「先輩が!」に!
「もう、何言ってるんですか、先輩」
四宮は眉を下げて笑って、優也は甘い笑顔を引き攣らせた。
◾️
優也は家に帰った後、早速優子に四宮のことを聞いていた。
「四宮ちゃん? あー、知ってる。仲良しだよ。まあお前に話すことは何もないけど」
「キーッ!」
優子は学校じゃ「王子」「イケメン美女」「完璧」なんて評されるが、実際の性格はもっと最悪で最低で意地悪だ。今もバカにしたような半笑いで優也を煽っている。
「言うわけないじゃーん。やーいやーいリサーチ不足ー」
否、あからさまにバカにしている。両手を耳の位置まで上げ開いた手をチャラチャラ動かし、「ベロベロベロベロぶぇ〜」と舌を出してバカみたいな顔をしている。本当に最低だ。優也はイラつきと片割れの奇行に対する恥ずかしさで「ムキーッ!」と怒ることしかできなかった。
「俺と同じ顔でブスな顔すんなよ!」
「はあ〜〜? ブスはお前だろ。アレ、ちょっと肌荒れてない?」
「キーッ! このブス!」
「お前のがブース!」
「最近食ってばっかで太ったんじゃねえの」
「ギャーッ!」
優子と優也は掴み合いのケンカをした。そして30分後、体力の限界が来た2人は同時に「今日はこのくらいにしてやる」と肩で息をしていた。
「で。そのシノミヤちゃんのこと教えろよ」
「嫌だね!!」
「何でだよ!!」
「お前が知りたがってるからだよ! ケケケッ!」
「あーもうお前ホンット最悪!」
「アイス勝手に食ったお前のが最悪だよ!! んで、何で急に四宮ちゃん?」
「急に冷静になるな」
優也は今日の放課後のことをかいつまんで説明した。友人たちと大人のドンジャラして負けた罰ゲームで女装して校内を一周していたこと、園芸部の畑に差し掛かったところで野球ボールが飛んできて頭に当たったこと、失神から目覚めたら四宮に膝枕されていたこと……。
「んで、お礼言いたいの。名前とよくいる場所教えて」
「(やっべ。そのボール投げたの多分私だわ)」
「優子?」
「ああ、うん。四宮ちゃんね。四宮よつばちゃん。1年の。放課後は絶対畑にいるよ」
「フーン。じゃ、お前のせいで無駄に疲れたから寝るわ。おやすみー」
優子は親指を下に向けながら優也を見送り、今日の放課後のことを思い出す。だって友達が「磯野ー野球しようぜー!」って言ったから。ソイツらが揃って変顔したから。コントロールが大幅に狂ったのも仕方がないことなのだ。
◾️
さて、話は戻って現在。優也は早速四宮のところに訪れていて、「四宮よつばちゃんだよね。昨日はありがとう」と話しかけた。四宮はありえないぐらいカッコいいお兄さんに話しかけられて一瞬フリーズしたが、ハッと我に帰り「いえ、大丈夫そうならよかったです」と返した。
「俺、一ノ瀬優也。優子の片割れね。紛らわしいから優也って呼んで。俺もよつばちゃんって呼んでいい?」
コテ、と完璧な角度で優也は首を傾げる。しかし四宮は不思議そうな顔をして同じように首を傾げた。そして2人で2秒ほど見つめあった後、四宮は「あ!」と思いついたように笑った。
「もう、何言ってるんですか、先輩」
「え?」
「騙されませんよお。今度は何のイタズラしてるんですか、優子先輩?」
困ったような笑顔から一転、にへ、と笑った彼女は、ちょっと無防備すぎた。だから優也は一瞬言葉に詰まってしまって、四宮は誤解したままだった。
「あ、もしかして」
「!」
「弟さんと入れ替わってるんですか? ふふ、先生から名物だって聞きましたよ」
「……いや、ゴメン。俺マジで優也のほうなの」
「……え?」
1カメ、2カメ、3カメ。漫画やアニメなら、きっとそうコマ割りされていただろう。それだけ短くて深い沈黙が2人の間に流れていた。耐えきれなくなった優也は付け加えて、「昨日のも、俺」と、先ほどの四宮のように困った笑みをこぼす。一方で四宮はフリーズして、やっと状況を理解した瞬間カ! と顔を赤くした。
「ご、ごめんなさい。あの、失礼を」
「全然いいよ! 優子と仲良いんだね」
「良くしてくださってます……」
うう、先輩を弟さんと間違えるなんて、恥ずかしい!
四宮は女の子らしく、ヘンに思われてないかな、怒らせちゃったかしら、と俯いて目をキュッと瞑った。だって優也は流石優子の片割れと言うべきか、非常に顔が良い。誰だって好感を覚える顔立ちをしている。そんなイケメンに嫌われたい人間なんているのか。誰だってほんのちょっと、自分をよく見せようとするだろう。四宮は割と素直な性格をしていた。
優也はそのことを敏感に感じ取って、「羨ましいなあ」と話題を変えた。
「へ?」
「俺もキミと仲良くなりたいもん。優子だけズルイ」
「ひえ」
「ね、よつばちゃんって呼んでも良い?」
「はひ」
「やった! 俺のことも優也って呼んでね♡」
かわいそうに、四宮は「ぴえ」と鳴くだけの生き物になってしまった。そりゃそう。言うなれば優也はプロで、四宮は素人だ。家族や親戚から「よつばちゃんは可愛いねえ」と、場合によってはお世辞で言われて育ってきた四宮と、「天使」「儚げ美少年」「造形が神」「君って芸能人? それとも天からのお迎え?」と本気で言われて育ってきた優也とでは何もかもが違う。優也は人生がモテ期だが、四宮は彼のようなイケメンに口説かれた経験など無い。それ以前に、こんなにストレートに甘い声を、表情を、態度を向けられたことなど無いのだ。
「ねえよつばちゃん。俺何かお礼がしたいんだけど」
「ぴえ(お気になさらないで大丈夫です)」
「これって今、苗の植え替えしてるの?」
「は。はひ」
「じゃあ、これ手伝ってもいい?」
「……」
「よつばちゃん?」
「はっ! いえ、あの、お気になさらず!」
四宮はやっと人間に戻った。それと同時に反射的に断り文句を口にしていて、ポカンとした優也の顔を見て、何も悪いことをしていないのにマズイ! と思う。でも仕方がない、こんなにカッコいい人といつまでも一緒にいるのは心臓がもたない。吉●亮や菅●将●とずっと一緒にいれるか、というレベルの話なのだ。
しかし優也はポジティブなので、遠慮してるのかな、可愛い〜! と絶妙にズレた解釈をした。
「遠慮しないで。カッコ悪いところ見せちゃったからさ、俺に挽回のチャンスちょうだい?」
「ば、挽回」
「そ! お願いよつばちゃん。それとも、迷惑かな」
「そんな、迷惑なんかじゃないです! あっ」
シュン……と落ち込んだ表情をした優也は、さしずめ雨に濡れたイケメンだった。その哀れっぽい雰囲気に四宮は思わず同情し、慰めの言葉を口にしたが、その瞬間「(ヤバい、ミスった)」と固まる。これで断る線は潰された。優也はニコリと微笑み、「じゃあ、よろしく!」と強引に話をまとめてしまう。
「早速始める?」
「きょ、今日は。用事があるので、明日……やります」
「そうなの? じゃあ連絡先交換しておこうか」
「はひ……」
四宮の最後の抵抗も虚しく、トーク画面には「優也」の文字がくっきり浮かぶ。「よろしく!」とゆるい猫のスタンプが押されていた。しかし四宮はあまりスタンプを持っていないので、色気なくデフォルトのウサギのスタンプを返した。
「じゃあまた明日ね、よつばちゃん」
「はい、また明日……」
優也は上機嫌に去っていった。四宮はその背中をボーっと見送り、しばらくそのままだった。
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