先輩が!
ポン吉
「先輩が!」いち!
「先輩、大丈夫ですか、先輩ぃ」
四宮は半泣きで、一ノ瀬はそれをポカンと見上げていた。
◾️
園芸部の一年生、四宮は今日もきっちりとジャージを着て、生真面目に部活動に励んでいた。6月にやっと開花したばかりのマリーゴールドに水をあげねば、と重いジョウロをえっちらおっちら運ぶ。明らかに大きなそのジョウロは小柄な四宮が持つことで更に大きく見え、通りがかった人は大丈夫かな、と思わず彼女を視線で追う。しかしそんな心配とは裏腹に、四宮はしっかりとした足取りで畑を目指した。
もうそろそろ目的地に到着しようかという頃、四宮は見覚えのある後ろ姿を遠くに見つけた。凛と立った背中に、均等の取れたスタイル、長いブロンドヘアの持ち主なんて、四宮は1人しか知らない。
「先輩だ! 挨拶しなきゃ!」
四宮はジョウロを抱え直し、憧れの先輩の元へできる限り早く駆け寄った。しかし───
「せ、先輩ー!?」
スコーン! と先輩の後頭部にボールが当たり、倒れてしまう。四宮はすぐさまジョウロを投げ捨て、倒れたままピクリとも動かない先輩の元へ駆け寄った。
「先輩、先輩! 大丈夫ですか! 意識ありますか!」
そう声をかけてみるも、先輩は一向に起き上がることはない。四宮はサーっと顔を青ざめさせて、すぐに「先生、先生ー! 誰かー!」と叫ぶ。
「何かあったのか!?」
「せ、先生! 先輩がボールに当たったきり起きなくて!」
「一ノ瀬が!? わかった、担架を持ってくるから、四宮は一ノ瀬を頼む」
「え、はい!」
四宮は1人取り残されてしまった。先輩、先輩と声を掛けるがやはり起きなくて、パニックになった四宮は、こういう時、頭を冷やせばいいんだっけ!? となけなしの保険の知識を引っ張り出した。とりあえずすぐ近くの水場でタオルを濡らし、頭に当てようとするが……。
「下、砂利だよ!?」
地面が砂利なことに気がついた。石がゴツゴツ当たって痛そうである。実際、うーんと唸った一ノ瀬は寝返りをうとうとしたが、砂利に擦られて眉を顰めていた。
「えっと、えっと……失礼します!」
四宮は止むを得ず、一ノ瀬の頭をなるべく動かさないようにして自分の膝に乗せた。濡れタオルを膝に敷いているからズボンは濡れてしまうだろうが、帰りは制服に着替えればいいだけだ。四宮は必死だった。声かけは続けるものの、だんだん鼻声になっていく。ここは人通りもないから不安になって、とうとう「先輩、起きてえ」と泣きそうになった。すると。
「う……」
「せ、先輩! 大丈夫ですか、先輩!」
眩しさに目を細めながら一ノ瀬は覚醒した。四宮はほっとして、涙目で一ノ瀬に声をかけ続けた。
「先輩、大丈夫ですか、先輩ぃ」
「……」
「先輩、ボールに当たって倒れちゃったんですよ。今先生が担架持ってきてくれてますから、お気をしっかり……先輩?」
一ノ瀬は四宮を見上げたまま固まってしまった。四宮の膜の張った瞳を唖然と見つめ、なんなら口までポカンと空いている。
「先輩、どうかしたんですか? ……優子先輩?」
四宮は流石に訝しんで、何かあったのではと思い、ダメ押しで名前を呼んだが───
「わっと、先輩!? 急に起き上がったら危ないですよ!」
ガバッ! と一ノ瀬は勢いよく起き上がる。四宮は中腰になって一ノ瀬を静止したが、一ノ瀬はクルリと完璧な笑顔を向けて四宮を黙らせた。
「君が助けてくれたの? ありがとう、お礼は改めてさせてもらうよ」
「せ、先輩……?」
「じゃあ」
「え、先輩!?」
一ノ瀬は早口でそう告げて、冗談みたいな長さの足を目一杯伸ばして早足で帰っていった。残された四宮は呆然とし、そのまま先生が来るまでへたりと座り込んだ。
◇
一ノ瀬は曲がり角を曲がると崩れ落ちた。ズキズキと痛む頭よりも、ドクドクと脈打つ心臓が痛かった。
「びっ……くりしたあ」
さっきの感触を思い出す。ブラックアウトした視界から一転、目が覚めると何か柔らかくて冷たいものが頭の下にあって。視界にはせんぱい、と不安そうに呼びかける涙目の女の子がいた。しかも、己のことを優子先輩と呼んで。
一ノ瀬はまだ痛む頭をガシッと掴み、そのまま引き摺り下ろした。すると長いブロンドヘアのウィッグが外れて、繊細そうなプラチナブロンドが現れる。
まさか、罰ゲームの女装がこんなことになるなんて。
彼の名前は一ノ瀬優也。一ノ瀬優子の双子の弟である。
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