解決編

学活の残り時間は好きに使っていいよと柳先生に言われた僕たちは、他のクラスみんながやっているであろう運動会の作戦会議を始めた。夢中になって話し合っていたみたいで、5時間目はあっという間に終わってしまった。


「もうすぐ運動会で、高まる気持ちもわかりますが、くれぐれも怪我だけはしないように気をつけて帰ってくださいね。ではみなさん、さような」

「せんせーさよならー!!」

柳先生の帰りの会のあいさつが終わると、みんなは次々に教室を飛び出していった。今日は金曜日だ。塾に行く子も多いけど、やっぱりいつもより足取りが軽い。いつもの半分の時間もかからずに、クラスメイトはみんな教室を出ていった―野原さんを除いて。

「一視(ひとし)くん、帰らないの?」

野原さんが僕を見て言った。

「うん、野原さん、困ってるんじゃないかと思ってさ」

「え…」

「その机の中にあるぴよこのことで。」

「なんでそれを…」

目を大きく見開いて、野原さんが言った。

「うーんと、野原さんがぴよこのこと、消しゴムって言ったからもしかしてって思って」

「それだけで?」

「うん、まあ、それだけ。

 ぴよこって、僕の目からみたら置物にしか見えなかったんだよね。柳先生もそう言ってたし。でも野原さんは最初からぴよこが消しゴムってわかってた。それは野原さんが、ぴよこをさわったことがあるからかなと思ったんだよね。」

「それは、ぴよこを図工の時間に先生がつくっていたのを見てたから…」

「そしたらハンコって言いそうだよね?まあ消しゴムと言っても間違いとまでは言えないし、ここまでの話だと確証あるとは言えないけど…」

言葉を切り、僕はまっすぐ野原さんを見つめる。

「野原さん、図工の時間に先生がつくっているのを見たって今の言葉、ウソだよね?」

「え、でも一ノ瀬くんもそういって」

「一ノ瀬くんがウソをついていたら?」

「え…」

「先生が最後、なんて言ったか覚えてる?

 また家で新ぴよこをつくる、って言ってたんだよ。つまり先生は、図工の時間にぴよこを作ってはいなかったんだ。」

驚いた顔で野原さんが僕を見る。

「消しゴムハンコはさ、同じ消しゴムできれいにはまるフタまでつくってあったんだよね。そのフタに両面テープが貼られていたなら、机から剥がすとき、フタと本体が離れてしまう。つまりフタがあることを知っていた人が、ぴよこをとった人物ということに」

バンッ。教室のドアが荒々しく開いた音がした。

「アクシデントだったんだよ、最初は」

一ノ瀬くんが苛立出しそうに僕に言った。

「たくっ、一視ぜんっぜん帰らねーと思ったらぶんちゃんと探偵ごっこかよ。いっつも後ろで人のことジロジロ見てると思ってたけど、探偵お決まりの人間観察ってやつか?」

「いや、そういうことではないんだけど…

 それよりアクシデントって?」

「はぁ、だから、最初はたまたまぶつかって落としたんだよぴよこを。それで拾うときに消しゴムって分かって、それで…」

「文房具が好きな野原さんに、プレゼントしようと」

「プレゼントじゃねーし。ちょっとしたいたずらだよいたずら。あぁもう、悪かったなぶんちゃん。」

「うっ…いたずらって…ひどいよたくみくん

 私が机の中にぴよこを見つけたとき、どれだけびっくりしたかわかる?どれだけつらい思いしたかわかる?」

ポロリポロリと、野原さんの頬に涙が落ちる。

「えっ…ぶんちゃんごめんって、そんな、なあ泣くなよ俺が悪かったって」

「だからぶんちゃんって呼ばないで!大きらい!」

ベシッ。野原さんの投げたぴよこは一ノ瀬くんの眉間にクリティカルヒット。

「いたっ…おいぶん…ふみのちゃん!」

「こないで!さよなら!」

野原さんはレモン色のランドセルを背負うと、ダッシュで教室を出ていった。




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