「先輩が!」きゅう!
「いらっしゃいいらっしゃい! 射的やってるよー!」
「一等賞は最新ゲーム機! そこのお兄ちゃん、運試ししてかない!」
「お好み焼きどうですかー! ウチのが1番美味しいですよー!」
ワイワイ、ガヤガヤ。
夏の茹だるような暑さは、人々の熱気によって、カラッとした活気に変化する。
「焼きそば安いよー!!」
「何してんのサンタ」
その活気の中心には、頭にタオルを巻き、汗だくで焼きそばを焼く三田がいた。
「四宮と、八代! ちょっと待って、もう休憩だから。焼きそば食うだろ」
「食べるけど」
「大将───! 太陽、休憩入りまーす!」
三田が叫ぶと、店の奥から渋い声で「あいよ」と聞こえる。三田は客の整理をして他の店員にバトンタッチすると、パックを3つと、ビニール袋を引っ提げてやってきた。
「慌ただしくてごめんな。店の裏使っていいって言うから、そこで食おうぜ」
そう促され、四宮と霧子は店裏に入る。一気に喧騒から離れ、ここまでの道すがら、人混みにもみくちゃにされた2人はやっと一息ついた。
「はい、焼きそば。後これ、飲み物。大将がサービスってさ」
「わ、ありがとう。焼きそば代は?」
「いーよいーよ。賄いのついでだし」
「え、でも」
「綺麗なモン見せてもらったお礼。食べようぜー」
キョトン。と霧子は瞬きした。四宮は合点が入っている様子で、「違いない」と頷いている。
「ねえ、綺麗なもんって何?」
「む? ほはえら」
三田は焼きそばを頬張りながら、顎をしゃくって霧子と四宮をさす。そしてゴクリと喉を鳴らして飲み込み、天気の話でもするかのような軽さで話し始める。
「八代は白と青でー、四宮は白と黒じゃん? お揃いっぽくていいよね。金魚みてえに華やかで。いいモン見れたなーって感じ」
「……ムカツク」
「エッ!? 何かお気に触りました!?」
「サンタってなんでモテないんだろうね」
「もももモテねえわけじゃねえし!?」
三田は激しく動揺して飲み物を倒した。「もう、何やってるの」と四宮がくれたティッシュで必死にズボンを拭いている。四宮はその間にも倒れた缶を回収したり、焼きそばを避難させたりしている。三田はそれにお礼を言って、焼きそばの肉を分け与えた。
霧子はこれをブスッと眺めていた。
「アタシが説得して、やっと受け入れてもらったのに」
四宮は誉められても謙遜するたちだ。けど、三田の言うことは当たり前のように受け止めているし、一連の流れも年数を重ねた中の良さが伺える。霧子の目標は四宮の1番の親友になること。つまり三田は敵なのだ。
「鈍臭いわね、こっちに移りなさい。濡れるでしょ」
別に、誉められて嬉しかったわけじゃない。
◇
「じゃあ祭り楽しんで。オレは焼きそばを極めっから」
「うん、頑張ってねサンタ」
「三田な」
いつも通りのやりとりをして、三田とは別れた。
「ねえねえ、どこから回る?」
「今お腹いっぱいだし、くじ引きとか、射的とか?」
「いいわね! アタシ射的は得意なの!」
そんなわけで、霧子と四宮は射的屋を目指して、地図を見ながら歩く。
「真っ直ぐ行ったらすぐね。行きましょ」
提灯と店の明かりに照らされて、霧子はキラキラと眩しい。四宮はそれを、少し後ろから見るのが好きだった。自分の手を引いて歩く彼女の、前しか見えていないような、自分とは正反対の瞳。その視線が正面から注がれると、四宮はいつも卑屈になって、後ろめたい気持ちになった。だから、後ろで眺めているくらいがちょうどいいのだ。
「あったわ! って、あれ」
「ん? え、よつばちゃんと、八代ちゃん?」
「優也先輩」
目当ての店に着くと、一際目立つ美丈夫が振り向いた。
優也はなんと、浴衣を着ていた。紺の布地に麻の葉模様、締められた帯は腰の細さを強調していて、しかし弱々しい印象にはならない。繊細なプラチナブロンドは、襟足をお団子に結い上げていて、うなじが無防備に投げ出されていた。
「……! クッ、負けた……!」
霧子は優也を見た途端、ピシャーン! と衝撃を受け、爪を噛んで悔しがった。
「霧子ちゃん?」
「ちょっとメイク直してくる! よつば、一ノ瀬先輩と待ってて!」
「スイッチ入っちゃったかー」
霧子はメラメラと闘志を燃やし、下駄だというのにかなりの速さで人混みを縫って行く。霧子は闘争心が強い。ウチの女子ってベタみたいなもんだよな、と四宮は見送った。綺麗だけど、多頭飼いはできない。
「行っちゃったね」
「すみません。霧子ちゃん、優也先輩に張りあってるみたいで……」
「ううん、気にしないで。逆に好都合だし」
「好都合?」
「うん。2人っきりだからね」
ぐ、と喉が詰まる。四宮は一瞬、目をつい、と逸らし、動揺をおさえて曖昧に笑った。これに踏み込みすぎたか、と優也は判断し、特に気を悪くすることもなく話題を変えた。
「改めてだけど、浴衣似合ってるね。髪型もいつもと違うし、ドキドキしちゃうな」
「ゆ、優也先輩もお似合いです」
「ありがと♡ よつばちゃんと会うからね、気合い入れちゃった」
そう人懐っこく微笑まれて、四宮の心臓は音を立てて締め付けられた。
どうしてこんなにカッコいいのだろう。
そう疑問が湧いたが、優也だからか、とすぐさま解決してしまった。つまらないミステリである。
「あの、本当によくお似合いで……。今日は花火を見にきたんですけど、もう満足かもしれません」
「……わー」
四宮は何とか話題の矛先を変えたくて、指を擦り合わせながらそう言った。優也はこれにフリーズして、この子スゲえなと思った。つまりは花火より綺麗だと言われたのだ。いつもこの調子なのだろうか。だとしたらとんでもない口説き魔だ。
「あ、あの。失礼でしたか?」
「あ、いや、違うけど。よつばちゃんって意外と熱烈だよねー……」
「ン!?」
優也が目元を赤く染めて目を逸らすから、四宮はギク! と固まった。まさか熱烈だなんて、そんな受け取り方をされるとは思っていなかったのだ。それに、優也のような麗しの美青年にそんな態度を取られると、何だかいけないことをしているような気分になる。それが恥ずかしくて、四宮は更に言葉を重ねた。
「そ、そんなつもりはなくて。ごめんなさい、ただ、あんまりに綺麗だから何か言いたいなって、それで」
「気にしてないよ」
「絹のような眩い髪と肌と、黒に近い濃ゆい紺の浴衣のコントラストが素敵だと思いますし、結い上げた髪はうなじがよく映えて釘付けになります」
「よつばちゃん!?」
四宮は熱の時みたいにウンウン唸りながら、自分でも訳もわからず優也を褒め称える。とにかく必死で、もはやおでこまで赤くしていた。
「優也先輩が着るのならもっと華やかな柄だと思っていましたが、そういったシックなものもお似合いになるんですね。新しい一面が知れて嬉しいです」
しかし優也は口説かれ慣れているので。
「よつばちゃんもいつもと雰囲気違うね。パステルカラーが似合うと思ってたけど、黒だとすごい大人っぽくなる。俺たち同級生に見えちゃうかも」
四宮が正気じゃないとわかると、サッと話題をすげ替えた。
「ど、同級生はないですよ」
「えー、俺よく若く見られるよ。やっぱカワイイからかな」
優也は両手で頬を挟み、困っちゃうワ、と身をくねらせる。空気が変わったことに四宮は安心して、「確かに、初めて会った時もすごくカワイかったです」と冗談で返した。
「でっしょー? アレめっちゃ自信あったから。キャプテンとか騙されてたし」
「ええ?」
ごまかす言葉で口説かれたい訳じゃない。
まだ早かったか。と優也は心の中でため息をつき、ちょっとずつ慣れさせることにした。時間はかかるが、試行錯誤して行くのも悪くない。それに意識はされているってことだろう。そう考えると、話を逸らそうとする態度も見逃してやろうという気持ちが湧く。
「ウン、やっぱりカワイイ」
「? そうですね?」
あからさまにほっとした顔にムカつかなかったと言えば嘘になるが、マ、たまにはこういう駆け引きも悪くない。
四宮は怪しく目を細める優也に気付かず、「早く霧子ちゃん戻ってこないかな」とドキドキ考えた。
◇
「じゃあよつばが1番欲しいものを取った方の勝ちで」
「いいよ、付き合ったげる」
「あわわ……」
経緯。霧子は化粧を直して戻ってきた後、ちょっといい感じの雰囲気の四宮と優也を目撃した。させるかよこのチャラ男、とすぐさま間に入り込み、優也を牽制。優也も応戦。そして冷戦はヒートアップし戦争になった。勝負方法は射的だ。
四宮はこれを後ろの方から眺めるしかなかった。他のお客さんの邪魔になっちゃう、と、美形2人を取り巻く観客と同じ位置まで下がったのだが。
「あ、やっぱ四宮じゃん」
突然後ろから、遠慮のない力で手を引っ張られた。
振り返ると浴衣を着た女の子が3人。それは見覚えのある顔だった。
「うわ、卒業ぶり?」
「浴衣なんか着ちゃって、浮かれてんじゃん」
「……吉川さん、池田さん、鈴木さん」
「え、覚えてたん?」
当たり前でしょ。
四宮は呆れながらため息をつきかけたが、何とか飲み込んで「久しぶりだね」と笑う。彼女たちは中学の同級生だった。特に吉川は目立つ女子で、よく四宮に絡んで来ていた。池田と鈴木はその取り巻きだ。
「てか、相変わらず地味だよねー」
「それな! いやメイクとかして頑張ってるつもりかもだけど」
「あ、悪い意味じゃなくてね? なんか頑張ってるなーってだけ」
「……」
明らかに馬鹿にしているような顔で、彼女たちはクスクス笑う。
しかし四宮はスッと表情をなくして黙っている。付き合うだけ無駄だし、黙っていれば終わるものだ。反応したら長引く。中学の3年間で学んだことだ。
「能面なのも相変わらずかよ」
「なんか反応したらー?」
「やめなよお、陰キャの四宮が喋れる訳ないじゃん」
「……」
「てかカレシは? いっつも一緒だったじゃん」
「……」
「三田のことだよ。三田」
「……」
いや、サンタと付き合ったことないし。
そう思うものの、やはり面倒なので黙っている。
「オイ、なんか喋れよ」
まあそんなことをしていたら相手はムカつくもので。痺れを切らした池田がグ、と肩を掴んで来た。爪が食い込んで痛い。
「(でもまあ、一通り八つ当たりが済んだら帰るでしょ。我慢していれば終わるわ)」
これは四宮の中ではお決まりのパターンと化していた。早く飽きないかな、と思う。肩は多分アザになるだろうな、と他人事のように思った。
「ホントお前ってムカつくよね。中学の時から変わんない」
お互い様ね。
「ちょっと偏差値高い高校行ったからって調子乗ってんじゃねえぞ」
あなた達は落ちたんでしたっけ。
「イキってんじゃねえよブス」
アラ、自己紹介?
「聞いてんのかよ!」
聞いてるわ。わざと無視してるだけ。
心の中で反論しつつ、四宮はやっぱり黙っている。ずっとそうしてきたから。
でもそろそろ、肩が限界かもしれない。アザになるのは了承してるけど、血が出るのはいただけない。霧子から借りた浴衣であるから。でもどうしよう、振り払えるほどに力の差なんて───
「何してんの?」
低い声が後ろから聞こえたと思ったら、肩がふっと解放される。視界の端には緊張した池田の手と、それを掴む大きな手があった。
「聞いてんの?」
相手に反応がなかったから、優也はすうっと目を鋭くしてもう一度聞いた。
しかし相手は何を勘違いしたか、顔を赤く染めてどもっている。優也は「キモチワリ。」と冷たく思って、相手の手を振り払って四宮の肩を抱いた。
「よつばちゃん、大丈夫? 怪我ない?」
「……優也先輩」
「うん、とりあえず移動しよっか。1人にしてごめんね」
四宮は呆然と優也を見上げる。何が起こったかイマイチ把握できていない様子で、イレギュラーに驚いたような顔だった。
「え、ちょ、何あのイケメン!?」
「なんで四宮なんかと……」
「罰ゲームじゃね。じゃないとあんな暗いやつと歩かないでしょ」
「あーね。うわカワイソ。ビンボークジじゃん」
「え、てかマジでレベちでイケメンなんですけど」
「……ねえお兄さん、そんなの置いといてあたしらと───」
バシャリ。
「全部聞こえてんだよドブスども」
吉川達の浴衣がみるみる濡れていく。後ろから聞こえてきた地を這うような低音に振り向けば、大迫力の不機嫌な美少女が立っていた。手には空のコップ。霧子は躊躇いなく3人に飲み物をぶっかけたのだ。
「ぎゃあ! 何すんのっ」
よ。そう言い切る前に、霧子が吉川の顔を片手で掴んだ。そのまま距離を近づけ、巨大な目を釣り上げて警告する。
「アタシの親友に何してくれてんの?」
「んんん! むーっ!」
「うるせえな口臭えんだよお前。いい? 次あの子の視界に入ったらマジで締めっから。覚えとけよ」
地獄の門番のように凄まじい目を向けられた3人は、壊れたおもちゃのようにコクコクと頷いた。霧子は3秒黙ったのち、急に手を突き放す様に離して「行け」と命じる。3人は転がり出すように駆けて行き、そこには沈黙だけが残った。
「よつば! 大丈夫?」
「え、あ、うん。ありがとう霧子ちゃん。優也先輩も、ありがとうございます」
「お礼なんていいわよ。何があったのかは聞かせてもらうけどね」
「う」
「俺も知りたいなぁ」
どろり。四宮の頭上に重たい声が降ってきた。明るい声だ。天気の話でもするかのような。しかしこの状況でそんな優しい声を出されても恐怖しかなく、四宮は優也の顔が見れなかった。
「……ちょっと、シャレにならない顔しないでくれません。よつばが怖がるじゃない」
「あ、ゴメンゴメン」
霧子は正面から優也の顔を見ていた。ただの笑顔だった。でも目は据わっていて、チグハグな態度は捕食を待つ蛇の様だった。優也は指摘されるとすぐに蛇の目をすうっと引っ込めて、優しく四宮を覗き込んだ。
「よつばちゃん、怪我はない?」
「はい、大丈夫です」
「そっかそっか。じゃあまず救護室行こうね」
「え? いえ、怪我はないんですが」
「よつばちゃん」
「……ごめんなさい」
四宮が競り負けた。これは霧子からすると結構な衝撃だった。四宮は誤魔化すのが上手い。それに話のすげ替えも上手い。だから違和感に気がついても、ある一線からは立ち入らせてはくれず、曖昧な笑みで優しく拒絶されるのだ。
それを、この男は。優也は微笑みだけでアッサリと反論を潰した。あまりに強引で無遠慮で、自分の意見を通すことに疑問を抱いていない。
そうか、だからか。と霧子は納得する。つまりは傲慢さが足りないのだ。四宮相手ならもっと、他人の家に挨拶もなしに土足で転がり込む、ぐらいはしなくちゃいけなかった。そうじゃないと一生心を開いてくれないから。優也はそれをわかっていて強引なのだ。
霧子はイラつきつつも、流石上級生、と優也を観察した。四宮と付き合っていく上で、重要な参考になるかもしれない。
「よつば、怪我はどの程度? 肩よね、掴まれてたの」
「ちょっと掴まれたくらいだから、せいぜい赤くなってる程度じゃないかな」
「よつば、嘘つかないで」
「……うーん、手形はついたかも?」
「ダウト。アザになってるでしょ。早く行くよ」
優也は少し厳しい顔をして言った。これに四宮は敵わない、と気まずそうな顔をして、霧子は重ねられた嘘を見抜けなかったことに悔しくなった。
気まずい沈黙を抱えながら、3人は救護室までの道を歩く。四宮は処刑台に乗る前の犯罪者のような気分になった。
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