「先輩が!」ご!

 七瀬はなんとか許してもらった。とにかく四宮に頭を下げて平謝りし、机の上にスナック菓子を置いたりして必死だった。七瀬は純粋だから、友達に嫌われるのは悲しかった。


「もう、わかったから。一緒にお菓子食べよ」

「四宮……!」

「あと、もう2度と物で釣ろうとしないで」

「はい」

 一方で優也はと言うと……。

「あ、よつばちゃ……」

「プン!」

「うう」


 一向に許されていなかった。

 それもそう。そもそも優也は四宮に近づけないのだ。だから直接会って謝ることもできないし、メッセを送ってみても「謝罪は結構です」と冷たく帰ってくるのみ。四宮は優也が約束を破ったことではなく、助け方に怒っていた。

 いくらでもやりようはあったはずなのだ。なのにあんなに大事おおごとにして、四宮は優也との関係を根掘り葉掘り聞かれて大変だった。

 女の子助けてカッコつけたかっただけじゃない。見栄っ張り。

 優也の思いなど知らない四宮からしたら、そうとしか思えなかった。そして同じく、四宮の思いなど知らない優也は───


 ◇


「約束破ったこと、怒ってるのかな」

「なんでオレに聞くんすか??」


 休日。三田はオシャレなカフェで優也と対峙していた。街をぶらついていた所を捕まったのだ。私服の優也は気絶しそうなくらいカッコよかった。クシャリと無造作にセットされた髪は三田がやろうとしたら「寝癖?」と言われそうだし、かけている丸メガネは三田がやろうとしたら心無い陽キャに「え!笑 ウケ狙い?笑笑」と貶されるだろう。しかし優也は生まれた時からその髪型のようだったし、きっと生まれた時から丸メガネをかけている。三田はそう思わなければやってられなかった。


「ねえ、よつばちゃんまだ怒ってる?」

「え、どうすかね。あいつ嫌いなヤツは徹底的に無視するタイプだし……」

「……」

「え、あ、優也先輩のことは嫌いじゃないと思いますよ!? 顔合わせるとまだ照れるって言ってましたし!」

「……ホント?」

「本当、本当!」


 優也は机に突っ伏して、(わざとらしく)涙目で三田を見上げた。その視線

に三田はオレのことが好きなのか……!? と慌てた。いやオレ女の子が好きだし。いやでも優也先輩なら……いや、優也先輩はダメだろ!? と葛藤する。三田はいつだって惚れっぽくて、いつだって本気だった。


「すいません優也先輩。オレ付き合うなら優子先輩がいいです……!」

「何言ってんの? あと優子性格悪いし彼氏いるからやめときな」

「マジか、ワンチャン狙ってたのに……!」

「いや勇気あるな」

「四宮だって言ってますよ!」

「マジ!?」


 三田が差し出したスマホの画面には、『優子先輩彼氏いるらしいぜ』『マジ!? ワンチャン狙ってたのに!』と頭の悪い会話が記録されていた。


「ハ!? 優子アイツ……!」

『まあ知ってたけど』

「知ってたの!?」

『ワンチャンもツーチャンもあるわけないでしょ。ゼロだよ』

「うぇ、ぐすっ、ひっく」

「よつばちゃん厳しー……てかガチ泣きじゃん!?」


 三田は過酷な現実に咽び泣いた。泣きながら店員に注文をしたが、メニューが何の食べ物を示しているのかわからなくて店員に馬鹿正直に聞いていた。そして丁寧に解説してくれた優しい店員に淡い恋心を抱いた。


「早くね!?」

「恋はいつでもハリケーンなんすよ……」

「そのハリケーン、最大瞬間風速何メートルなワケ?」

 ぽーっと店員を見送る三田に、優也は呆れ顔で頬杖をついた。

「どうやってアプローチしよ……オレ腹話術くらいしかできないけど」

「腹話術できんの!?」

「え、はい。教えます?」

「え?」


 優也はなぜか三田から腹話術を習っていた。三田が即興で作ったパペットを使って「うさぎさんだよ!」と喋らせる。その腕前はなかなかのもので、優也は思わず拍手を贈った。それに気を良くした三田は腹話術をしたままボイパもし、更に彼はラップもできるので、ゆるい見た目に反してHIPHOPなうさぎさんが爆誕した。


「(……いやラップはともかく、何で腹話術したままボイパ出来んの!? てかこのパペットの布何で持ってたの!? 何でソーイングセットデカイ方持ってんの!? こわ!!)」


 優也は店を出て三田と別れた後に初めてそう思った。さっきまで一緒に割り箸噛んでた自分が信じられない。


「よつばちゃんの友達、って感じだわ」


 ため息を吐きつつ、足は何となく雑貨屋に向かっていた。そしてパペットコーナーの前に立ち、ぐぬぬと葛藤したものの、結局ゆるいパンダのパペットを購入した。



 ◾️



「育ってきたなあ」

「ですねえ」


 四宮とコタツはよく茂った葉を見ながらそう言った。

 早いもので、現在7月。6月に植え替えた野菜たちは四宮の甲斐甲斐しい世話に応えるように成長していった。


「きゅうりなんかはもう良さそうだな」

「オクラとかピーマンもいい感じ。トマトはまだ青いですかね」

「そうだな、もうちっとおくか。ホースのノズル壊れたんだっけか?」

「はい。それで先生呼んだんですし」

「じゃあ取ってくるわー」


 はーい、と四宮はいい返事をして、うふふと畑を見渡した。この畑に茂る植物の全てを四宮が育てたのだ。比較的難易度の低いものだが、トマトやピーマン、オクラにきゅうりとなかなかの成果だ。この全てを自分が育てたと思うと誇らしい気持ちになる。支柱を立てるのも随分苦労したなー、と茂みを見下ろしていると……。


 ヒョコリ。


 ゆるいパンダの人形が飛び出してきた。


「え」


 パンダは控えめにぴょこぴょこ動いていて、四宮は「可愛いけど、何だろう」と当然の疑問を抱いた。どうやらパンダは畝を挟んだ向こうにいるらしい。野菜の葉で動かしている本人は見えない。


「えーっと」

「パンダ先輩……ダヨ」

「声かわいっ」


 パンダは声が可愛かった。しかし四宮は男の人? と首を傾げる。甲高いアニメ声ではなくて、教育番組のマスコットみたいな声だったから。三田ではないだろう。彼はまんまアニメ声が出せるから。


「パンダ先輩?」

「ウン。先輩とお喋りシヨ?」

「怪しいなあ。そっちのぞいてもいいですか?」

「パッ、パンダ先輩は妖精……ダカラ」

「だから?」

「真の姿を見られるト、消えチャウ」

「消えちゃいますか」


 四宮はなんとか笑いを堪えながら、なるべく真面目な声を出した。もう正体には気がついている、が、正直面白いのでもう少し喋りたい。


「じゃあお喋りしましょ」

「! ウン!」

「パンダ先輩は、私に何か用があったんですか?」

「ウン。優也クンって知ってル?」

「んふ、はい」

「パンダ先輩は優也クンのお友達なんダ」

「へえ、そうなんですか」

「でもね、優也クン、最近元気がないみたイ。気になる女の子のこと怒らせちゃったんダッテ」

「それは大変ですね」

「どうやったラ、許してもらえると思ウ?」

「んっふふ」


 四宮はもう笑いを堪えきれず、顔を背けてクスクス笑った。パンダもわかっていてやってるので、「ネエ、笑わないでヨ」と追撃した。


「わ、笑ってない」

「笑ってるヨ」

「んっふ、ごめんなさい」

「申し訳ないと思うナラ、優也クンのコト許してあげテ!」

「交換条件!? ヤなパンダだなあ」


 ちょん、と不意打ちでつつくと、パンダは大袈裟にビクッ! と反応した。そして動きが鈍くなったので、これはこちらの顔色を伺っているんだな? と四宮は推測した。


「あのね、私の話もちょっと聞いてくれませんか」

「イイヨ」

「ありがとうございます。実はね、私、その優也先輩に怒ってるんです」

「エ」

「だってね、助けてくれたのには感謝してますけど、強引だったんですもん。あの後大変だったんだから。女子にも男子にも、『優也先輩とどういう関係なの!?』って質問攻めだったんですよ」

「ウ」

「カッコつけたいだけなら、私じゃなくたっていいのにね」

「ちがっ!」

「出てきちゃだーめ」


 四宮はトン、と立ち上がりかけた優也の頭を指で抑えた。そのままなんとなく頭を撫でながら話を続ける。


「私は、目立つのってあんまり得意じゃないんです。特に仲が良くない人と喋らなきゃいけないのは苦痛だし、下世話な恋愛話も嫌い」

「……」

「だからここ1週間くらいは辛かったんです。七瀬に他校の彼女がいるって噂流して治まりましたけど」

「えっ。それって……」

「本人に許可は取ってますよ。『許してくれるなら何でもする』、なんて言うから、ねえ?」

「……」

「喋らなくなっちゃった。でもね、もうそろそろ優也先輩と会っても大丈夫そうなんです。だからね、直接仲直りしたいなって」


 ……意地張っちゃってごめんなさい、先輩。

 四宮は優也の頭から手を離して、小さな声で呟いた。後に引けなくなる前に。四宮の勇気ある一歩だった。優也は立ち上がって四宮を見下ろした。久しぶりに近くで見る彼女は、思っていたより小さかった。


「俺もごめんね、よつばちゃん。もうやらない。……許してくれる?」

「……クセなんですかねえ、それ」

「クセ?」

「いや、何でもないです。仲直りしましょ、先輩。握手!」

「ん、握手」

「……? 先輩、顔赤くないですか」

「え? よつばちゃんと久しぶりに話すから、照れてんのかも」

「でも、ちょっと赤すぎですよ。木陰行きましょ」


 優也は顔が真っ赤だった。まるでのぼせているようで、よく見るとふらふらと体が揺れている。

 冗談を飛ばせるくらいの元気はあるけど、体弱いって三田が言ってたしな。

 四宮はそういえばこの人帽子もかぶってない! 今日は日差しもあるのに! とにわかに慌てつつ優也の手を引いて木陰に誘導した。


「座ってください。大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫。そんな心配しないで」

「無理です。飲み物買ってきますから、落ち着いたら保健室行きましょうね」


 四宮はとりあえず、と言って自分の水筒を渡した。首にでも当ててください。とテキパキ動いて、口を挟む間も無く飲み物を買いに走る。優也はぼーっとしながら四宮の背中をずっと見ていた。

 さて、ここで話は遡る。



 ◾️



 園芸部顧問のコタツは、四宮の畑の様子を見た後、ホースのノズルの替えを取りに行くためにしばし席を外した。そのしばしの間で、生徒たちが面白いことになっていたので瞬時に物陰に隠れた。


『パンダ先輩……ダヨ』

「ブッ!」


 コタツはその時点でギブアップだった。面白すぎる。何をどうやったらパペットでご機嫌取りだなんて思いつくのだろうか。アレは優也の苦肉の策に違いない。

 実際、人生で顔のみで人のご機嫌を取ってきた優也には、アレが精一杯の策だった。

 まあしかし、悪くはない手だ。


『んふふっ』


 機嫌の悪い相手は笑わせたもの勝ちなのだ。もともと四宮は怒りが継続しないタイプであるし、人の機嫌が良くなるときは決まってバカを見ている時だ。ピエロがみんなに笑われるのと一緒、どれだけ自分を滑稽に見せるかが勝負の決め手になる。

 と、これはあくまでコタツの意見なので悪しからず。

 しかし話を盗み聞きしているうちに、四宮やるなあ、とコタツは感心した。

 だって優也の顔は赤い。撫でながら話されているから抵抗もできてないし、四宮も言いたいことを伝えられている。ありゃオトナになってからモテるタイプだな、同窓会とかで一気に。コタツは2人の会話を肴にコーラを飲みながらそんなことを考えた。


『『許してもらえるなら何でもする』、なんて言うから、ねえ?』

「ブッハ! 七瀬まで転がしてんのか!」


 コタツはもう愉快で愉快でたまらなかった。普段生意気な生徒が、たった1人の女にタジタジになっている。コタツはセミみたいに転がり回った後、木陰に強制連行された優也の元へ歩いて行った。



 ◾️



「よお。気分はどうだ一ノ瀬」

「たった今最悪になった」


 優也は顔を顰めて不機嫌になったものの、コタツは意に介していない様子だった。「いいようにやられたなあ」と上機嫌にニヤニヤしている。


「は、見てたの!?」

「見てた見てた。いやあ、ありゃ将来が楽しみだな」

「うわロリコンじゃん。引くわ」

「猫被りはもういいのか?」

「意味ねえし」

「ま、今日はもう帰れよ。お前明日熱だろ」

「……熱じゃねえし」

「四宮には言っといてやるから、立てねえならおぶるぞー」

「いらねえし」


 優也は乱雑に立ち上がった。少しふらついてはいるものの、足取りはしっかりしている。これなら大丈夫だろう、とコタツは判断して、「姉に連絡しとけよお」とペットボトルのお茶を手渡した。


「よつばちゃんから貰いたかったんだけど」

「四宮が気にすんだろ。説明しといてやるから」

「チッ」

「舌打ちすんなー。お大事になー」


 優也は雑に手を上げて去っていった。限界だったのだろう。すぐに木陰に連れて行った四宮の判断は正しかった。


「聡いから女子に好かれんだろうなー。気ぃ使いすぎなとこもあるケド」


 四宮は女子の友達の方が多い。三田や七瀬など、男子にも分け隔てなく話すし、本人も男女どちらとも仲良くなれるタイプだが、それでも圧倒的に女友達の方が多いのだ。それも結構厄介な女子とか、ちょっと不良に好かれたりする。


「悪いのは女運だけじゃない、ってことか。アイツも大変だな」


 遠くから駆けてくる四宮に手を振る。腕にペットボトルと、保健室からもらってきたのか保冷剤を抱えた彼女は不思議そうな顔をしていた。ああいうところなんだよなー、とコタツは無感動に思った。


「先生、優也先輩は?」

「あー、あいつ体弱いのは知ってる?」

「はい」

「今日はもともと調子悪かったみたいでさ、熱出そうだから帰したんだよ」

「あ……私、日差しがあるのに長時間お話ししちゃった」

「お前のせいじゃねえよ。いやある意味四宮のせいか……?」

「先生?」

「ああいや、何でも。とにかく、お前が気にするこたあ何もねえよ」


 コタツは落ち込んだ顔の四宮を雑に撫でながら笑いを堪える。

 ───いや、流石に照れでのぼせて体調悪化したとか言えねえよ。

 コタツは深呼吸した後、思い切り吹き出した。

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