「先輩が!」ろく!
「優也ぁ、生きてるー?」
「うるさい」
優也はベッドの中で鼻を啜りながら力なく返事をした。白い肌を赤くして、涙目になって布団から顔を出す。額には癖っ毛が汗で張り付いていて、思わずクラッとくるような色気があった。
マしかし。優子は同じ顔であるからしてなんの感慨も示さず、「冷えピタ変えっぞ〜」とベシッとおでこに新しい冷えピタを貼った。
「つめたい」
「泣くな泣くな。ほれ、これ四宮ちゃんから」
「!」
優也はパッと顔を明るくし頬を紅潮させた。その反応に優子はオッと思い、割と真剣? と首を傾げた。しかし口を出すことでもないので、熱が治ったらからかってやろ、と黒い腹の内で考えた。
「スポドリと〜、冷えピタと〜、後はプリンとかゼリーとか。『ゆっくり休んでください』だってよ」
「プリン食う」
「おー」
優子はプリンとスプーンを渡してやって、自分も食べ始めた。
「熱は?」
「微熱。念の為明日も休んでって主治医が」
「ほおん。短くてよかったじゃん」
「うん。よつばちゃん、心配してた?」
「まあね。長時間外に立たせるべきじゃなかったってさ」
「気にすることないのに」
「ほんとそれな。図書館で熱中症予防とか調べまくってたよ。『2度と同じ失敗をしてなるものか』つって」
「真面目……かわいい……」
「何、ガチ?」
「ガチかも」
「へえ。お前本命童貞だもんな」
「ちげえし。お前だってそうじゃん」
「……」
「……」
優子と優也は何も言い返せなかったので、黙々とプリンを食べていた。嫌なところがソックリである。
◾️
「よーつーばーちゃん♪」
「優也先輩!」
「おはよ。元気してた?」
「おはようございます。先輩こそ、大丈夫ですか?」
優也はすっかり復活した。四宮の後ろからひょこりと現れ、明らかに上機嫌に声を掛ける。四宮は優也を目にとらえた瞬間パッと顔を明るくし、その後心配そうに優也の顔を覗き込んだ。四宮は小柄なので、自然と上目遣いになっていた。
「だいじょーぶ。それよりさ、差し入れありがとね。またお世話になっちゃった」
「いえ、私こそすみません、長時間外に立たせてしまって」
四宮は落ち込んだ様子だったが、「でも」と顔を上げる。
「色々勉強したので。ヒステリック先生にもお話を聞きましたし」
「それって、俺のため?」
優也は雰囲気を作って聞いた。わざと一歩距離を詰めて、グ、と顔を近づける。普通なら、いや普通じゃなくても真っ赤になって顔を背けたくなる距離だ。優也のプラチナブロンドがキラキラ光って見えた。しかし四宮には秘策があった。それは四宮の仲の良いギャル先輩の言葉だった。
『ぶっちゃけ優子と優也って似過ぎてて見分けつかんわウケ』
全くウケてなさそうに四宮の髪をいじりながら喋っていたギャル先輩だが、四宮はその言葉に天啓を受けた。
───つまり、優子と話していると思えば良いのだ。
それなら照れない。優也の顔を見たって、慣れている優子の顔を後ろに思い浮かべれば、『四宮ちゃん、ネクラがごめんね?』と言う幻覚が浮かんできて、照れよりも頼もしさが前に来る。攻略法を思いついた四宮に死角はなかった。だから、優也の目をしっかり見つめ返して口を開いた。
「いえ、先輩のためじゃありません」
「え」
「私のためです。あなたが倒れるところを見たくないので」
「うン、んん? それって俺のためじゃないの?」
「違います。うーん、どう言ったら伝わるのか」
優也と四宮は顔を見合わせて首を傾げた。
「あ、わかった。あなたのことを大事にしたいです」
「ン!?」
「お友達なので」
「お、お友達」
「はい」
「そっ……か?」
「伝わりましたか?」
「恐らく?」
優也は激しく動揺した。一瞬告られたかと思った。が、四宮にその気はなく、伝わってよかったと無邪気に喜んでいた。
想像以上に厄介かもしれない。
「沼かも」
「沼?」
四宮は「先輩って意外とオタクなのかな?」と無垢に見上げた。
◾️
「四宮ちゃん、あーん♡」
「? あ、あーん……」
「きゃ、食べたー!」
食堂にて、三田は隣で繰り広げられる天国のような地獄に全力で気配を消した。
四宮は顔が小さくて手足がすらりと長い美人の上級生2人に挟まれて、昼食のカルボナーラを手ずから食べさせられていた。つまりあーんだ。
そもそも、四宮と三田は一緒にお昼ご飯を食べていただけなのだ。仲良しだから。そしたら急に「四宮ちゃん?」と三田の知らないいい匂いがする女子2人が来て、「ちょどいて。ありがとねー!」と言われて三田の席は無くなった。だから立ってジェノベーゼを食べていた。
三田もこの通りだから、四宮はもちろん怖い先輩2人に抵抗できなかった。やけにベタベタもちもち触られるので「ひええ」と固まることしかできず、差し出されるパスタの味はわからなかった。
「あの、先輩方。私1人で食べれます」
「ええ、そんなつれないこと言わないでよお」
「で、でも。来ちゃいますよ」
「何してるのカナ!!??」
「ネクラ先輩が……」
ネクラは四宮がピンチの時、どこからともなく現れる。この前なんか、休日外国人にポルトガル語で話しかけられて困っていた所に「どうしたのカナ? 先輩が、助けちゃうゾ!」と出てきたりした。ネクラはなぜかポルトガル語が話せる。基本は才色兼備の美人なのだ。
「ネクラちゃんじゃーん」
「何って、コーハイと仲良くしてるだけだし。ねー?」
「おおお……」
「嫌がってるカラ、やめなヨ!」
「嫌じゃないよねえ?」
「あわわ」
「パワハラは、良くないと、思うナ!」
「セクハラ大魔神がなんか言ってるー」
四宮は左右から引っ張られて揺れていた。抵抗もできそうにないので、どこかに仲良しで強い先輩がいないか必死に目で探した。三田は役に立たない。
「(優子先輩か、椿先輩か、それか霧子ちゃんか、……あっ、今日ダンス部のミーティングって言ってたじゃん! じゃあなんでネクラ先輩いるんだろ。副部長なのに。とにかく早くなんとかしなきゃ! 腕が! 腕がちぎれる!)」
四宮の頭上で行われる舌戦はだんだん激しくなっていってるし、三田はジェノベーゼを食べ終わって手持ち無沙汰にしている。本当に役に立たない。
結局、自分を助けてくれるのは自分しかいないのね、と四宮は意を決して三田に合図を出した。瞬きのモールス信号だ。
「(スマホ、パスワ、番号は───)」
「(OK、連絡、誰に)」
「(強そうな人!)」
「(了解!)」
四宮と三田は中学時代、暇すぎてモールス信号を習得したことがある。
「(優也先輩すぐ来るって!)」
「(なんで優也先輩に連絡した!?)」
人選が最悪。女子のケンカに男子呼ぶな。焼け石に水、火に油、ガソリンにライターのようなものだ。
「あ、いた!」
「(来ちゃったー!)」
四宮はもう終わりだ、と無抵抗に目を閉じた。しかし。
「何してんの」
「あっ、優也くん♡」
「聞いてよお♡、ネクラちゃんがあ♡」
「聞くから、とりあえずその子離しなよ」
「はあい♡」
なんということでしょう、あんなに敵対心をむき出しにしてネクラと壮絶なディスり合いをしていた2人が、優也が現れただけで「アタシたちか弱い子猫ちゃんですっ♡」みたいな顔をしているではないか。あんまりな変わりように四宮は一瞬別人かと思った。ギチギチと掴まれていた手もいとも簡単に外れて、先輩2人はメロメロスリスリ優也に寄りかかっている。
こ、これがモテ男……!
四宮はどさくさに紛れて抱きしめてきたネクラの腕の中でゴクリ……! と喉を鳴らした。
「シノミヤチャン、大丈夫カナ!? 怖かったねえ」
「音倉ちゃん」
「……何」
四宮はおや? とネクラを見上げる。ネクラは優也のことをミリも気にしていない様子だったが、今は顔を固くして目を逸らしている。まるで怒られる寸前の子どもみたいな、罰の悪そうな顔だった。
「色々言いたいことあるけど、まずこの2人、回収できるよね」
「……言われなくてもやりますし」
「そ。じゃあ今すぐやって」
「エ、私にはシノミヤチャンを保健室に連れていって手ずから包帯を巻いてあげるという使命が」
「音倉ちゃん」
「……おら来いブスども」
「ギャッ! ちょ、引っ張んな!」
「マジ、このっ、馬鹿力!」
ネクラは意外にも、すんなりと去っていった。ズルズルと片手で相手を掴んで引きずっている。
この学校の女子割と殴り合いするもんな。
四宮は右手首をさすりながら納得した。
「よつばちゃん、怪我したの?」
「えっ。あ、大丈夫です」
「ちょっと見せて」
する、と優也に手を取られる。その手つきは気恥ずかしいほどに優しくて、四宮はムズムズと落ち着かなくなった。
「あ、赤くなってる。保健室行こっか」
「いえ、これくらいなら」
「ダメだよ。跡残ったらどうすんの。ほら」
「……!」
ナチュラルに手を繋がれて、四宮は衝撃で瞠目した。優也は何も気にしていない風で、心配そうな顔をして手を引いた。
四宮は、「ああ、やっぱりこの人、モテるんだろうなあ」と気恥ずかしく思った。なんだか、女の子の扱いに慣れている。いつもこんな風だから、みんな彼に惚れてしまうんだろう。
「気をつけなくちゃ」
「? よつばちゃんのせいじゃないでしょ。でも、次何かあったら俺のこと呼んでね」
「うう」
四宮はギュ! と目を瞑ってトキメキを殺した。
◇
「! なん、なんかあった!?」
三田は戻ってきた四宮に対して、興奮気味に尋ねた。何かを期待しているかのようにキラキラと目を輝かせている。
「なんかって、何も無いけど。普通に保険の先生に手当してもらって解散したよ。授業間に合ってよかったあ」
「エーっ! いやこういう時ってさあ、先輩に手当してもらってドキドキ! とか、教室まで送ってもらってキュンキュン! とか、あるじゃん!」
「ないよ。お昼休み終わりそうだから先に帰ってもらったし。そもそも先生いたし」
「そんな……!」
三田は悔しがって床を拳で叩いた。四宮はいつも新鮮に彼の奇行に引いていた。
『ダメだよ。跡残ったらどうすんの』
優也はいつでも優しい。けど、今日の彼は少し強引だった。手首を掴まれたくらいで、大きな怪我なんてするわけないのに。大袈裟に撒かれてしまった包帯を撫でて、四宮は呆れたように頬杖をついた。
「あれ、四宮なんか赤くね? 熱?」
「……うるさい!」
「イデっ! え、何!? なんでそんな不機嫌なの!?」
「いいから黙ってて!」
「アガガガガガ!」
鼻をつまみ上げられた三田は、訳もわからず涙目になった。ただ、前の席の四宮の耳が赤いのに首を傾げた。
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