後ろの席の探偵さん

maRui

問題編

「みなさんに、悲しいお知らせがあります」

やなぎんこと柳先生は、5時間目の学活が始まって早々、僕らにこう言った。もしかしていじめ、とかかな。一番後ろにいる僕には、みんなの背中がぴんっと張りつめたことがわかった。

「この5年2組のマスコット的存在として、僕たちを癒やしてくれたぴよこが、つい先程、行方不明になりました、ぐすっ」

え…?ぴよこ…?このクラス、ひよこなんて飼ってたっけ…?

クラス全体がざわめく。僕のとまどいはみんなと同じみたいだ。少し安心する。

「せんせー、ぴよこって、せんせーの机にあっためっちゃかわいいひよこの消しゴムのことですかー?」

少し顔を赤くした野原文乃(のはらふみの)が、手をひらひらさせながら言った。

「野原さん、そのとおりです。ガッツポーズをしていたひよこ型消しゴムハンコです。色塗りにもこだわりましたから、まるで置物のようだったでしょ!」

柳先生が力強く答える。

あぁ、あのひよこの置物のことか。野原さん、よく見てるな。流行りの文房具が大好きで、クラスの誰かが真新しい文房具を持っているとすぐに食いつくのは知っていたけど、まさか先生の机の上の置物も見ているとは。

「おーすげー、さすが文房具好きのぶんちゃんはお目が高ーい、最近チラッチラッ見てたもんなー、てかせんせーあれっしょ、図工の時間に彫刻刀で消しゴム彫ってつくったハンコっしょ。せんせー凝ってたよなーフタまでつくって。」

野原さんの後ろの席に座っている一ノ瀬巧(いちのせたくみ)が、首だけを左に伸ばしながら言った。そういえば先週の図工の授業は、彫刻刀で消しゴムを彫ってハンコをつくったっけ。僕なんかはハンコの部分を彫ることで精一杯だったけど、手先が器用な子はハンコの持ち手部分も彫って、置き物みたいに仕上げてたな。

「たくみくん…、ふみ、って言ってるでしょ。次ぶんちゃんって言ったら許さないから」

野原さんが後ろを向いて言った。

「え、なんでだよ、ほらお前、文房具好きだろ。名は体をなんちゃらだろうが、ほめてんだよ俺は」

少しあわてた様子で、一ノ瀬くんが言う。

そうなんだよ野原さん、一ノ瀬くんは結構本気でそういってるんだよ。

「はーいそこ、喧嘩はだめですよ。」

柳先生が先生らしく仲裁に入る。

「一ノ瀬くんに悪気がなくとも、野原さんがイヤだと感じているのなら、お名前の呼び方は改めるべきですね。お前、もだめですよ。後できちんと話し合ってください。

ちなみに一ノ瀬くん、正しくは名は体を表す、です。せっかくですので後で調べて正しい意味を覚えておきましょう。」

「はい…ちゃんと調べます…」

あまり納得のいっていない様子で、一ノ瀬くんは答えた。

「まずは名前の呼び方ですよ。」

「わかりましたー」

ふてくされた様子で一ノ瀬くんは答えると、そのまま机に突っ伏してしまった。

柳先生は少し困った顔をしたけれど、僕らの方を向き、話を続けた。

「…

 えー、ごほん、本題に戻りますよ。

 とにかくですね、今日の4時間目終了時点までは先生の机の上に置いてあったぴよこが、5時間目にはなくなっていた…。つまり間の10分休憩の間に、なくなってしまったということです…。それはつまり…」

意味ありげな先生の言葉の区切りに、息をのむ僕たち。

「まあ何らかの拍子で落っこちてしまったのでしょう!というわけで!5分間だけ!教室の中を探すのを手伝ってもらえませんか…見つけたら教えてくださいね!」

犯人探しが始まるのかとひやひやしていた僕は、どっと息をはいた。みんなも面倒とは思いつつ、友だちとおしゃべりできるラッキータイムってことが分かっているからか、素直に椅子を机に入れ、思い思いの場所でなんとなくぴよこを探し始めた。

「はーい隣のクラスに迷惑だから、あんまり大きい声で話さないでねー!」

柳先生が声をかける。おしゃべりはもうしょうがないと思っているみたいだ。


そして5分後―

真面目とは言えない探し方だったせいか、それとも教室には落ちていなかったのか、結局ぴよこは見つからなった。


ガラガラとみんなが席につくのを待って、柳先生が話し始める。

「みなさん、ご協力ありがとうございます。残念ながらぴよこは見つかりませんでしたが、みんなにこんなに一生懸命探してもらえて、ぴよこも喜んでいると思います。きっと先生の置き方が悪くて、外に飛ばされてしまったのでしょう。一応強力な両面テープで机に貼っていたのですが…。先生がこの悲しみから立ち直ったら、また家で新ぴよこをつくりますので、みなさん楽しみにしていてくださいね。」

少し寂しそうに、柳先生は僕らに言った。




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