわ」と思いとどまってやめた。相手を観察するのは四宮の十八番だ。


「サンタくん、八代ちゃんとこ行ってあげなよ」

「え?」

「もう夜だし。俺よりは喋ったことあるでしょ」

「あ、はい」


 ずっと黙っていた優也がニコリと喋り出す。あまりに唐突だったから、三田は疑問を感じる前に頷いて、四宮に手を振って霧子を追いかけた。

 そして四宮にニコ、と微笑む。


「……?」


 笑顔の意図が読めなかった。優也はいつも、何を考えているのかわからない。笑っている顔で怒っていて、泣いている顔で白けているような人間だ。

 わからないことがわかる。

 それが四宮からの優也の評価だった。


「まだ隠してること、あるよね」

「───!」


 目を見開く。体には不自然に力が入って、涼しい部屋なのに汗をかいた。

 優也の笑顔が恐ろしかった。

 ひく、と反射的に喉が鳴る。

 ああ、触れてほしくない。知ってほしくない。関わりたくない。思い出したくない。

 四宮の脳はぐるぐる回って、視界が狭くなって、頭の後ろがカーッと熱くなって、その反面体の芯は冷えて行った。

 急に吐き気がする。指の感覚が無い。涙は出てこない。


「いいよ。話さなくていい」

「……ぁ」

「いいよ」


 大丈夫、話さなくてもいい。誰も怒らないし、責めないよ。

 手を握られながら、そう繰り返し言われて、四宮は不思議と落ち着いた。

 だって優也が言うならそうだろう。誰も怒らないし、責めない。だから言わなくて大丈夫。この人は誰よりも力があるから、誰も文句は言えない……。

 そんな打算的な納得をして、四宮は落ち着いた。


「……あの、もう大丈夫です。すみません」

「ん。なら良かった」

「……あの」

「なあに?」

「多分、ずっと、言えません」

「……」

「優也先輩の知りたいことは、きっと私にとって避けたいことだから」


 申し訳なく思いながら、四宮は白い顔のまま告げた。

 せめてもの誠意だ。迷惑をかけたお詫び。

 しかし優也はキョトリと目を丸くして、なんだそんなことかと軽く笑った。


「いいよ。話してもらえるようにするから」


 とびきり甘い笑みで、先ほどのようにいいよと言う。しかし続いた言葉はあまりにも身勝手だった。


(こ、この人、やっぱり性格悪いわ!)


 四宮は頬をひきつらせてそう思った。



 ◾️



「あ、いたいた。おーい八代ー」

「……」

「む、無視ですか」


 霧子は祭りの会場から少し離れた、川の近くのフェンスに寄りかかっていた。風に吹かれて鬱々と波を見つめる彼女は当たり前に美しく、川辺の妖精のようだった。

 三田は缶ジュースを持って霧子に声をかけたが、霧子には三田が見えていないようで、ピクリとも反応を寄越されなかった。


(き、聞こえなかったのカナ……?)


 三田は麗しのマドンナにツンとされて、涙目になりながら頑張って一歩近づいた。


「や、八代の姉御」

「姉御!?」

「飲み物買ってきやした。りんごとオレンジがあります。好みじゃなかったらまた一っ走りしやす。ウス」

「なんなのコイツ」


 霧子はドン引いた表情で、頭を下げる三田を見下ろした。

 何考えてるかわからない。

 それが霧子からの三田の評価だった。


「あ…頭上げなさいよ。アタシがやらせてるみたいじゃない」

「ウス! すいやせん!」

「あーもー黙れ!」

「……!」


 三田は「ウス!」と言いかけたが、バチンッ! と口を手で押さえてコクコク頷いた。霧子は本当に意味がわからなかった。


「・・-・- ・・-・・ ・・ ・・-・ -・-・ --・-・ -・・- ---・- ・-・・ 」

「モールス信号で聞くな! もう喋っていいわよ!」

「あ、アザス! 飲み物どっちにしますか!?」

「りんご!」


 霧子は缶のプルタブをカシュっと勢いよく開け、一気にグイッと飲み干した。

 「ヨッ、日本いちー!」と合いの手を入れてくる三田はこの際無視だ無視。


「アンタ、なんで来たのよ」

「えっ、優也先輩がもう暗いから1人じゃ危ないだろうって」

「ハア!? じゃあよつばとあの男、2人っきりってわけ!?」

「そうなりますね」

「『そうなりますね』じゃないのよこのバカ!」

「ええー!?」


 三田は心底「意外です!」という顔をして驚いた。「三田ってほんと、なんていうか……バカだよね」とスマホを探しに四宮に電話したときに四宮にそう言われたばかりなのに。ちなみにスマホはいつの間にか手の中にあった。一瞬超能力に目覚めたのかと思ったが、あれ以来同じことは起きていない。


「て、テストの点とかは、良いんですが」

「それよ。なんでアンタ常に3位以内なのよ」

「勉強できた方がモテるかなって」

「奇行で台無しよ」

「奇行……? ……???」

 

 立ち止まって考えてもわからなかったらしい。

 霧子は話の通じないこの男にため息をついて、会話を放棄した。


「ねえ、よつばをイジメてたヤツらの名前、全部言いなさい」

「な、何をする気で」

「言いなさい」

「ヒン……」


 三田は不細工に顔をクシャッとさせた。霧子は「うわブッサ」と思わずこぼして、それに三田はまた泣いた。今度は心の中で「キモ……」と思う。


「ねえ、泣き止みなさいよ。早く情報を落としなさい」

「クゥゥ、あまりにも横暴。でも顔が良い!」

「当たり前でしょ。早く」

「……言うのはできねえよ。プライバシーの問題だからな。聞きてえんなら直接四宮に聞くべきだ。それが筋ってモンだろ」


 優也先輩だってそうしてるだろうし。

 真っ当な指摘をされて、霧子はカッと顔を赤くした。

 四宮を思うあまり、本当に四宮のためになることができていなかった。ちょっとでもこっちが怪しい動きをしたら、それだけで離れていくような警戒心の強い女なのに。

 霧子は間違えたことと、優也にまんまと出し抜かれたことに赤面し、沈黙した。


「でもマ、それだけ八代が四宮のことを心配してるってことだ。オレらまだ16なんだし、間違えることなんてザラだろ。失敗は経験です。生かしていきましょう」

「ジジイか」

「シンプルに悪口だね。オレおじいちゃんは好きだけど」

「……よつば、話してくれるかな」

「無理じゃね」

「アンタなんなのよ!?」


 センチメンタルに呟いた言葉に即座に返された否定に、霧子は髪を振り乱して叫んだ。三田はちっとも怖がっていない様子で、缶に残ったコーンをなんとか出そうとしている。

 なんで残った方のオレンジジュースじゃなくてコンポタ飲んでんだよ。てか夏だし。なんであったか〜い選んでんだよ。ずっとそれ持ってたのかよ。

 ツッコミは尽きないが、いちいち相手をする方が疲れるとこの短時間で学んだので、霧子はあえて何も言わずにいる。こめかみが引き攣るように動いた。


「だっていくら仲良しって言っても、四宮とは出会ってからまだ1年も経ってないだろ? あいつ付き合いの長さを気にするタイプだから、マルっと打ち明けるとは思えねえなー」

「ケンカ売ってんの?」

「え、違う違う! オレ的アドバイス!」

「アドバイスぅ?」


 三田は慌てた様子で棒アイスを半分に割り、大きい方を霧子に差し出す。もはや怖いくらいに意味がわからなかった。いつ買ったんだよ。


「ん〜……四宮的にはさ、中学にいい思い出ってあんまし無いんだよね。どっちかっつーと、オレと2人ぼっちだったし、でも、どうしたって性別によってコミュニティが違ってくるから、1人ぼっちな場面もあって。だから……四宮が話すまで、待っててほしい。いつになるか、わかんねーけど」

「───」


 真剣な、目だった。先ほどまでの意味のわからない態度が嘘のように、真っ直ぐにこちらを射抜いてくる。逃げることは許されない眼差しだった。固い温度の籠る、眼差しだった。


「三田、アンタもしかして───」

「違うよ。オレは八代と一緒。四宮の友達」


 優しく笑う三田には、後悔も嘘も無い様だった。

 霧子は何も言えなくなって、黙ってアイスを齧る。三田も黙っていた。

 彼らの間には、どんな絆があるのだろう。霧子は考えた。

 アイスはソーダ味だった。



「あ、サンタくん、八代ちゃん、おかえりー」

「おかえりなさい」

「おお……」


 霧子と三田が帰ってくると、険しい顔の四宮と、対照的にペカペカと輝く笑顔の優也がいた。四宮は優也から全力で顔を逸らしていて、部屋のギリギリまで距離を取っている。まるで風呂に入れられた後の猫のようだ。

 でも優也はニコニコ笑っている。顔が良いことしかわからないその笑みは、霧子や三田には不思議だけど、優子が見たらこう言うだろう。『「かわいいな〜」って顔してんじゃねえよキメエな』。


「よ、よつば? どうしたの、こい……一ノ瀬先輩に何かされた?」

「今コイツって言いかけたね」

「……何も」

「本当?」

「本当! 改めて意地が悪いなって思っただけ!」

「おお……」


 四宮はムキャ! と怒って、ツンとそっぽを向いてしまった。霧子は周りでオロオロとしていたが、やがて四宮に寄り掛かられて大人しく固まるほかなかった。


「え、何したんすか、優也先輩」

「んー、宣戦布告?」


 三田はなんだそれ、とは思ったものの、楽しそうにする優也に「まあいっか」と軽く流すのであった。


「ああもう、美人って得ね!」


 四宮は珍しく、感情的に叫んだ。

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